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サンベルードの『聖女様』 16

 普段は馬車なんて使わねえってことだし、ルミナリエとアンリエッタにはこの教会で待っていて貰っても良かったんだが、ふたりもついて来ると主張された。

 

「いいのか? ここから街まで徒歩だとちょっとした距離だと思うぞ。お前、その靴すこし高いやつだろ」


 俺はスニーカーを履いてるから問題ないが、ルミナリエの今履いている靴は、ヒールのついた、銀色の、すこしじゃなく見るからに高そうなやつだ。値段的なことじゃなく――もちろんそれもあるだろうけど――踵の高さ的な意味で。

 ルミナリエに限ってそんな失敗はしないと思うが、折れたり、そうじゃなくても、買い物なんかに歩いて回るのはかなり疲れるし大変なんじゃねえかと思うんだが。


「……私のことならば心配は不要です。それとも、ルシオンは私をここに置いていって平気なんですか?」


 ルミナリエは上目遣いで、唇も少しだけ尖っているように見える。

 たしかに、俺の役目はルミナリエの護衛だけど。


「ひとりじゃなくて、アンリエッタもいるだろう? お前、他の『聖女』と話したい事とかいろいろあるって言ってたじゃねえか」


 だったら、俺とリュゼが買い物だとか、料理なんかをしている時間とかを、有効活用したらいいんじゃねえのか?

 俺だって『聖女様』のお世話係って意味じゃ、似たような役割のリュゼに話とか聞いてみたいし。まあ、それは食事の時にもできるっちゃできるけど。


「そ、それは、そうですけど……」


 ルミナリエは、ちらちらとリュゼの事を、心配するような視線で窺っている。

 そんなリュゼは、俺たちの様子を見て、何かに感づいたような顔をして。


「あっ、あー、えっと、ほら、ルミナリエ様も心細かったりするんじゃない? アンリエッタ様だって、解決して、主犯が捕まったとはいえ、誘拐されていたんだし、あたしたちといた方が安心してくれるのかも」


 なるほどな。リュゼの言うことももっともだ。

 礼拝の客も帰った後で、この教会には今他に人はいねえ。

 他ならない『聖女』がふたりも揃っていれば、大抵の事態には何とか対処できるとは思うけど、そんな隙にアンリエッタは誘拐されたわけだしな。

 庇護する大人(俺たちを大人と言っていいのかには疑問があるが、少なくとも保護者的な立ち位置ではあるだろう)に近くにいて欲しいと思うのは当然のことかもしれねえ。

 それに。


「そういやそうだったな。ルミナリエは寂しがりだったもんな」


「な、何を言っているんですか、ルシオン!」


 ルミナリエが抗議の声を上げる。

 普段はどこか超然としているところもあるが、まだやっぱり9歳の子供なわけで、自分が寂しがりだと他人に知られるのは恥ずかしいと思っているのか、頬がほんのりと赤く染まっている。


「なに、その話。あたしも詳しく聴きたいんですけど。もしかして、ルミナリエ様の理由って、あたしが考えてたのと違うの?」


 そんな風にリュゼが食いついてきて、好奇心に瞳をキラキラとさせているが、まあ、ルミナリエの名誉のためにも、黙っておくか。

 つうか、どんな理由を想像してたんだよ。


「えっ、その理由を説明するのは、あたしの口からじゃちょっと……」


 なんだそりゃ。

 もしかして、『聖女』に関する事で、口にしちゃならねえ決まり事かなにかなのか?


