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サンベルードの『聖女様』 14

 移動中に簡単に昼食を済ませ、最も近い広場の端で馬車を停める。

 いまだに活気が戻っていない街の雰囲気ではあるが、さすがに王家の紋章の入った馬車が停まれば、何事かと足を止める見物客も少なくなかった。

 そして、目的を考えれば好都合だと言える。

 まず、俺が先に降りて台を用意する。まだ数回しかやっていないが、すっかり慣れた。


「ほらよ」


 手を差し出せば、馬車の中ではアンリエッタがおろおろとした様子で俺とルミナリエを交互に見ている。


「ここの『聖女』はあなたなのですから、あなたが先に姿を見せるべきです、アンリエッタ」


「私、でも……あの……」


 仕方ありませんね、とルミナリエはため息をついたかと思うと、先に俺の手を取った。

 そして天鵞絨の台に、ルミナリエの華奢な足が乗せられて、そのドレス姿が晒されると、周囲からどよめきが起こった。


「聖女様だ……」


「それに、あの馬車の紋様は王家のものだ。ということは」


「ルミナリエ様、ルミナリエ様だ!」


 しかし、本当に驚くのはこれからだろう。

 

「アンリエッタ。手を」


「あ、あの、ルミナリエ様……」


 いまだ踏ん切りがついていない様子のアンリエッタの手を、ルミナリエが優しくとる。

 

「大丈夫です。私も一緒にいますから」


 どっちが年上なのかわからねえな。

 アンリエッタは、顔を真っ赤に染め上げながらその足を踏みだし、ルミナリエに手を引かれながら、ようやく空の下にその姿を見せた。

 

「おい、もしかして、ルミナリエ様と一緒にいらっしゃるのは……」


「そうだ。あの青い髪、青い瞳。見間違いようがない」


「アンリエッタ様だ! ルミナリエ様がアンリエッタ様を解放してくださったんだ!」


 その歓声は、まさに爆発とも呼べるほどに凄まじいもので、瞬く間に、広場中がルミナリエとアンリエッタの名前を叫ぶ声に埋め尽くされる。

 そして当然、次に何が起こるのかといえば。

 誰が最初だったのか、あるいは、ほとんど全員同時だったのか。

 おそらくは歓声の聞こえた街中から、俺たちのいる広場の中心に向かって、人が怒涛のように押し寄せてくる。

 この辺りの人たちが待ち望んでいたことだろうし、これが最も効率がいいとはいえ、やっぱり、こんなに開けた場所じゃなく、教会みたいに人数の限られるところを選択した方が良かったんじゃねえか?

 しかし、このまま突っ込んでこられたんじゃ、俺たちが潰される。それに、この波にのまれた中でこけたり、怪我する奴も出てくるだろう。


「静まってください」


 決して大きな声じゃねえ。むしろ、今のこの場の盛り上がりと興奮を考えれば、かき消されて当然なほど小さな、呟きともとれない声だった。

 しかし、その声はやけに俺たちの脳……心に浸透してくるようで、一瞬前までの喧騒が嘘のようにその場が静まり返る。

 これは、ルミナリエがやったのか? これも魔法か?


「ルミナリエ・シェスタローゼ、神聖ヴァンブリグ王国第1王女です。お騒がせして申しわけありませんが、少し私の話を聞いてくださいますか?」


 ルミナリエはアンリエッタの手を取って隣に並ばせると、縮こまろうとしているアンリエッタの背をしゃっきりと伸ばさせる。


「彼女が誰か、今更私から説明するまでもないでしょう。ですので、今一度、このサンベルードで何が起こっていたのかを確認しましょう」


 ルミナリエが「アンリエッタが領主の家に囚われていたのは知っていますね」「ピエドロ・アウロスの屋敷です」「ここ数か月の間ずっと」などと確認するように問いかければ、曖昧な「ああ」とか「うん」「まあ」などといった呟きが聞こえてくる。

 

