聖女様とエカルノの王子 10
◇ ◇ ◇
「なあ、ルシオン。今日は『お披露目』ってのがあるんだろう?」
翌日も朝早くから訪ねてきたユーク王子が口にしたその言葉に、俺は眉を顰めた。
元々、ユーク王子は『聖女』の力を狙ってきた……それは言い過ぎかもしれないけど、狙いがこの国の『聖女』に関する事だったのは事実だ。直接聞いているしな。
もしかしたらカマをかけてきているのかもしれないが、生憎と、俺は腹芸は得意じゃねえ。
「それには俺も参加していいのか?」
「どう聞いているのか知らねえけど、それは俺に止められることじゃねえぞ」
ユーク王子をこの城に閉じ込めていられるってんなら、話は別だけど。
「お披露目ってのは、つまり、この国の国民に『聖女』の姿を見せることが目的の行事だからな。ルミナリエは馬車に乗って各地を回るんだが、参加するのに資格はいらないみたいだ」
俺もお披露目に参加したのは、来てすぐのものと、この間のサンベルードでのアンリエッタのものだけだが、たとえば『聖女』の降り立つ広場に入場規制がかけられるなどといったこともない。
その辺りは国民の人間性を信頼しているのか。
「俺はルミナリエの護衛も兼ねて同じ馬車に乗り込むけど、そっちに関しては、俺より、国王様とかに聞いた方が良いと思うぞ」
今のところ、ユーク王子は魔力を得られていない。
つまり、ユーク王子が会った『聖女』はルミナリエだけだから(それもごく短時間だが)ルミナリエにはこのヴァンブリグの国民として認められていないってことになる。
認めるも何も、別の国の王子なんだから、当たり前だが。
だからこそ、結婚という手段を用いれば、同郷として認められる可能性も無きにしも非ずだったわけだが、偶然だろうが『聖女』の事を詳しくは知らない状態でその結論に行き着いていたことには驚きもある。
まあ、偶然だろうけど。
「ふむ。大多数の中に紛れ込めば……とも思ったんだがな。ほら、『聖女』がどうやって国民を認識しているのか、あるいはどうやったら『聖女』に国民として認識されるのかはわからないけど、恩恵を得られる国民の中に混ざれば、とね」
いくらルミナリエでも、あるいはアンリエッタでもその他の『聖女』でも同じだろうが、まさか国民の顔ひとりひとりを全員覚えているってことはないだろう……ないよな?
それにもかかわらず『お披露目』に参加した、あるいはちらりと見ただけの国民でも魔力を得られるってのは、多分、『聖女』が生まれるのと同じような理由で、この国、というより、、この土地のシステムみたいなものなんだろう。
ルミナリエとかアンリエッタ、それからリュゼの言を流用するなら、グラリアス様の加護、ということなのかもしれないが。
いずれにせよ、俺には直接ルミナリエに関するのでない限り、ユーク王子の行動を制限する権利はねえ。
「さっきも言ったけど、それ――外出は王様とかに許可を貰ってくれ。今、ルミナリエに会いに来たってんじゃないんなら、俺に口出しする権利はないからな」
「おや? じゃあ、今ルミナリエに会いたいと言ったら、会わせてくれるのかな?」
ルミナリエが構わないってんなら、それもいいんだが、それじゃあユーク王子の目的は達成、あるいは検証できないんだから、そんなことは言い出すはずもないだろう。
それに、個人的な面会だというのなら、多分、ルミナリエは断るはずだしな。
「……くっく、いやあ、失礼、冗談だよ。そんな顔をすることはないだろう」
「どんな顔だよ」
ユーク王子は俺のことを見ながら、忍び笑いを漏らす。
失礼な奴だが、そりゃ元からか。俺は気にしないし、ユーク王子も他人の前じゃそんなことはしないだろうしな。
「そういや、そんなに不特定多数の人間が集まるところに姿を晒していいのか? たしか、そっちの国じゃ、暗殺とかってのも流行ってんだろ?」
暗殺が流行るってのもおかしな言い方だが。
