サンベルードの『聖女様』 4
残念ながら、宝石商のようにピエドロが直接出向いているだろう証拠を掴むことはできなかったが、食料を手に入れることはできた。
実際、王都で手に入れていた分は、ここまでの道程で消費していたし、料理をしたのは俺(道中、食事処もないわけじゃなかったが、こっちの方が安上がりだったからな)で、ごく普通の家庭料理くらいしか作れなかったが、幸いというか、ルミナリエの口にはあっていたようだったから、毎度の食事ごとにどこかの店に入らなくちゃならねえって事態は避けることができていた。
あの後も何軒か、ルミナリエの判断で店や民家を回り、人物像についての確証も得られたが、そのころにはすっかり日が傾いてきていた。
「お待ちしておりました、姫様、ルシオン様」
屋敷を訪ねるのは明日の明るいうちにしようということで、待ち合わせ場所まで戻ると、馬車は先に戻ってきて待ってくれていた。まあ、あっちは宿の確保をするだけだから、当然と言えば当然だが。
自分の名前に様を付けられるのには全く慣れねえし、特務小隊の庁舎での呼ばれ方の方がこっちも変に角ばる必要が無くて楽なんだが、まあ、客に対して敬称を付けるのは別にこの世界がどうとかって話じゃねえなと思い直し、割り切ることにした。もちろん、慣れないものは慣れないままだが。
「……姫様の御要望通り、できる限り狭く、安いところをと探しましたが、本当によろしかったのでしょうか?」
連れてこられたのは、中心街からはそれなりに離れた、侵入者対策がとれているとは言い難いような宿だった。
壁面はひびが入っていたり、色落ちしていたり、街の状況を考えれば仕方ないのかもしれないが、他に人も泊まってはいなさそうだ。
「構いません。部屋もふた部屋あれば結構です」
案内されるままに、部屋までたどり着くと、ルミナリエは先に御者に休むようにと言い付け、もうひと部屋に、自分と俺とを連れ込んだ。
中にはベッドがふたつ用意されていて、なるほど、ふた部屋は必要だったのか、とは思ったが。
いや、まあ、今更か。
もちろん、俺がもうひと部屋の方に泊まるってことも可能は可能だが、ルミナリエをひとりにするのは、防犯の観点からも、よろしくねえからな。
「なあ。この街にも特務小隊ってのは駐在してるんじゃねえのか? そいつらはこの事態に動いたりしねえのか?」
シャワーを浴びた後、ベッドに腰を下ろしながら尋ねてみた。
どれくらいの規模なのかは知らねえが、さすがに『聖女』がいる地域なんだったら、今回みたいな事態に備えるためにも、組織が置かれてもおかしくないんじゃねえかと思うんだが。
「ルシオン。あなたの考えも一理ありますが、仮に、私がここの領主であり、『聖女』を独占してこのような状況を作り出そうと考えたのなら、まず確実に邪魔をしてくるだろう特務小隊という組織は、真っ先にどうにかしようと思いますけれどね」
つまり、すでに特務小隊は掌握、あるいは機能不全にされているって言いたいのか?
「もしくは傀儡にされているか。今日尋ねたところには加護を授けてきましたが、それによって、私がここの街に入っていることは露見する可能性が高いです。というより、見回りなどに来られたなら確実にばれます。早期の決着を、できることなら明日にでもつけたいところですが……」
そこでルミナリエは、ちらりと俺を見ながら言葉を区切った。
「決着をつけるってのは、あれか? 屋敷に直接乗り込んで、そのピエドロとかってやつをぶっ飛ばせばいいのか?」
また、こんなことを言えば、短絡的だとか、衝動的だとか、言われるかと思ったが。
「そうですね。あなたの言う通りです、ルシオン。あの屋敷に『聖女』が……アンリエッタが囚われていることは確実ですから、強制的に解放するのが望ましいかもしれません。もちろん、本来ならば、相手に反省を促すのが正しいことだとは思いますが、街の状況を改善するのに、最も手っ取り早いのは、一刻も早い『聖女』の解放ですから」
予想を外れて、ルミナリエは俺の言葉を肯定してきた。
もっとも、その後に「しかし」って、何か懸念があるように付け足してはきたが。
「仮に、話し合いによる決着がつきそうになかった場合、もちろん、言語を持つ文化人としてはあるまじき考えだと理解していますが、それよりも街の人たちの安寧の方が優先されます。つまり、戦闘になるかもしれませんが、その場合、ルシオン、あなたでは対抗できないかもしれません」
「は? いや、まあ、たしかに俺はただの高校生だし、驕ってるつもりもないけど、小隊の人たちはしっかり送り出してくれたじゃねえか」
あれは、俺がルミナリエを守るに値する実力を持っていると判断したからじゃねえのか?
