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聖女様以外の『聖女様』 7

 ◇ ◇ ◇



「やはり私は反対です!」


 きっかり1分で目を覚ましたジェフ少佐は、飛び起きるなり、周囲を見回して状況を確認してから、ルミナリエに異議を申し立てていた。


「少佐。ご自分の言葉を覆すおつもりですか?」


 カップを皿に戻しながら、ルミナリエは淡々とした口調で言った。


「わ、私は、この小僧の……」


「ルシオンです」


「ル、ルシオンの実力を測るために立ち合いをと所望はしましたが、自分が負けた時には認めると申し上げたつもりはありません」


 ジェフ少佐はそんな小学生でもしないような言い訳を並べるが、もちろん、そんなことでルミナリエの気が変わるはずもない。


「このことはお父様とお母様も承認されていることです。もしや、それに逆らうと?」


 このままでは、ずるずると、時間だけを浪費することになると悟ったのか、ルミナリエは切り札をきる。さすがに、王命とまで言われれば、それに逆らおうという気は起こらないだろう。

 ジェフ少佐は歯を食いしばったような表情で、血を吐くように告白した。


「そのようなつもりは毛頭ございません。ただ自分はルミナリエ様の、御身に危険が及ぶことを、それを第一に考えているだけでありまして」


 まあ、ジェフ少佐の言っていることも、わからないでもない。

 しかし、そんなことを言っていたら、ルミナリエは、それから、レアード王子やマリエッタ王女も、城から出ることができなくなっちまうだろう。

 危険がなければ、無事に、健やかに過ごしてくれればそれでいい、と言うのかもしれないが、それは世間では、閉じ込めているとか、軟禁しているとかって呼ばれるものだ。


「敗北を喫した身で、言い訳がましく、見苦しいことは、十分に承知しております。ですが、どうか、姫様。せめて我々の御同行を許可してはいただけないでしょうか?」


 何卒、とジェフ少佐一同、この部屋に集められた隊士が揃って頭を下げる。


「私は、このルシオンに、全幅の信頼を寄せています。この私の言葉だけでは不足ですか?」


 その隊士たちを前にして、ルミナリエは毅然とした態度で言い切った。

 それは、隣で聞いていた俺ですら、相手が9歳の女子だとわかっているというのに、思わず照れてしまいそうになるほどにきっぱりとした宣言だった。


「……理由をお伺いしても構わないのでしょうか?」


 さすがに面食らったのか、瞳を瞬かせる隊士たち。 

 代表するようにジェフ少佐が、恐る恐るといった様子で、口を開く。


「ルシオンだけが、私に応えてくれたからです。私の事情も、容姿も、名前すら、何も知らない状態で、ただ曖昧な言葉だけで、私のところへ来てくれたんです。幾多の試行を繰り返した中で、ただひとり、ルシオンだけが」


 相対性理論と、言葉だけは知っている。

 いや、高校生なら誰でも一度くらいは言葉の意味を調べようとしたことくらいあるだろう。大抵は、それだけで終わってしまって、まともに調べようとか、ましてや研究しようなんて奴は現れないが。

 難しいことは全くさっぱりわからねえが、要するに、宇宙に出ると時間の進みが地球とは違ってうんたらとかって話だ。だったような気がする。 

 まあ、ともかく、重要なのは言葉そのものの意味じゃなくて、時間の進みとか、感じ方とかが違うって話のところだ。

 俺がルミナリエの言葉を見つけたのはあの時が初めてだ。

 つまり、俺にとっては初めての現象だったということだが、ルミナリエにとっては、あれは幾多も繰り返した事象の中のひとつだった。

 

「そんなルシオンを信頼しないことなど、私にはできません。容姿や地位や役柄などには目もくれず、ただ、その人を助けたいと思う心だけでこうして……駆け付けてきてくれたのですから」


 ルミナリエは、世界を飛び越えてきた、という部分を隠した。

 まあ、普通、言っても信じられないだろうし――今までの態度を鑑みるに、ルミナリエの言ならば、と信じられそうでもあったが、ルミナリエの言でも、と否定される確率と、五分五分といったところか――それを明らかにするつもりもないのだろう。