ここまでエカルノから追いかけてくるような追っ手がいるのかはわからないが、お披露目の現場は、人混みというのも生易しいからな。
どさくさに紛れてってのはやりやすいはずだ。
「あれ? 心配してくれるのかい?」
「冗談だろ。こっちに飛び火するのは止めてくれって話だ」
エカルノからの刺客がルミナリエを脅かすってのは、目の前の王子の例があるから言い切れはしないんだが、可能性としては低いだろう。
しかし、サンベルードでもあったように、この国の中には『聖女』の力を独占しようって輩が少なからず存在しているはずだ。
前回のお披露目の時の感じじゃ大丈夫そうだが、全員を把握しきるなんて、俺には不可能だ。
だから、人混みに紛れてユーク王子が襲われると、その混乱に乗じて事を起こそうとするやつがいるかもしれねえ。
もちろん、考え過ぎの類だとは思うが。
「心配ないだろう。この城の敷地内で連れて歩くことはしないからルシオンは知らないと思うが、俺だってひとりでヴァンブリグまで来ているわけじゃない」
王子だもんな。
ルミナリエは『聖女』だから参考にはならないかもしれないけど、マリエッタ姫が外に出ようと言ったなら、護衛は必ず複数つけられることだろう。それは国内であってもだ。
ならば、王子が他国に出かけるってのに護衛がいないわけがない。
どっちにしろ、俺の意見は変わらねえ。
ルミナリエの傍に控えるのは俺の役目で譲るつもりはないし、群衆に紛れて参加するのを止められることもない。
「精々、こっちに飛び火しないようにしてくれよ」
「もちろんさ。もし、そんな事態になれば、だけどね」
ユーク王子との会話を切り上げ、俺はルミナリエの下へ向かう。
すでに、朝の稽古は終わっていて、ヴァイオリンの音も止んでいる。
部屋の前で忘れずにノックをすれば、案の定、着替え中だと返事がきた。そのくらいは俺も学習しているんだ。
「ルシオン。あなたも着替えてください」
前回は俺に着替えを手伝わせたのに、と不思議に思わないでもなかったが、まあ、ルミナリエもお姫様である前に女の子だってことなんだろう。
年頃並みに羞恥心を覚えたってんなら、良いことだ。
「ルシオン? 何か、変なことを考えていませんか?」
相変わらず鋭く、ルミナリエが俺の顔を覗き込んでくる。
「いや。そんなことはねえぞ」
ユーク王子の事を話すべきかとも思ったが、聞かれたわけでもないし、わざわざ話す必要もないだろう。
刺客の話だって、確証もない、推測以前の可能性の話だってのに、いたずらに不安にさせるかもしれないことを吹き込むのは躊躇われる。
大したことがあるわけじゃないが――ここの国民にとっては大切な行事かもしれないけど――ルミナリエには自分のことに集中していて貰いたい。その他のことは、俺とか、周囲の人間が気を配ればいいことだ。
「……そうですか」
ルミナリエは、感情の読めない表情で、そうつぶやいた。
それから。
「ルシオン。前に言いましたよね。『聖女』は嘘をつけないと」
「そうだったな。誤魔化したり、黙っていたりすることはできるけどな」
屁理屈だし、このタイミングでその話をする理由に心当たりはあったが、俺にだって譲れない部分はある。
「知らずにいる方が良いことはほとんどない。そのことは、あなたも十分に理解しているはずですが」
これは、カマかけられてんのか?
それとも、俺とユーク王子の会話が聞こえていた?
しかし、だとしても問題ないと、俺の気持ちをはっきりと口にする。
「何があっても問題ねえ。ルミナリエのことは俺たちが――俺が必ず守ってみせる」
これは、慢心でも、自信でもなく、ただの俺の決意表明だ。
国内の、もしくは国外からの刺客であろうと、俺が必ず傍にいて守ってみせると。
「わ、わかりました」
俺の思いを伝えられたのか、ルミナリエの手を取って真摯に瞳を見ながら訴えると、ルミナリエはその宝石のような金の瞳を大きく見開き、頬を紅く染めながら、驚いたようにそう口にした。




