サンベルードの『聖女様』 17
◇ ◇ ◇
最初にここへ訪れたときの雰囲気とはまるで違い、夜だというのに街は活気に満ちていた。
別に祭りだとかってわけでもないだろうに、店先ではジョッキで乾杯している人たちが見られたり、笑い声が聞こえてきていたり。
自分たちの前に『聖女様』が帰ってきてくれたってのは、誇張でもなく、この国の人にとっては、そしてこの街の人の暮らしと『聖女様』が密接に関わっていたということなんだろう。
「やっぱり、聖女様の加護があるってとってもすごいことね」
活気のある街の様子を見回しながら、リュゼは満足そうに頷いている。
「聖女様の加護って何のことだ? 『聖女』の力ってのは、その姿を見た人に魔法を使えるようにするってことじゃねえのか?」
少なくとも俺はそう聞いているし、それこそが、この国の成り立ちとも深く関わっていることなんだと思っているんだが。
「え? それ、本気で言ってるの? 嘘……さすがに冗談でしょ?」
俺としては、至極真っ当に質問したつもりだったんだが、リュゼは信じられないものを見たというような反応だった。
たしかに、この国に暮らしている人にとっては常識以前のことであったとしても、俺はあくまでさらっとしたことしか聞いてないからな。
調べようにも、文字が読めなかったし。喋ってくれればそれは理解できていたんだが、不思議なことに。
「ルミナリエ様。その辺りのお話はしていらっしゃらないんですか?」
俺の様子からか、何となくの事情を察したらしいリュゼは、一旦は説明してくれそうな雰囲気だったのを思いとどまったように、ルミナリエへと確認を取る。
さすがに、俺のことをこことは異なる世界から呼び寄せたという話は、突拍子もなさ過ぎて、嘘が吐けないとかそういう以前のものだと思ったのか、ルミナリエは困ったような顔を浮かべて。
「ええ。ルシオンはその、他の人とは違って、特別で、だから、『聖女』とは関係ないところで私を見て欲しかったといいますか、えっと……」
何だか嬉しそうな表情を浮かべたリュゼから、赤く染まった顔を逸らしたルミナリエは、そっとうかがうように俺を見上げてきて、ひとつ深呼吸をすると。
「『聖女』の加護というのは、そうですね。ひと言で表すのは難しいのですが、人々を守ろうとする意志とでも呼ぶべきものでしょうか」
それは、またずいぶんとふんわりしているっつうか。
姿を見れば魔力が得られるってのもそうだけど、色々、不安定過ぎるんじゃねえのか? それとも、いや、この世界じゃそれが常識なんだから、俺が元の世界の常識に照らし合わせて考えるのが、そもそも間違っているといえばそうなんだが。
それに、そんなものは、大なり小なり、誰であっても持っているものだと思うんだが。
「ある文献によれば、それこそが『聖女』に力が宿る理由だともされているのですが……ルシオン。あなたも教会にはもう行ったのですから、神様――グラリアス様のことは知っていますよね。その神様は、普段から私たちを見守ってくださっています。ですが、直接干渉することは難しい。なので、私達『聖女』に力を分け与えてくださり、代わりに人々を守る役目をお与えになった、という考えがあります」
「その力を『加護』と呼称しているってことか?」
要するに、魔法が使えるようになっているってのは、その人々を守ろうとする力とやらの副産物なんじゃないかってことか。
ルミナリエが頷く。
「ええ。神様の御意思に名を付けるなど不敬だとする勢力もあったそうなのですが、それも最初期のごく一部の方達だけで――まあ、極論ではありますが『神様』というのも私達人間がつけた名称ですし――今ではそんな感じで浸透しているのです」
「それは、魔法とか魔力とは、あー、いや、元を考えれば同じものなのかもしれないけど、違うものなのか?」
「違う、とは思います。私も――アンリエッタや他の『聖女』の方がどうかはわかりませんが――普段からそんな風に意識していることはありませんから。ただし、それ自体が『聖女』の力であることは間違いがありません。この国に暮らす人を守ろうとする意志が自分の中から生まれてくるのをはっきりと感じられるようになったのは、私が『聖女』になった時からなので」
それは、メンデル国王が言っていたような、王族としての責務からってこととは違うってことなんだろうな。
ルミナリエはまごうことなき姫様だけど、アンリエッタはそうじゃねえし。むしろこの、神聖ヴァルブリグ魔法王国で、姫と呼ばれる立場にいるのは、今のところ、ルミナリエとマリエッタ姫しかいないわけだし。
それより、ルミナリエがそんなことを思っていたってのが驚きだな。
なんつうか、もっと、自分を取り巻く世界に対して興味なんてないんじゃねえのかと思っていた。もちろん、そんなことは本人にはとても言えないが。
「アンリエッタ様も同じようなことをおっしゃっていたわね。随分前に一度、あたしがお世話係になりたての頃だったと思うけど。あっ、そのお肉ください」
ふたりの『聖女』に共通していること。
ならば、それは事実であるのかもしれない。あくまで推測だが。
「わ、私は、そんなことは考えたこともなかったです。私はおそらくルミナリエ様よりも長い間『聖女』を務めさせていただいていると思うのですが、ただ『聖女』というのはそういうものなのだと認識していただけで。お力になれず、すみません」
アンリエッタはそう言って頭を下げるが、何も謝ることじゃないと思うけどな。
むしろ、褒められる……ってのとは少し違うか。
誇るべきことってのが近いのか?
とにかく、立派なことだと思う。
「まあ、その時は考えていても、普段からそうだと意識するのも忘れちゃうわよね。それが自然なことなんだろうし」
リュゼがフォローらしきことを口にする。
それが意識するまでもないくらい自然なことだとするなら、それが『聖女』の本質――って言い方も正しくはないかもしれないが、その一端ではあるんだろう。
「ですが、神様――グラリアス様が選んだという説を正しいとするならば、それ以上の追求は難しそうですね」
まあ、そうだろうな。
神様ではないにしても――これは不敬になるんだろうか――偶然だってんなら、それで片付けてしまえて、それ以上は考えようもないしな。
「だからといって、他の『聖女』に会うことを諦めるわけではありませんよ?」
だったらもう検証とやらはいいのか、と考えていた俺の頭の中でも覗いたかのように、ルミナリエは気持ちを新たにしたようで。
「だって、他の方には気楽に会うことができないじゃないですか」
そう言ったルミナリエは、少し寂しそうで。
他の方っていうのは、他の『聖女様』じゃなくて、この国に暮らしている人のことなんだろうな。家族も含めて。
「そんなこともなくなるんじゃねえか? この街の人たちと、アンリエッタの様子を見ただろう? 少なくとも、王都みたいにお披露目って行事でしか皆の前に姿を現せないって程じゃなかったみたいじゃねえか。もちろん、他の問題が多すぎだし、それ以外にも山積みかもしれないけどな」
だから、そんなことで慰めになるのかはわからなかったけど、気付けばそんなことを口にしてルミナリエの頭に手を置いていた。
「あ、いや、これはだな……」
こんなことくらいでルミナリエがどうこう言わないってのはわかっていたが、何となく、言い訳のようなものを口にしてしまう。
しかし、ルミナリエはそれを気にした様子もなく、むしろ嬉しそうに。
「そうですね。ありがとうございます、ルシオン」
そう言って向けられた笑顔が、なんとなく小っ恥ずかしく、俺は誤魔化すように「ああ」と返事をした。




