サンベルードの『聖女様』 7
◇ ◇ ◇
「ルシオン。強硬姿勢にはならないでくださいね。今日のところの目的は、アンリエッタの所在を知ること、それから、相手の真意を聞き出すこと、こちらの意志を伝えることです」
翌日。
ピエドロの屋敷へ向かいながらルミナリエは、くれぐれも、と繰り返した。
「わかってるよ。つうか、ルミナリエ。お前には俺がそんなに手が早いように見えてたのか」
俺にだって、サンベルードに滞在している理由は理解できているつもりだ。
それに、今の俺の立場はルミナリエの従者。そんな俺の態度は、ルミナリエの評判として捉えられる。つまり、相手になめられる。
「それならば良いです。私のせいということもあるので強くは言えませんけれど、こちらへ来るきっかけになった際といい、困っている人のことになると衝動的になりがちなようですからね、あなたは」
この街でも、すぐに乗り込んでとっちめるという提案をしたことがあった以上、強く否定できず、俺はわずかに眉を寄せた。
そんな俺を見てどう思ったのか。
「別に責めているとか、怒っているということはありません。そんな風に、見知らぬ他人のためであっても、躊躇わずに手を差し伸べられるところは素敵だと思います。ですが、私たちが話し合いに来たのだということは忘れないでくださいということです」
あくまでも、暴力的な手段によって、アンリエッタを解放しに来たのではない。
もちろん、それが必要になる可能性もあるが、最初は、ということだ。
「そう緊張しなくても大丈夫です。話し合いの部分は私が受け持ちます。あなたは、ただ傍にいてくれるだけでいいんです」
これは同じ『聖女』であり、この国の『王女』である自分の責務だと、ルミナリエは静かに口にする。
特段、意気込んでとか、気負ってとか、そんな風には見えねえ。いつも通りの自然体だ。
「元々、そんなに口が上手いわけじゃねえから、そっちはお前に任せるつもりだったけどな」
そもそも、俺とルミナリエでは『聖女』に関する知識に差があり過ぎる。
基本的な部分は教えてもらったが、付け焼刃っつうか、下手に上げ足なんかを取られたりしないよう、極力黙っているつもりだ。
「ところで、アンリエッタを解放したら、その後はどうするんだ?」
具体的にいえば、アンリエッタってどこに住んでいるんだ、ってことだ。
城での例を考えると、自宅にそのまま送り届けるってわけじゃなさそうなんだが。
「もちろん、教会に送り届けます。『聖女』は基本的に教会に監……住むことになります。それは、遥か昔、『聖女』にこの力が与えられたのは神様からの贈り物だと考えられていたことがあり、教会という場所が最も神様に近いと考えられていたからです」
お城の中にも教会はありますよ、とルミナリエが教えてくれる。
それなら、本来はルミナリエも教会に詰めていなくちゃいけないんじゃねえのか? まあ、城の敷地内にあるってんなら、似たようなものだから大丈夫だと考えられているのかもしれないが。
「城の教会は簡素なもので、生活スペースがありませんから。礼拝堂しかありません。他の……普通の教会にはちゃんと居住スペースがありますよ」
見に行きますか? と尋ねられたが、いいや、と俺は首を横に振った。
「主がいないのにいっても寂しいもんだろ。主を救出してから、礼拝に行くさ」
そう答えると、ルミナリエも、ふわりと、小さく笑みを浮かべる。
「そうですね。アンリエッタを助け出して、皆で一緒に参りましょう」
ちなみに、こうして俺たちは馬車で件のピエドロ・アウロスの屋敷へと向かっているわけだが、特務小隊の隊士が一緒について来ているわけじゃねえ。
何のために呼びに行ったのかと思われるかもしれないが、そんなに大勢で向かえば警戒される。
もちろん、街の現状を見たうえで、ルミナリエが――他の『聖女』が訪ねてくるんだから、警戒はもともとされているだろうが、俺たちの見た目は、子供ふたりだからな。
やがて、先日もみた、ピエドロ・アウロスの屋敷へと馬車が停まる。
「ありがとうございます。では、あなたはここで特務小隊の皆さんが来るのを迎えてあげてください」
