聖女様とエカルノの王子 5
◇ ◇ ◇
「で? 何でこうなってんだよ」
ユーク王子に相談をしてから数時間後、俺はユーク王子と馬車に乗って街まで降りてきていた。
「何でって言われてもね。さっきも説明したけど、女の子を口説く、喜ばせる文句を学びたいならやっぱり実践あるのみだからね」
どうやらこの王子、俺に街でナンパをさせたいらしい。
ちなみに、ルミナリエはついて来ていない。外に出るのには色々と問題があるし、ナンパの付き合いなんかに付き合わせたくもなかった。
実際、俺がルミナリエの暇つぶしの職務を放棄してユーク王子と街にナンパ……遊びに出かけるって告げた時のルミナリエは氷柱みたいな目で見つめて、いや、睨んできて。
「……別に、ルシオンがユーク王子と街までナ、ナンパに出かけるのに、私に許可を取る必要なんかありません。あなたは元々私が無理やりお願いしてここにいて貰っているわけですし、私は勝手に外に、どころかこの部屋からも滅多に出られませんけれど、あなたはどうぞご勝手に街でも、どこへでも行って、女の子に声をかけて、デートでも何でもしてきたらいいじゃないですか」
そう言って、びっちりと数式やら記号やらが書かれた本を取り出して、つまらなそうな目でページをめくり始めた。
「……ルシオン」
「なんだよ」
俺が部屋から出るときにちらっとだけ俺の方へ視線を向けてきたが、それ以上何かを言われることはなかった。
いや、俺だってルミナリエをおいて俺だけ外でナンパに出かけるってのは思うところもあるが。
「ナンパなんてのは簡単だよ。可愛いなって思った女の子がいたら、声をかけて、お茶にでも誘えばいいのさ」
「だから、俺が教えてくれって言ったのは、ナンパの方法じゃなくてだな……」
こいつ、俺の方が勝負に勝ったんだってこと忘れてんじゃねえだろうな?
「大丈夫、大丈夫、ルシオンの顔だって、俺ほどじゃないけど、十分……あっ、ほら、見てみなよ、あそこの角のケーキ屋に並んでる女の子たち」
しかし、ユーク王子は俺の話なんかに聞く耳を持ってはいなくて、手当たり次第というか、見かけ次第で声をかけに行こうとするので、俺は手首を掴んで引き留めた。
「いいからちょっと待て」
周りを見てみても、俺は多分、この国の一般人の服装に馴染んでいるはずだけど、ユーク王子の方は、明らかに『他の国から来た身分の高そうな人』ってイメージを隠しきれていない。そもそも、隠す気がなさそうだったが。
「お前なあ。一応、王子様なんだろ? 護衛もつけずにこんな風に遊びまわるなんて、危機感とかねえのか?」
「危機感ねえ。この国ではないかな。エカルノの方じゃ王宮での暗殺は結構あるけどね」
俺がぎょっとして立ち止まったのを、ユーク王子は笑いながら振り返り。
「どうかしたのかい?」
「いや、どうかしたのかって、王宮での暗殺とか、そんな笑って流せるような話じゃないだろ」
ユーク王子に対しては警戒を解いてはいない俺でも、身の安全を心配してしまうくらいには、大事だと思うんだが。
「そうかな? 俺は今こうしてピンピンしているし、問題はないんじゃないか? 犯人だって、そう難しい話じゃない。どうせ、15人いる兄弟姉妹の内、誰かの母親か父親だろうからな」
「どうせって、身内に犯人がいるってことの方が問題だろ。つうか、そこまでわかってんなら、どうせ目星も付いてんだろ? なんで」
「なんで糾弾しないかって?」
指摘しようとしたことを先に言われ、俺は黙って頷く。
「兄弟姉妹といっても、腹違いを含めてだからな。今の皇帝……まあ、俺の父だけど、皇帝には妃が6人ほどいてね。跡取り問題で諍いが続いているのさ。誰も皆、自分の子を次の皇帝にってね」
妃が6人って、マジかよ。
この世界、いや、このヴァルヴリグじゃ、国王の王妃はひとりだけだし、それが普通なのかと思ってたけど、やっぱりこの世界でも国によって色々あんだな。
「だが、あいつらは皇帝の器じゃない。ああ、勘違いはしないでくれよ。俺たちは別に仲が悪いってわけじゃない。むしろ、あの親同士の腹違いの子供だとにわかには信じられないくらいに皆仲は良いんだ」
つまり、妃の方に問題があるってわけだな。
まあ、一番の問題はその皇帝自身だろうが。それとも、エカルノじゃそれが普通なのか?
