聖女様とエカルノの王子 13
それで倒れたままでいてくれたら助かったんだけどな。
よろよろとなりながらも立ちあがり、諦めちゃいない眼光で俺たちの方を睨んでくる。得物も落としてねえし。
「なあ。正直、ユーク王子がどうなろうと知ったこっちゃないんだが、なんでルミナリエを狙うんだ? お前たちには別にルミナリエを――『聖女』をやったって、得する事なんかねえだろ」
ヴァンブリグに戦争でも仕掛けるつもりなのか?
「話すことなど」
「今のうちに話しといた方が良いと思うぞ。話したくなるようにさせられる前にな」
俺はそんなことはしないけど、引き渡した先の特務小隊の隊舎で、あるいは城の騎士団のところでは、どんな取り調べが行われるのか、想像はできない。
「ルシオン。尋問の必要はありません。彼らの目的はすでにわかっていますから」
「ルミナリエ、お前、馬車の中に引きこもってろよ」
まだ相手に戦闘を継続する力は残ってるんだぞ。
「彼らの目的はユーク王子の殺害。理由は、彼らのエカルノ内での派閥が、ユーク王子とは違う王子、または王女だからでしょう」
しかし、ルミナリエは俺の忠告を無視して馬車を降りると、真っ直ぐに俺たちのところまで歩いて来る。
ルミナリエの口から語られたことが真実であることを裏付けるように、襲撃者の眉がほんのわずかに上下する。
諜報員としては失格かもしれないが、こんな子供(こういうとルミナリエは怒るかもしれないけど)にあっさりと見抜かれたんじゃ、全く動揺せずにいるのは難しいだろうな。
「つまり黒幕は、分かりきっていたことですが、ユーク王子の異母兄弟姉妹、あるいは、その母ということです」
俺とユーク王子との会話を聞かれていたってのはあり得ないから、自分で推測したんだろうが、感心するを通り越して、一種の恐ろしさまで感じるな。
9歳の女子にかける言葉じゃないってのはわかっている。
しかし、こんな頭脳を持つルミナリエに、周りは一体、どう見えているんだろうか。そして、周りはどう思っているんだろう。
たしかに『聖女』として、こうして『お披露目』に参加しているのを見る限りでは、普通に――それ以上に親しまれているとは思うけど。
そんな風に考えていると、顔を上げて俺の方を見たルミナリエが、諦めているような、寂しそうな表情を浮かべる。
駄目だな、こんな考えを持っているようじゃ。
俺は何のためにここにいるんだ。
ルミナリエの暇つぶし相手として、ルミナリエの寂しさを埋めるためにいるんだろうが。
だから、俺だけは、絶対にルミナリエを、恐ろしいとか、違っているとか、そんな風に思っちゃいけないんだ。
ルミナリエは、ちょっと賢くて、飛び抜けた美貌を持っているだけの、寂しがり屋の、女の子なんだから。
「それはいいんだけど、いや、本当は良くないけど、それが何でお前を狙うことに繋がるんだ?」
気を取り直して、目の前の問題に向き直る。
その派閥争いだかに、ルミナリエは関係ないだろうが。
「ルシオン。忘れたのですか? ユーク王子は元々、私に婚約を申し込みに来たんですよ?」
つまり、ルミナリエの方をどうにかしてしまって、この話をなかったことにしようってことか?
すでにルミナリエはユーク王子とは結婚しないって意志を表明しているけど、それは城の中だけのことだし、ましてや、エカルノまで噂が伝播しているはずもないか。
「そして、私との婚約が成り立たずとも、ヴァンブリグとの国交を持つことはできました。ヴァンブリグは決して近隣最大国という訳ではありませんが、魔法という技術を持ち、決して無視できる存在ではないということなのでしょう」
つまり、将来的に脅威になりそうなことはあらかじめ排除しておこうってことなのか?
だとすると、やっぱりこいつらを捕らえただけじゃ終わらねえってことじゃねえか。どうするつもりなんだ?
