サンベルードの『聖女様』 2
食糧は生きてゆくうえで絶対に欠かすことはできねえ。
つまり、いくらこの街に活気がなさそうに見えて――実際に空気はかなり重い――いたとしても、食料を取り扱っている街で最も大きな市場には、毎日必ず人が集まる。
そんな考えの通り、たしかにこの街の中央市場に人はいた。
しかし、誰もが足取りも重そうで、俯きがち、さらに、人を呼び込むような声も聞こえてこない。とても市場とは思えないほどの、いっそ、陰鬱と言っていいほどの暗さだ。
俺にとっては、そもそも魔法が使えるってことが異常なわけで、使えなかったからといってこんな雰囲気になる事はあり得ねえ。もしそうなら、現代はとっくに人が滅んでしまっていることだろう。
まあ、高度に発達した科学技術がもはや魔法にも劣らないというのなら、現世でそれらが全て消え去ってしまった状況を想像するのが近いかもしれねえ。
それにしたって、とは思うが。
「仮にも、魔法王国を名乗っているくらいですからね。私達にとっては『聖女』がいるのが普通のことで、見えなくなるという状況そのものが、暮らしている人の精神に影響を与えているのでしょう」
ここは地球じゃねえからルミナリエの言っていることからの推測にしかならないんだが、要は、水とか空気みたいなもんだってことか?
「やっぱりこの『聖女』って仕組み自体が間違っているように思うんだが……」
この現状を、そしてルミナリエの身の上のことを考えれば考える程、やはり『聖女』というシステムが欠陥であるという結論にたどり着く。
実際、俺が魔法なんてものが空想上、物語上にしかない場所から来ているせいなのかもしれないが、そもそも魔法とか『聖女』なんてものがなければ、と思ってしまう。
「それは違いますよ、ルシオン。あなたは火事が起こるからといって、火そのものが悪だと思いますか? 生み出されなければ良かったと? あるいはナイフによる刺殺、もしくは怪我が発生するからといって、ナイフなんか失くしてしまえば良いと考えますか? そうではありません。『魔法』も『ナイフ』も所詮は道具です。使う人の心がけ次第で、たとえばあなたが馬車でリンゴの皮を剥いてくれたことで私たちの潤いになったように、善にも悪にもなるということです」
お姫様ってのは難しいことを喋るもんだな。とても9歳の言葉とは思えねえ。
そんな風に俺は感心していたんだが。
「……ルシオン? もしかして私の顔に何かついていますか?」
ついじっと見つめ過ぎていてしまったようで、ルミナリエは照れたようにわずかに頬を染めた。
他人に見られるのくらい『聖女様』なんだから慣れてるはずだと思うんだがな。むしろ、それが仕事だろうともいえる。
「いいや。よく考えてんだなと感心してたんだ」
大したもんだ、と口にはしなかったが、さらさらとした銀の髪を撫でてやると。
「やっぱり私のことを子ども扱いしています」
と拗ねられてしまった。
そして、生憎と手持ちに食べ物がない。馬車に戻ればあるってのに、不必要に荷物を重くするのもな。まあ、あったらあったで、また「食べ物を与えておけばいいと思っていますね」と言われちまうんだろうが。
だったらどうするかと考えてみても、この年頃の女子が欲しいものなんて……比較的年齢が近いだろうファルは最近の女児向け魔法少女アニメにはまっているみたいだったが、そんなもの、この世界にはねえしな。
つうか、そんなもの渡したところで『子ども扱い』の否定にはならねえ。
そんな風に考えながら歩いていると、キラキラと眩しい光が目に入ってきた。
そんなに大きな、あの館から出ていたほどの迸るような感じじゃねえが、と思って見上げてみれば、どうやら宝石商らしい。
どうせ誰かには話を聞かなくちゃならないんだし、さっきの館の主人はこの土地じゃ金持ちそうだったから、こういう店を利用するかもしれねえ。
「おい、ルミナリエ。ちょっといいか?」
ルミナリエにも考えがあるんだろうが、少し寄り道するくらいは構わねえだろう。
まあ、この程度で機嫌を取ろうとか、そんなことは……少ししか思っちゃいねえが。
「……何ですか」
「――ここの領主ってくらいだから金持ちなんだろ? だったら、こういう店も利用するんじゃねえかと思ってな。お前に何か考えがあって纏まってるってんならそっちからでも良いんだけどよ」
ルミナリエは口を開きかけたが、小さく首を横に振って。
「そうですね。あなたの考えにも一理あるようですし、実際、この店からはわずかに魔法の力を感じます」
それは、この土地の領主が贔屓にしているからってことの証左になるのか、どうなのか。
まあ、何にしても、手掛かりになりそうな話を聞けるかもしれねえってんなら、ここから始めるのもいいだろう。
「とにかく、戦うにしても敵を知らないとな」
そんな風に言い訳をして、俺はルミナリエを連れて店に入った。
「いらっしゃいませ」
街の雰囲気とはかけ離れているような、朗らかな声がかけられる。
「何をお探しでしょうか」
もちろん、俺は宝石商なんかに入ったことはないので、何を探しているのかと聞かれても答えようはない。
「その、実は道に迷ってしまって。今度この街に引っ越してくることになったんですが、その前に領主様にご挨拶に伺おうと思っておりまして」
領主の名前を出したところで店員の女性の顔が一瞬曇る。
腹芸はあんまり得意じゃねえから、ボロを出さないうちに手っ取り早く済ませたいところだが。
「どこのお店も尋ねにくい雰囲気だったのですが、こちらだけは明るい雰囲気で、なにかあるのかと」
しばらく沈黙の時間が続いた後、店員の女性――名札から名前はレナ・アーリラというらしい――は言いにくそうに口を開いた。
「……あまりこういうことを口にしたくはないのですが、現在のこの街はあまり暮らすのに快適といえる環境ではありません。あなたも知ってはいますよね、『聖女様』の存在くらいは」
「ええ、まあ」
隣、というより斜め後ろにいるルミナリエの肩がぴくりとわずかに上下するのを感じる。
幸い、レナさんがそれに気付いた様子はなかったが。
「この街にも『聖女様』、アンリエッタ様がいらっしゃるのですが……」
レナさんは後半の言葉を濁した。
「領主であるピエドロ・アウロスが囲ってしまっていて、私達、領民の下にまで『聖女様』のお力が届かないのです。ご存じのように『聖女様』はお姿を拝見することができれば、そのお力の恩恵にあずかることができますが、姿を見られなければ、魔力を得ることは叶いませんから」
それは、ルミナリエの推測を補足するもので、俺たちにとってはありがたい情報だったが。
「あんたはそれを俺たちに話しちまって良かったのか?」
尋ねればレナさんは諦めたような笑顔を浮かべ。
「話そうとも、話さずとも、変わりはありませんから。それにあなた方もおわかりになったことと思いますが、私共の店はこうして贔屓にされておりますので、大丈夫かもしれません」
もっとも客が中にいないので、繁盛しているとはとても言い難く、本当にそいつひとりのためだけにあるようなものだと言えるような状況だ。
「レナ。同じ『聖女』の危機とあっては見過ごすことはできません。この件、私たちに任せてはいただけませんか?」
「同じ……『聖女』?」
今まで俺の後ろに隠れていてその存在を認識されていなかったルミナリエが前に出てくると、レナさんだけじゃなく、同じように店にいる店員が「まさか」というようにこちらに注目して、目を見開いた。
「ええ」
フードを取ったルミナリエは、いつもと変わらない淡々とした調子で、そう宣言した。




