聖女様以外の『聖女様』 6
◇ ◇ ◇
この世界では、警察という名前でこそ呼ばれていないものの、特務小隊とかって名前で治安維持のための組織が各地域ごとに存在しているらしい。
それはもちろん、この王都にも存在していて、城に勤めている騎士団とは別の組織であるようだった。
「失礼します」
庁舎まで、先程捕らえた賊を乗せた馬車で赴き顔を見せると、さすがというべきだろうか、隊士は一斉に整列し、敬礼の構えを取った。
「こ、これは、ルミナリエ様!」
ルミナリエはその役割上、正体を隠すことができねえ。
変装ができないとか、そういう意味ではなく、姿を見られただけで魔力を得ることができてしまうため、基本的にその地域にいる人間であれば、正体は簡単に推測できてしまう。
まあ、今の場合は、別にこっちが変装していたわけじゃねえから、関係なくわかっただろうが。
「姫様におかれましては――」
「挨拶は不要です。急ぎの用があるため手短に済ませたいのですが、隊長さんはいらっしゃいますか?」
「はっ!」
先頭で膝をついていた人物が名乗りを上げ、顔をあげると、後方にいる隊士もそれに倣う。
「この隊の長を任されております、ジェフ・ライオベス少佐であります」
「先ほど、私への襲撃者を捕らえましたので、こちらまで連れてきました。引き取っていただけますか?」
隊士たちが目を見開く。
このヴァンブリグ王国内において、よもやルミナリエに狼藉を働こうとする輩がいようとは、にわかに信じられないのだろう。
「私はこの通り無事です。ここにいるルシオンが守ってくれましたから」
隊士たちの視線が一瞬俺へと向けられ。
「もちろんでございます。事後処理含め、後のことは我々にお任せください」
ジェフ少佐に命じられ、数名の隊士が立ちあがって、馬車まで向かう。
「ルミナリエ様。もしよろしければ、こちらまでいらしたご事情を伺いたく思うのですが」
賊を連行してゆく間に、ジェフ少佐に尋ねられる。
ジェフ少佐の視線は鋭く、何となくではあるが、俺のことを警戒しているようにも見える。というより、警戒されているのだろう。
ルミナリエは「他の『聖女』に会いにゆく』という理由は説明せず。
「ルシオンのことならば、詮索は不要です。ルシオンに私を害するつもりはないと、この私が証言しましょう。むしろ、ルシオンはお父様から私の護衛の任を受けています」
「姫様。我々にとって、いえ、この国民にとって、当代の『聖女』であらせられる姫様のお言葉は絶対です。しかし、だからこそ、そんな姫様の護衛を手掛ける人物であるならば、その実力を確かめずにはおられません」
ルミナリエが少しの憂いを浮かべながら目を伏せたことに、ジェフ少佐は、いや、ここの隊士は気が付いただろうか。
俺はルミナリエの気持ちを聞いてはいるが、こればかりは仕方のない事なんじゃないかとも思うが。むしろ、慕ってくれているいい人たちじゃねえか。
「では、どうすれば認めると? ルシオンには彼らを捕らえたという実績がありますが」
失礼、と断りを入れたジェフ少佐が、ゆらりと立ち上がる。
身長は俺と同じ、いや、少し高いくらいだろうか。
制服のおかげか、威圧感は半端ない。
「私自ら、彼の実力を測るための立ち合いを所望します」
背後にいる隊士からざわめきが上がる。
軍の階級なんかに詳しくはないし、地球のそれと同じなのかどうかは知らねえが、少佐というからには、それなりの地位にいて、少なくとも、この小隊では最も実力があるということなんだろう。
それに対して、目の前にいる俺は、まだ年端もいかぬ小僧に見えているはずで、勝敗など火を見るより明らかだと、そう言いたいのだろう。
しかし。
「いいでしょう。あなたも構いませんよね、ルシオン」
「ああ。願ってもない」
俺は即答した。
こんな人に実践稽古をつけて貰える機会なんて、願ってもそうそう得られるもんじゃねえ。
「ふん。その度胸だけは買ってやろう。しかし、実力がなければ意味はない」
ついてこい、とジェフ少佐は俺に背を向ける。
「裏に我らが普段使用している訓練場がある。貴様に合わせ、武器の使用は控えてやろう。それ以外には、何をしてもかまわん。むしろ、何でもする気でなければ、到底、姫様の護衛などは任せられん」
何でもってのは、ようは、喧嘩ってことか?