「いえ、それに関しては問題ないでしょう。このタイミングは、どう考えても早すぎます。彼らの中でも過激派だと思われます。ですから、ユーク王子がエカルノへと戻り、御自身ではっきりと意志を表明されれば、少なくともヴァンブリグへの介入はなくなるはずです。正しく情報が伝われば、ですが」
最後にルミナリエはちらりとだけユーク王子を見やる。
ユーク王子も、最初は『聖女』の魔力が得られないとは考えていなかったわけだしな。肝心の理由はまだばれていないはずだから、この国にとっては脅威ではないと思うけど。
「その辺りは俺に任されてもらおう。せめてものお詫びってわけにはとてもならないだろうが、うちの、頭の固い老人たちや、父や、母たちのことは、俺たち兄弟姉妹で黙らせよう」
ユーク王子は堂々とした態度でそう言い切り、行くところができたからと馬車を降りた。おそらくは、隊舎へ向かったんだろう。賊連中は、俺たちが話し込んでいる間に、小隊の人たちがひっ捕らえて連れて行っちまったからな。
「ルシオン。私達も行きましょう」
「え? まだ何か聞き忘れたことでもあったのか?」
それなら、聞いてくれるようにユーク王子に頼んでおけばいいんじゃねえのか?
そもそも、ルミナリエがそんなことに興味を示すなんて珍しいな。今まで、襲われた相手だとか、捕まった相手にそこまで興味を示したことがあったか?
「何を言っているんですか、ルシオン。私達が何をしていたのか忘れましたか? まだお披露目の最中ですよ? 大幅に時間をとられてしまいました。このままでは、夜中になってしまいます」
そういやそうだった。
まだ俺たちは王都にしか出てきてないけど、ルミナリエのお披露目の範囲はここだけじゃねえ。
「お姉様、ルシオン、終わった?」
「姉上、御無事ですか?」
馬車の窓から、マリエッタ姫とレアード王子が顔をのぞかせる。
「皆やっつけたの? やるじゃない、ルシオン」
「迷惑をかけた。礼を言おう」
俺は俺の役割をこなしただけだ。特別感謝されることじゃない。
ルミナリエの暇つぶし相手は俺なんだから、他の奴に、しかもこんな形で務めさせるわけにはいかないってだけだ。
「もう。ルシオンも素直じゃないわね。お姉様とふたりともそんな調子じゃ、いつまでも進展なんてしないわよ?」
進展って、何の話だ?
大体、俺はひねくれているつもりなんかない。
「そういう時はね。あなたのことは、僕が守ります、ってそれだけでいいのよ。それから、優しく抱きしめて、熱く感情を込めた瞳で真っ直ぐに相手を見つめて……って、ルシオン、あたしの話をちゃんと聞いてるの?」
それだけってわりには、随分と付け足されていたアドバイスは、悪いとは思ったけど、聞き流していた。
レクチャーを頼んだのは俺なんだから、しっかり聞かなくちゃいけないってのはわかっているんだけどな。
俺の役目は、護衛なわけだし、城に帰るまでが『お披露目』だ。ここで気を抜くわけにはいかない。
「そういえば、お姉様。お父様たちが、ユーク王子の帰国に際してはパーティーを開くってお話しをされていたけど、お姉様も参加なさるわよね?」
パーティーか。
なんだか遠い世界の話をしているみたいだな。
「いえ、私は参加しませんよ。それには、ユーク王子と関係をもっておきたいと考える、貴族や商人の方達も参加されるのでしょう? 私は『聖女』ですから、特定の人の前にだけ現れるわけにはゆきません」
「えー。それじゃあ、つまらないわ。あたしも参加するの止めようかしら」
「何を言い出すんだ、マリエッタ。挨拶をするのも私たちの使命だろうが」
だってーとごねるマリエッタ姫を説得するレアード王子。
それを聴きながら、俺はルミナリエに。
「お前は参加したいとか思わないのか?」
「特に必要性を感じません。疲れますし、それに、私のことはひとりだけが見ていてくれれば、それで」
ルミナリエはほんのりと頬を紅く染め、俺のことを見上げてくる。
「でも、俺は踊ったりはできねえぞ?」
ダンスの作法なんか知らねえし。
「……それなら、私が教えます。従者が踊れないなど恥になりますから。あなたがきちんと踊れるようになるまでは私も社交の場には出る必要は……出られませんね」
今夜は特訓ですね、とルミナリエは微笑んだ。




