聖女様以外の『聖女様』 3
◇ ◇ ◇
「お姉様。珍しくおめかしなんかしてどうしたの?」
ドレスの上からフードのついたローブを纏ったルミナリエに並んで、メンデル国王が用意してくれたという馬車のところまで向かっていると、マリエッタ姫が話しかけてきた。
金の髪を両側でふたつに縛ったマリエッタ姫は、ルミナリエに会えた歓びを顔に広げ、隣に並ぶ俺とを見比べて。
「ああ、そういうことだったの。ごめんなさい、お姉様。お邪魔してしまったみたいで」
急に謝罪されても何のことだか見当もつかず、俺がルミナリエと顔を見合わせていると、むしろ、マリエッタ姫の方がきょとんとして。
「あれ? お姉様とルシオンがデートに行くんじゃなかったの? お姉様の初めてに私がついて行くわけにはゆかないもの。お姉様と一緒にいられるなんてすっごく羨ましいけど、我慢しておいてあげる」
「デ、デートじゃありません。私とルシオンはまだそのような関係ではありませんから」
即座に否定したルミナリエは大分テンパっているらしく、マリエッタ姫が「まだ……?」と呟いたことにも気が付いていないらしい。
「なーんだ。残念。デートじゃないんだ」
「いや、実はそうなんだ」
俺が口を挟むと、ふたりの顔が同時に俺の方へと向けられる。
「な、何を、言っているんですか、ルシオン!」
ルミナリエは真っ赤になった顔で語気を強め。
「やっぱりそうなのね! 『聖女』なんて役割も、愛するふたりの前には無力よね!」
マリエッタ姫は大分興奮した様子で、目を輝かせる。
「そういうことなら、お邪魔虫の私は退散するわね。ルシオン。いい? お姉様の初めての相手をしっかり務めなくちゃだめよ?」
後で感想を聞かせてねー、と振り返ってルミナリエに投げキスを送りながら、マリエッタ姫はどこかへと走り去っていってしまった。
ともかく、嵐は去ってひと安心、とルミナリエの方を見れば、ルミナリエには露骨に顔を逸らされた。
「あ、あの、ルシオン。その、デ、デートというのは……」
「やっぱりまずかったか。悪いな。咄嗟に言い訳を思いつかなくて、そのまま返しといたほうがボロも出なくて無難だと思ったんだよ」
咄嗟に上手く誤魔化せるほど、頭の回転が良いわけじゃねえ。だから、マリエッタ姫の言に乗っかったんだが。
「……どういうことですか?」
ルミナリエの視線に含まれる温度が、心なしか、幾分下がった様な気もするが、聞かれたなら答える必要がある。
「いや、だって、あそこで正直に、他の聖女を探して会いに行きます、なんて言ったら、マリエッタ姫がついて来るって言いだしてたかもしれねえだろ」
あの興奮ぶりを見るに、その可能性はかなり高かっただろう。
ルミナリエだけでなく、マリエッタ姫までついて来るとなれば、護衛なりも余計に必要になってくるはずだし、どう控えめに見積もっても、ちょっと会いに行ってみる、なんて感じではなくなってしまうことだっただろう。
マリエッタ姫が来るってことは、馬車を分ける必要も出てきていただろうし、そんな行列まで作ろうとは、つうか、むしろ、静かに行って帰ってこようと思っているわけだしな。ただ会うだけなんだし。
俺は、そう正直に答えたんだが。
「どうしたんだよ」
ルミナリエは俺の答えが不満だったらしく、小さくため息をついていた。
「……何でもありません。別に何も期待していませんでしたから」
「いや、期待はしろよ。お前だって他の『聖女』に会ってみたいって言ってたじゃねえか」
ルミナリエは「そういう意味じゃありません」と言い切ると、準備が終わるまで俺には決して部屋の中に入ってこないようにと厳命した。
女が出かけるときの準備ってのはやたらと時間がかかるもので、それはたとえルミナリエくらいの年齢でも変わらねえってことは、俺は身に沁みてわかっていたが、かかった時間は予想以上だった。
「お待たせしました」
しかも、時間がかかったわりに、ルミナリエは荷物らしい荷物を手にしていなかった。
「お前、準備してたんじゃねえのか?」
俺の目にはさっきとどこも変わらないように見えるが、さっきとどこが変わったんだ? つうか、準備って何だったんだ?
