サンベルードの『聖女様』 8
「お待たせしてしまい、申し訳ありません、姫様」
入ってきたのは、よく肥えた腹、ドジョウ髭を生やし、太い指にはギラギラと光る指輪、だらしのない口元、粘りつくような目つき、鼻につくようなきつい香水……と、聞いていた通りの様相の男だった。
おそらく、ピエドロ・アウロス本人だろう。
しかし、急なことだったとはいえ、ルミナリエが――この国の第1王女がわざわざ面会を求めて来たってのに、この恰好ってのはどうなんだ?
「いえ。急だったことは事実ですから。なにせ、手紙が届かないもので」
ぴくり、とピエドロの眉が上下し、指輪の嵌った太い指がドジョウ髭をしごく。
「おお、これはすみません。現在、このサンベルードは不景気に苛まれておりまして。領主として対応に追われていたものですから。姫様には大変お見苦しいところをお見せしてしまいました」
困ったものです、とため息をつく目の前の領主を「お前のせいだろ」とぶん殴ってやりたい衝動はあったが、それは流石にまずいので、ただ拳を握り締めるだけに留める。
「そうですか。ですが、その件は私にとっては本来の目的から外れているため、どうでも良いことです。お父様が、あるいは小隊の皆さんが対応されるでしょうから」
すでにこの街の様子は私の名前で特務小隊へと知らせています、とルミナリエが告げると、再びピエドロの眉と口元がひくつく。
「私のサインの入った手紙ならば、検閲で排除されることもありません。仮にあったとしたなら、それは問題ですから、そのような検閲を黙認している領主であるあなたの責任問題になりますからね」
「……わざわざご忠告にいらしてくださったということですか。いやはや、このような僻地にまで王家の配慮など届かないものと思っておりましたが、なかなか、気にしてくださっているのですね」
ルミナリエは答えず、その態度がピエドロを苛つかせているようで、指がせわしなくドジョウ髭をしごいている。
「それが本日の訪問理由でしょうか? それでしたら、さっそくこれより取り掛からせていただきたく思いますので、まことに恐縮ですが、面会はこれまでにしていただいてもよろしいですかな?」
「いいえ。もうひとつ。先ほども申しましたが、こちらの方が本題です。こちらにアンリエッタが囚われの身となっていますね」
さっきまでの回りくどい言い方ではなく、ルミナリエはいきなり本題で切り込んだ。
それも、尋ねるようにではなく、確定している事実であるように突きつける。
「そ――」
「答えていただく必要はありません。この街に『聖女』が――より正確に言えば、あなたの屋敷にアンリエッタがいるということは、住人の証言から割れていますし、その彼らと、この屋敷にいるあなた方の魔力とを比べてみれば、裏はとらずとも明白です。魔法体系が『聖女』に依存している以上、仕方のない事ではありますが、隠蔽は不可能です」
証拠が欲しいというのなら、家宅捜索をさせてください、とルミナリエが最後に付け加えると、ピエドロは俯いて、黙り込んでしまった。
言い訳すら浮かばねえか。それはそれで潔いとは思うが、だったら最初から監禁なんてするんじゃねえよ。
「……私は、ただ認めて欲しかっただけなんです。蔑まれ、馬鹿にされ続けた家族に、友人――いえ、友人だと思っていた彼らに、婚約を破棄してきた相手に。この力があれば、そんな彼らを見返すことができると……馬鹿なことをしました」
「その謝罪は、アンリエッタに向けてください」
ルミナリエが静かに言い切り、使用人のひとりに心配そうに見つめられながら、覇気をなくした様子でよろよろと立ち上がったピエドロは。
「彼女は……アンリエッタは、この屋敷の地下にいます。今からご案内いたします」
ピエドロはメイドに鍵を持ってくるように言いつけると、椅子に深く座り直し、顔を両手で覆いながら俯いた。
まったく。
こんな程度でゲロっちまって、いや、こっちとしては助かるけど、その程度の根性なら、最初から監禁とか考えるんじゃねえよ。まあ、誰でも心をいつも強く持っていられるわけじゃねえってことくらいはわかってるけど。
ピエドロの案内で、俺とルミナリエは屋敷の地下への階段を下りてゆく。
外から見ていただけじゃわからなかったが、どうやら、この屋敷、地下にも部屋がるらしい。
地上部分とは違い、壁やなんかも石造りのそこは、たしかに監獄と言えるのかもしれないと思っちまうようなところだ。
鉄の扉がいくつもつけられていて、廊下といっていいのか、こちらに向けてつけられているのは小さな格子状の窓がひとつだけ。
こんなところを作るような奴の精神が知れねえぜ。
俺が眉を顰めていると、その最奥の扉が、錆び付いたような音を響かせながら開かれる。
その部屋の奥の壁には、両手と両足に鎖のつけられた青い髪の女性が捕らえられていた。
これも『聖女』の加護ということなのか、こんな空間に入れられているのにもかかわらず、アンリエッタは光を放っていた。
「鍵はありますよね?」
ルミナリエはピエドロから鍵を受け取り、奥へ進み。
「ルシオン。手伝ってください」
どうやら、枷の嵌められている手のところの鍵に、ルミナリエの身長では届かないらしい。
まあ、こんな状態の人間をすぐに歩かせるわけにもいかねえし、誰か、この場所から連れ出す役も必要だからな。
一応、地面に座ることのできるようにはなっているみたいだが、こんな調子じゃ、肩が外れるか、何より、ずっとこんな調子で拘束、監禁されていたんなら、疲れるし、参っちまうだろう。
拘束を外し、そのまま床に横たえさせると、ルミナリエはドレスのポケットからハンカチを取り出し、手から出した水で湿らせて、アンリエッタの口元に押し付ける。
碌な食事もとらせてねえのか。
まあ、裁くのは俺の役目じゃねえし、特務小隊に任せることにはなると思うが、ひと言言ってやろうと立ち上がり振り向くと、後ろでは扉が閉められるところだった。
「おい」
鍵のかかる音が聞こえ、扉の向こうからは笑い声が聞こえてくる。
「これでふたり。しかも王女とは。今日は運が良い」
「てめえ!」
俺は扉を蹴りつけたが、もちろん、そんなことで破壊されるはずもなく、当然、扉の鍵と、手枷、足枷の鍵は別物だ。
「問題ありません、ルシオン。この程度の扉など――」
「おっと、余計なことはなさらないでくださいよ、姫様。まあ、他の女がどうなっても気にしないというのでしたら、お好きにしてくださって構いませんがね」
そして格子から差し込んできていた明かりも消え、今度こそ、足音は遠ざかってゆく。
「……とりあえず、治癒をしましょう」
ルミナリエが手をかざすと、アンリエッタの身体が光に包まれ、切り傷や擦り傷、打撲痕など、無数にあった怪我がみるみる消えてゆく。
「――ルシオン、何をそんなにじろじろと見ているんですか」
「いや、魔法の――」
「いいから、私が許すまで向こうを向いていてください!」
鎖につながれていたアンリエッタは、何も身に纏っておらず、俺は目のやり場に困っていただけだったんだが。
「もういいですよ」
許可が出され、振り向けば、アンリエッタは俺のシャツとズボンを纏っていた。
どこにあったんだ……って、そうか、そういや、ルミナリエが全部持ち運んでいるんだったな。
「……ぅ」
そこで、アンリエッタがもぞりと頭を動かし、うっすらと瞳を開く。どうやら気が付いたらしい。
「気が付きましたか?」
「……私……あなたは、聖……ルミナリエ、様?」
「ええ。とりあえず、今は休んでください。話は、食事をして、お腹を満たしてからにしましょう」




