サンベルードの『聖女様』 11
ぶっ飛ばすと宣言はしたものの、俺だってできることならルミナリエやアンリエッタの目の前で暴力を振るいたいわけじゃねえ。
子供に……アンリエッタの方は何歳か知らないが、女子供に好き好んで見せたいシーンじゃないだろうからな。
だから、俺はどう転んでも対応できるよう、ルミナリエとアンリエッタの間に座って、最初はルミナリエに任せることにした。もちろん、こんなところに監禁するような奴を相手に、油断は微塵にもすることはできねえが。
重たい音が響いて、牢屋の扉が開かれる。
ルミナリエの近くにいるからわかっていたことだが、たしかに『聖女』の姿を見れば魔法は使える。お披露目の期間から考えると、ひと月は余裕をもって魔力、魔法を行使できるんだろう。
ただし、メンデル国王も話していたことだが、『聖女』の近くにいればいる程、その影響は受けやすい。ならばこそ、こうして監禁して自分の下に置いておき、他の住人の下からは遠ざけるのだろう。
そのため、近いうちにピエドロがここへ『聖女』の姿を見に現れるだろうことは予想の範疇だった。
「待たせてすまなかったねえ、アンリエッタ、それからルミナリエ王女。人数が増えると食事の量も増えてしまって、買い出しが大変だったんだよ」
相変わらずのドジョウ髭をしごきながら、粘りつくような視線で、だらしのない口元を晒す。
「さあさあ、遠慮せずに食べていいんだよ。私も、ふたりを餓死させるのは本望じゃないからね」
当然、俺の分はないようだったが、関係ない。どうせ、この後脱出する予定だからな。
「いえ、今は結構です。それよりも、あなたに話さなくてはならないことがあります」
アンリエッタの方は、よほどひどい目にあってきたのか、ピエドロが姿を見せるなり――もっと言えば、ピエドロの声が聞こえてくるなり、俺の背中に隠れるようにシャツの裾をぎゅっと握りしめてきたが、ルミナリエはといえば、背筋を伸ばした堂々たる振る舞いで、真っ直ぐにピエドロを見据えていた。
「おやおや、これはこれは。一体、どのような面白い話を聞かせて貰えるのかな?」
昨日とは打って変わり、ピエドロの態度からは自分が優位者だという余裕や、圧倒的に不利な相手を見下すときの優越感のようなものが滲み出ているような感じがしている。
「ええ。そろそろこの部屋にいるのも飽きてきましたから、私たちはお暇させていただくことにします。一応、ここの主人は今のところあなたのようですから、ひと言断っておこうかと」
それを聞き、ピエドロは数度目を瞬かせた後、大声で笑いだした。
地下の空間に反響し、俺は思わず耳を塞いだが、ルミナリエは気にした様子もなく「それでは」と立ち上がると。
「ルシオン。あなたはアンリエッタを背負ってください。私はひとりでも歩けますが、アンリエッタに急な運動は無理でしょうから」
「ああ」
アンリエッタは軽かった。
骨と皮だけってことはなかったが、ほとんど重みを感じねえ。ちゃんと物を食って……なかったんだな。
「なあ、ルミナリエ。ここを出て行っちまって本当に良かったのか? ここで囚われるのを演じていた方が、こいつを捕まえるための証拠になるんじゃねえのか?」
面白い冗談だとかなんとかごちゃごちゃと言っているピエドロの脇を通り抜け、開きっ放しの扉から外へと踏み出す。
まあ、鍵は開けていたから、そもそも囚われていたかどうかってのは怪しいところだが。
「問題ありません。私とアンリエッタが証言しますから」
「いや、まあ、そりゃそうだろうけど」
物的証拠とか、そういうものが必要になるんじゃねえのか?
