聖女様とエカルノの王子 4
◇ ◇ ◇
驚いたことに、翌朝にもユーク王子はルミナリエの元を訪れた。
昨日、あれだけはっきりと断られたのにもかかわらずめげないとはな。本当に根性のある奴だ。
それに、ルミナリエの予想じゃ、ここを訪れた目的は『聖女』から魔力を得ること、そして、魔法を手にすることだったんだろうって話だから、それが無理だとわかっていても構わずに訪ねてくるとは。
「変わらず見事な番犬ぶりだね、君は。たしか、ルシオンとか言っていたかな?」
ユーク王子は、皮肉めいた言葉と共に、やれやれというように肩を竦めた。
「今日の俺は『聖女』の力を求めてきたわけじゃない。単純に彼女に興味を――好意を持って会いに来ただけだよ」
「こんなに朝早くからか? 残念ながら、ルミナリエはあと30分くらいはしないと起きねえぞ」
俺が朝から個人的に鍛錬をしていることを、ユーク王子は知らないはずだ。
どうやってここに入るつもりだったのか知らないが、額面通りに受け取って「はいどうぞ」と通すわけにはいかねえ。
だから帰れとは言わなかったが、中へと招き入れることもしなかった。
「精が出るねえ」
俺が鍛錬をしているのを見学しながら、ユーク王子は、自分でも腰に差した細長い剣を抜き、数度振るってみせた。
「きみがそうしているのは、ルミナリエを守るためかな?」
ルミナリエへの馴れ馴れしい呼び方に、すこしだけイラっとしたが、目くじらを立てるほどじゃねえ。
これは、俺がこっちの世界に来る前から、日課のようにこなしている事であって、特別、ルミナリエのためというわけじゃなかったが、それをわざわざ説明することもないだろう。
鍛錬の間は鍛錬だけに集中したい。
もちろん、この程度の会話で集中力が乱されるってこともなかったが。
その沈黙をどうとったのか、ユーク王子は。
「なるほど。しかし、きみが――いや、きみたちが、かな? そういう態度をとっているからこそ、この国の『聖女』って人たちはこんな風に隔離されてしまっているんじゃないかな?」
俺は思わず足を止める。
図星を指されたってわけじゃなく、それが俺の考えと似通っていたからだ。
「おや? 図星を指されて動揺するなんて、君も意外と――」
「そうだよな。俺もそう思う」
俺が同意したのが意外だったのか、ユーク王子は間抜けな――ぽかんとした表情を浮かべた。
これは……話しても大丈夫なことだよな?
「俺も別のところから――魔法の使えない別のところから来たからわかるけど、別に、魔法ってのは人の世界において必須な技術、技能じゃねえ。もちろん、あれば格段に便利なことは事実だけどな。だけど、この国の人は魔法を神聖視するあまりに『聖女』を特別視し過ぎだ。それが余計な問題を招いている」
実際に『聖女』に力があることが問題だとは言わねえ。
ルミナリエの言っていたことの受け売りだが、使おうとする人間の意志が問題になるんだ。
「俺たちが前に出かけていた他の『聖女』のところでもな、それが原因で面倒事が起こってた」
『聖女』の力ってのは、魔法を使えるようにするだけじゃなく、加護だとかってのもあるみたいだから、一概には言い切れないが。
「『聖女』の力ってのは、ただそこにあるだけのものだ。本人が……あー、いや、とにかく『聖女』に頼り切るんじゃなく、むしろ、住人の方に『聖女』を受け入れる態勢を整えさせなくちゃいけないんだよ。意識改革のレベルだし、俺が口出すことじゃねえけどな」
うっかり『聖女』について話し過ぎるところだった。
俺だってそんなに詳しくは知らねえが、国家機密レベルだろう話を、おいそれと他人に、しかも、他国の王子なんかに話していいはずがねえ。
「それなら、尚更、ルミナリエに俺のところに嫁に来てもらったらいいんじゃないか? エカルノとこの国で同盟を結べば、より広く『聖女』の存在を知らしめることができるし、防衛体制も強化できるはずだ」
『聖女』の力が自国の民と意識している人間にしか働かないのであれば――おそらくそれは正しい――諸外国から狙われる心配はなくなる……いや、そうはならねえな。むしろ危険は増える気がする。
この神聖ヴァルブリグ王国の国力は、大部分が魔法に、要するに『聖女』に支えられている。
個人に頼り過ぎなシステムだとは思うが、それは俺がどうこう言える問題じゃない。
つまり、この国をどうにかしようと思ったら、先のサンベルードをピエドロが牛耳っていたように(あいつの目的が街を牛耳ることだったのかは別にして)『聖女』をどうにかするのが手っ取り早いわけだ。
だから、『聖女』(の加護)が国民を、それからこの国を守ってくれてるってんなら、俺たちもその存在を守っていかなくちゃならねえんだ。他ならない、この国に暮らしている人間が。
とりあえず、俺のことは置いておくとして。
「それは、俺とかルミナリエにじゃなくて、ルミナリエの父親の方、メンデル国王にでも話してくれよ。もちろん、最終的にどうするのか決めるのはルミナリエ自身だけどな」
『聖女』がいなくなれば、別の『聖女』が生まれるというが、『聖女』が存命のまま他国に嫁いだ場合、そして、その国と同盟を結んだ場合にどうなるのかは、確認されていないらしい。
そもそも、『聖女』って存在自体、曖昧っつうか、ふわふわしてるものだしな。
「そうさせて貰うよ。でも、それとは別に、ああ、結婚とかの話は抜きにしても『聖女』に、それからルミナリエ本人に興味がわいたのは事実だから、話くらいはさせて貰えると嬉しいな」
今、彼女は部屋にいるんだろう、と建物に入ってこようとするユーク王子の進路に立ち塞がる。
「お前の言う通り、ここはある意味、ルミナリエの部屋みたいなもんだ。未婚の女子の部屋に許可なく立ち入っていいと思ってんのか?」
「……何を騒いでいるんですか?」
俺がユーク王子の進行を防いでいると、起きてきたルミナリエがヴァイオリンを手に俺たちのことを呆れた目で見降ろしてきていた。
「やあ、ルミナリエ。今日も月の女神様のように美しいね。朝日を浴びて、銀糸のような髪が煌めいているよ。そのシトリンみたいな綺麗な瞳に俺の姿が映っていると思うと、感激に震えそうだよ。よかったら、その抱きしめたくなるような腰に手を回し、白魚のような手を取って、ダンスを踊りながら愛の言葉を囁くことを許してもらえないかな」
すげえ。
王子ってのはどいつもこいつも、こんな風にすらすら言葉が出てくるもんなのか。
ルミナリエは王子と、それから一緒にいる俺を一瞥だけして、部屋の中へと引っ込んでしまった。
ユーク王子は、やれやれと、肩を竦める。
「なあ、王子」
「なんだい? このくらいいいだろう? 本音を言ったまでさ」
「それは構わねえんだが、それより、お前、昨日、俺に負けたよな?」
ユーク王子がばつの悪そうな顔を作ってみせる。
もちろん、気まずさなんてちっとも感じてないってのは、よく理解している。
けど、俺が声をかけたのは、勝ち誇ろうとか、小言を言うためだとか、そんなことが目的じゃねえ。
俺は昨日のルミナリエとの一幕を話した。
「そういうわけで、俺の先生になってくれないか?」
「……それを俺に頼むって、君も意外と遠慮というか、容赦ないというか」
そんな風に呟きながら、ユーク王子はため息をつき。
「まあ、いいか。俺が負けたのは事実だしな」
快くってわけじゃなかったが、了承は貰えたらしかった。




