サンベルードの『聖女様』 12
俺は背負っていたアンリエッタを降ろして壁に寄りかからせると、手前からやって来るピエドロの私兵と向かい合う。
「ひっ、ひひっ。も、もう、お前の強がりもお終いだ。おい! さっさとしろ!」
ピエドロの声が飛ぶが、俺は後ろを振り返ることはしねえ。
目を離せる状況じゃあなさそうだ。
ピエドロに背中を向けちまっているこの状況じゃ、ルミナリエとアンリエッタをピエドロから守ることができないが、それはルミナリエを信じるしかねえ。
「怪我したくなけりゃ大人しくしてるんだな、ガキ」
こいつら、雰囲気はあるが、特務小隊の人達ほどじゃねえ。
もちろん、武器を隠し持っている可能性もあるが、俺を普通のガキだと思って舐めてる今の状況ならば、なんとかできないこともなさそうだ。
「あ?」
俺が右手を横に伸ばし、進んでゆくのを妨害するように立ち塞がると、がんを飛ばされる。
「お前ら、さっきの話聞いてなかったのか? このふたりには手出しさせねえって。俺はこいつらの護衛を任されてるんだって言ってんだろ」
舌打ちをひとつしたそいつは、
「あー? てめえ、誰に向かって口聞いてっと――」
その場に悶絶して崩れ落ちる。
「プロなんだったら油断してんじゃねえよ。金的なんて、男は食らったら大人でも一発なんだよ」
相手の口上を最後まで聞いてやる義理なんかねえ。
こっちはひとりしかいねえんだからな。相手に付き合ってたんじゃ確実にやられる。こっちのペースで運ばねえと。
見えてる限りじゃ、残り3人か。
「ルシオン。そちらの相手はあなたに任せます。こちらは私に任せてください」
その言葉、信じるぜ、ルミナリエ。
俺は後方にいると思われるピエドロへの警戒を捨てる。
「野郎!」
ひとり倒されたことで怒ったのか。
こんなことをやってるような奴にでも、仲間意識ってのはあるんだな。それとも、別の理由か? まあ、何でもいい。
懐に武器を持っているにしても、持っていないにしても、いまだ出してくれないでいるのはこちらとしてもありがたいところだ。ここで武器まで出したらとんだ臆病者だとでも思ってんのか、あるいは本当に持ってねえのか。まあ、それはどっちでもいい。
後ろにルミナリエとアンリエッタがいる以上、背負い投げちまうのはやっぱりちょっと抵抗があるな。
だから俺は、突っ込んできた相手と手を合わせて、がっつり組み合う。
単純な力比べなら負けねえと思っているのか、相手がわずかに口角をあげたところで。
「なっ!」
背中を逸らして反動をつけ、そのままヘッドバットを叩き込む。
鼻血を出して、背中から倒れ込んだ相手は、そのまま気を失ったようで起き上がってはこない。
あとふたり。
それとも、気絶した奴を起こす魔法ってのもあったりすんのか?
「てめえ、何者だ……」
探るような目つき。
ふたりが立て続けにやられたことで、ようやく本気にさせちまったってことか。こっからが正念場だな。
「俺はこいつの暇つぶし相手だ」
俺は構えて、正面の、いまだに立っているふたりを見据える。
さっきのふたりとは違い、無暗には突っ込んでくる気配がねえ。
だったら、こっちから仕掛けるか。
「おっ」
1歩で相手の懐に飛び込んで、がら空きの鳩尾に突き出したが、これは手のひらでガードされる。
そして、すかさず降ってくる肘打ちは、こちらも反対の手で受け止めて、即座に引き戻した拳をほどいて腕を掴み、背負い投げ――と見せかけて、身体を沈め、後ろ回し蹴りの要領で足払いを仕掛ける。
うつ伏せになった相手の背中に掌を重ね、まあ、俗に徹しとか、そんな風に言われている技術だ。
「残りはひとりだな」
最後のひとりと向き合おうと立ち上がれば、その瞬間を狙っていたかのように、突っ込んできていた。
「おおっと」
寸でのところで回転して回避したが、相手の掌が服を掠める。
やべえ。回避しちまったぞ。そっちにはルミナリエとアンリエッタがいるってのに。
そう思ったが、そいつはルミナリエたちの方へは向かわず、俺の方へ向きなおった。
「へえ。意外と紳士なところもあるじゃねえか。悪党に似合わず」
「望んでいるのは強者との立ち合い。後ろから女子供を攻撃するなど、矜持に反する」
それは、ここにアンリエッタを閉じ込めていた奴の台詞じゃねえな。
もしかして、ここに誘拐してきたのは自分じゃなくてピエドロだからとでも言うつもりか?
