聖女様とエカルノの王子 7
◇ ◇ ◇
「男同士でそんな風に密着しながらお出掛けなんて、やらしい!」
ルミナリエにはああ言ったけど、俺とユーク王子との契約はまだ続いている。
ユーク王子の王都観光の付き添いという名目で、俺たちが出かけようとしていたところを、ルミナリエのいる別棟の様子を見に来ていたらしいマリエッタ王女に見つかった。
「ユーク王子はお姉様にフられたから、ルシオンに乗り換えたの? だめよ。ルシオンはお姉様のものなんだから」
そう言いながら、マリエッタ王女は翠の大きな瞳で俺たちを睨み、左右でふたつに縛った金の髪を揺らしながら、俺たちの間に割って入って引き離そうとしてくるので。
「いや、マリエッタ王女。ルシオンはルミナリエのことでいっぱいで、俺のことなんか眼中にはない。これは、ルミナリエのためにと訓練を積んでいるところなんだ」
「訓練ですって?」
ユーク王子が説明すると、マリエッタ王女は俺たちの顔を、じとっとした、疑っているような瞳で交互に見つめ。
「お姉様のためってどういうこと? そう言えば誤魔化せると思っているの?」
誤魔化すつもりなんか全くなく、素直に話したつもりだったんだが。
「このことはルミナリエも承知している。さすがに、昨日みたいに一緒に出掛けたりしたりはしないけど、そもそもの発端までさかのぼれば、ルミナリエの依頼だったんだ」
俺がユーク王子に女性の扱い方、エスコートの仕方、そんなようなことを習っているのは、ルミナリエが俺に女の子の扱いがなっていないみたいに言ってきたことが原因といえば原因なんだと事情を説明すると。
「本当に?」
「本当だ。ルミナリエに誓って、嘘はつかねえ」
まだ疑り深く俺のことを睨んでくるマリエッタ王女の瞳を、真摯にのぞき込んで訴える。
「わかったわ。お姉様は『聖女様』ですもの。そのお姉様に誓うというのなら、嘘はないわよね」
どうやら、一応は信じて貰えたようだ。納得はしていないみたいだったけど。
大きく息を吐きだしたマリエッタ姫は、何か思いついたように「そうだわ」と太陽のような笑顔を浮かべ。
「それなら、あたしが一肌脱いであげるわ。お姉様とルシオンのために」
この状況でそう言うってことは、まさか、ナンパについて来るつもりじゃないだろうな? あ、いやナンパには出かけないけど。
俺だけならまだ大丈夫だと思うが、『聖女』じゃないとはいえ、マリエッタ姫はこの国のお姫様だからな。俺の都合に勝手に巻き込んでしまうのはいかがなものか。
もっとも、向こうから巻き込まれに来ているって状況なんだが。
「だって、男同士でいくらやっていたって、本当に女の子の反応がわかるわけじゃないでしょう? だから、あたしが相手役を……お姉様の代役を務めてあげる」
まあ、たしかにユーク王子の協力だけじゃなく、マリエッタ王女の、つまり、実際の女の方の反応が貰えるのなら、訓練の成果も上がりやすくはなるだろう。女性側からの反応も分かりやすくなるし。
「俺は構わないよ。その間に、ルミナリエに……おっと、この街を見て回ろうかな。魔法のことだけじゃなくて、街中を見て回るのは、勉強にもなるからな」
ユーク王子は俺たちにひらひらと手を振りながら歩いていってしまう。
ルミナリエの部屋の方へは向かわなかったのでひと安心だが。
「本当はお父様たちに黙ってお姉様と遊びに来たんだけど、こうしておけば、一応、言い訳もできるものね」
ひとりで来たのは、兄であるレアード王子が王様になるための勉強中だからということらしい。
「お兄様は『姉上が立派に『聖女』としてのお勤めを果たされているのに、次期国王として国民の模範になるべき私がサボるわけにはいかない』とかって張り切っていて、全然、あたしに構ってくれないし、他に構ってくれる人もいなくて退屈なんだもの」
「それは、マリエッタ姫も勉強に励んだ方が良いんじゃねえのか? ルミナリエ――が勉強しているところは見たことねえが、いつも難しそうな本を読んでいるぞ」