目つぶしだったり、金的だったり、砂やら石を投げたり、その他、思いつく限りの手段をもって、目の前の相手に勝利しろってことか?
「無論、お前は武器を使いたければ使っても構わんぞ」
訓練場に着き向かい合うと、ジェフ少佐は部下に自分の腰に下げていた剣と銃とを預けていた。
魔法があるっつっても、剣も銃も存在してんだな。さっきの奴らはナイフだか斧だかは持っていても、銃は持ってなかったからな。
「いや。俺はそんなの使えないものですから」
いや、正確には全く使えないってことはねえけど、と思いながら、拳を構える。
相手はプロだ。
こっちに合わせてくれるというのなら、自分が最も得意とするフィールドでやらなけりゃ、勝負にすらならねえだろう。
「おい、アシャス」
「はっ!」
アシャスと呼ばれたオレンジっぽいボサボサ髪の青年が1歩前へと進み出る。
「審判をやれ」
「はっ!」
アシャスが制服の胸ポケットから銀色の笛を取り出す。
「ルシオンと言ったか。遠慮はいらん。全力でかかってこい」
ジェフ少佐から感じられる圧力が一段と大きくなる。
なるほど、少佐ってのも伊達じゃないらしい。
「ひとつ、私から提案があります」
構えた俺たちに、ルミナリエから声がかけられる。
「この勝負に限っては、魔法は使用しないでください。ルシオンは、体術においては問題ありませんが、魔法に関しては、未だ、練習の最中ですから」
練習って、1度使っただけじゃねえか。
「それに、魔法での戦いということでしたら、私が相手をすることになりますが」
ルミナリエに戦わせていたら、本末転倒もいいところなんだが、まあ、この場で――この国で、ルミナリエに魔法の技量で敵うやつは、多分、これから会う『聖女様』くらいしかいないだろうからな。
「……承知いたしました」
ジェフ少佐がルミナリエに深く礼を取り、視線でアシャスへと合図を送る。
「――では、始めっ!」
甲高い笛の音が、訓練場に響き渡る。
本来、実力を測るという意味では俺からかかってゆくべきなんだろうが、ルミナリエの護衛としての適性を測るということであるならば、俺が自ら動いて、つまり、背中に庇っているだろうルミナリエの傍を離れる行為は危険にも思える。
「ほう」
そんなわけで、その場に留まり、個人的には油断なく構えている俺の様子を見て、どう思ったのか。
「来ないのならば、こちらからゆくぞ」
ジェフ少佐は地面を蹴り、俺へと向かってくる。
恐ろしく速い踏み込み。
当然だが、普段稽古やら、大会やらで向かい合う高校生とは、全然違う。どちらかと言えば、師匠に近い。
それでも何とか回避できたのは、さっきまでの戦闘の緊張感が持続できていたからか。
とにかく、集中しなくちゃならねえ。
余計なことを考えるのは止め、目の前の相手にだけ集中する。
「はぁ!」
繰り出された突きを弾き、懐に潜り込む。
そのまま腹に掌底を突き出そうとしたところで、膝が飛んでくる。
「甘いわ!」
掌底をキャンセルし、膝に手を合わせると、そのまま足裏を乗せ、勢いに乗って、後方宙返りをして着地する。
すかさず距離が詰めてこられるが、横を向くように回転し、足を出し、首元にも手をかけて、転倒させようとする。
しかし、相手もさるもの。
こけさせることには成功したが、手をついて、倒れ込むのを回避すると、そのままハンドスプリングの要領ではね起きてくる。
「どうした、おっさん。年なんじゃねえのか」
「ぬかせ」
先手を取ることだ。
護衛だからとか、対応を、なんて言っていたら、こっちがやられる。
「なっ!」
なんだかんだと言いつつ、子供だからと舐められているところがあったのか、俺は1歩で相手の懐に飛び込むと、その勢いのまま、顔面に頭突きを食らわせる。
相手がよろめいたところで、すかさず急所に蹴りを入れる。
「そこまで!」
膝をつき崩れた相手に、すかさず追撃を入れようとしたところで、待ったの声がかけられた。
とりあえず、認められたのかどうかは、この気絶してる隊長さんが起きてからの話だな。