「そんなことはどうでもいい。今重要なのは、ここでお前と立ち会っているということだ」
「ちっ。強い奴と戦いたいってんなら、勝手に放浪の旅とかにでも出てりゃいいだろ。こんなところにいるよりずっとまともな奴と戦えるぜ」
それか、特務小隊に入るとかな。
あそこはいつも訓練だとかって組み手をしているし、強い相手には事欠かねえだろ。
「それは、ここでおまえを倒してから考えるとしよう」
話の通じねえ奴だな。俺と戦わなくても、もっと強い奴と戦えるって言ってやってんのによ。
「貴様、名前は?」
「ルシオンだ。ルシオン・ウェールス」
「そうか。俺はカテシ・ユパ。ゆくぞ、ルシオン。貴様の墓標にはしかとその名を刻んでくれよう」
まだ死ぬ気はねえよ。
そしてそこからは立ち技の応酬だった。
突きを受け流し、手刀を払い、蹴りをガードする。
こちらの攻撃も当たらねえが、相手の攻撃も受けきっていた。
「はっは! やるではないか、ルシオン。その歳で」
「そりゃどうも」
あんまり喋ってると舌でも噛みそうだ。
身体を逸らして目つぶしを躱し、そのままの勢いでバク転しながら蹴りを放つが、これもスウェーで躱される。
「いや、失礼。歳は関係なかったな、同じ武を嗜む者として」
努力の量に比例するってんなら、長い年月をかけているって意味じゃ、ある種の年の功ってやつはあると思うが。
「だが、そろそろあちらも決着がつきそうだ。こちらもケリを付けさせてもらうぞ」
そして突っ込んできたカテシは、意外そうな顔を見せる。
瞬間、隙ができる。
俺は体勢を低くして相手の懐に潜り込むと、そのままかちあげて、背負い落とす。
「……護衛対象を気にすると思ったがな」
「あいつが任せろって言ったんだぜ。俺はそれを信じただけだ」
ルミナリエは信じてくれと言った。
ならば、俺はそれを信じるだけだ。
それで決着がつきそうだってんなら、ルミナリエが、それからもしかしたらアンリエッタが、ピエドロをどうにかできたってことだろう。
あるいはブラフで、まだ決着がついてねえなら、目の前の相手とケリをつけてから、加勢に回ればいい。
気を失ったカテシを他の奴らと一緒に並べ、後はルミナリエに、それから特務小隊に任せるとしよう。
「さて」
本当にあっちが危ない状況なら、俺にも背中から攻撃が来るだろうから、大丈夫だとは思ったが、案の定、ルミナリエはピエドロを完全に抑えている様子だった。
眩しくて向こう側がよく見えないが、ルミナリエの前には透明の壁――バリアみたいなのが展開されていて、ルミナリエ自身に怪我はおろか、着ている服に乱れすら見られなかった。
さっさとアンリエッタをちゃんとした場所で休ませてやりたいし、当初の目的通り、ピエドロの奴に一発かましてやろう。
加速をつけるように、後ろから走っていって、ルミナリエのシールドを追い越す。
「ルシオン?」
驚いたようなルミナリエの声が聞こえるが、それも一瞬のこと。
数メートルもないこの空間じゃあ、次の台詞が聞こえる前には、俺はピエドロに接近していて、そこから踏み切って跳躍。
ルミナリエからの防御と、ルミナリエたちを攻撃するのにリソースを使い切っているのか、俺への警戒が甘い。
さっきの戦いでも俺は魔力だか、魔法だかを使っていないからな。
普通の踵落とし程度なら、頭上を守っているバリアで十分と決めつけていたんだろう。
俺は踵に魔力を集中させる。
「何っ!」
俺の足が光って――魔力が集まっているのが感じられたのか、ピエドロの視線がようやく俺を向く。
慌てたようにピエドロが頭上にもバリアを再展開するが、今度は逆に、ルミナリエからの攻撃を防ぎきれなくなり。
「ぐえっ!」
結局、どっちつかずの防御になり、どちらの攻撃もまともに防御できず、ピエドロはその場にぶっ倒れる。
「悪いな、ルミナリエ。遅くなって」
ピエドロの気絶を確認してから振り向くと、ルミナリエはいつも通りの澄ました顔で。
「別に、あなたの助力がなくとも押し切る寸前でしたが」
そこで言葉を切ったルミナリエは、少し頬を紅く染めてから。
「けれど、助かりました。ありがとうございます、ルシオン」
アンリエッタの方へ向き直りながら、肩越しにそう言った。




