サンベルードの『聖女様』
◇ ◇ ◇
ルミナリエを守るに値するかのテストだなどと言われ、特務小隊の面々と手合わせをした翌日、俺たちはあらためて必要な物資の買い出しに出かけた。
今度は特務小隊の護衛がつけられたため――前日のことがある以上、ルミナリエも仕方がありませんと首を縦に振った――襲撃されることもなく、スムーズに買い物を済ませられた。
「よいか、ルシオン。ルミナリエ様をしっかりお守りするのだぞ」
「ああ。わかってるよ、隊長さん」
そして、予想以上に手間取った――明らかに護衛と一緒に移動したせいだと思うが――買い出しを済ませた翌日。
何度目になるかわからない念押しをされ、俺の方も何度目かなんて数えていない頷きを返し、ようやく馬車が走り出す。
「余計な時間をとられました」
馬車に乗り込み、走り出してから、ルミナリエはため息とともにそんな風に口に出した。
「まあ、そう言うなよ。あの人たちだって、お前の心配をしていたじゃねえか」
「それにしては余計な手続きを踏まされた気がしますが」
ルミナリエが王都を出るにあたり、庁舎では『聖女』がこの王都を離れるという書類を書かされていた。
この国に暮らす人が普通に街を行き来する分にはそんな面倒な手続きは必要ないってことだったから、たしかに面倒な手順だったかもしれねえが。
しかし、それだけ『聖女様』が大事にされているってことじゃねえか。
「そうですね。『聖女』は大事にされているでしょうね」
しかし、ルミナリエはそんな風にひねくれた愚痴ともつかないため息を漏らす。
まったく。もう少し素直に好意を受け取っておけばいいのによ。
つうか、本当は『聖女』としてだけでなく、ちゃんと親しまれているってことは、昨日の買い出しの際にも十分過ぎるほどに理解できたと思うんだけどな。
「うっ……そ、それはそうですけど」
ルミナリエがほんのわずかに辟易しているような表情を見せるのには理由があり、俺もそれを理解させられたため、そこには突っ込まないでおいた。
買い出しに向かった際、行く先々の店で、ルミナリエはちやほやというか、歓待というか、メンデル国王に旅の支度金として受け取った硬貨が不要になるほどに物を押し付けられ、もとい、受け取っていた。
今朝とれたばかりの新鮮な野菜だとか、洋服――というには豪奢すぎる衣服やら、もちろん恩を売ろうとかそんな下心では全くないということは、傍から見ている俺にでも理解できるほどだった。
「まあ、とりあえずリンゴでも食べて機嫌直しとけ。な?」
「……ルシオン。もしかして、私には食べ物を与えておけばいいと思っているのではないでしょうね」
そう言いながら、ルミナリエはリンゴとナイフ、皿とフォークを取り出した。
この、収納する魔法ってのは便利だが、危険な面もあるな。俺とルミナリエが一緒にいられなくなった場合、俺も自分の荷物を使うことができなくなる。
まあ、俺がルミナリエから離れることにはならないと思う、つうか、そんな事態にはさせねえけどな。
「じゃあ、いらないか?」
「もちろん、いただきます」
わざわざ宿をとるのももったいないとルミナリエが言い、俺はどこでも寝られるので、護衛としてそれに従い、馬車で眠る。
御者を務めてくれた人には、ルミナリエは宿を使うことを遠慮しなくていいと言っていたが、結局、3人とも木陰に馬車を止めてその中で寝て過ごすというのを数日繰り返し、ようやく俺たちは、他の聖女がいるのだという、ひとつめの街――サンベルードに到着した。
「ご苦労様です。あなたは宿で休んで……部屋を確保しておいてください」
待ち合わせ場所を決め、そう頼まれていた御者と馬車が去ってゆくのを見送ってから、フードのついたローブを羽織ったルミナリエとふたりで街へ出る。
馬車の中からは見ていなかったが、なんというか、こう。
「……あまり活気があるとは言えませんね」
ルミナリエはそう言葉を濁したが、はっきりと言ってしまえば、街の空気は異様だった。
普通、自分たちの街にこの国の繁栄をもたらす――まあ、大多数がそれを考えながら生きているとは思わねえが――『聖女様』がいるんだとしたら、もっと栄えていても良さそうに思えるんだが。
「とりあえず、ここの人たちは魔法を使えるようですから『聖女』に何かあったというわけではなさそうですが……」
「そんなこともわかるのか」
それも『聖女』としての特性なのか。
あるいは、何らかの魔法の効果によるものなのか。
「ええ。しかし、これは……」
まだ何か考えることがあるのか、ルミナリエは整った顎に指を当て、金の瞳をわずかに細めつつ、街の様子を伺っていた。
「……とりあえず、この地の領主のところに話を聞きにゆきましょう。そうすれば、街の現状のことも、ついでにこの街の『聖女』の居場所もわかるはずです」
本来の目的が『ついで』扱いだが、俺もこの街の様子は気になる。
あまりにも、王都の活気とはかけ離れ過ぎている。同じ『聖女』のいる街とは思えねえ。
『聖女』がいるってことは、周辺の地域から人が集まるってことで、それだけでも街が活気づくには十分だと思うんだけどな。
街の様子を見ながら歩くこと数十分、俺たちは、それなりの庭園のある邸宅を見上げていた。
「なんつうか、ここだけ光っているように見えるんだが」
比喩ではなく、俺は目の前の建物を目にしてそう感じた。
これは、そう、ルミナリエが魔法を使って見せたあの光を明るくしたような、そんな感じだ。
そう思いながら下を向けば、ルミナリエは無表情に、というより、あえて表情を消したようにその館を見つめていた。
否定されないところをみるに、ルミナリエも同じような感想を抱いているのか。
「これは……少し問題かもしれません。とりあえず、すぐにここへ乗り込むのは危険に感じます。まずは情報収集に参りましょう」
「あ? おい、ルミナリエ!」
そう言って踵を返してしまったルミナリエを慌てて追いかける。
情報収集って、そのためにここの領主の館に来たんじゃねえのかよ。
「ですから、その領主に問題があるようです。あなたも感じたでしょう、ルシオン。あの館から魔力が漏れ出ていたことに」
「ああ。そうか、そうだな」
そう言われてみれば、まだ馴染みが薄くて理解できていなかったが、あれは魔力の反応だったんだな。
「つまり『聖女』は存在している。しかし、この街の他の場所からは、ほとんど魔力を感じません。どういうことだと思いますか?」
俺が答えるよりも早く、というか、ルミナリエは俺の答えを待っていなかったようにも思える。
「この街の『聖女』はあの館に、あるいはあの館の持ち主に――つまりはこの街の領主ということですが――囚われて、独占されているということです」
「それは、王都みたいに城で保護されてるってのとは違うってことだよな?」
ルミナリエは「ええ」と短く頷き。
「ルシオン、あなたも知っている通り、たしかに私はある意味で城に軟禁とも言われる状態にありますが、決してそれだけではなく、王都の住人に共有されています。お父様も私を独占するつもりはないとおっしゃっていたのでしょう?」
たしかに言っていた。
国を治めるものとして『聖女』に対する扱いには気を付けなければならないみたいなことを。
「しかし、この街……いえ、この地域ではそうではない。『聖女』による魔法が皆に共有されておらず、あの館から漏れるわずかなものだけになってしまっている。それにより何が引き起こされるかといえば……領主による独裁です」
ルミナリエははっきりとそう言い切った。
「もちろん、まだ仮説、というより、確証のないことではありますが、それをこれから確かめましょう」
それから俺たちが最初に向かった先は、中央市場だった。