 もし、そんなことができると知られてしまえば、ただでさえ『聖女』というだけで色々と面倒を背負っているというのに、更に問題が押し寄せてくる可能性がある。しかも、そういったことは、往々にして、厄介ごと、面倒事である可能性の方が高い。

 言い切ったルミナリエは、眩しいものを見つめるように俺のことを見上げてきて、視線を感じて俺がそちらを向けば、慌てたように正面を向き直し、カップを口に近づけた。


「はぁ……左様ですか。ところで姫様」


 ジェフ少佐はしばらく俺たちの様子を見比べていた様子だったが。


「もしや、その小僧に、ゴホン、ルシオンに、懸想でもされていらっしゃるのではありませんな?」


 途端、ルミナリエは小さく咽込んだようだった。

 そんなに長い事付き合っているわけじゃねえが、こいつはこんな風に動揺するとか、そういったことからは遠いところにいると思っていたが。


「なっ……なにを」


 咽たせいか、ひと粒の涙を目の端に浮かべつつ、ルミナリエは紅い顔でジェフ少佐を睨みつけた。


「いえ。ふと、そんな風に思えただけでして。姫様がそうでないとおっしゃるのでしたら、何もございません」


 ルミナリエはちらと俺の顔を伺いつつ。


「私がルシオンにこ、恋だなんて、そんなことありません。そもそも、ルシオンは、私の暇つぶし相手であって、全然、そういう対象じゃありませんから」


「はあ。左様ですか」


 孫を見つめるような態度のジェフ少佐に、ルミナリエは赤く染まった頬で反論し。


「ルシオン。私は少佐に話がありますから、あなたは少しの間向こうに行っていてください」


「いや、俺はお前の護衛だから――」


「行っていてください」


 有無を言わさぬ口調だったため、俺はひとまず王命に背けさせられ、あなたたちもです、と一緒に部屋から追い出された隊士たちと共に、ぞろぞろと隊舎の方へと移動してきた。


「なあ、ルシオン。お前、隊長をのしちまうなんて、やるじゃねえか」


 扉を閉めるなり、隊士のひとりが俺の首に腕をかけてきた。

 

「『聖女様』の護衛に任命されるだけのことはあるじゃねえか。ところで、なんで魔法が上手くないんだ? 遠くに住んでっからか?」


「俺とも手合わせしてくれよ。もちろん、隊長とは違って、こっちは油断なんかしないで、最初から全力でいくからよ」


「姫様を守るんなら、武器にも慣れといた方が良いぞ。触りだけなら、今から教えてやるよ」


 ここの人たちは戦うことしか、訓練とか、試合にしか興味ないのかってくらい、全員がさっきの試合を見てやる気を持て余している様子だった。

 俺としても、おそらくは、この世界ではプロと言ってもいいだろう人達から稽古をつけて貰えるってのは願ったりな状況ではあったので、むしろこっちの方からお願いしますと頭を下げた。


「よし、そうか。それじゃ、とにかく実践だな。時間も短いし、実践あるのみ」


 百人組手、でもないが、おそらくは人生の中でも最もハードな訓練をぶっ続けで行った俺は、当然、足腰が立たなくなるまでしごかれ続け、ルミナリエがジェフ少佐との話を終えてこっちにやってきたときには、部屋の中央で大の字になって伸びていて、結局、その日は隊舎に泊まることになってしまった。


「姫様。本当にここにお泊りになるおつもりですか? このように軟弱者のルシオンはここで伸びてはおりますが、私自ら、最高級宿で護衛を致しますが」


「結構です。私はルシオンと一緒にここで寝ます。ルシオンをベッドまで運んでくださいますか?」


 ルミナリエは、浄化だかって魔法で俺の汚れを綺麗にしたらしい。

 それがあるなら普段から風呂に入ったりして、あんな場面を作るような事もなかったんじゃ、と思いはしたが、それを口にしない分別くらいはある。


「わかっていませんね、ルシオン。お風呂というのは、汚れを流すためではなく、気持ちが安らぎ、思考をまとめたりするのにも最適ですよ」


 まあ、それもそうか。実際、気分はさっぱりするしな。

 

「いいですか、ルシオン。しっかり身体を休ませてくださいね」


 そんな風に心配するような言葉を残したルミナリエの姿を最後に、言われるまでもなく疲れが溜まっていた俺は、そのまま意識を沈ませた。

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