御者にそう言い残し、俺とルミナリエは馬車から降りる。
インターホンなどというものが取り付けてあるはずもなく、ルミナリエは、ドアの持ち手として取りつけられている輪で、数度ノックした。
「どちら様でしょうか」
すぐに、ドアの向こうから声がかけられる。
男のものではなく、女の声だったようだし、ピエドロ・アウロス本人じゃなく、ここで働いている使用人とかそんな感じの人物だろう。
「ルミナリエ・シェスタローゼです。私がこちらを訪ねた理由は、あなたならおわかりだと思いますが、この館の主人に面会の許可をいただいても? もちろん、お約束はしていませんが」
隠す気など毛頭ないという態度で、ルミナリエは開口一番から名乗る。まあ、名乗らずにいたところで、ひと目見ればわかるんだから、意味はないんだけどな。
約束がないならばと、門前払いされてもおかしくはないだろうが、なにしろ人物が人物だ。
ルミナリエはこの国の第1王女であり、現在では『聖女』という役にまで付いている。
ある種、人柱といえなくもない『聖女』という役についてのこの国での信仰の具合は、散々、というほどではないにしろ、俺も目で見て、耳に聞いている。
いくら、突然押しかけたように訪ねたからといって、ひと目もくれずに門前払いなどという態度が許されるだろうか。
「こ、これは聖女様!」
ドアを開いた女性の使用人は、驚愕を露にしながら、その場に膝をつこうとする。いや、実際に、ルミナリエが止める前に膝をつき、頭を下げた。
「私共の主人の屋敷に、本日は御足労いただき――」
「堅苦しい挨拶は不要です。ここの主人である、ピエドロ・アウロスはいますか?」
一瞬の硬直と沈黙。
それだけでルミナリエにとっては十分だった。
「そうですか。では取り次いでください。先ほども申しましたが、理由は、わざわざ口にする必要もないでしょうから」
「はっ、はい! ただいま」
こちらへどうぞ、と屋敷を案内され、応接室らしい部屋へと通される。
「す、すぐにお呼びしてまいりますので」
紅茶のカップとポットを準備してから、その使用人は、慌てたように部屋の外へと向かう。
部屋の中にルミナリエと俺だけになったところで、俺は窓やドア、壁なんかをチェックする。もちろん、いざというときの脱出ルートを確保するためだ。
窓に外からの鍵はついていない。人が通ることのできない大きさってこともねえ。着地先も問題なさそうな地面だな。
「ルシオン、落ち着いてください。こちらに余裕がないように思われますよ」
「いや、お前の安全のためだよ」
そんな、余裕を見せるとか、たしかに交渉ごとには必要かもしれねえけど、俺的には、お前の方が重要なんだよ。
「そ、そうですか……」
案外、ルミナリエはあっさりと引き下がり、火照った様な頬で、うわごとのように「私の方が大切……」と呟いていた。
これから対決だってのに、そんな調子で大丈夫か、こいつ。
「こほん。ところで、ルシオン。さっきのメイドの方を見ましたか?」
「ん? ああ、結構、美人だったよな」
大きな赤い瞳をしていて、栗色の毛をツインテールに結んでいた。
エプロンやメイド服を着ていても、そのプロポーションははっきりと見て取れたし、紅茶を淹れるときの姿勢も凛として様になっていた。
俺も見習う必要が……って、俺は使用人じゃねえけどな。
「そうではありません」
真面目に答えたはずだが、ルミナリエはどこか怒ったように、頬を膨らませていた。
「彼女の魔力に関してです」
「いや。そういや、気にしてなかったな」
ルミナリエの護衛として、気を抜いていたつもりはなかったし、いつでも動けるように準備はしていたが、そんなところまでは気にしていなかった。たしかに、相手の観察も重要だったかもしれねえ。特にここでは、魔力に関して。
「彼女にははっきりと魔力を感じました。それは、ここへ来てから顔を合わせたどの住人よりも明確に。つまり、ここにアンリエッタがいるだろうことは、ほとんど確実です」
ルミナリエがそう断言したとき、部屋のドアがノックされる。




