サンベルードの『聖女様』 6
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ルミナリエを相手にしての特訓は、それから7日間続いた。
俺たちの情報が伝わって、領主の方から何か動きがあるようならばその時点で訓練を切り上げるつもりではいたんだが、拍子抜けしたというべきか、相手方には動きは何もなく、サンベルードの街にも変化はなかった。
それはつまり、状況の改善もされてはいないってことだが。
しかし、修行が中途半端なまま挑むつもりはなかった。
魔法を使える相手との戦い、そして強さは、ルミナリエとの訓練を通して嫌というほど痛感させられたからだ。
そのまま挑んでいても、おそらくは返り討ちにあっていただろう。
今、最も避けるべきなのは、この事態が解決されないまま、ルミナリエまでが相手の手に落ちるということだ。ルミナリエは『聖女』であり『王女』だ。これが相手の手に落ちた場合、事態の解決はほとんど不可能になる。こういう扱いは、ルミナリエの望むところじゃねえってのはわかってるが、事実は事実として受け入れなくちゃならねえ。
だからといって、このまま手をこまねいていて、時間をかけることも得策とは言えねえ。サンベルードの状況が良くないってのは紛れもない事実だからだ。
それで、兵糧を買い込み、王都に駐在する特務小隊までの伝令を頼んだ馬車が帰って来るまでの間、無謀な突撃は控え、ルミナリエと一緒に部屋に籠って鍛錬をしたり、屋敷への強行ではなく、情報がどう出回っているのかの確認なんかに努めた。
結果、どうやら、サンベルードの住人と領主であるピエドロはグルではない――つまり、操られていたりはしていないだろう、というのが、ルミナリエの見解だった。
「私たちがここに滞在していることはすでに相手にも知られているはず。十分に調べたり、報告するだけの期間はありました。しかし、相手からのアプローチはない。それは、ほとんど確実に、ここの住人と領主であるピエドロがグルではないことを示す結果と言えるでしょう」
「そう思わせておいて、こっちが罠に飛び込んでくるのを待っているという可能性は?」
あり得ない話じゃないと思ったんだが、ルミナリエは、いいえ、と首を横に振り。
「それはないでしょう。すでに『聖女』をひとり囲うということをしでかしている相手です。独占欲が強く、他人に優越感を覚えることを欲するタイプの人間だろうと推測できます。つまり『この街で魔法は独占していればいい』と、そういう思考の持ち主です。ならば、『聖女』である私をそのまま放置して静観することなどできないはずです。彼がもし私の存在を知っているのなら。そして、そのような思考形態の人物であるならば、ルシオン、あなたの言うように罠を張るタイプの――正確には、ただ罠を張って待つだけのタイプの人間とは考えにくいです」
まあ、すでに後手を踏んでいるこっちの選択肢としては、罠があろうとなかろうと、飛び込んでいくしかねえんだけどな。
「そもそも、この数日、ここに詰めているのは私とあなたのふたりだけでした。普通に考えて、不本意ではありますが、まだ子供である私達ふたりに対して、あちらから仕掛けてこなかった理由は何だと思いますか? それは、向こうにも私たちのことを知られていないからです」
俺の答えを待たずにルミナリエは続ける。
不本意もなにも、お前は事実9歳の子供じゃねえか、とは言わないでおく。
「けど、ルミナリエ。お前、この前、俺たちが――『聖女』がこの街を訪れたってことはすぐに露見するはずだって、そう言っていたじゃねえか」
「それをさせないよう、初日に兵糧を買い込んで、ここに引きこもって、もとい、訓練のために詰めていたのですよ」
たしかに、初日以降、俺たちはこの宿から離れちゃいねえ。
情報を得たのは、全て、御者の人たちの報告からだ。
加えて、鍛錬や訓練は、この宿の周りと、そしてこの部屋の中だけで行われている。
つまり、ピエドロがアンリエッタを解放するか、ほとんどあり得ないことだが、他の『聖女』がこの地を訪れない限り、ここに暮らす人たちは魔力を得られなかったということになる。たとえ得られていたとしても、微々たるものだったことだろう。
「ピエドロが毎日外に出てくるというのなら上手くいかない可能性はありましたが、そこはこちらの運が上回ったというところでしょうか」
ルミナリエの拳が膝の上で硬く握り直される。
ルミナリエにとっても苦渋の決断だったんだろう。あれだけはっきりと解決は自分たちに任せておけと宣言しておきながら、数日間は引きこもるだけで、事態の進展は何もなかったと言っても過言じゃねえんだからな。
加えて『聖女』として自分がいると明かしながら、その姿を他人に見せることをしなかったんだからな。
いくら俺でも、その心中を察することはできる。
俺はその握り込まれた拳の上に自分の手をそっと重ねた。
「ルミナリエ。ひとりで全部抱え込むことはねえよ。そもそも、俺にしっかりとした実力があれば、初日の時点であの屋敷に強制捜査をかけることだってできたはずだ。わざわざ俺に付き合って、その日付をずらして貰ったんだ。むしろ、謝らなくちゃならねえのは俺の方だ」
こんなことでルミナリエの負担の軽減になるのかはわからねえが、今の俺に言えることはそのくらいしかなかった。
「悪かったな。俺に実力が足りないばかりに、お前にそんな決断をさせちまって」
今だって、十分に実力があると胸を張って言えるほどじゃねえが。
それでも、一応の戦う力くらいはつけさせてもらった。そのくらいは実感できる。まあ、元がゼロなんだから、ほんのわずかな成長でも、それは急激なものといっても過言じゃないのかもしれないけどな。
「いえ、そこまであなたに甘えるわけには――」
表情を曇らせるルミナリエに。
「甘えてもいいじゃねえか。そのくらいの年頃の子供は、まだ親兄弟に甘えるのが仕事みたいなもんだ」
そもそも、この程度のことで甘えるだなんて言わねえよ。
何でもかんでも自分ひとりでする必要はねえ。そのために俺がいるんだから。そのくらいは俺にも格好つけさせてくれ。
「子供じゃありません」
そう、ルミナリエはいつものように拗ねてみせたが。
「ありがとうございます、ルシオン」
ベッドへと倒れ込みながら、消えそうに小さな声で呟いた。
ふたりきりの静かな部屋で、聞こえないってことはあり得なかったが、俺は黙って聞こえないふりをしながら、腰を下ろしていたベッドを軋ませた。
しばらくして。
「ルシオン。明日、決着をつけるために乗り込みましょう」
起き上がり、ベッドの上にぺたりと座り込んだルミナリエは、決意を秘めた瞳で俺のことを真っ直ぐに見つめながらそう宣言した。
「いいのか? 返事を待たなくて」
そのために、今までここに引き籠っていたんじゃねえか。戦力……ピエドロをとっちめる準備を整えるために。
ルミナリエは頷き。
「ええ。おそらく、日数的にも、明日中には馬車も戻るはずですから。そ、それに、あなたもいますし……」
赤い顔で、最後の方はだんだんと声が小さくなっていったために聞きとり辛かったが、そこまで言われては、俺だって引き下がることはできねえ。
「御下命とあれば。姫殿下」
少し芝居掛け過ぎたか、と自分でも思ったが。
まあ、このくらいはいいだろう。
リップサービスってわけでもねえが、なんとなく、格好つけておきたくなったんだから。
「……やっぱり馬鹿です」
ルミナリエは、ふいっ、と紅い顔をそむけた。




