聖女様とエカルノの王子 15
◇ ◇ ◇
「きみが見送りに来てくれるとは思わなかったよ」
数日後。
エカルノへと発つべく馬車へと乗り込むユーク王子に別れの挨拶に行った。
手合わせをした仲だし、ルミナリエは来ないみたいだったから代わりにってことで。
国王一家に礼儀正しく挨拶をしていたユーク王子は、俺の顔を見ると驚いたように軽く目を見張り、それからわずかに笑顔を見せた。
「まあ、一応な」
ユーク王子が手を差し出してきたので、俺もそれを受ける。
「ルシオン。きみには世話になったね。ルミナリエ――おっと、『聖女様』のことから、襲撃の件まで」
「俺はルミナリエのためにやったことだ。王子に感謝される覚えはねえよ」
俺は本気で言ったつもりだったが、ユーク王子はどことなく嬉しそうに。
「ルシオンには初対面から随分と失礼なことを言ってしまったな。今更かもしれないが、謝罪するよ。きみは、たしかに、ルミナリエが惚れ込むだけのことはある。恰好のいい奴だったよ」
「……男に言われても嬉しくねえよ」
だからって、別に女に言われたいとも思ってないけど。
ユーク王子はわざとらしく肩を竦め。
「ところで、これはおまけみたいなものだが、ルミナリエの寂しさを埋めるって言うんなら、手っ取り早く、かつ、ほとんど確実だろうって方法があるんだが、聞くか?」
ルミナリエのためなら、とも思ったが、なんかユーク王子から聞くのは癪なんだよな。
「そうだな」
「そうですね」
「その通りだ」
「そうよね」
そう思っていると、どうやらこの場に集まった人間、俺と、メンデル国王とフェリータ王妃、レアード王子とマリエッタ姫の中で、わかっていないのは俺だけらしい。
あれか? 王族にだけ伝わるような符丁でもあるのか?
「まったく。ルシオン、今度俺が会いに来るときまでには、もう少し女性の心の機微について学んでおくんだな」
特大の、余計な世話を焼きながら、本気とも冗談ともつかない調子でユーク王子は「今度来た時にはまた一緒にナンパにでも出かけよう」と朗らかに言い放つ。
「そうだな。ナンパに付き合うつもりはないけど、また、遊びに来いよな。ルミナリエにどうこうしようってんじゃないんなら、歓迎されるはずだから」
またってのは、つまり、そっちの事情をうまく片付けろよってことだ。
といっても、城への滞在は俺が許可を出せるものでもないし、あんまり気軽には言えないけどな。
それはともかく。
ユーク王子が継ぐんでも、別の誰かが継ぐことになるんでも、はっきり言ってどうでもいいけど、兄弟姉妹は仲良くやるんだぞ。
「ああ」
そしてユーク王子は、お世話になりましたと、再度国王様と王妃様に頭を下げてから、馬車へと乗り込む。
その遠ざかってゆく馬車の後ろを見ながら。
「もう、ルシオンってば。あたしがあんなに教えてあげたのに、全っ然、わかってないんだから。そんなんじゃ、お姉様のことはまだまだ任せられないわ」
マリエッタ姫は、まだまだ特訓が必要ね、とスケジュールを組むように、毎日決まった時間に会いに来るからとの旨を告げる。
「マリエッタ。ルシオンは姉上と一緒にいるんだぞ。私達が軽々しく会いに行くべきではない」
「お兄様こそ何を言っているのよ。もしかして、お兄様、怖気づいているの?」
マリエッタ姫のおかげというか、ひょっとしたら、今がいいタイミングなのかもしれないな。むしろ、この機を逃せば、またいつこうして国王様王妃様に直接話せるかわからねえ。
「国王様。ルミナリエの、というより、『聖女』にも関する事ですが、まだ話していなかったことがあります」
俺は結構真面目に切り出したつもりだたんだが。
「どうかしたのかな? ルミナリエを嫁に欲しいというのなら、そうだな、後最低でも5年ほどは待って貰いたい」
メンデル国王は面白がっているのか、それとも本気なのか。