「準備はしましたよ」
そう言ったかと思うと、ルミナリエは、何もない空間から、突然、大きめの鞄を取り出した。
なんだそれ?
一体、どこに隠し持っていたんだ?
「あ、いや、わかった。わかってねえけど、わかった。多分、また何らかの魔法だな?」
手品って可能性もあるが、まあ、かなり低いだろう。
それよりは、何らかの魔法によるものだと考えた方が納得できる。ルミナリエのやることだしな。
「ええ。こうして空間に物を収納して持ち運ぶことのできる魔法です。盗難などの心配もなくなりますし。もっとも、ここから離れることのない私には基本不要な魔法なので、普段から使うことはありませんが」
そうだよな。
基本的に行動範囲が城の中、それも多くはこの部屋の中に限定されているルミナリエが、物を持ち運ぶ魔法を重用するとは思えねえ。
つうか、そんな場面が思い浮かばねえ。
しかし、まあ、なんとも寂しい話ではあるな。
もちろん、それを口にしたりはしないが。
「今使わなければ別の機会があるとは思えませんから。まあ、別に使うことに拘っているわけでもありませんが。ルシオン、いつまで驚いているんですか。はやく行きますよ」
もちろん、俺には持ってゆけるような荷物は、今はまだ何もないので、手ぶらだ。
一見するに、荷物を持たない俺たちは、本当にこれから遠出するのかというような出で立ちだった。ルミナリエもドレスのままだし。
てっきり、動きやすいワンピースか何かに着替えるもんだと思っていたが。
「他の『聖女』の方にお会いするのですから、それなりの恰好はしている必要があると判断しました」
そんなもんかな?
まあ、俺たちだって、面接とかに行くなら、スーツなり、制服なりを着るしな。そんな感じかもしれねえ。
「それで、最初はどこって言ったっけ?」
馬車に乗り込んで座り、とりあえずの目的地を聞いておく。
言われてもわからねえとは思うが、念のため、もしかしたら、はぐれたりするかもしれねえし。もっとも、こんなどことも知らねえ異国――どころか、異世界の地で、この旅に同行する中では唯一と言っていいだろうルミナリエとはぐれたりしたら、その時点で終了な気もするけどな。
まあ、そもそも、この世界の知り合いがまだ城の中のほんの一部だけなわけだが。
「最初は王都ですよ。言いましたよね? あなたの分の日用品なども準備しなくては、と」
そういやそうだったな。
正直、いつまでも道着と制服ってのも気がひけるっつうか、最低でも下着の替えは準備したい。いつまでもあのままだと落ち着かねえ。
「着替えなら使用人服を私が見繕って持ってきましたが……まあ、そうですね。他にも入用でしょうし。それに、私もこんな風に誰かと街中で買い物なんてできるのは初めてで、少し楽しみにしています」
そうルミナリエは、ほんのわずかに笑みを浮かべる。
ルミナリエが『聖女』の任に就いたのは精々ここ1年のことだと言っていたが、その以前にしたって、お姫様であるルミナリエが気軽に城外へと出られたとは思えねえ。
「そうか。はしゃぎ過ぎてはぐれねえようにな」
弟妹達にするような感じで忠告すると。
「しませんよ。ルシオンは一体、私のことを何歳だと思っているんですか?」
「え? 9歳だろ? そう聞いてるけど」
正解だったと思ったが、ルミナリエは何故だか頬を膨らませた。
もしかして、あれか? クティスとファルも年齢の事にはデリケートだったし、そんな感じか?
「違います。いえ、違いませんけど、もういいです」
ルシオンの馬鹿、と口に出してはいないものの、顔を逸らして窓の外を向いてしまったルミナリエにはそう言われたような気がした。
一体、何だってんだ?




