聖女様とエカルノの王子 12
俺が馬車を背にして構えると、扉を開いたルミナリエが。
「ルシオン。こちらのことは私に任せて、あなたは存分に」
すでに周囲の人間は警備員の誘導で避難を開始していて、戦闘による周囲への被害は考えなくても良さそうだ。
もちろん、店なんかは出されていたりするけど、俺たちのいるスペースには配置されていない。というより、そういう場所を選んで馬車が停められている。
襲撃者は、俺と向き合うように正面、そして、そこから左右に開いて互いが距離を取る。
面倒だな。
俺に分身の術は使えないし(そもそも、普通の人間には無理)同時に全員に対処することはできそうにない。
ルミナリエがシールドを展開しているからとはいえ、それに頼り切るわけにもいかねえ。
「ルシオン」
襲撃者が体勢を低くして構え、まさにこっちに突っ込んで来ようかという瞬間、右方向から声をかけられる。
襲撃者の3人は同時に俺から視線を外し、声のした方へと顔を向ける。
この隙を逃す手はねえ。
俺は思い切り地面を踏み込んで駆け、正面の奴に飛びかかると、後頭部をとって顔面に膝を食らわせた。
多分、歯とか、鼻とか、折れたかもしれないけど、向こうはこっちを殺すつもりだったんだし、そのくらいは許容してくれるだろう。もちろん、引き渡した際の特務小隊の人たちが、だ。
鼻血やら、噛んだらしい口から血を流してそいつが倒れるのと同時くらいに、この隙を作り出す声をかけた人物――ユーク王子が姿を見せる。
「よう。魔力は得られたのか?」
「いいや。確認する前に、この騒ぎでね」
ユーク王子が肩を竦める。
「なあ、王子。話はあるだろうが、それはひとまず、こいつらを片付けてからってことでいいか?」
ルミナリエもそうだが、それよりも優先すべき対象が現れたんだ。こいつらの注意も釣れるはずだ。
「あの、ルシオン? 一応言っとくけど、俺だって、ルミナリエやレアード王子、マリエッタ姫と同じように王子なんだけど」
「それがどうかしたのか?」
そんなことは言われなくても承知している。
そもそも、ユーク王子の練度は知っているし、要は、囮としての役割を数秒でも引き受けてくれればそれでいい。
しかし、そう言ってしまえば囮としての機能はなくなるので、察してもらうしかないけどな。
「人使いが荒いな。まったく」
そう言いつつ、自分が狙われているとわかっていながら、惹きつけ役を買って出てくれた辺り、多少は情とか、あるいは責任とか感じてくれてんのか?
「もうひとつの本命もわざわざ出てきてくれるとは、愚か」
「もうひとつの本命だって? 浮気はよくないな」
背中の方からそんな軽口が聞こえてくる。
相手の練度はわからないが、早めに片付けてユーク王子に加勢する必要はあるだろう。少なくとも相手は、他国にまで出向いての暗殺の命とを受ける程の手練れなんだから。
「ルシオン、俺の方なら心配ないぞ」
まだ向き合っているだけだとはいえ、さすがに目の前の相手から視線を切る程の余裕はないが、心配ないってんなら信じればいいだけだ。
そもそも、ユーク王子がどうなろうと直接的には俺に何か関係があるわけじゃないしな……ってのは冷たすぎるか。
とはいえ。
「おい、王子。死ぬなよ。さすがに死なれちゃ夢見が悪い」
「ふっ。王子に対する言葉遣いじゃないな」
そう答えたユーク王子の言葉は、どことなく楽しそうに聞こえた。
対峙する相手がひとりだけになったことで、俺にも余裕が生まれる。これで後ろから斬られたら洒落にならないけど、信頼はともかく、信用すると決める。
「ルシオン。他に伏兵はいません」
窓を開けたルミナリエが告げるのと同時に、正面の相手がナイフらしき物を投げる。
しかし、それはルミナリエに届くことなく、馬車の手前で弾かれたように地面に落ちる。言うまでもなく、ルミナリエの展開しているシールドの効果だ。
