サンベルードの『聖女様』 13
◇ ◇ ◇
俺たちがこの屋敷に閉じ込められてから半日以上が経過していたとは思っていたが、特務小隊の人たちは変わらず待機していてくれて、俺たちが地上に戻り――おそらくは、ルミナリエが姿を見せたことで、隊列を整えて、礼の姿勢をとった。
「ルミナリエ様。ご無事で何よりです。それから、アンリエッタ様」
囚われていたアンリエッタを受け入れる態勢は整っていたようで、俺が背負っていた(流石にお姫様抱っこにして運ぶのは無理があった)アンリエッタが受け取られると、再敬礼でお礼を言われた。
「ピエドロはまだ中に放置しています。拘束していますから動けてはいないはずですが、そちらの方はお任せしても構いませんね?」
「はっ! おい」
ルミナリエからの説明を受け、小隊の人たちが屋敷の中へと突入してゆく。
おそらくはこれで片は付くだろう。この辺りの『聖女』の事情に関しては、一応、解決したともいえる。
しかし、俺たちの本来の目的はここからだ。
「それでは、私とルシオン、それからアンリエッタは教会まで向かいます」
助かったことで気が抜けたのか、あるいはギリギリだった体力を振り絞っていたからなのかはわからないが、気を失って眠っているアンリエッタを、小隊の人たちが用意してくれていた馬車まで運ぶ。
アンリエッタを席に寝かせて毛布を掛け、一旦降りてからルミナリエの手を取ろうと思っていたんだが、ルミナリエはすでに隊士の人の手を取って馬車に乗り込んできていた。もちろん、中に入ったのは俺たち3人だけだが。
「……とりあえず、魔力の消失や相乗、その他の現象は確認できませんでしたね」
馬車がゆっくりと、揺れを感じさせないスピードで走り始めてから、ルミナリエはそんなことをつぶやいた。
アンリエッタを助け出して、最初の感想がそれかよ。まあ、どことなくらしさは感じるが。
「もちろん、まだ私の観測だけですから、もしかしたら、私との相違点があるかもしれませんし、アンリエッタが起きるのが楽しみです。もっとも、十分に休んで欲しいとは思っていますが」
「相違点って、具体的にはどんなことが知りたいんだ?」
まさか、アンリエッタの歳とか、体つきとか、そういうことじゃねえよな?
その点に関しちゃあ、まさにその歳のせいってのもあるんだろうが、大分違いは見られるけど。
思わず俺はアンリエッタとルミナリエの間で視線を彷徨わせてしまい、案の定、ルミナリエに見咎められる。
「ルシオン。あなたは一体、どこを見ているんですか」
「どこって、別に……」
アンリエッタの身体は、馬車の中にあった毛布に包まれていて、体型なんかを確認することはできなくなっている。
いや、別に、俺が確認したかったわけじゃねえけど。そもそも、そんなものはとっくに確認済みというか、目に入れざるを得なかったというか。
「……ルシオンも大きい方が良いのですか」
「は? いや、別に大きさにこだわりはないっつうか、アンリエッタだってそこまで大きかったわけじゃ――」
ルミナリエは自分の胸元辺りを手で押さえ、アンリエッタの身体の一部をちらりと見ながら、なぜか不安そうに尋ねるので、思わず答えちまったが、これって、俺が嵌められたんじゃ。
「やっぱり見ていたんですね。不潔です」
「いや、待て待て。その言い方には語弊があるだろうが」
別に、ルミナリエとアンリエッタの大きさを比べてなんかいねえよ。
つうか、そんな余裕はなかっただろうが。あったら比べてたかって話でもないけど。
「話が逸れてきてるぞ、ルミナリエ。そもそも、話していたのは『聖女』としての性質のことだったろうが」
何となく旗色の悪さを感じて、話の方向修正を図る。
『聖女』について知っていることは、ルミナリエやメンデル国王から説明を受けた程度だ。
しかし、当の『聖女』であるアンリエッタなら、それ以上の詳しい事情も知っているかもしれない。
なにせ、ルミナリエが『聖女』になったのは昨年の秋ごろって話だから、おそらくはそれよりも長い間『聖女』でいるんだろうしな。
