サンベルードの『聖女様』 18
◇ ◇ ◇
「これが報奨金だ」
翌朝、朝食の準備をしようと、リュゼと一緒に教会の厨房を借りていたところに、特務小隊の人たちが訪ねてきた。
差し出された袋の中には、大小の金貨や銀貨、銅貨が、これでもかというくらいに詰め込まれていた。
この『聖女』を訪ねる旅に出かける前にルミナリエと一緒に買い物に出かけたんだから、俺にもヴァンブリグの貨幣価値くらいの常識はある。
差し出された袋は、ちょっと腰に下げるとか、財布感覚で持ち歩けるような大きさじゃなく、ちょっとした店の品物を全部買い占めてもなお余りあるだろうと思えるほどのものだった。
「い、いやいや。こんなに貰えないですから」
誘拐犯の家に押し入って人質をとり返してきただけだってわりには、どう考えても多すぎるような気がする。
指名手配犯を通報したときとかの報酬ってどんなもんだったんだ? と、軽くそんなことを考えてしまう。
「いや。これを受け取って貰えなければ、職務放棄とみなされ、我々が罰せられる。これは、たとえ属する国が違えど、正当に払われるべき報酬なのだ。もし、貴殿が受け取らないというのであれば、今後、同じように事件事故が起きた場合、その際の有力情報提供者、協力者、もしくはその他の貢献者にも、同じように報酬を払えないことになってしまう。それは、この国の体制そのものを揺るがす事態となってしまう」
どうか、と特務小隊の人たちに頭を下げられて困る俺に、ルミナリエが。
「ルシオン。あなたの働きがこれだけの褒賞に値すると、判断された結果なのです。今、渡してくださっているのはこちら小隊の方達ですが、元を辿れば、お父様にも許可はとってあるものだと推測されます。つまり、これはお父様――国王様からの褒賞を拒否することと同義とみなされ、私はお城へ戻った後、そのように報告しなくてはならなくなりますが、そんな面倒を私に押し付けるつもりですか?」
報告一本でこんな袋詰めの硬貨になるか! と反論したいのは山々だったが、それをすればますます面倒なことになるのは目に見えている。
大体、非常に認めたくない事実ではあるんだが、ルミナリエと口喧嘩をしても多分勝てないだろうからな。
「……そういうことなら、ありがたく受け取らせていただきます」
俺は受け取った褒賞を、そのままルミナリエに渡す。
どうせ持ち運ぶのはルミナリエなんだからな。
「ルシオン。あなたも少しは持っていた方が良いと思いますが」
いや、その収納の魔法っての? は俺にはまだ使えねえし、ポケットに入れて持ち歩くってのも、咄嗟の対応に支障をきたす、かもしれねえ。
「どうせ俺はお前とずっと一緒にいて離れることはないんだから、ルミナリエが持っていたって同じだろ」
しばらく向こうに帰れないってのなら(おそらくはそうだろうが)その収納の魔法ってやつを教えて貰えば俺が持ち歩くことも楽にはなりそうだけどな。
もちろん、それ以外にも、色々と便利な魔法ではあるんだが。そもそも、魔法自体が便利だし。
「って、なんだこの状況」
見れば、ルミナリエは頬を紅くして目を瞬かせていたし、アンリエッタは真っ赤になって羨ましそうな顔を浮かべ、リュゼに至っては、何が楽しいのか囃し立てるように口笛まで吹いていた。
「なるほどね。ルシオンってそういうことをさらっと言っちゃうんだ。ルミナリエ様も大変そう」
「はあ? どういう意味だよ」
「それは教えられないわね。こういうのって、人に言われて気付くものじゃないし、そもそも、あたしが話してもいいことでもないしね」
大丈夫よ、悪い意味じゃないから、とリュゼは言っていたが、悪い意味じゃないなら、なおさら、教えてくれてもいいんじゃねえのかと思うのは俺だけだろうか?
