サンベルードの『聖女様』 15
◇ ◇ ◇
教会は街のはずれに孤立するように建てられていた。
主であるアンリエッタがいないにもかかわらず、訪れている人はいるようで、俺たちの乗った馬車が到着したときにも、丁度中から人が出てくるところだった。
「この教会って、普段はアンリエッタひとりで管理してんのか?」
王都――城でのルミナリエの扱いを考えれば、極力近くに人を置かないようにしているかもしれねえ。
しかし、しばらくアンリエッタがいなかったのにもかかわらず、花壇には綺麗に花が揺れているし、なにより、教会の中に明かりが見える。
「いえ。そういうわけではありません。リュゼさんがいつもいてくださって――」
リュゼさん? と俺が聞く前に、アンリエッタは言葉を区切り、数歩前へと進み出た。
礼拝に来ていたらしい老夫婦は、アンリエッタの姿を見ると「おおぉ……」と感激したようにその場に膝をつき、手を組んだ。
「よくご無事でいらっしゃって」
「心なしか、体つきも以前より細くなられて」
またお土産を持ってくるかなどと話す老夫婦を、何とか浮かべたというような笑顔で見送ったアンリエッタは、扉の前で困った様な顔を浮かべた。
開くために取っ手に伸ばしかけた手が途中で止まる。
「どうかしましたか?」
「ルミナリエ様。いえ、リュゼさんにもたくさん心配をおかけしてしまったと思いますし、どんな顔をして会えばよいのか……」
どんなって、普通にするんじゃだめなのか?
心配していたってんなら、元気な姿を見せるのが一番だと思うけどな。
「フロンスさん! 杖、杖をお忘れですよー!」
しばらくその場に立ち往生していると、扉を開く勇気の出ないアンリエッタに配慮してくれたってわけでもないだろうが、扉の方から勢いよく開いてくれて、中から修道服をはためかせた、肩の辺りで切り揃えられた赤髪の女性が飛び出してきた。手には黒い杖を持っている。
「危ねえ!」
と叫んだ甲斐もむなしく、アンリエッタの額に扉がぶつかり、アンリエッタは額を押さえてその場にうずくまってしまった。
「アンリエッタ!」
ルミナリエがその場に屈みこみアンリエッタの額に手を当てる。おそらくは魔法だろう。心地の良さそうな光がアンリエッタの額の辺りを包み込んだ。
「あっ、すみません。あたしったら、つい――って、アンリエッタ様!」
目を見開き、顔全体に驚きを浮かべる女性を、しゃがみ込んだアンリエッタは涙目で見上げながら。
「ご心配をおかけしました、リュゼさ――」
「アンリエッタ様ー!」
アンリエッタが言い切る前に、赤い髪の女性――リュゼさんがアンリエッタに抱き着いた。
「本当にすみません。あたしがちょっと目を離した隙に、こんなことになってしまうなんて。どこかお怪我はありませんか? 抱き心地が違いますけど、痩せられたんじゃ? 血色も――って、アンリエッタ様。どうしてこちらに?」
たしか、領主の館に連れ去られて、と怒涛のように言葉を紡ぐリュゼさんは、そこでようやく俺たちの存在に気が付いたらしい。
「えっ、嘘。ルミナリエ様? どうしてこちらに? それにあなたは……」
「ルミナリエ様とルシオン様が連れ出してくださったんです」
詳しい話は中でできますよね、とアンリエッタが微笑みかければ、少し顔を紅くしたリュゼさんは、もちろんです、と張り切った様子で、俺たちを教会の中へと通してくれた。
幸いと言うべきか、他に礼拝に来ている客はおらず、俺たちは礼拝堂に通された。
俺は特に宗教を信仰しているわけじゃないが、ルミナリエとアンリエッタ、それからリュゼさんが祭壇の前で祈るようなポーズをとるので、形だけで意味はあるのかと思わなくもなかったが、俺もそれに倣っておいた。
それからルミナリエが事のあらましを説明すると、リュゼさんは改まった様子で頭を下げた。