「そういや、今っていつ頃なんだ? 季節的には」
もちろん、この国、あるいは世界に、地球と同じような四季があるって仮定しての話だが。
「そうですね。春の半ばといったところでしょうか。私がこの任について半年ほどだということは以前にも話したと思いますが」
それが何か、と相変わらずルミナリエの視線は鋭いままで、まるで「誤魔化されませんから」と言われているようだったが。
たしかに、誤魔化すために振った話だから、強くは出られねえんだが。
「まあ、落ち着けよ。それで、お前は『聖女』の何が気になってるんだよ」
多少強引だったかもしれないが、ずっとあの話題を進められるのは俺の心臓に悪い。
後ろめたい気持ちは全く無い……と言い切れないところが特にな。俺だって、健全な男子高校生なわけだし。
それはともかく。
「何もかもです。なぜ『聖女』を見るだけで人は魔力を、魔法を使えるようになるのか。そもそも『聖女』はなぜ生まれたのか……いえ、これでは少し語弊がありますね。なぜ、こんなに不完全な機構なのか。私達『聖女』はなぜ魔法を使えるのか。もちろん、理由については諸説ありますが、それらは本当に正しいのか。やはり、自分で確かめてみたいと思っていましたから。しかし、対象が私だけでは十分な検証はできません」
それに関しては、前に『そういうものだから』ってことで納得しているって言っていなかったか?
「まあ、お前がそれで満足するってんなら、やったらいいと思うけどな」
そんな風に話をしていると、もぞもぞと毛布が動き、アンリエッタが青い瞳をうっすらと開いた。
「気が付きましたか、アンリエッタ」
「ここは……」
アンリエッタは寝ぼけ眼をこすりながら、ゆっくりと周囲を見回し、俺と、それからルミナリエで目を留める。
「ルミナリエ様……ルミナリエ様! ここにいらしてはいけません! お早く――」
「落ち着いてください、アンリエッタ。すでに、ピエドロ・アウロスの館からは撤収しています。本人も逮捕されました。何も心配はいりません。まずは、お茶でも飲んでゆっくりと深呼吸をしてください。ハーブティーですから、落ち着きますよ」
ルミナリエはポットとカップを取り出すと、俺に手渡す。
俺にやれってことか。まあ構わないけど。
教わった通りに茶を注ぎ、3人分用意すると、受け取ったルミナリエは。
「まあまあですね」
と、いつも通りの完璧な所作で口に含み。
「アンリエッタ。あなたも遠慮はしないでください。ここには私達しかいませんから、畏まる必要もありません」
敬語も不要です、とルミナリエは俺に視線で合図を送り。
「アンリエッタ。俺も正しいマナーなんてわからねえし、ルミナリエはもちろん、俺だってそんなの気にしねえから」
おずおずと受け取ったアンリエッタは、恐る恐るといった様子でカップに口を付ける。
それにより、若干ではあるが、顔色も温かく戻り、たとえプラシーボ効果であっても、何でもいい。とにかく、アンリエッタに少しは落ち着いてもらうことができそうだ。
「あの、ルミナリエ様。それから、ルシオン様。私――」
「アンリエッタ。無理に話そうとしなくても大丈夫ですよ。もう怖い人はいませんし、時間はありますから。そうですね。やはり、お話は教会に着いてからにしましょうか」
「いえ、ルミナリエ様。そうではなくて、私、ずっとあそこにいたものですから『聖女』としての役目を果たさなくては」
アンリエッタが心配しているのは、サンベルードと、その周囲一帯のことらしい。その瞳には、強い意志が宿っているように感じられた。
今まで危険だったのは自分なんだから、もっと自分の心配をしてもいいと思うんだけどな。
「……あなたの体力が戻って、元気な姿を見せた方がと思っていましたが、あなたが望むのなら、そうすることにしましょう」
そう言って微笑むと、ルミナリエは小窓を開いて、御者へと行き先の変更を告げた。