「それで、これからどうされるんですか、ルミナリエ様。あたしたちに――アンリエッタ様に会いに来てくださったのは、とっても光栄だったんですけど、このまま他の『聖女様』のところにも向かわれるんですか? それとも、お城へ一旦お戻りに?」
結局答えは貰えず、朝食を済ませてから、馬車の準備をしている間。
俺の中での疑問は解消されないままだったが、他の『聖女』、つまり、この先の行程についての話ならば、聞かないわけにもいかない。
「そうですね。一旦は、王都へ戻ろうと思います。このまま次のところへ向かっていると、お披露目の時期に間に合わなくなると思いますから」
王都では、お披露目という形で、『聖女』の姿が国民の目に触れるようになっている。
それが、ほとんど唯一と言っていいほどの『聖女』の役目なんだから、欠かすことはできないだろう。実際、それを欠かした場所がどうなるのかってのは、つい先日までこのサンベルードで見ていたわけだしな。
この前のお披露目のときには、ルミナリエは他に『聖女』がいるなんて考えたことがないみたいな口ぶりだったけど。まあ、隠されて、というより、秘されていたんだから、仕方ないか。
「アンリエッタはそういうことは思ったりしないのか? 他の『聖女』に会いたいとか」
「え、えっと、はい。私は、自分が『聖女』に選ばれてしまって、その役目を果たそうと精一杯で、そんなことは思いもしませんでした」
まあ『聖女』に会うって目的は、普通に考えれば魔力を得るってことなんだから、外部から魔力を得る必要がないなら、無理して他の『聖女』に会いに行こうとも思わねえよな。
ルミナリエはお姫様で、暇を持て余してるからだろうけど、要するに、旅行ってわけで、娯楽の類だしな。特に同じ『聖女様』にとっては。
「実際、『聖女様』って気軽にくしゃみもできないからね。ルミナリエ様みたいに王家のお墨付きって言うのなら大丈夫かもしれないけど、遠出ってのは難しいって思っちゃうのかもね」
「どういう意味だ?」
くしゃみって、そりゃ生理現象なんだから、仕方ないことっつうか、できないってなんだ?
リュゼは少し眉を寄せながら。
「いや、あたしも、こうして傍にいる役目に着くまではあんまり気にしてなかったんだけど。ほら、『聖女様』って、わりと神聖視されてるところがあるじゃない? 加護の話をしたと思うけど、要するに『聖女様』が倒れてしまったら、そういうのがなくなっちゃうんじゃないかっていう思い込みみたいな……まあ、勝手な考えなんだけどね」
どうやら、俺が考えていた以上に、この国にとって『聖女様』ってのは、重要で、デリケートな問題らしい。
「まあ、アンリエッタ様はそんなこと考えてもみなかったみたいだけど、あたしは心配で。あ、もちろん、アンリエッタ様が風邪をひかないかどうかって心配じゃなくて――それも心配だけど、過剰な神聖視がね」
リュゼはアンリエッタを抱きしめて、
「今日も問題なさそうですね。体温も、顔色も健康そうですし、良い匂いがするし、やわらかくて、可愛くて、髪もさらさらに戻って……」
途中からなんだかアレな感じになってきたが、アンリエッタは特に気にしていなさそうなので放っておいた。
「――っと、いけないいけない。あたしとしたことが。いや、やっぱり、しばらく離れていたから心配で」
そういう類じゃなかったと思うぞ、と口にしないだけの理性は俺にはあった。ルミナリエは、最早何も言うまいと、呆れた感じに小さくため息をついていたが。
それでも多分、リュゼみたいなやつが付いていてくれるなら、アンリエッタにとっては嬉しいことなんだろうな。
「それでは。気軽に訪ねることはできかねると思いますが、手紙は出しますね」
馬車の準備が整い、別れ際にルミナリエとアンリエッタはそんな約束をしていた。
「はい。お待ちしております。それで、その、よろしければ、私も他の方にお会いしたいと思っているとお伝えください」
いつまでも手を振るアンリエッタとリュゼに見送られながら、俺たちはサンベルードの街を後にした。




