聖女様とエカルノの王子 11
◇ ◇ ◇
「ルシオン。あなたも十分に気をつけていていてください」
お披露目へと出かける馬車へと乗り込む前、ルミナリエが俺の服の裾をきゅっと引っ張る。
「ん? ああ、大丈夫だぞ。心配すんな」
刺客の話をルミナリエにしてはいない。しかし、どういうわけか、ルミナリエはそのことを知っているような口ぶりだった。
俺だけじゃなく、お披露目の際には警護担当の人員も配置されるし、そう簡単にはこっちに手を出すことはできないはずだが。
しかし、人数が多いということに慢心はできないってのもわかっている。
「お姉様、ルシオン。早く早く」
馬車の窓からマリエッタ姫が手を振る。
この日ばかりは、他の国民に遠慮する必要がなく、大好きなお姉様と一緒にいられるということで、マリエッタ姫は大層ご機嫌な様子だ。その笑顔を、下手なニュースで曇らせたくはないが。
「お待たせしました、マリエッタ、レアード」
しかし、念のため報告しておこうとした俺に、ルミナリエが手を挙げて口を塞がせる。
「問題ありません」
ルミナリエはちらりと後ろ、見送りのために出てきているメンデル国王とフェリータ王妃の方を振り返る。
大丈夫って……やっぱりこいつ、俺たちの会話を知ってるんじゃないのか?
「とにかく、あなたは意外と信用されているということです。それに、レアードとマリエッタに話してしまうのは、お父様の意図から外れてしまいますから」
なんだ、その、お父様の意図ってのは。
しかし、それを尋ねる前に扉は閉まってしまい、直接本人に確認することはできなくなる。それに、レアード王子とマリエッタ姫には話せないってことは、この場で聞いても教えては貰えないんだろう。
「お姉様とルシオン、内緒話?」
ルミナリエの正面に座るマリエッタ姫が、ぐいっと身体を乗り出してくる。
この馬車に乗っているのは俺とルミナリエ、それからレアード王子とマリエッタ姫だけで、ユーク王子は乗り込んでいない。
というのも、他の国民に混ざればもしかしたらという考えがあるらしいけど、この状況ではむしろ身の危険を高めるだけだと思うんだよな。
「それにしてもユーク王子って、本当にお姉様と結婚するつもりがあるのかしら? たしかにお金持ちで、イケメンだし、包容力とかもありそうだけど、やっぱり愛がなくちゃいけないわよね」
まったく、とマリエッタ姫は頬を膨らませる。
そこは政略結婚なんだから、とは言えないよなあ。
そもそも俺だって、マリエッタ姫と同じような意見なわけだし。
「そう悪くいうものではない、マリエッタ。こうして遠くの地まで遊学に出て、見聞を広めようという姿勢は、私も見習うべき立派な志だと思う」
それは果たして、ルミナリエよりも年下の男子が志すようなことなんだろうか。
それとも、王族ってのは、皆そういう感じで使命に燃えているのか? あるいはレアード王子が後継者だからそう思っているのか?
「あたしも旅行には行ってみたいわ。クノップラとか、フォンネとか、ビセイユとか、近くなら構わないわよね? ねえ、お兄様もお父様たちに出かけられるように一緒に頼んでくれない?」
好奇心が旺盛なマリエッタ姫のこういうところは、ルミナリエに似ているのかもしれない。
ルミナリエは『聖女』になる前には、演奏会だかに呼ばれて外国に出かけることもあったみたいだけど、マリエッタ姫はそれには同行しなかったみたいだな。
「ルシオンみたい、とはいかなくても、あたしにもこんな風に一緒にいてくれる人がいてくれたらいいのかしら?」
やっぱり、次の『聖女』のところへ向かうときには、マリエッタ姫も一緒にと誘った方が良いのか?