「国王様ったら。それなら、今からでも婚約者にしてしまえばよいのではありませんか?」
王妃様も、国王様を止めてくれるのかと思ったら、なんと援護に回る。
この人たち、軽く考えすぎじゃねえか? 結婚の話だぞ? あ、いや、俺は結婚の話をしたいわけじゃないけど。
「姉上とルシオンが婚約者に?」
「やるわね、ルシオン。もうお父様とお母様に話しちゃうなんて」
しかし、俺が口を挟む隙もなく、どんどん勝手に話が進められてしまって、本題が全く話せない。
俺はルミナリエとの婚約なんて考えてもいないってのに。
「そうと決まれば、ルシオン、そなたはもう私たちの家族も同然だ。話があるなら、砕けた調子で構わない」
何が、そうと決まれば、だ。
俺は最初に、ルミナリエじゃなくて『聖女』に関することだって、ちゃんと断ったはずなんだが。いや、たしかにルミナリエは『聖女』だけど、そうじゃなくてって、言わなくてもわかるはずだろ。
メンデル国王は、目をやわらかく細め、穏やかに微笑む。
婚約者だなんだってのは、それを言うための前振りか。長ったらしいことこの上ないな。レアード王子とマリエッタ姫、さらにはフェリータ王妃まで間違ってその気になってるじゃねえか。
「そうじゃなくてだな……ですね。マリエッタ姫とレアード王子にも、次にルミナリエが『聖女』に会いに行くときには付き合ってもらえたら、って話です」
国を治める立場である自分たちが『聖女』に近づき過ぎるべきではないと、自らを律する姿勢は、本当に立派なものだと思う。
けど、その想いを知っていてなお、俺はそう提案するべきだと思っていた。
メンデル国王は、直前までの穏やかな雰囲気のまま、俺の言葉に耳を傾けてくれている。
だから俺は、サンベルードで見たことを、そして感じたことを、そのまま自分の言葉で伝えた。
「この国の、そして国王様の魔法や魔力に対する考えは、理解しているつもりです。もちろん、そう決定するに至った先人の想いを踏みにじることなのかもしれません。俺みたいな新参者が。けど、それは多分、ルミナリエも望んでいる事のはずです。そして、この国の国民が、そして、国王様達が、同じようにできないはずがありません」
なにより、ルミナリエのために。
そう思いを込めて、俺は頭を下げる。
『聖女』である限り、ずっとあそこにいるなんて、いくらなんでもあんまりだ。
国王様、それも、メンデル国王以前の国王様も、きっと苦渋の決断だったんあろうってことは理解できる。俺なんかには想像もできない葛藤なんかもあったんだろう。
「……そなたは、本当にルミナリエの、そして、この国のことを考えてくれているのだな」
しばらくの沈黙の後、メンデル国王が静かな口調でそう言った。
「この国のことを考えて、なんて、そんな立派なことじゃありません。俺程度が考えられるのは、精々、ルミナリエの幸せくらいです」
「……お姉様の幸せを考えるのなら、ルシオンとふたりきりの方が良いんじゃないかしら?」
「マリエッタ。お前は少し黙っていろ」
マリエッタ姫とレアード王子がそんな風につぶやき、王妃様はそんなふたりをおろおろと見守っている。
「その場合、護衛に就くそなたの負担もそれ相応のものになるが?」
「ルミナリエのことを負担だなどと考えたことはありません」
というより、その場合でも護衛に就くのは俺ひとりだけなのか。
これは信頼なのか、それとも試されているのか。
「良かろう。それが、ルミナリエの、そしてふたりの望みとあれば、それを叶えるのは父親である私の役目だからな」
「お父様!」
マリエッタ姫が喜びをあらわにした顔で、メンデル国王に抱き着く。
「だが、もちろん、ルミナリエにはきちんと話すべきだと思うがね」
最後にメンデル国王は、そんな風に意味ありげに微笑んだ。




