聖女様以外の『聖女様』 4
◇ ◇ ◇
この旅に出るに際して、メンデル国王からはある程度のまとまった額の資金を預かっている。
このヴァンブリグ王国では、紙幣という概念はないようで、預かった袋の中身はたくさんの金貨、銀貨、銅貨だった。
メンデル国王は必要経費だと言ってくれたが、いつ帰ることができるのかわからない以上、俺も個人的な、何らかの資金調達の手段を確立する必要があるかもしれねえ、いや、必要だ。
現状、俺の役割はルミナリエの暇つぶし相手だが、そんなこと――本人にとっては重要なことなのかもしれねえけど――で給料を貰えると言われても、それは違うだろう。
だけどなあ。
ルミナリエの傍にいるということが仕事である以上、できることってのは限られてくるんだよなあ。
「ルシオン。何か考え事ですか?」
どこか楽し気に服を見ていたルミナリエが振り返る。
この服屋に来た目的は、主に下着を手に入れることだから、そんなに色々と服を見せられても意味はないっつうか。
まあ、部屋着がいらないかと言われれば、そりゃ、あった方が助かりはするが、他人の金を使うことに抵抗があるというか。
「いや、まあ、なんつうか、ルミナリエ。お前は買う必要もないんだから、少し離れて――いや、それはまずいか。ちょっと、俺の背中の方に隠れててくれねえか?」
さすがに一緒に暮らしている女子に堂々と下着を買うところを見られていたくはねえ。
いくらルミナリエが9歳だかの幼女と言っていい年齢であり、俺に幼女趣味はないとはいえだ。
つうか、大体、お前がこんなところにのんきに買い物に来ているなんて知られたら、この辺り一帯がパニックになるじゃねえか。
「大丈夫です。ちゃんと変装していますから」
そう言ってルミナリエは、つばの広い帽子をわずかに上げて、色付き眼鏡越しに俺の顔を見て微笑んだ。
もちろん、普段はおろしている銀の髪も、今はわざわざ編み込んで、フードの中へと隠している、いや、入れていると言った方が正しいか。それとも入っているというべきか。
まあそれはどうでもいい。
「いや、変装とか意味ねえだろ。お前の姿を見ただけで魔法が使える……魔力を得られるんだったか? だったら、姿を見られただけで即ばれるじゃねえか」
ばれたら大騒ぎになることは間違いねえ。
だから、馬車の中で待ってりゃいいって言ったのによ。
「……せっかくお出掛けなのに、それではつまらないです」
ルミナリエはそっと目を伏せる。
あー、いや、そうか。そういえば、こいつはほとんど城から出ない生活を送っているんだもんな。
唯一出る機会があるといえば、お披露目のときくらいで、それだってこうして自由に外を見まわる時間なんてねえ。
それは多分、レアード王子やマリエッタ姫も同じだが、あのふたりは、出ようと思えばいつだって、護衛を付けることにはなるだろうが、城の外へ出ることはできる。ある程度、自分の裁量で見て回ることもできるだろう。
しかし、ルミナリエの場合はそうはいかねえ。
他の『聖女』がどうなのかはこれから確かめられるだろうが、ルミナリエは『聖女』として、加えて『お姫様』として、あの城に閉じ込められていると言っても過言ではないような状況に置かれている。
『聖女』に代替わりはあるが、存命である以上は、代わりは生まれないらしい。
つまりそれは、仮に誘拐でもされると、非常にまずい事態になるということだ。
お披露目の際にルミナリエの――『聖女』の姿が見えなければ、国民は魔法を使えなくなる。それは、国家の危機にも瀕するということになる。
他にも『聖女』がいるとはいえ、王都にいないというのは、城が落とされる可能性が高くなるということを意味する。
それが良い方向への革命につながるのであればいいだろうが、現状でそんなことを、ルミナリエに何か危害を加えてまで事を為そうとするやつらが碌な奴じゃねえってことくらいは俺でも想像はつく。
「そうならないように、ルシオンがしっかり私を守ってくださいね」
「――っ、わかったよ」