俺ひとりでも、ルミナリエとマリエッタ姫のふたりくらいなら、なんとかなる……かもしれないし。
「なあ――」
「ルシオン。着きましたよ」
俺が提案しかけたところで、ルミナリエが俺の服の裾を引く。
気を引き締め直さないとな。護衛として、余計なことを考えているわけにはいかねえ。
「どうかしたの? ルシオン」
マリエッタ姫が首を傾げて俺の方を見るが。
「いや、なんでもない」
俺は静かに首を振り、馬車の扉を開いて、台を用意する。
すでに、周囲には人だかりができていて、前回と同じように大きな歓声が沸き起こっている。お祭り騒ぎだ。
ユーク王子が王都、というより王城に滞在するだろうことくらいは予想できているはずだから、狙うとしたら、混乱に乗じやすい王都で事を起こすと思うんだけどな。
そのユーク王子は、もちろん、人だかりの中に紛れていて姿を探すことはできそうにない。
ルミナリエが姿を見せたことで、興奮は最高潮に達し、そこで――
「なんだっ!」
人だかりの後ろの方から悲鳴に近い絶叫が上がる。
叫び声を聞いた警備員が向かうと、人だかりが裂け、黒っぽいフードを被った3人組が駆けだしてくる。その手には、血と思われる紅く染まったナイフが握られている。
今斬りつけたってことか?
「姫様に近づけさせるな!」
警護のために道に張り付いていた騎士たちが集結する。
もちろん、俺も対応しようとそちらを向くが。
「ルシオン。そちらからではありません。本命は――」
正面から、人混みを縫うようにして駆け寄って来る影があり、そいつは直前で跳躍すると、そのまま馬車に飛び乗らんばかりに落下してくる。
太陽の光に反射して、手元が一瞬、眩しく光る。
迎撃のため俺も構えたが、そいつの刃は射程に入る前に、ルミナリエの障壁により弾かれる。
「姉上!」
「お姉様!」
一瞬遅れて、レアード王子とマリエッタ姫が叫び声をあげる。
その襲撃者はふたりには目もくれず、空中で態勢を整えると、見事な体捌きで着地する。
「あなた方は、この国の人間ではありませんね?」
ルミナリエの静かな声が響き、レアード王子とマリエッタ姫が「えっ?」という顔を向ける。
「残念ながら、この馬車にはユーク王子は乗っていませんよ」
静かに告げるルミナリエだったが。
「我々の狙いは王子だけではない」
「聖女殿。その命、頂戴仕る」
こいつら、ルミナリエのことを狙ってんのか?
しかし、一体何故。
真に『聖女』の事を知っていれば、『聖女』だからという理由で殺しても、意味はないとわかるはずだが。
つまり、こいつらはこのヴァンブリグの人間じゃねえな。
「ルミナリエ。それから、マリエッタ姫とレアード王子も、下がっていてくれ」
俺は3人を馬車の中へと戻らせて、襲撃者と対峙する。
「護衛か」
「しかし、我ら相手にひとりで対峙するとは、愚か」
時間をかければ自分たちが不利になるとわかっているのか、迷う様子を見せずに、そいつらは突っ込んでくる。
たしかに時間をかければ特務小隊も駆けつけてくるからな。
というより、すでにこの事態は知っているはずだし、ここへ来るまでもう間もないはずだ。
だからといって、俺のやることは変わらない。
「お前らには、ルミナリエにも、レアード王子にも、マリエッタ姫にも、指一本触れさせはしねえ」
こっちから仕掛けるのは危険。
他に伏兵がいないとも限らず、ルミナリエたちの傍を離れるわけにはいかないこちらとしては、この位置を離れるわけにはいかねえ。
「ひとつ聞きてえ。お前らの狙いはユーク王子の方じゃねえのか? 何故ルミナリエを狙う」
そこをはっきりさせとかなければ、今だけ、一時的に対処しても同じことが起こる可能性がある。
「……我らが話すと思うか?」
「いいや。話さねえなら、聞き出すだけだ」
ルミナリエだって、こんな暇つぶしは望んでいないはずだ。
その役目は俺に任せて貰おう。




