サンベルードの『聖女様』 10
◇ ◇ ◇
格子戸から差し込んでくる光が眩しくて目を覚ました。
眠るまいと思っていたにもかかわらず、どうやら寝落ちしてしまっていたらしい。
立ちあがって伸びをしようとして、太腿の上に重みを感じて思いとどまる。上には、安らかに寝息を立てているふたつの頭が乗っていた。
そういや、アンリエッタを助けに来ようとして、逆に捕まっちまったんだよな。
本当は身体を動かしたいところだったが、この状態じゃあなと思っていると、下の方でもぞもぞと青い髪が動く。
そいつは大きく伸びをしてから、なんで自分の手はこうして自由になっているんだろう、とでも言いたそうに、不思議そうな顔で手のひらをくるくるとさせ、自分が服を纏っていることに驚いたように、裾を広げていたりするので、目のやり場に少し困ったが。
「よう。起きたか」
声をかけると、大袈裟なくらいに驚かれ、そっと距離を置かれる。まあ、ほぼ初対面で、恰好が恰好だし、仕方ないとはいえ、少し傷つく。
「お前がアンリエッタってことでいいんだよな? 俺はルシオン・ウェールス。本当はお前を助けに来たつもりだったんだけど、油断しちまってな」
大きな青い瞳をぱちくりとさせたアンリエッタは、俺と、それからいまだに俺の膝の上で静かに眠っているルミナリエを交互に見て。
「……そちらの方は、もしかして、ルミナリエ様でしょうか?」
「ああ。そうだけど」
俺が頷けば、アンリエッタはさっきよりも大きく瞳を見開き、その場に丸まって膝をつこうとするので。
「やめろやめろ。ずっとそんな調子じゃ、これから先、動きにくくてしょうがねえ」
この国の人間にとっては、ルミナリエはまさに王女様であり、敬意を向けるべき存在なのかもしれねえが、今後の事を考えると、ずっとその調子でいられると、非常にやり辛い。例えば、ここから脱出するときとかに。
「……えっと、あの、その、ですが」
アンリエッタは、何か尋ねたいことがあるらしいが、上手く言葉を発せずにいた。
「とりあえず、朝起きたんだし、顔でも洗ったらどうだ? 生憎、俺はタオルなんて気の利いたものは持ってねえけど」
ルミナリエのドレスのポケットには、たしかハンカチが入っていた。
もちろん、勝手には使えねえけど。
「それでは、あなた様は一体どなた様なのでしょうか? ルミナリエ様がこちらに、もしかして、ルミナリエ様も捕らえられて……」
「違う……とも言い辛い状況なんだが、順に説明するとだな。さっきも言ったと思うけど、俺はルミナリエの従者ってことになってるルシオン。ああ、敬称とかはいらねえから。そんな立派なもんじゃないし。とにかく、俺たちはルミナリエが割り出し――予測した『聖女』のいる場所を元に、会いに来たんだよ。他の『聖女』ってのをひと目見たくてな」
それから、この街に着いて、この屋敷にアンリエッタが囚われていることを突き止めたまではいいが、ちょっと間抜けを晒しちまったと説明した。
「ルミナリエ様は、どうして私などに会いたいとおっしゃったのでしょうか?」
俺が答える前に、アンリエッタの腹が小さな音を立てる。
アンリエッタは真っ赤になって俯いてしまう。
そりゃ、腹も空くよな。だが、食料を持ってるのは俺じゃなくてルミナリエなんだ。
「それは俺が答えることじゃねえな。起きたら直接聞いてみろよ」
時計がないから正確にはわからねえけど、そろそろルミナリエも起きてきていいと思うんだけどな。
しかし、こんな場所だってのに、幸せそうに眠りやがって。どんな夢でも見ているんだか。
俺は、この場に似つかわしくないような、無防備に晒されて寝顔を見ながら、頬を摘まんで引っ張ってみた。
「ル、ルシオン様?」
「様とかいらねえって言っただろ」
しかし、こいつの頬は随分とやわらかくて、よく伸びるな。
「アンリエッタもやってみたらどうだ?」
