聖女様とエカルノの王子 14
◇ ◇ ◇
「なあ。本当に参加しなくていいのか?」
騒がしかったお披露目を終え、いつもの別棟に戻ってきて、先に風呂を済ませ、食事の最中に尋ねてみた。
俺自身は参加したいわけじゃない、むしろ、参加したくないと思っているけど、それは俺がこの国にとって異分子の、他所者だからであって、ルミナリエはこの国のお姫様なわけで。
もちろん『聖女』だから参加しないってのも、理由としてわからなくはないけど、そういう雰囲気のままでいるってのは、やっぱりよくないと思うんだよな。
「ええ。レアードとマリエッタに任せきりというのも悪い気はしますが、私はそこまでパーティーが好きだということもありませんから」
「そういうもんなのか」
俺の勝手な想像だけど、ルミナリエくらいの年頃の女子は、大抵、そういうことに憧れているもんだと思っていたんだけどな。
「ええ。大勢の方に囲まれるのも困りますし、だからといって、数人だけとお話しをして終わりというわけにもゆかないでしょう?」
「それだと不公平だと騒いだり、勘違いしたりするような奴が出てくるかもしれないしな」
ルミナリエはお姫様なんだし、大抵のことに融通は利くと思うが、そんなつまらないことで主張したくはないんだろうなってのはわかる。
「それに、パーティーに呼ばれるような有力貴族の方は、大抵が権力やら財力に目のない方ばかりですから。自分の子供ほどにも年の離れた私に求婚するような方は、それこそ問題だと思いますし」
それは経験談か?
ルミナリエも、昨年秋ごろまでは『聖女』じゃなかったわけだし、そういったパーティーを断る理由を出すのも苦労したことだろう。
それに、自分が参加しなかったということが、家族――この場合は、国王である父親にどれほどの問題を押し付けることになるのかも理解していたんだろうな。
「食事はルシオンが作ってくれますし、ダンスが踊りたければこの部屋ででも踊るくらいのスペースはあります。もちろん、穏やかなものに限りますが」
今日は本殿の方でパーティーが開かれているということで、いつもは訪ねてきてくれる係のメイドさんも、まだこっちに来てはいない。
「へー。それはまた、随分と贅沢な娯楽を提供してくれるもんだ」
俺が踊れるのは、舞踊ってより、武闘って感じだが。
たとえば、フィギアスケートの会場を貸し切りで間近に見られるというのは、そっちの道に詳しくはなくても、かなりのことだってのは理解できる。
俺は完全に観客のつもりだったんだが、ルミナリエは何か言いたそうな顔で睨んできて。
「何を他人事みたいに言っているのですか、ルシオン。あなたも一緒に踊るのですよ。パートナーがいなければ踊りが成立するはずもないじゃないですか?」
は?
俺が、ダンスパーティーに参加だと?
「そんなことは言っていません。大体、私が参加しないのに、あなたが参加するはずないじゃないですか」
それもそうか、と納得しかけてしまったが、事実その通りだ。
呼ばれているのはこの国における貴族階級の人たちであり、決して俺みたいにぽっと出の奴が参加できるような事でもない。
「……もし、あなたが参加したいというのなら、頼んでも構いませんが」
頼むってのは、メンデル国王に直接ってことか?
いやいや、だから俺は参加しないって。
「むしろ、参加したくねえくらいだ。単純に、お前がいないからとかじゃなくて。立ち居振る舞いとか、そういうことは全くわからねえんだから」
少なくとも、それらを身に付けるまでは、参加なんかとてもじゃないけど、できはしない。
そんなことで、ルミナリエの評判に傷をつけたくないしな。
「あなたのためにつけられたものなら、傷ではなくて勲章になると思っていますけど……そういうことならば、私が教えます」
「何を?」
思わず聞き返しちまったじゃねえか。
「何を驚いているんですか、ルシオン。私は、パーティーに出席したこともありますし、そこで楽器を演奏したことも、もちろん、踊ったこともありますよ」
ルミナリエが『聖女』になったのはここ1年ほどのこと。
つまり、それ以前は、この国の普通のお姫様として過ごしていたんだ。それも当然だろう。
「ですから、心配せず、私に身をゆだねてください。手取り足取り、手ほどきいたしましょう」
俺はルミナリエが教えてくれる通りに、腰を屈め、丁寧に、普段よりも恭しい感じで、頭を下げる。
台詞までは教えてくれなかったのは、これも例の訓練の一環だと考えているからなんだろう。
まあ、この場面での台詞なんか、ひとつしかないわけだけど。
「ルミナリエ。俺と踊ってください」
俺なりに、精一杯、そんな場面を思い浮かべる。
近いのは卒業証書授与の場面だろうか? それも少し違うか?
「はい。喜んで」
ルミナリエは俺を見つめる顔を輝かせる。
練習なんだから、そこまでやらなくても……練習で本気でやるのが悪いってんじゃなくて、単純に恥ずかしいんだよな。慣れてないし。
「こういう場合、普通は男性がリードするものですが、今日は私がリードしますね」
9歳の女子にダンスのリードをされるってのは、そういうのとは縁遠い生活をしていたからとはいえ、なんとも情けない気もするが。
まあ、今更だな。
魔法だって、お茶の淹れ方だって、ルミナリエにレクチャーしてもらったんだし、この城という場所で、これからもそんな場面はあることだろう。
それに、相手が何歳であろうと、その道の先人に教えを乞うのは、恥ずかしむべきことじゃない。むしろ、相手の方が精通しているというのであれば、率先して教えを乞うべきだろう。
そんなわけで、ルミナリエに促されるまま、手を取り、腰に腕を回し、慎重に、ゆっくりと足を運ぶ。
部屋の中には、直前にルミナリエが開いたオルゴールの音色が響いている。
「最初は音を気にしなくて構いません。テンポをとりやすいようにと流しているだけですから。足は踏まないように、それから、もっと胸を張ってください。私の身長に合わせようと屈んでいると、格好悪い姿勢になりますから」
腰の使い方、手の置き方、タイミングの取り方。
その他、それだけで頭がパンクしそうになるほどのことを言い聞かせられた。
「だいぶ良くなってきましたよ。ルシオンは格闘技をやっていた……いえ、今もやっているんですよね? そのおかげかもしれません」
「元がゼロだからな。これだけやれば、わずかな成長でも、凄そうにみえるってだけだろ」
とはいえ「ありがとよ」とルミナリエの、まさにこの窓から差し込んできている月光のような、銀の髪を優しく撫でる。
先生が良いというのは重要なことだ。
そのルミナリエは、赤くなって俯いてしまっている。
頭を撫でたのは気安すぎたか? それとも、子ども扱いし過ぎたから怒らせたか?
「な、なんでも、ありません。もうすこし、続けましょうか」
予想に反して、今日は「馬鹿です」はなかったな。
それを口にしたら、その後の展開は予想通りだと思うから、口にはしないけどな。
「俺はありがたいけど、ルミナリエは大丈夫なのか? 疲れたりしたってんなら、もう休むか?」
そんなにすぐに身につくものじゃないってのはわかってる。それに、今急がなくても、これからもいくらでも、一緒に踊る機会はあるだろうからな。
「そんなことはありません。むしろ、私は――いえ、何でもありません。それより、私は疲れてなどいませんから、もう少し続けますよ?」
ルミナリエはそう言って、楽しそうに微笑んだ。




