サンベルードの『聖女様』 3
「堅苦しい挨拶も、畏まる必要もありません。ですから、そのピエドロ・アウロスについての情報を話して貰えますか?」
ルミナリエがフードを取ってその素顔を晒した途端、その場にいた従業員は全員、その場に膝をついて床に頭をつけてしまった。
畏まる必要はないとわざわざ言っていたのに、意味はなかったみたいだな。
ルミナリエも予想はしていたのだろう。小さくため息をつくと。
「顔をあげてください、レナ。これでは話をすることもできません」
「で、ですが、姫殿下――」
変わらず、むしろ余計に頑なに顔をあげようとしないレナさん以下従業員たちにルミナリエは。
「それとも、私の姿など見るに堪えないということでしょうか? 瞳に映す価値もないと?」
「い、いえっ! 決してそのようなことはっ!」
相変わらず膝はついた姿勢のままだったが、全員の顔が一斉に上がり、ルミナリエをその瞳に映す。
瞬間、その場にいた人から光が放出されたような感覚があった。
なるほどな。
お披露目のときは馬車の中に隠れるようにしていて、外の様子をはっきりとは見ていなかったが、魔力を得られるってのはこんな感じなのか。それとも、長い間魔力を得られていなかった人たちだったからこそのこの反応なのか。
「では話を続けましょう。こればかりは不幸中の幸いというべきでしょうか、おそらく、件の領主ピエドロ・アウロスに関しては、私が直接見れば本人かどうかの判断はつくでしょう。この街で現在、魔力――十分な魔力を保有しているのは『聖女』であるアンリエッタと、それからあなた達を除けば、そのピエドロ・アウロスしかいないのですから」
もちろん私とルシオンは違いますが、と前置きをして。
「ですが、直接乗り込む前に、彼……で構わないのですよね? 彼の所業についてより詳しい話を聞かせてください」
敵を知らねばといったところか。
「あなた達の正直な感想で構いません。仮にここでどのような話がされて、その結果あなた達が不利を被るような事態になれば、私を――あるいは、お父様宛に書簡に助けを求めるメッセージを記して送っていただければ、然るべき対処を致します。もちろん、私がここへ来た以上、そうなる前に解決いたしますが」
ルミナリエは店員に紙を持ってこさせ、それに自前のペンでサラサラと丁寧な美しい文字を書き連ねていった。
最後のところに自分の名前のサインと指紋を押す。
俺はすかさずハンカチを差し出した。
「ありがとうございます、ルシオン」
ルミナリエは指のインクを拭った後、その紙に何やら魔法をかけたようで、一瞬、その証明書が白い光を発する。
「今のは破損、改竄に関する行為を咎めるものです。保管しておいてください」
ルミナリエが差し出したその紙をレナさんは、まるで卒業証書かなんかの授与式みたいなので見るようなものよりも畏まった態度で受け取った。
「本来ならば他の店にも迷惑が出ないよう、同じように回るべきなのでしょうが、それは大丈夫でしょう。現在の領主を反省させるか、挿げ替えるかした後の領主に任せるとしましょう」
それではどうぞ話してください、とルミナリエはその場から数歩後ろに下がったが。
「あ、あの、姫殿下。ご報告させていただく前に、椅子へと腰かけられてはいかがでしょうか」
レナさんが恐る恐るといった調子で口を開くと、ルミナリエも、それもそうですね、と応じ。
「ただいまご用意いたしますっ」
畏まり膝をついていた店員たちが、慌てたように立ちあがり、動き出す。
俺も手伝った方が良いかとも思ったが、ここでは勝手が分からないので、大人しくその場で立ったまま控えていた。
どうせ客は来ないから構わねえと思っているのか、おそらくは来客用と思われるすぐ傍にあったテーブルと椅子が用意され、椅子が引かれる。
俺は何の気なしその様子を眺めていただけだったんだが。
「あの、申し訳ありません、従者様。お仕事だったのでしょうか?」
言われてから、そういえば、椅子を引いたり、お茶を淹れたりするのは従者である(ということになっているらしい)俺の役目だったのかなとも思いだす。
「いや……いえ、そんなことは。俺……いや、私もまだ勉強中の身でして、皆さんの動きを見るのはとても勉強になります」
俺はそんなことをしなくちゃならねえとは思いもよらずにいたので、本心からそう思ったんだが。
「あの、姫様? 何か私共の方に粗相でもありましたでしょうか?」
ルミナリエの正面にいるレナさんがそんな風に尋ね。
「い、いえ。何でもありません」
わずかに震えるような声でルミナリエがそう言うのが聞こえた。
背中越しだから確証は持てねえが、もしかしてこいつ、笑ってんじゃねえだろうな。
そういえば、今までこいつが笑っているところを見たことがなかったが、初めてが背中越しで、しかも俺の未熟さを笑われたってのは、どうなんだ?