「どうかな。父の代はそれほど揉めなかったと聞くけと、遡れば血まみれの闘争だったって歴史もある」
「じゃあ、暗殺とかってのは、その派閥? それとも、後継ぎか? その争いのうちってことなのか?」
死んだら継承も何もなくなるしな。
「ああ。だが、こんなことはさっさと終わらせたい。元より、俺たち兄弟姉妹には権力欲とかはあんまりないんだ。少なくとも表面上はね。皆、俺が次の皇帝を継ぐものと思っているし、なんなら応援もしてくれている」
「お前の話はわかったけど、それが何でルミナリエとの結婚って話になるんだ? それから、昨日今日の態度は何だ?」
お前らの後宮の話はお前らの国の問題だろ?
それとルミナリエと結婚することと、何の関係があるってんだ。
「力を付けようとしたら、強い国の後ろ盾が手っ取り早いだろ。この国は鎖国してるってわけじゃないし、魔法って力もある。上の代さえ黙らせられれば、俺たち兄弟で力を合わせて統治していくことは可能だと信じている」
こいつにはこいつで、はっきりした目的があるらしい。
言ってしまえば『聖女』の……魔法の力を利用したいってことなんだが。
「だけど、ルミナリエと結婚したからって、そっちの国に行ってまで『聖女』の力が有効かどうかはわからねえぞ。『聖女』の力ってのは、この国の人を守りたい、って神様だかの願いから力を得たってことらしいからな」
俺も聞きかじりだから詳しくは……って、そもそも、これも『聖女』の感覚の話だから、俺がうまく説明できることじゃないんだけどな。
「ルシオン。それは君がこの国の住人だからそうわかる、そしてルミナリエに直接話を聞いているからそう思えるってだけだろう? うちの国の人間がわかる話じゃない。ようは、抑止力さ」
俺たちはしばらく無言で見つめ合い。
なるほどな、話はわかった。というより、事情は理解した。
「けど、それはお前らの国、もっと言えば、お前ら兄弟姉妹が解決すべき問題じゃねえのか? 他国の力を当てにするってのは間違ってるだろ」
あるいは、それほどまでにどうしようもない状況かってことか。
「耳が痛いね」
「とにかく、その話は俺じゃなく、ルミナリエに直接してくれ」
話を聞くくらいなら、あいつも断ったりはしないだろう。
その先はどうか知らねえが。
「おや。昨日、あれだけ俺を敵視していた人間の言葉とはとても思えないね」
「事情を聴いて黙っていられるほど、俺は冷血漢じゃねえよ。それに、許可したのは話をするまでだ。強引に連れ去るとか、それ以外の事をしようとしたら、ぶっ飛ばすからな」
正確に言えば、話を聞くように取り次ぐことくらいだな。実際に判断するのはルミナリエだ。
「ふうん。俺の方から振っておいてなんだけど、本当にいいのかい?」
ユーク王子は意味ありげに俺をみて笑顔、って程でもないが、微笑みを浮かべる。
「いいって、何がだ?」
「俺がルミナリエを口説いてしまっても構わないのかってことさ」
自信ありそうだけど、お前、もうルミナリエに1度振られてるからな?
「それとも自信があるのかい? ルミナリエが俺には靡かないって」
「そんなんじゃねえよ。あとな。軽々しく、ルミナリエって呼ぶんじゃねえ。馴れ馴れしいんだよ」
王子ってのはどこもそうなのか? 他の王子に、あー、レアード王子以外、会ったことはないが。そのレアード王子ともほとんど話せていないし。
睨みながらそう言えば、何がおかしいのか、ユーク王子は腹を抱えて笑った。




