聖女様とエカルノの王子 3
ルミナリエはああ言っていたけど、相手は王子様なわけだし、顔面を殴ってぶっ飛ばすとかってのはやり過ぎだよなあ。
どうしたもんか。
相手が全力で来るなら、こっちも全力を出して迎えるのが礼儀だとは思うが、果たしてこれはそういう類の勝負なのか?
「勝負の最中に考え事か? 来ないのならこちらからゆくぞ」
視線や肩、身体の向き、足の運び、そういった事にも遊びはなく、直線的で、避けるのは容易い。
そうしていれば、大抵、次に言われる台詞は――
「どうした。避けるばかりか?」
だろうと思った。
だから、そのときに殴りかかってきていた、大振りになった腕を制するように捕り、固める。
「いっ――」
そして、相手が痛いとかって悲鳴を上げる前には解放する。
固めたのは数秒のことだったが、完全に極まっていて、おそらくは抜け出せなかっただろうってのは、固められていた自分自身が一番よくわかっていることだろう。
実力を完全に測りきったわけじゃないが、これまでの立ち合いからそう感じられる。
「まだやるか? 今度は寸止めじゃ済まさねえぞ」
息を大きくしながら睨んで来る王子を、油断なく見据える。
「まだやるか、だって? 決まっている。君の情けは受けない」
へえ。
根性だけは一端じゃねえか。それともまだ何か、隠してる手でもあんのか?
いずれにせよ、決着までは気を緩めるつもりはない。
「悪かったな」
手を抜くってつもりじゃないが、そこまでの本気の勝負じゃなく、なんとなくルミナリエの隣にいるらしい俺のことがただ気に喰わないから因縁つけて来ただけかと思ってたぜ。
だけど、こっからは違う。
情けも、容赦も、一切しない。
「ふっ、減らず口を――」
殴ってきたのを腕でガードし、その肘を伸ばして振りぬく。
顎に良いのが入って、下手したら舌を噛ませたかもしれないが、そこまでの面倒は見切れねえ。
たたらを踏んで後退するユーク王子と距離を詰め、足を払って押し倒すと、掌底を振り下ろし、顔面――ではなく、そのすぐ横の地面に叩きつける。
地面といっても、城の庭であり、アスファルトだとか、土や泥だとかってこともなく、青い芝生で、それほどの痛みは感じねえ。
別に情けをかけたわけじゃない。
その前に、ルミナリエから「そこまで」と声がかけられていたからだ。
「この勝負はここまでです、ルシオン、それからユーク王子」
審判がそう言うのなら、仕方ねえ。
一応、ルミナリエからの静止はかかっているが、フライングの件もあることだし、この体勢から腕を取られて三角締め、みたいな事態を警戒しながら、立ちあがってユーク王子を解放する。
「贔屓目ではなく、今の場面ではルシオンがあなたの生殺与奪の権利を握っていました。そうでなくとも、大怪我、または気絶の可能性はあったことでしょう」
それだけ言って、もう話は終わりですね、とばかりにルミナリエは顔を上げ。
「戻りましょう、ルシオン。あなたももう、鍛練は十分ですよね?」
その有無を言わさぬ雰囲気に、俺は黙ってついて行こうとしたが。
「待て」
後ろから声をかけられて立ち止まる。
そんなに簡単には解放してくれねえか。
「まだだ。まだ、勝負はついていない」
ユーク王子は諦めていない眼光で睨んできて。
「たしかに、その男は武術においては十分な実力を持っていると言えるだろう。しかし、その他のことについてはどうだ? 芸術や音楽、その他にも立ち振る舞いや作法に対しても、きみの隣にいるのに相応しい人間だと言えるのか?」
それに関しては、自信はない。
料理や裁縫、掃除くらいなら、多分、王子やら姫様やらには負けないくらいのスキルはある自信があるけど、学校の勉強は平均くらいだ。
ルミナリエの部屋にある、なんちゃら学みたいな小難しい内容の話を理解できる気はまったくしない。作法だって、武術のってことじゃないんだろう?