ルミナリエの前に紅茶の入れられたカップが置かれてから、話が再開される。
「――失礼しました。それでは聞かせていただけますか?」
ルミナリエは咳ばらいをひとつしてから、話の先を促した。
そして語られた内容によれば、ピエドロ・アウロスというのは、よく腹の肥えた男性で、ドジョウ髭を生やしていて、いつでも装飾過多、粘りつくような目つき、鼻につくようなきつい香水、とまあ、ひとりが話し出すと、女の店員たちからはせきを切ったように、中傷とも、嫌悪ともとれるような物言いでの不満が爆発した。
「うちの子も学院に通っていたんです、いえ、いるのですけど、これでは授業にならないとほとんどの生徒が魔法の授業を放棄しているようでして」
「それに『聖女様』を囲い込んでいるのは自分のくせに、わずかにでもその魔法の恩恵にあずかることができているのは、自分が『聖女様』を完全には隔離しないでいるおかげだからとかって、税収の額も日増しに増えていて」
「その上、『聖女様』の方にも脅しをかけていて、屋敷から逃げないようにしているって噂です。そして、実際に『聖女様』、いえ、アンリエッタ様はずっとお姿を隠されたままです」
「手紙なんかも圧力をかけて規制していて、請願書が届いていないようなんです」
たしかにその通りだ。
実際にルミナリエがサンベルードに聖女がいると割り出したのは、自分でお披露目する範囲とメンデル国王に確認したからで、そのメンデル国王ですら、こんな事態になっているってことは把握していなかったみたいだからな。
もし把握していたのなら、何らかの手は打っているはずだろう。
集権を嫌った、あるいは聖女の秘密を守るための弊害と言えなくもないが。
「よく話してくれましたね。安心してください。この件に関しては私が対処いたしますので」
「ルミナリエ様……!」
感謝の必要はありません、と照れているのか、冷めているのか、判断のつきかねる様子で言い切ったルミナリエはそれで店を後にして、俺もそれに従う。
「もう少し、本当ならば何軒か回って確証を得たいところですね」
そのまま領主の屋敷に乗り込むのかと思ったが、ルミナリエは思っていたよりも冷静だった。
てっきり、同じ『聖女』の危機なんだから、もっと、こう、熱くなるものかと思っていたけどな。
「馬鹿なことを言っていないでください、ルシオン。もちろん早急に解決したいのは私も同じですが、懸念すべきことがありますから」
「それは?」
ルミナリエはちらりと宝石商を振り返り。
「彼女たちがピエドロ・アウロスと共謀しているという可能性です。取り越し苦労だとは思いますが、万が一にも私までこの身を危険に晒すわけにはいきませんから。この国のためにも」
そんなことは考えてもいなかった俺は、思わず息をのむ。
「……ちなみに、それはどのくらいあると思ってんだ?」
「万が一、と言いましたよね? 彼女たちも嘘をついているようには思いませんでしたが、操られているという可能性もありますから」
操るって、家族を人質にでも取られてんのか?
いいえ、とルミナリエは首を振り。
「魔法です」
どうやら、人を傀儡にする魔法もあるらしい。
それから俺たちは、再び食物を売っている市場へと足を向けた。