「普通の相手であればそうでしょう。しかし、あなたは、こちらに来てからまだ日も浅い。実際に魔法を使った相手と戦ったことはないでしょう?」
たしかに、特務小隊の庁舎でも、通常時での襲撃に際する魔法における攻撃に関しては、ルミナリエがいるからってことで、訓練してはいなかったな。多人数相手とかなら、体験させては貰ったけど。
「じゃあ、どうすんだよ。その辺の相手を捕まえて、魔法を使って俺を攻撃してみてくださいとか頼んでみるのか?」
ルミナリエは「まさか」と首を横に振り。
「そんなことはせずとも、魔法を使うことに長けた訓練相手なら、あなたのすぐそばにいるではないですか?」
「そんな奴がいるのか?」
俺はつい辺りを見回してしまう。
一応、人の気配とかには気を付けていたつもりだったんだが、もしかして、それこそ魔法による効果とかで、俺に気付かれないように近付いてきているとか?
いや、それにしたって、ルミナリエがそれを俺に黙っている理由は何だ?
「ええ。あなたの目の前に」
そんな風につい緊張した俺に、ルミナリエは小さく笑ってみせた。
目の前って……まさか。
「その通りです。私があなたの訓練相手を務めます。この国で、おそらくは最も魔法に精通しているひとりであろう私が」
おいおい、冗談だろ。
「冗談ではありません」
たしかに、冗談を言っているような顔じゃなさそうだが。
「口で伝えるより、実際に体感した方が早いでしょう。ルシオン。試しに、先日襲ってきた悪漢を倒したように、私に攻撃してきてみてください。もちろん、何が起ころうとも不問にします」
そう言ったまま、ルミナリエは腰を下ろしたベッドの上から動こうともしなかった。
つうか、魔法の訓練だってんなら、すでにこっちに来た時に使ったことがあるんだから、あんな感じで教えてくれればいいのに。
「私の実力を知っていた方が、あなたも安心して戦いに、仮にそうなった場合、集中することができるでしょう? それに、そうでなければ、あなたも私に習うことを納得しそうではありませんし」
まあ、そうかもしれねえけど。いや、戦いに集中できるって方のことで、ルミナリエに習うのを納得してないってわけじゃねえ。ルミナリエが、いや、ルミナリエに限らずともこの国の誰であっても、俺より遥かに魔法に精通しているのは事実だしな。
しかし、9歳の女児に手を出すってのは、精神的にかなり躊躇いがあるんだが。
「問題ありません。あなたに手を出されるほど……あなたに手を出されるほど弱くはありませんから!」
「ど、どうした、急に大声出して。わかった、わかったよ。けど、訓練、じゃなかった、実力を見るってんなら、俺も本気でやるからな」
もっと広いところへ行った方が良いんじゃねえかと誘ってみたが、この部屋の中でも十分だと言われてしまった。
「全力で来てくださいね」
ルミナリエの前、数歩離れたところで構える。ああは言われたが、やはり、9歳の女児に手をあげるってのは、どうにも。
とはいえ、全力でやらなけりゃ、意味がないってのも事実。
「ああ、わかったよ」
さて、どうするかな。