「改めまして。あたし――私は、ここの教会でシスターを任されています、リュゼ・ドマーニュです。この度はアンリエッタ様を連れ帰ってくださって、本当に、本っ当にありがとうございます。アンリエッタ様が連れ去られてから今日まで、何度自分を呪ったかわかりません。でも、アンリエッタ様の帰って来る場所を任されているのは私だから、街の皆みたいにしょげていることもできないなって。それで、私なりに精一杯笑顔でやってきたつもりだったんですけど」
やはり、主が――アンリエッタがいない教会をひとりで回してゆくのは、随分と大変だった様子だ。
「だから、ルミナリエ様。それから、えっと、ルシオン様?」
確認するように俺の方を向かれたので。
「いや、ルシオンで構わ……いいですよ、リュゼ、さん?」
「そう? だったらあたしの方もリュゼでいいわよ。歳もそんなに変わらなさそうだし」
俺が16歳ですがと言えば、どうやらリュゼさ――リュゼも同じらしい。
まあ、俺は春生まれで、同学年でも誕生日は割と早い方だったから、学年的にはリュゼの方がひとつ上である可能性は高かったが。
でも、まあ、本人がそれでいいのならと、受け入れることにした。
「この教会って、いつもふたりしかいないのか?」
礼拝に人がいなくなると、教会からは他に人のいる気配を感じられなかった。
それって――
「ルシオン様はリュゼさんの心配をしてくださっているんですか?」
アンリエッタの言に頷くと、ようやくリュゼも気が付いたようで。
「ああ。『聖女様』の近くにいすぎるとってやつね。あたしはあんなの全く気にしてないわよ。というより、他の人が気にし過ぎなのよ。だから、こうしてアンリエッタ様もこの教会で寂しく――あ、今はあたしがいるから寂しくないし、あたしは魔法なんかより、アンリエッタ様と一緒にいられるだけで満足だから、こんな魔法なんかを使ってどうこうって気も全くないしね」
まあ、要するに、性善説をとるか、性悪説をとるかみたいな話なんだよな。
実際、ピエドロみたいなやつもいたわけだし。
それで、国民の安全、安寧を第一に考えなくちゃならないと、王家じゃ、リスクの回避をとったって話だ。
「ていうか、そんなことしているところが本当にあったんだって感じ。アンリエッタ様は普通に、あたしと一緒に教会の外にも出かけたりもするし。まあ、ついこの間あんなことがあったせいで、ちょっと考えちゃうんだけどね」
リュゼの笑顔にわずかな雲がかかる。
普通に考えれば、『聖女』だからといって(まあ、メンデル国王の考えにあったように、他国の間者の存在を考えると、一概に否定はできないが)行動を制限する理由にはならねえよな。
しかし、実際に事件が起こってしまった以上、考えざるを得ないってところか。
「町の人たちはみんないい人だし、アンリエッタ様は超可愛くて、マジ聖女って感じなんだけど、やっぱりああいう考えを起こす人もゼロじゃないのかって」
リュゼは一瞬表情を歪め、アンリエッタを強く抱きしめる。
「なんていうかさ、あたしは『魔法』も『聖女様』もいいものだと思っているけど、どうしてなんだろうって。あたしは、こうしてアンリエッタ様を甘やかせればそれでいいんですけど」
「……その『欲』を持っているからこそ、人はこうして進歩しているのですけれどね」
そういうルミナリエが他の『聖女』に会いに来たのだって『欲』のためだしな。
若干下がったテンションを上げるように、リュゼが、パンパン、と手を叩く。
「あー、もうやめましょう、この話は。あたし、食事を作ります。アンリエッタ様が戻ってきてくれたんだし、今夜は腕によりをかけないと」
「買い出しなら俺も付き合うぞ。荷物持ちはいた方が良いだろ」




