聖女様以外の『聖女様』 2
それはたしかにいずれ必要だとは思っていたが。
「俺はこっちの世界の金を持ってねえぞ」
こっちに飛ばされた時に持っていた財布の中にはいくらか現金も入っていたと思うが、それだって大した額じゃねえ。
とてもじゃねえが、日用品を揃えるには足りないと思う。
とはいえ、着替えの……この際だから贅沢は言わねえ。下着の一式程度は欲しいところだ。最悪、服の方は道着と制服の使い回しができなくもない。
「……制服ですか。なるほど。たしかにそれは良い手かもしれません」
「何のことだ?」
ルミナリエはじっと俺を見つめてきて。
「ルシオン。あなたはメイド服は好きですか?」
「なんだ、いきなり。そりゃ、別に嫌いじゃねえ……おい、ちょっと待て、ルミナリエ、。まさか、俺に着せるつもりじゃねえだろうな」
話の流れが危ない方へと向かっているような気がして、方向転換を図る。
まさかとは思うが、この、割と破茶滅茶なお姫様ならやりかねねえと思わせてくるのが恐ろしいところだ。
「冗談です。男性用の使用人服も王宮の方にはあるはずですからそれを仕立てて貰いましょう。あなたも私の暇つぶし相手――もとい、使用人という立場なのですから、それらを使用することに何も問題はないはずです」
果たしてそうだろうか? と思わないこともなかったが、ルミナリエがそういうのなら通るのかもしれねえ。俺としても、金銭的な問題が発生しないのは助かるところだしな。
「ではさっそく、と出かけたいのは山々なのですが、その前にまず、お父様とお母様に許可を取る必要があります」
ここから直接飛んで行くわけにはいきません、と、ルミナリエは本気なのか冗談なのか、判断のつきかねる声でつぶやいた。
直接飛んでって、空をってことか?
それは体験してみたい気もしたが、空を飛ぶ魔法があるってんなら、飛行機という発想に至らないのも納得ではある。
「浄化の魔法と修復の魔法というものもあるにはありますが、あれは普段から使ったりするものではありません。普通、魔力には量に限度がありますから、いざというときのためにとっておくのです。いつ、絶対に必要という場面が来るとも限りませんから」
ルミナリエが言うには、たしかにルミナリエを見ることによって魔力は得られるが、その性質上、人が自分自身に溜めておける魔力には限界があるのだという。
そうじゃなければ、定期的に『聖女』の姿を見る必要なんかねえしな。
「もちろん、私自身はその限りではありません。それから、城のメイドたちは矜持があるのだといって、自分たちの手で洗うことを至上と語っていましたが」
どうしますか? と尋ねられ。
「いや、その浄化とやらの魔法があるのだとしても、やっぱ、着替えくらいは用意して貰えるとありがたいけどな」
俺の気持ちの問題にはなるけど、ずっとこの制服を着続けるってわけにもいかねえだろ。正確には道着と着回すこともできるが。
ルミナリエの言うところの、浄化の魔法とやらを信用していないわけじゃないが、不測の事態に備えて、替えの数着くらいは手元に準備しておきたい。金のない俺が言えることじゃねえが。
「そうですね。私も、私の付き人を悪く言われたくはありませんから」
付き人だ? と俺が聞き返すよりも早く、ルミナリエは少し慌てたような感じで「あっ、いえ、その、あなたは私の暇つぶし相手ですけれど」と言い直した。
別に、わざわざ言い直さなくても、と思い、俺はほんの少しだけへこんだ。まあ、事実なので仕方ないんだけどな。
「こほん。と、とにかく、あなたが私に応えてくれた以上、私もあなたの主として、あなたに誠意を見せる必要がありますから。心配や遠慮などは不要です」
そんな風に話をしている間に、俺たちは王宮のいつもルミナリエの父親と母親、つまり、メンデル国王とフェリータ王妃がいるのだという部屋にたどり着いた。
ルミナリエがノックして名前を告げると、すぐに返事があった。
