聖女様とエカルノの王子
「ルシオン。やはり、このまま次の街へ向かいましょう。今私がやるべきことは、他の『聖女』の方に会うことだと思うんです」
「ここまで来て何言ってんだ。お前だって結局は会ってからひと言物申すために戻って来たんじゃねえかよ」
サンベルードから戻ってきた馬車が城の前へとたどり着き、門が開かれたにもかかわらず、ルミナリエは往生際悪く面会を拒絶していた。
ルミナリエが今日城へと戻ることは事前に手紙で伝えていたため、護衛の兵士やら、高官、大臣と思しき人らがずらりと並んで、ルミナリエの帰還を出迎えていた。
その最奥には、もちろん、国王、王妃、両陛下、そして、レアード王子とマリエッタ姫が、わざわざ外にまで出てきていた。
「お姉様!」
俺が手を引いてルミナリエが馬車から姿を見せると、最初に飛びつかんばかりの勢いで抱き着いてきたのは、マリエッタ姫だ。
「お帰りなさい、お姉様。他の『聖女様』はどうだった?」
そのままルミナリエの頬にキスをして、ルミナリエもマリエッタ姫の頬にキスを返し。
「可愛らしい方でしたよ。優しい雰囲気で、それに……強い方でした」
マリエッタ姫に腕に抱き着かれたまま、ルミナリエはメンデル国王とフェリータ王妃の前で頭を下げ。
「お父様、お母様。ただいま戻りました」
きわめて事務的な会話だけで終わらせて、さっさとあの部屋に戻りたいとでも思っているのか、あるいは、他の誰かに会いたくないと考えているのか。
「ああ、ルミナリエ。私も愛しい娘に久しぶりに――」
「お父様」
フェリータ王妃とは抱擁を済ませ(もちろんキスもだ)今度は自分の番だろうと両手を広げていたメンデル国王の胸元には、ルミナリエは飛び込んだりせず、冷ややかな視線で射抜くように。
「私のいない間に、何故私の婚約の話が持ち上がるのでしょう?」
国王陛下なら突っぱねることもできたのでは?
実際には口にしたりしなかったが、ルミナリエの口調はそんな雰囲気を纏っていた。
「すまないな。それは俺の方から持ち掛けたことなんだ」
返答は国王陛下の口からではなく、一緒に並んでいた男が前へと進み出てきて口を開く。
身長は俺とほとんど同じくらいで、短く切られた金の髪は梳かしている様子もなくボサボサで、俺たちを観察しているような瞳は黒く、肌も滑らかに白い。鼻筋もすっと通っていて、口元には微笑を浮かべている。
筋肉質という感じはせず、鍛えてはいる様子だが、肉体的な強さは感じない。
「あなたは?」
ルミナリエが冷ややかな口調で問えば、そいつは「これは失礼しました」とわずかに芝居がかった態度で礼の姿勢を取り、ルミナリエの手を取ろうとしたので。
「ルミナリエ!」
つい、自分の方へと引き寄せてしまった。
どうやら、旅の最中を引きずっているようで、警戒が抜けていなかったらしい。
「何をするんだ、君は」
そいつの正体についての見当はついていたが、だからといって、俺のやるべきことは変わらねえ。今はまだ、俺はルミナリエの護衛だ。
「初対面の女性の手をいきなり取ろうとするような相手に警戒するのは当然だろ」
それがたとえ王子だったとしても。
「そういう時は、自分から名乗って、許可を得るのが常道なんじゃねえのか?」
そいつは驚いたように目を見開き、たしかに、と頬笑みを漏らし。
「これはレディに対して礼を失した行為だった。そっちの護衛に警戒されても仕方ない。改めまして。俺はエカルノのユーク・ライオタリだ。美しい姫君、あなたの名前を頂戴しても構わないかな?」
ルミナリエは腕の中から俺を見上げて頷いたので、俺は解放してやって。
「私の護衛が失礼をいたしました。ルミナリエ・シェスタローゼです。この旅の期間中、彼は常に気を張って、一番近くで私をずっと守っていてくれました。その緊張が抜けていなかったのでしょう。どうぞ、寛大な心で許していただければ幸いです」