「そ、そんなことはできません!」
アンリエッタは真っ赤になって、大慌てに否定する。
このくらいじゃ、ルミナリエは怒らないと思うけどな。
「まあ、それはいいか。それより、少し真面目な話だけど、ルミナリエが起きたら――」
「私がどうかしましたか?」
話を進めようと思っていたところで、ルミナリエが起き上がる。
自分の手に水を溜めて顔を洗ったルミナリエは、伸びをしてから、居住まいを正し。
「おはようございます、ルシオン、それから、アンリエッタ。私が寝ている間に随分と親交を深められたようで何よりです」
その少し硬い声に驚いたのか、アンリエッタはびくりと驚き、俺を盾にするようにして背中に隠れる。
「いや、親交とか、まだそんなことにはなってねえよ。それよりだな――」
「そうですね。はやくここを脱出しましょう」
知ってはいたが、ルミナリエの覚醒は早く、微睡の中とか、寝起きが悪いなどという言葉とは、まるで無縁なんだな。
「あ、あの、ルミナリエ様。ここを、抜け出すことはできません」
立ち上がったルミナリエに、アンリエッタが遠慮がちな、しかしはっきりと意志の込められた声をかける。
「こ、ここには、私の他にも捕らえられている人たちがいます。私がいなくなれば、その人たちに危害が及ぶと」
俺たちがここへ来るまでの間には見ていないが、そんな風に脅されていたのか。
アンリエッタがここを出られなかったのは、それも理由か。
「安心してください、アンリエッタ。そんな方たちはどこにも捕らえられてなどいませんよ」
「いえ。いらっしゃいます。ここのお屋敷で働いていらっしゃる方達です」
アンリエッタが言っているのは、この屋敷の使用人のことか。
正直、俺は、こんなことに加担している奴らに同情する気にはなれないが。
「そうですか。そうだとしても、問題はありません。その方達も全員、まとめて助け出せばよいだけのことです」
ルミナリエは事も無げに言い切る。
ポカンとしているアンリエッタと俺に、ルミナリエはため息をつき。
「ルシオン。あなたまでそんな反応をするとは思っていませんでした」
「いや、だって、お前、簡単に言うけどな……」
一体、どこに散らばっていて、何人いるのかもわからねえんだぞ?
どうやって助け出すってんだよ。
「ルシオン。全員を助け出す、というのは、ここにいる全員を連れ出すということだけではありません」
ルミナリエは、そんななぞかけみたいなことを言い出した。
全員助けだすのに、全員を連れ出すわけじゃないって、どういう意味だ? 連れ出さなくちゃ意味ないだろ。
「いいですか、ルシオン」
ルミナリエは、出来の悪い生徒に言い聞かせるように。
「私達――ここでは、アンリエッタということにしておきましょうか。アンリエッタがここから逃げ出すことで、危害が加えられるのは誰ですか?」
「そりゃ、ここで働いている使用人って言ってたろ」
「その通りです。では、その彼女たちに危害が加えられるのはなぜでしょうか? いえ、もっと言ってしまえば、彼女たちに危害を加える元凶は誰でしょうか?」
そうか。
そういや、元々、そのつもりで来たんだったな。
アンリエッタの状況が状況だったもんで、ここから連れ出すことばっかりを考えてしまっていたが。
「そうだな。あの、ピエドロをぶっ飛ばせばいいんだったな」
傷害罪? とかってのがあるのかどうかは知らねえが、ルミナリエに危害を加えようと――実際に監禁なんて真似をしでかした奴だ。
正当防衛ってことで納得してもらおう。
「ぶっ飛……もういいです、それで。やり過ぎるとこちらも問題になる恐れがありますから、ほどほどにしてくださいね」
ルミナリエの許可も出て、行動を起こそうとしたところで、扉の向こうから靴音が響いてくるのが聞こえた。
おあつらえ向きに、向こうからやってきてくれたらしいな。