いくら『姫様』だとか『聖女様』だからって、証言だけじゃ、証拠能力は低いだろ。
「いえ、証拠能力はこれ以上にないほど高いです。なぜなら『聖女』は嘘をつくことができないんです」
それはどういうことだと聞き返そうとしたところで、背後から声がかけられる。
「何をしているんだ、お前たちは!」
無視されて怒ったのか、上気した顔のピエドロが、こっちを向いて睨んでくる。
何と言われても、牢屋なんかにずっといるのはごめんだったから、出て行っただけだけど、何か問題があるのか?
「許さん! ここから出て行くなど、許さんぞ!」
ピエドロがこちらに右手を向けると、そこから光る鎖のようなものが飛び出して、俺たちの方へと伸びてくる。
何だこれは……って、魔法か。
その光る鎖は、俺の手首に巻き付くと、まるで実体があるかのように俺を引っ張る。
いきなり何すんだ。危うく、アンリエッタを落としちまうところだったじゃねえか。
「小僧。男は不要だ。ただ殺すだけでは済まさん。もっとも――なにっ!」
ピエドロが何か言いたげだったが、ルミナリエが、全ての台詞を言い切る前に、その鎖を手を払うよな仕草で、いとも簡単に断ち切る。
「あなたこそ、私のルシオンに何をしようとしているんですか」
金の瞳は冷たく、声は氷柱のように尖っている。
「あなたのことは、ほどほどに……後ほど来るだろう特務小隊の方に任せようと思っていましたが、私のものに手を出すようならば、容赦はしません」
いつから俺はお前のものになったんだ? つうか、俺のことは暇つぶし相手じゃなかったのか?
それよりも、だな。
「おい、ルミナリエ。なんでお前が戦おうとしてんだ。そんなことが知られたら、俺が小隊の人たちにボコられるじゃねえか」
あそこを出るときに、ルミナリエを頼む、任されたって約束したのを、お前も聞いていたよな?
にもかかわらず、囚われたってだけでも、知られたら大変なことになるのは目に見えてんのに、この上戦闘で怪我だかでもされたら、どうなっちまうんだ。
それに、純粋に、高校生の男子として、9歳の女子を矢面に立たせて戦わせて、自分は引っ込んでいるなんて、できるはずねえだろ。
「それに、俺の役目はお前の護衛でもあるんだよ。お前だって『王女』だとか『聖女』だとかの役目を全うすることに責任を持っているだろう? 俺にも、お前の護衛って役目を果たさせてくれ。これは別に、お前の実力を信頼してないわけじゃねえ。心配しているんだってことは、わかってくれるよな?」
俺の魔法に対する対抗手段は付け焼刃だが、それはルミナリエを――ましてやアンリエッタを――矢面に立たせる理由にはならねえ。
「わ、わかりました。けれど、ルシオンは魔法への理解はまだ未熟ですから、私にサポートくらいはさせてくださいね」
肩を掴んで真摯に説得すると、ルミナリエは少し驚いたように、顔を赤らめながら、頷いてくれた。
「ああ。わかったよ」
そんなことを話している間に、通路の方から次々と、使用人なのか、それとも別の、ガードマン的な私兵らしき奴らが駆け足で降りてくる。
「おまえたち! こいつらを捕らえろ! 男の方は殺しても構わんが、『聖女』ふたりは生かしたまま捕らえるんだ!」
ピエドロが叫ぶ。
まあ、こっちだってすんなり帰してくれるとは思ってなかったさ。
しばらく牢なんかの狭いところに入れられて、そろそろ運動でもしたいと思っていたところだ。
つうか、こいつら馬鹿だろ。こんなところに降りてくるとか、人数の有利ってものを理解してねえ。
地上にある屋敷の中とかならいざ知らず、ここは地下牢のある空間で、人がそんなにたくさん押しかけられるような構造はしてねえ。
ピエドロは後ろにいるが、別の出入り口がないことは確認しているし、挟撃されることもねえ。
つまり、何人いるのか知らないが、個人の対人戦を繰り返すだけで、ようは実践組手、百人組手みたいな状況だ。相手は武器を持っているみたいだけどな。
「ルミナリエ。アンリエッタを頼む」
さすがに、背負ったままで戦うのは、アンリエッタにとって、危険すぎる。