あらためてルミナリエの差し出した手を、ユーク王子がそっととり。
「あなたがいない間にも、こちらのマリエッタ姫からあなたのことは伺っていたが、実際に会ってみると、聞きしに勝る美しさだ。もちろん、俺の国にもこのヴァンブリグの『聖女』の噂は轟いている。とても、そう、綺麗な人物だとね」
そう言いながら、ユーク王子の瞳が一瞬細められたのを、俺は見逃さなかった。もちろん、ルミナリエも同じだろう。
それがいかなる理由によるものかわからないが、警戒を緩めるわけにはいかなさそうだ。
「ふたりとも、戻ったばかりで疲れもあるだろう。立ち話はこのくらいにして、風呂と食事を用意させてある。それが済んでからでも構わないかな、ユーク王子」
「ああ、もちろんだ」
メンデル国王の提案をユーク王子が呑み、そこで国王一家と、それからユーク王子とは別れ、俺とルミナリエは、いつもの離れ――別棟へ向かう。
家族でさえ滅多に立ち寄れない(正確には立ち寄らないよう自ら制限している)ところに、ユーク王子がついて来るはずもない。
メンデル国王の言っていた通り、部屋の風呂は沸いていて、食事の乗せられた台もすでに準備されていた。それも、できたてらしい、温かいものが。
「ルシオン。あの方のこと、どう思いましたか?」
ふたりとも身を清め、向かい合ってナイフとフォークを動かしながら、ルミナリエが呟く。
「まあ、イケメンの類だったんじゃねえか。ちょっとナル……手が早く感じられたが、そっちは俺が警戒しているから、お前が気にする必要はねえぞ」
「そうではなく」
ルミナリエは音も立てずにナイフとフォークを降ろすと、真っ直ぐにその月の輝きを灯す金の瞳で俺のことを見据えてきて。
「やはり、あの方の狙いは『聖女』に関係していると思われます。それは、私個人にということではなく……いえ、それも多少は感じられましたが、そちらが――私への求婚というのが本来の目的ではないように思えます」
ルミナリエは思い返すように、すっと瞳を細め。
「あの方が『聖女』の噂が流れてきていると口にしたときの表情を見ていましたか?」
「ああ」
俺は頷く。
たしかに、あの瞬間に違和感があった。
それまで完璧に王子然としていただけに。
「それに関連して、もうひとつ。ルシオン、あなたにはあの方の魔力は感じられていましたか?」
「いや。だって、魔法ってのはこのヴァルヴリグ魔法王国に独自の力なんだろ? だったら、あいつが魔力を持っていなくても不思議はねえだろ」
「そうですね。では、ルシオン。この国の人がどうして魔法を使える、あるいは、どうやって魔力を得ているのか、理由は知っていますよね」
「そりゃ『聖女』の姿を見て――」
そこまで言って、ようやく俺にはルミナリエの言いたいことが理解できた。
そう。
ルミナリエの、『聖女』の姿を見れば魔力が得られるというのなら、それがこの土地の特性のようなものだというのであれば、この地で、他ならぬルミナリエの姿を見たあの王子も魔力を得られていなければおかしい。
別の世界から来た俺のことは置いておくとしても、あいつはこの世界の住人なわけだし。
「そうです。私としては『聖女』の力の一端がまた解明、いえ、証明されて喜ばしいと思いますが、どんな力が働いているのか、この国の住人であると認められなければ、より正確に言うのであれば、私達『聖女』がこの国の人間であると認めなければ、魔力を得ることはできないのです」
それで、魔力を得られず、ほんのわずかでもそれを滲ませたということは、ルミナリエの仮説が正しかったと……決めつけは良くねえか。
「彼がどのように考えるかはわかりませんが、いずれ、何らかの手は打ってくると思われます。ルシオン。あなたも気を抜かないでくださいね」
言われなくても、勝手にルミナリエに触れようとした相手に対して、気を抜くつもりはなかったけどな。
「ああ」
俺は自分により強く言い聞かせた。