不意に微笑みかけられて、ついそう答えてしまった。
まったく、俺の何をそんなに気に入っているんだか。
「そんなの決まっているじゃないですか。あなたが私の願いに応えてくれたからですよ」
何のことだ? と俺が理解していない風な顔をしていたからか、ルミナリエは今買った服なんかを収納してしまい、馬車へと向かうように歩き出して、俺に背を向けると。
「自分で言うのもおかしな話ではありますが、普通、あんな問いに躊躇なく応えてくれる人はいません。現に、あなたしか応えてはくれませんでしたし。見ず知らずの誰か、あるいは何かのために、そんな風に即座に決断実行できるところは、とても素敵なところだと思います」
自分では考えてもいなかったことを指摘されて、俺は思わずその場で固まってしまった。
そんな風に考えたこともなかったな。
ただ、あの時はそんなに深くも考えずにいたってだけで、むしろ、浅慮を指摘されると思っていたが。
「いや、ちょっと待て。それって――いや、やっぱ何でもねえ」
それはつまり、俺以外のところにもメッセージを発信していたのか? と聞こうとして、途中でやめた。
上手く言えないが、それを聞くのは何となく負けになる気がしたからだ。何にかはわからないが。
しかし、そんな俺の思考を読んだようにルミナリエは、
「安心してください。あれを行ったのは、あなたが初めてですから。いえ、正確には、あなた達が初めてと言うべきですが。特定の誰かを対象にしたわけではありませんので」
と、随分と楽しそうにそう言った。
何が楽しいんだか。
「そうかよ」
しかし、そう聞かされて、俺がほっと気を抜けたのも事実。
いや、なんで俺が安心しなくちゃならねえんだ? いや、もちろん、巻き込まれた――自分から巻き込まれたようなもんだけど――こと自体には、後悔とかはしてないが。
「……何だよ」
「何でもありません」
そう言いながら、ルミナリエはご機嫌な様子だった。
あまり表情とかは変わらないんだが、雰囲気とかが何となくな。ずっとそばにいるからわかるのかもしれねえけど。
「では一旦――どうしました、ルシオン」
俺が立ち止まったからか、ルミナリエもその場に立ち止まって振り返る。
「その、なんつうか、誰かに見られているような気がしたんだが……」
殺気、とまではいかないが、空気っつうか、感じというか……とにかく、何となくこっちの様子を見ているような気配を感じる。
俺が周囲を見回すと、視線は一瞬消えたみたいだったが、いまだに気配は感じられる。
なんだ?
俺はまだこっちの世界に来たばかり、というより、まだお披露目のときと合わせて2回しか外に出てねえんだぞ。
しかも、お披露目のときだって、俺のことを認識できた奴なんて……いや、違うな。
視線を向けられているのは俺じゃねえ、ルミナリエの方だ、多分。
さすがに街中、こんなに人通りのある場所で仕掛けてくる様子じゃなさそうだが。
「どうする、ルミナリエ。いったん戻って出直すか?」
こんな風に忍んでいくより、もっとしっかり護衛を付けて、意には沿わなくなるかもしれないが、それなりの態勢で出かけた方が良いのかもしれねえ。
ルミナリエは少し考えた後。
「……そうですね。その方が良いのかもしれません」
そう、少し残念そうにつぶやいた。
ルミナリエはこのお出掛けを楽しみにしていたみたいだったからな。
とはいえ、ここで無理やり続行するのはまずいと、『聖女』として自身を危険に晒すわけにはいかないと、理解はしている様子だった。
「悪いな。お前を安心させられるほど強くなくて」
もちろん危険な思想であることはわかっているけど、俺がきちんとルミナリエを守ると宣言できるほどに強ければ、ルミナリエのやりたいようにさせてやれるんだけどな。
「いえ。ルシオンが悪いわけではありませんから」
そうして俺たちは馬車に乗り込もうとしたんだが、一瞬、出遅れたらしい。
乗り込むための台に足をかけようとしたところで、飛来物を感じて、俺はルミナリエを抱き寄せて後方へと飛びずさった。
「危ねえ!」