「ですが、勝負の提案をしておきながら、最初に構えたのはあなたの方だったと思いますが。それならばそうと、最初からおっしゃれば良かったのではありませんか? 今のあなたのおっしゃりようでは、ルシオンに武術に関して負けたために言い訳を並べているようにしか聞こえません」
ルミナリエはいつも通り、淡々とした口調に戻っていたが、会話を早くに切り上げたいという意思が言葉の節々に滲み出ているようにも感じられる。
「先ほどの勝負でも、ルシオンがどれほど手を抜いていたか、わからないわけはありませんよね?」
いや、たしかに最初は手を抜いていたけど、後半はこっちも割と本気だったぞ。
そう言おうとした俺のことを、ルミナリエは視線で制し。
「手を抜く? しかし――」
「ここは神聖ヴァルブリグ魔法王国で、ルシオンはここの国民です。ならば、どうして魔法を使わない必要がありますか?」
いや、俺はまだそこまで魔法が上手く使えるわけじゃないからってのは、言わない方が良いんだろうな。
俺は口が上手い自信は全く無いし、ルミナリエに任せて黙っておこう。
そして、今度こそ、ユーク王子は押し黙った。
「もう構いませんよね。これ以上、私があなたに対して咎を求めるつもりはありません。ですから、今後、私のルシオンにちょっかいをかけないでくださいね。それから、私もあなたと結婚するつもりはありませんから」
がっくりとしているユーク王子を、再び振り返ることはなく、ルミナリエは部屋へと戻ってゆく。
「すみませんでした、ルシオン」
俺も後について部屋まで戻り、扉を閉めたところで、そんな風に謝られた。
「いや、別にルミナリエが謝るようなことはないだろ」
「ですが、あの方が求婚してきたというのは私ですし、ひいてはこの国の問題に、またしてもあなたを巻き込んでしまいました」
それこそ今更だし、気にするような問題じゃねえ。
それに。
「まあ、男ってのは、国が変わっても、馬鹿な生き物だからな。ルミナリエみたいな美少女を見たら、つい声をかけたくなっても不思議なことはなにもねえよ。隣にいる男に嫉妬するのもな」
まあ、ルミナリエの場合、一般人にしてみれば、ちょっと声をかけるのも躊躇われるレベルだとは思うけど、あいつは一般人じゃなく王子様だったからな。
俺は詩人だとか、作家だとかじゃないから、アイドルだとか、女優だとか、まあ、あとは女神だとかって、俗っぽい言い方しか思いつけないけど、多分、この部屋とか、城の図書室ってところとかにある恋愛小説でも拾ってきて、お姫様を表している言い回しを見つければ、それっぽい台詞は大体全部当てはまるんじゃねえかとは思うぞ。
例えば……そうだな、これなんかいいんじゃねえか?
「『君の髪は、月の光のように銀色でさらさらで、素敵です。瞳も、宝石のように煌めいていて、素敵です。唇も、珊瑚のように可愛らしく、素敵です』」
どうだと思ってルミナリエを見れば。
あれ? なんか、御機嫌斜めな感じなんだが。
「おい、どうしたんだよ」
「……せん」
何だって?
小さくてよく聞き取れなかったから、近付いて耳を傾けると。
「そんな、お話の中から引用されても嬉しくありません。もっと、ちゃんと勉強してから、あなたの言葉で聞きたいです。あ、でも、練習だからといって、アンリエッタや、他の人に練習台を頼んではいけませんからね」
なんとダメ出しだった。
女心ってのはよくわからん。たしかに、勉強が必要なのかもしれない。
このお姫様に付き合ってゆくんなら、武術や家事の訓練だけじゃなく、そういったことも少しづつ訓練していった方がいいか、と俺は決意を新たにした。そういうのも、あいつの言っていた『教養』ってやつに入ってくるのかもしれねえしな。
とはいえ、誰か先生がいてくれると助かるんだけどな。




