サンベルードの『聖女様』 9
水や火は魔法で生み出すことができたし、調理器具や食材はルミナリエが持ち運んでいる。
つまり、料理のスキルがあれば、たとえこの牢屋といっても差し支えのない場所であっても、食事を用意することはできた。
しばらくの間、碌な食事をしていないらしいアンリエッタに考慮して、消化に良い物ってことで、うどんを打つことにした。つゆはないが、調味料はある。
作り方だけはルミナリエが記憶していたし、俺は普段、料理をしないこともねえ。
幸い、時間は十分過ぎるほどあり、作っている間に見回りが来ることもなかった。
食べた後、残念ながらベッドなんて気の利いたものはなかったが、ルミナリエは膝枕でアンリエッタを寝かしつけ、アンリエッタの気が付くまで、起きていても暇な俺たちも、壁に寄りかかって休むことにした。
「ルミナリエ。ずっとそうしてるのは大変じゃねえか? 俺が代わるぞ」
床は城みたいにふかふかの絨毯ってわけじゃねえんだから、ずっと頭なんて乗せてたら痺れてくるんじゃねえのか? 頭はそれなりに重いものだし、疲れてお前まで倒れてたら元も子もねえぞ。
俺は親切心で――いや、押し売りするつもりじゃないが――申し出たつもりだったが、ルミナリエはちらりと俺のことを睨んできて。
「……いえ、心配はいりません。痺れても治癒の魔法で取り除くことはできますから。それとも、なにかアンリエッタを膝枕したい理由でもあるのですか?」
「いや、お前が大丈夫だってんならそれでいいけど……」
妙な迫力をにじませるルミナリエに、こんなことで譲る譲らないの話をしても仕方がないので、俺は黙ってルミナリエの隣に――アンリエッタの身体が伸びていない方に――腰を下ろした。
「よく眠ってるな」
こんな場所だっていうのに、アンリエッタの寝顔は安らかで、さっきまでの、繋がれていた時とは天と地ほどの差がある。
余程まいっていたんだろう。あんな風に捕らえられていたんじゃ無理もないことだが。
「ええ。結果、こうして閉じ込められてはしまいましたが、アンリエッタの無事……とは言い難いですが、生存も確認できて、結果としてはまずまずです」
ルミナリエは緊張感などまるでない様子で、微笑みながらアンリエッタの髪をやわらかい手つきでひと撫ですると、牢屋の上の方に取り付けられている、というより開けられている格子戸を見上げた。
「ルシオン。あなたはあそこから脱出して情報を伝えに行くことはできますか?」
「無茶言うな」
そんなサイズじゃねえだろ。
たとえ格子を切ったとしても、俺じゃ抜け出すことはできないだろう。精々……いや、頭が出るかどうかも怪しい。無理をすれば通すこともできるかもしれないが、身体の方で突っかかって、今よりひどい拘束状態になるのは明らかなように思えた。
ルミナリエも本当にできるとは思っていなかったんだろう。特に何も反応は見せず。
「まあ、こちらから向かわずとも、私たちがここへ来ていることは小隊の皆さんを迎えに行ってくれている御者が知っていますから、あまり時間がかかるようなら、そのうち強制捜査がかけられることでしょう」
『聖女様』がここへ囚われているということは、確定情報ではなく、状況からの推測に過ぎなかったが、ルミナリエがここへ来たということは知らされている事実だ。
そのルミナリエがいつまでも戻らなければ、他に人質がいるかもしれないとか、そんな理由なんかはお構いなしに、突入してくるだろう。
俺に言われた、ルミナリエをしっかりお守りしろ、って命もあるしな。
やっぱり、この状況は早く何とかしないとまずいな。このままだと俺が生きていられる未来が見えねえ。
「そんなわけで、時間は私たちの味方です。もっとも、ここの鍵を破ることも造作もないことではありますが」
少し待っていてください、とルミナリエは俺にアンリエッタを預け、扉まで近づくとノブのある部分――残念ながら、内側にノブはついていなかったが――に手をかざす。
直後、眩しい火花のようなものが散ったかと思うと、しばらくして沈黙する。
そしてルミナリエが、数歩、その場から退くと、扉はいともたやすく、油の差されていない音を響かせながら開き、外からの光を取り入れた。
「隙間風が寒いですし、とりあえず、閉めておきましょう」
もはや、鍵など何もかかっていない扉を閉めて戻ってきたルミナリエは、わずかに困った様な顔で、アンリエッタの隣に腰を下ろすと。
「ルシオン。もう大丈夫ですから、アンリエッタを返してください」
そう言って、自分の腿を叩く。
「え? いや、大丈夫だぞ。別に疲れてねえし。そんなに重さも感じねえから」
実際、膝枕程度なら、全然疲れることはねえ。
まあ、それならルミナリエだって同じかもしれないが、別に交代する必要性も感じねえ。
もっとも、アンリエッタに意識があったなら、ルミナリエの膝枕の方が気持ちが良かったと感想を言うかもしれないけどな。そりゃ、武骨な男子高校生の膝枕と、美少女のお姫様の膝枕とじゃ、比べ物にはならないだろうから。
「そんなことより、休むんなら休んでろよ。俺が起きてるから心配すんな」
さすがに敵地の真っただ中で、全員で寝ちまうほどにのんきにはなれねえ。
だったら、起きているべきなのは、体力のある俺の方だろう。
普通、そんな風に提案されたなら、喜ぶべきだと思うんだが、いや、そこまで押し付けがましくは思ってないけど、素直に聞いておいてくれると思ったんだが。
「……いです」
「なんだって?」
ルミナリエが何事か呟いたが、小さすぎて聞き取れず、聞き返したところ。
「アンリエッタばかりずるいです。いいでしょう。ルシオンがそんなに言うのでしたら、私も休むことにします」
「お、おう。そうしてくれると助かる」
何がずるいのかはわからなかったが、どうせまた答えてはくれないんだろうな、と考えていたんだが。
「うおっ!」
ルミナリエはわざわざ回り込んで座り直してから身体を倒してきて、俺の腿の上に頭を乗せた。いわゆる、膝枕だが。
「おい。これだと俺が全く動けないんだが」
「休むというのなら、動く必要もないでしょう。それとも、アンリエッタには良くて、私ではだめなんですか?」
その体勢のまま、ルミナリエが上目遣いに俺を見上げてくる。
いや、特に困りはしねえけど、この恰好だと、スペースが狭くねえか?
今、ルミナリエとアンリエッタで、俺の左右から膝枕を使っているわけなんだが、部屋の幅というか、前に足を投げ出せる体勢でいる方が楽じゃねえのか?
そう思ったが。
「いえ。これが心地いいです」
そう言うと、ルミナリエは満足したように目を瞑り、すぐに寝息もたてずに、薄い胸を上下させ始めた。
まあ、本人が良いならそれで構わねえか。
アンリエッタはともかく、ルミナリエもよくこんなところで素直に眠れるもんだ。何かあったらとか思わねえんだろうか。無防備過ぎる。まあ、何もする気はないんだが。
「暇だし、魔法の鍛錬でもするか」
この態勢のままじゃ、武術の方はできることが限定され過ぎるしな。よりやりやすい方を取った方が良い。
眠っているふたりを起こさないよう、俺は静かに座ったままでできる訓練、小さく火とか光を出すとか、幸いなことに両側に『聖女』がいるという状況で魔力には困らなかった――むしろ、いつもより調子がい良かったまである――ので、これからどうするかってことをぼんやりと考えながら続けた。