「失礼いたします。お父様、本日は……頼みたいことがあってきました」
ルミナリエがそう口にすると、国王と王妃は目を丸くした後、揃って頬笑みを浮かべた。
「お前がそんなことを言ってくれるとはな。お前には普段からもっと気持ちを表して貰いたいと思っていた」
「ルミナリエ。私にできることなら何でもするわ。遠慮なく言っていいのよ」
ふたりは、とくにフェリータ王妃の方は、大層感激している様子だったが、ルミナリエはそんなことは気にしていないように、普段と変わらない淡々とした調子で。
「では、私とルシオンに外出許可をください。とりあえず、今日の分と、それから、明日以降……そうですね、ひと月分ほどもあれば足りるでしょうか」
直前に「何でも」と口にしていたメンデル国王とフェリータ王妃だが、これにはやはり、困ったように眉を顰めた。
「……ルミナリエ。お前が何も理由なくそんなことを言い出すとは思っていない。国民の、そして国のためと言い訳をしながら、お前を解放することのできない私たちに言われても、お前は信じられないだろうが」
「いえ。そのようなことはありません、お父様。私は大丈夫です。それで、理由ですが……正直に申しまして、他の『聖女』の方に会いにゆきたいのです。いらっしゃる場所の目星はついていますから」
メンデル国王が天井を見上げる。
吊り下げられた豪華なシャンデリアからは煌々とした輝きが発せられている。
「……そうか。考えてみれば、お前がそれに気が付いていないはずはなかったな」
このメンデル国王の口調からすると、やはり他にも聖女は存在していて、少なくともそのうちの数人は居所を掴んでいるらしい。
ルミナリエはどこに持っていたのか、綺麗に折りたたまれた紙を、執務机の上に広げる、
覗き込んでみれば、どうやらこのヴァンブリグ王国の地図らしい、ということは、なんとなく、話の流れで理解できた。
「ここが王城です。それから、私がお披露目の際に回る範囲がこのくらいです。ならば、おそらくはこの辺りに他の『聖女』の方が存在しているはずです」
ルミナリエは、城を中心として円を描くように指し示した後、同じくらいの大きさで、城の東から北へ、それから西の辺りへと指先を動かしていった。
「国内の移動ですからそれぞれ1日づつの移動で済むはずです。滞在日数はわかりませんが、かかったとしても精々ひと月、来月のお披露目までには十分に戻ることのできる計算です」
確かめるようにメンデル国王とフェリータ王妃の顔をうかがえば、どうやらルミナリエの推測は正しかったらしい。
つまり『聖女』の誕生は城へと報告されていて、公にこそされてはいないものの、国を預かる立場である国王と王妃はそのことを把握していたということだ。
まあ、現地の人にしてみれば、秘密でも何でもないことだっただろうが。
「まあ、お前が『聖女』になってしまったことは今更隠すまでもない事だからな。他の3人はともかく、お前が選ばれてしまったことは、即座に国中に広げた。これは――」
「お父様。それ以上はおっしゃらずとも、私にはわかっていますから。それで、ご許可はいただけるでしょうか? もちろん、私ひとりではなく、ここにいるルシオンもついて来てくれます」
メンデル国王とフェリータ王妃の顔が俺へと向けられる。
背中を変な汗が伝う。何故俺はこんなに緊張しているんだ。ああ、まあ、王様と王妃様の前だからな。現代人の俺には縁遠いどころか、生涯関係のない話だと思っていたが。
「……他に付き添いは?」
メンデル国王が渋い顔で、絞り出すように告げる。
「不要です。御者の方だけ手配していただければ。それから、出かける際の準備として、ルシオンの買い物に出かける許可もいただけますか?」
「……わかった。ただし、出発は明日でいいな? 私もしなくてはならないことがあるし、準備――買い物にも時間はかかるだろう?」
「ありがとうございます」
ルミナリエが丁寧な所作でお辞儀をし、俺も倣うように頭を下げた。