そして、試すという意図じゃなかった場合、やはりこいつらに魔力やら魔法を感知することはできないってことになる。表情から察するに、後者みたいだな。
「そんな半端な攻撃じゃ、牽制にはならねえぞ」
「そのようだな」
わかったなら、さっさと撤退して欲しいもんだな。
ついでに、こんな馬鹿馬鹿しいことは諦めて貰えると助かる。
「しかし、それも無限に続けられるわけではあるまい?」
「ひとりぶっ飛ばしといて言うのもなんだけど、交渉する気はなしか」
「知れたこと」
まあ、そんな気があるんなら、こんな異国までわざわざ追いかけては来ねえよな。
相手の得物は、見えてる限りじゃ、両手の人差し指に引っ掛けるようにして持っている小刀一本づつ。対して俺には得物はないが。
「素手で我らとやり合う気か、小僧」
「さてね。びびってんなら、尻尾巻いて帰ってくれてもいいんだぜ」
対峙する男の目が細められ、しかし、やはり魔力の流れは見せずに突っ込んで来る。
喉元を狙って振りぬかれようとしたその小刀は、俺の手刀に――正確には、手の側面に展開したごく狭い範囲のバリアに防がれて、その刃を止める。
そのまま俺は手首を返し、そいつの手首を掴んで地面に叩きつけるが、それで気絶と上手くいってはくれず、多少ダメージを負った様子ながらも、相手は俺の追撃を許さず、即座に、距離をとるように転がって後退した。
「なるほど。今のが魔法か?」
「さてな。お前の武器の手入れが雑で、切れ味が下がってたんじゃねえのか?」
ルミナリエが楽しみにしている、とは言えないかもしれないが、せっかくの『お披露目』だってのに、こんなことでケチをつけさせるわけにはいかねえ。
早いところケリをつけさせてもらおう。
今見せた防御に相手が気を取られているうちに、俺は距離を詰め、こちらから攻勢に出る。
このタイミングで背後から奇襲がなかったってことは、これ以上の襲撃は、少なくとも今、この場ではないと考えても大丈夫だろう。なにせ、今俺の背中はがら空きで、刺すなら絶好の機会だったわけだしな。
ついでに、拳銃とか、狙撃もないだろう。あるなら初手で使っているはずだし。
そもそも、銃器はこの世界に存在しているのか?
この国の隊舎じゃ訓練しているのは見なかったけど、それは魔法って武力があるからだしな。
まあ、考えてもわからねえものはわからねえか。
「……貴様。その歳でこれほどの手練れとは、一体どのような」
「いや。本当に俺なんか大したことはねえよ。騎士団とか、小隊の人たちには、ぼっこぼこにされるしな」
比べている相手が、国のトップを張るような集団だってのは考慮するべきなのかもしれないけど。要するに軍人と比べてるみたいなもんだし。
それでも、俺が勝てるような年長者がいれば、同年代くらいでも俺よりずっと手練れの奴もいる。
たしかにここは魔法王国ではあるけど、決して魔法に頼りきりってわけじゃねえ。
それはつまり『聖女』の……いや、これは俺の考えることじゃないってしていたんだったな。
「それでも、俺は、お前らには負けねえよ」
むしろ自分に言い聞かせるようにつぶやく。
もはや言葉は不要とばかりに俺たちは睨み合い。
何を考えたのか、相手はその場で自分のナイフを捨て去った。
「こんなものは不要。お前との決着をつけるのにはな」
そして、スタンディングスタートみたいに構える。
避けられねえな、この位置だと。ルミナリエの障壁を信じてないわけじゃないが、避ければ馬車が破壊されそうだ。
仕方ねえ。
この場で迎え撃つしかねえな。
こんな状況じゃなければ、手合わせを申し出たいほどの見事な体捌きで、俺のもとへと突っ込んできた拳を、身体ごと回転することで受け流し、その勢いを利用して、後ろ回し蹴りを背後から食らわせる。
遠心力のおかげで、相手は馬車へとは突っ込まず、回し蹴りを放った方向へと、文字通りに吹っ飛ばされる。