「い、いえ。そういうわけではないのですけれど」


 アンリエッタの方も理由を知っていそうだったから、それとなく視線を向けてみたんだが、リュゼと同じように、曖昧な感じにはぐらかされてしまった。

 どうやら、アンリエッタにも見当がついているってのは、正しかったらしい。

 つまりこの場では俺だけがその理由を察せていないわけで。


「あれか? もしかして、俺が男だから話せないってことなのか?」


 俺以外に共通するところといえば、真っ先にそれが思い浮かぶ。

 たしかに、女同士の秘密的なことであれば、男である俺には話せないってのも道理かもしれねえ。


「あー、まあ、そうね。そうとも言えるし、それで納得しといたら?」


 リュゼの言い方だと、多分、まだ少し完璧な正解じゃなかったんだろうが、そう言ったってことは、これ以上は聞いても教えてくれないんだろう。


「仕方ねえな、じゃあ一緒に行くか」


「……なんだか、誤解されているようですけど、私は別に寂しいわけじゃないですから」


 じゃあ何故だと尋ねてみても、ルミナリエは口を開いてはくれなかった。

 何はともあれ、ルミナリエが、それからアンリエッタもだが、ついて来ると言うのであれば、徒歩ってわけにはいかねえ。

 正直、王家の紋章のついた馬車に乗って回るのは、あんまり落ち着かないんだが。


「今更隠すことでもないでしょう。それに、そちらの方が耳目を集めやすく、たしかに視線は集めるかもしれませんが、その分、その他の危険に対する目が増えるということでもあります」


 まあ、ルミナリエが視線を集めるのは、お姫様ってことじゃ……ことだけじゃなく、その容姿も相まってのことだとは思うけどな。

 今は、すでに正体を隠すつもりもないようで、変装も何もしてはいない。

 俺もここ数日で結構この街を見て回ったつもりだったけど、銀髪の人間には他に出会わなかったしな。


「本当よね。アンリエッタ様が最高に可愛いのはそうだけど、ルミナリエ様も、月の光を集めて作ったような銀の髪も、神秘的な宝石みたいな金の瞳も、折れそうなくらい細い腰や手首も、それからそれから……ああ、もう、なんて可愛いの! こんな子が歩いていたら、それは、注目を集めるのは違いないわ!」


 リュゼがかなり興奮した様子で「ルシオンもそう思うでしょ」と詰め寄って来る。

 俺には、そんな風に詩人かなにかみたいな感性はないが、言いたいことはよくわかる。


「そうだな」


 俺は別にロリコンじゃねえし、少女趣味があるわけでも全くないが、ルミナリエがすごい美少女だってのはよくわかっている。

 雰囲気があるんだよな。

 この旅の最中には、店に寄ったりする時にも、大抵は俺の影に入っているから目立たなくて済んでいるけど、『聖女』としての特殊性だけじゃなく、惹きつけるものを持っている。


「まあ、うちのアンリエッタ様には敵わないけど!」


 と、リュゼが挑発的に鼻を鳴らすので。


「はあ? うちのルミナリエの方が可愛いに決まってんだろ」


 つい、言い返してしまった。

 俺はルミナリエの護衛を頼まれているわけで、ルミナリエの名誉を守るためにも引き下がれなかった、ということにしておこう。

 しかし、リュゼの方もそこは譲れないらしく、俺たちは目的を忘れて熱く語り合った。

 あまりにも熱中していたからか、自分でも何を喋っていたのか、ほとんど覚えちゃいない。


「――あ、あの、おふたりともそのくらいに、してくれますか」


 多分、アンリエッタがそう言って割って入ってくれなければ、日が暮れても気が付かずにずっと論議を交わしていたことだろう。

 見ればアンリエッタの顔は、これ以上ないくらいに赤く染まっていて、ルミナリエなんか、陰に隠れて俯いている。耳までどころか、わずかに覗く首筋まで真っ赤にしているのは、決して夕日のせいだけじゃないはずだ。


「これ以上は、ルミナリエ様が倒れてしまわれますので」


 自分もいっぱいいっぱいな感じのアンリエッタが、真っ赤な顔で俺たちを見比べてくるので。


「今日のところはこのくらいにしておいてあげる。また、お互い、『聖女様』の可愛いところを語り合いましょう」


「お、おう。また今度な」


 リュゼに差し出された手を取る。

 まあ、今のままじゃ、一緒にいる期間が短い俺の方が不利だしな。

 そんな一幕の後、俺たちは、ようやく、買い物に出かけることができた。


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