聖女様とエカルノの王子 6
◇ ◇ ◇
「なあ、ルミナリエ。そろそろこっちを向いてくれないか」
俺はベッドの横で椅子に座り、精一杯ルミナリエに語り掛ける。
しかし、ベッドの上のお姫様は俺が帰ってきてからずっとこの調子で、目を合わせるどころか、俺の方を見ようとすらしない。
「別に私は怒ってなどいません。ただ野鳥の生態の観察をしているだけです」
それはベッドの上で横になりながらでもできることなのか? その位置からだと、角度的に外を見られる範囲はひどく限定的だと思うんだが。そもそも、すでに夕方で、野鳥は巣に帰っているはずだ。
まあ、たしかに、ルミナリエをほったらかしにしたのは悪かったと思ってるよ。俺はルミナリエのためにここにいるってのに。
「……別に、私はルシオンをここに、それから私に縛り付けようとは思っていません。ただでさえ、ここに呼びつけてしまって迷惑をかけてしまっているとは理解していますから」
表情を伺いみることはできないが、多分、寂しそうな顔をしているんだろうなってことは、声の調子から何となくわかる。
これでももう数か月は、文字通り、ずっと一緒にいるんだからな。
「でも、それと感情は別の問題だろ」
俺はふかふかのベッドに上り、そっぽを向いたままのルミナリエを背中側から抱きしめた。
「きゃっ」
痴漢! とかって騒がれるかと思ったが、そんなことはなく、ルミナリエは大人しく俺の腕の中に納まる。
「悪かった。お前はここから自由に動けないのに、俺だけ遊びに出かけたりして」
ルミナリエの身体は細く、やわらかくて、おまけに良い香りがする。
これだけ強く抱きしめれば、寂しさを感じずに済むだろうか。
俺は、俺がここにいることを証明するように、しばらくルミナリエを捕まえて放さなかった。
しばらくは緊張したように身体をこわばらせていたルミナリエだったが、時間が経つにつれ、徐々に俺に身体を預けるように寄りかかってくる。
「……これもユーク王子から習ったことですか?」
ルミナリエが『聖女』として嘘をつくことはできないのに、俺だけが嘘をつくというのはどうだろう。
たしかに、寂しそうな子は強く抱きしめてあげるといいよ、とは言っていたけど。
「それはそうだが、今、ルミナリエを抱きしめようと思ったのは俺の意志だから。誰かに強制されたことでも、促されたことでもねえよ」
魔法だって、使う人間の心の持ちようの問題だって言ってただろ?
だったら、たとえ誰かから習った事であったとしても、今、俺がルミナリエを抱きしめているって事実は変わらないし、それが真実だから、それでよしとしてはくれねえかな。
「口も上手くなったんですね」
「お前の受け売りだよ」
それからルミナリエは振り返り、上目遣いに俺を見つめて、その神秘的な金の瞳を静かに閉じる。
これは、多分、待っているんだよな?
しかし、それは俺がやってしまっていいことなのか?
降り積もったばかりの新雪に、最初に土足で跡をつけるような気が、わずかに俺を躊躇わせる。
しかし、いつまでもこのままルミナリエを待たせるのも、紳士として……男として、失格だ。
俺はそっと頤に手をかけて――
「今はこれでいいだろ」
ルミナリエの額にキスをする。
離れてルミナリエの表情を伺えば、わずかに不満の色が見える。
大人ぶりたかったのはわかるけど。
「そっちはお前に本当に大切に思える人ができるまでとっておいた方がいいだろ」
俺みたいに、いずれいなくなっちまうかもしれないような奴じゃなく、本当に、生涯寄り添ってもいいと思えるような奴のために。
「……やっぱり、ルシオンは鈍感です」
ルミナリエの希望を叶えつつ、初物だけは奪わないという、我ながらナイスなアイディアだと思ったんだけどな。
将来、ルミナリエと付き合うやつが、嫌な思いをしても困るし、ルミナリエだって、一時の感情に流されたと後悔するかもしれねえしな。
「そんなの……もうっ、何でもありません。ルシオンの馬鹿」
ルミナリエはそう言ってベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めると、足をパタパタとさせる。
俺なりに、気を遣ったつもりだったんだが、どうやら、やはり、まだまだ女心ってやつの把握には時間がかかるらしい。
「……で、ですが、私は王女ですし、あなたの主人でもありますから、あなたの働きと頑張りには、私も誠意をもって答えないといけません」
俺は夕食の準備でもするかと思っていたが、案の定、部屋の外にはすでに食事を乗せた台が止められていて。
それを中へと運んで戻ってくると、頬を紅く染めたルミナリエが、何やら言い訳めいたことを言いながら、指を立てた。
「ですから、ルシオン。こちらへ来てくれますか」
俺は夕食の準備を途中で止めて、台車をテーブルの隣に置き去りにしたまま、ベッドのルミナリエの隣に腰を下ろす。
「目を瞑って、動かないでくださいね」
何をするつもりかと思ったが、とりあえず言われた通りにしていれば、直後、頬に花びらのようなものが触れた感触があった。
「こ、これは、ただ、その、いつも私のためにいてくれるルシオンに、感謝を示したかっただけですから。今すぐに、ここで私にできることをと考えただけで、他意はありませんから」
人の忠告を無視してなにやってんだ。
話を聞かない奴か。
「そ、そうです。あなたも見たでしょう? マリエッタが私にキスをしていたと思いますが、あれと同じようなものです」
まあ、たしかに挨拶とかですることはあるけど、それは家族とか友人とか……そういう風に区分したとき、暇つぶし相手ってのはどこのカテゴリーに入って来るんだ?
「そ、そうか……」
「え、ええ、そうです……」
ルミナリエが気にしないというんなら、俺の方も気にしないでいるのが正解なんだろうが。
「そ、そうです。冷めないうちに夕食にしましょう。せっかく準備してくださっているものですから」
「そ、そうだな」
机の上で俺たちは向かい合って食事をするんだが、ついつい、フォークを運ばれる口元――唇を見てしまって、気が付けば、ルミナリエも同じような態勢で固まっている。
「わ、私に遠慮しなくても良いのですよ……」
「ルミナリエこそ……」
促されたとはいえ、自分でやった事だってのに、気まずい。
やっぱり食事の前に、風呂に入るとか、一旦離れて落ち着く時間を取った方が良かったか?
食事を終え、ルミナリエが風呂に入っている最中、俺は流しで食器を洗っていたんだが、浴室からなんとも言えない声が聞こえてきて、危うく食器を落とすところだった。
ここまで聞こえてくるって、どんだけ大声で叫んだんだよ。
「今日は風呂場で倒れるとかってのだけは、勘弁してくれよ……」
いくら相手が9歳だかの幼女だとはいえ……いや、大丈夫、俺の精神力を信じるんだ。
しかし、考えまいとすればするほど、具体的な妄想が浮かびそうになり、俺は頭を振ってそれをかき消す。
大分、ユーク王子と、さっきの出来事に引っ張られているらしい。
これじゃあだめだと、俺は食器を片付けた後、一心不乱に筋トレに打ち込んだ。
「……ルシオン、どうぞ」
ルミナリエが風呂を出てきたのは、俺がトレーニングを終えて十分に経ってからで、顔は真っ赤に染まっていて、明らかにのぼせている様子だったが、とりあえず、ネグリジェはきちんと着られているみたいだった。
とりあえず、その場で倒れ込んだりしないよう、ベッドまではエスコートして、それから風呂場へ向かった。
冷水でも浴びて、頭を冷やそう。
俺の身体が熱を持っていたせいか、シャワーは思ったよりも冷たかった。