ルミナリエほど、とは言えないし、同じくらいの年齢の普通の子供に同じことができるとは思わない(この国の学力の習熟度がどれほどのものかは知らないが)けど、そういった姿勢を見せるのが、国王様、王妃様の言っていた、国民の模範たる姿を見せるってことにもなってくるんじゃねえのか? それは何も、魔力に対する自制心ってことだけじゃないだろ。
「ルシオンもお姉様と比べるのね?」
途端、マリエッタ姫は太陽みたいだった笑顔を曇らせ。
「もういいわ、ルシオンの馬鹿ー。お姉様のことだって、えっと、とにかく、もう知らないんだから」
と、駆け出して行ってしまう。
女心ってものがわかっていないらしい俺にでも、ここは追いかけなくちゃならないと、身体のどこかが叫んでいるのがわかった。
マリエッタ王女は、意外にもすばしっこく、おまけに向こうは城の庭を俺なんかよりもよっぽど熟知しているものだから、いくら相手がルミナリエよりも小さな女子だからとはいえ、捕まえるのに少し時間がかかった。
「あーあ。捕まっちゃった」
マリエッタ姫は、まったく残念そうじゃない口調で。
もしかして、退屈だったから遊び相手が欲しかっただけだとか?
元々、遊びに来たって言っていたしな。
「くすくす。でもこのままじゃつまらないわね。そうだ。今度あたしを捕まえられたら、女の子のエスコートの仕方を教えてあげる」
あたしがもういいって言うまで待っていてねー、と言い残したマリエッタ姫は、笑顔で走り去ってゆく。
やることは、王女様の暇つぶし相手、って意味じゃいつもと同じだったけど、副賞がそういうことなら、こっちも本気でやるしかないな。
クティス達だって、俺があからさまに手を抜くとむくれていたし。
しかし、7歳の女子相手の鬼ごっこなんて、手を抜いたって、それほど変わらないんだよな。
そう思っていたんだが。
「意外と早いな、あのお姫様は」
隠れるのも上手いし、見つけて追いかけて行っても、少しすると俺の方が引き離されている。
信じられない体力と身体能力だ。
ひと回りどころじゃなく年上の俺が引き離されてるって、どんな魔法だ……ってそうか。
「魔法を使ってんのか」
俺が習ったのは防御とかの仕方くらいだけど、マリエッタ王女はこの魔法王国って名乗っている国の姫だもんな。そりゃ、魔法くらい使うわな。
恐らくは、自身の身体能力でも向上させる魔法があるんだろう。
俺にも使えるのか、それ?
「つうか、それに慣れちまうと、戻った時に苦労しそうだが」
しかし、使えなけりゃ、俺にはマリエッタ姫を捕まえることは難しいだろう。
戻ってルミナリエに方法を尋ねるってのもひとつの手だが、それじゃ、意味ないしな。
「これは、この国にいる間は、魔力……いや、魔法か? そっちの訓練も並行してやった方がいいな」
なにも、今、マリエッタ姫を捕まえるのに必要ってことだけじゃなく、また他の『聖女様』に会いに行く時にも護衛として身に付けておいた方が良い、いや、身に付けておくべき技能だろうからな。
しかし、身体能力の差をこうもあっさり覆すものだとは。
それなら、前に襲ってきた連中のあの練度の低さはなんだ?
それはともかく、メンデル国王も『聖女』に近いほど影響を受けやすいって言っていたからな。
ルミナリエとマリエッタ王女は、棟こそ違えど、同じ敷地内に住んでいて、血縁的な繋がりが魔法の行使に関係あるのかはわからないけど、あるいは、王族として魔力を受け取る効率がいいみたいなことでもあるのか。
まあ、その辺りは俺が考えることじゃねえな。
「よし。何としても捕まえてやるぜ」
ルミナリエのためにもな。
俺は思い出すように魔力を使うことに集中して、ついでにマリエッタ王女の位置も探索しよう。
そう思えば、頭の中になのかどうなのか、マリエッタ姫のいる位置もわかるような気がしてくる。
「あっちか」
その反応に従って、俺も地面を駆けだした。