「今更、その件を追求しようとは思いません。こうして解決することができましたから、今回は」


 知っていたなら、何故行動しない、とか、領主が相手だろうが、抗議なり、自分の足で隊舎にむかうなり、やりようはあったんじゃないのか、などと、ルミナリエは責めたりしなかった。

 ルミナリエは王族であり、国王というこの国の頂点に直接庇護されている。

 もちろん、ルミナリエの今回の決断は独断であり、国王、そして王妃の力は、あるいはその他の王女としての特権をほとんど利用していないということは、間近で見ていた俺にはわかっている。

 しかし、誰もかれもがそう強く出られるもんじゃねえってのも、わかる話だ。

 個人で領主に逆らえば、この土地で生きてゆくのが難しくなるのは明らかだ。 

 この土地での『お披露目』がどんな感じで行われていたのか、あるいは、そんな仰々しい感じじゃなく、普通に暮らしているように接するようにしていたのか、それはわからねえ。

 しかし、相手には『魔法』『魔力』という強大な力があり、自分たちでは到底及ばないとわかっている場合、そこへ突っ込んでの無駄死になどという手段を、よっぽどの奴でない限りは選択するのは難しい、いや、不可能だろう。

 

「今代の『聖女』は、たまたまこのサンベルードで生まれました。本来は喜ばしいこと、他からすれば羨ましいことであるはずですが、あなた達が望んでというわけではないことはわかっています。というより、望んだところで、そうできるというものでもありません」


 もっとも、自分たちの街に『聖女』が生まれることを、この国の人なら誰でも喜ぶんだろうというのは、ほとんど外れることはないだろう。


「しかし、私達『聖女』も、自ら望んで『聖女』となったわけではありません。しかし、その責任は果たしたいと考えているのは、私も、アンリエッタも、あるいは他の『聖女』も同じであるはずです」


 ルミナリエが振り向けば、アンリエッタも小さく、しかしはっきりと頷いた。


「だからといって、特別視を望んでいるわけではありません。温かく見守ってあげてください。普通の、どこにでもいる女の子のように」


 それが、ルミナリエ自身にも言っているように聞こえた気がしたのは、俺の気のせいだろうか。

 結局、『聖女』がこんな風に特別視されてしまっているのは、その性質のせいもあるが、今回のように、自身の利益を追求するような輩が出てくることが、根本の問題であるように思える。ルミナリエが襲撃されたのも、似たような理由だったしな。

 例えば、パン屋はパンを作れるが、パンが大好きで、毎日パンが食べたいからといって、パン屋を全員囲い込んだりはしないだろう。それは流石に考え過ぎだが。

 独占欲といっても、前にもあった話だが、本能に忠実に生きているだけじゃ、文化人とは言えねえしな。

 そんな余計なことをつい考えちまったが、そんなこと、俺が気にしたりするまでもないことだろうけどな。たかだか高校生のガキに言われずとも。


「――などと、偉そうに口にしましたが、私だってそれを実践できているわけではありません」


 とりあえず、今日はアンリエッタと一緒に教会に泊まるからと、一旦、馬車へ引っ込んだルミナリエはそんなことをごちった。


「私が述べたのは所詮理想論で、実際には『聖女』を利用しようとする勢力はありますし、それらは手前勝手な理由ばかりです」


 全員が全員、理想通りの人格だとするなら、それはもう人格とは呼べねえもんな。


「まあ、その辺は信じるしかないだろ。人の正義心とか、良心ってやつを」


 俺たちにできることなんて、所詮はそんなもんだ。

 これ以上になると、国による管理にもなりかねねえしな。

 まあ、そんなのは、ここに暮らす奴らがどうにかすんだろ、と思っていれば、ルミナリエと、それからアンリエッタまでが、眩しそうに見つめてきていた。

 

「……本当に、ルシオンはそういうことを恥ずかしげもなく口にしますね。いえ、素直に感心しているのですが」


「そう思ってんなら、口にすんなよ……」


 意識すると妙に恥ずかしくなってきたので、俺は窓の外へと顔を逸らした。

 

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