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聖女様以外の『聖女様』

 ルミナリエが他の聖女に会いたいと言っても、実現するには問題が山積みだった。 

 まず、他にいる『聖女』の居場所を突き止めなければ、会うも何もない。

 城への報告義務がないってことがその問題を発生させている要因だが、多くの人が知るほど、秘密というのは漏れやすくなる。

 もちろん、対処法もないわけじゃないだろうが、ルミナリエのように、国を挙げて、大々的に公表して守ってゆくには限界がある。城の人員にも限りがあるからだ。

 にもかかわらず、この国にいる『聖女』の居所を公表してしまえば、それは他国にとっても、この神聖ヴァルブリグ魔法王国に対する侵略――とまではゆかないにしても、国力の源を教える原因になってしまう。それは避けなければ、聖女の保護どころの話じゃねえ。

 加えて、ルミナリエがこの城を離れることに対する、防衛力の低下だ。

 言うまでもなく、この城の最大戦力はルミナリエ本人である。 

 たしかに、騎士団は存在するし、国王から王妃、レアードにマリエッタの魔法力は、ルミナリエに近いこともあり、一般の国民のそれを凌駕しているらしい。さらに言えば、メイドであっても隠密に長けていたり、その彼女らが諜報部という部隊を組織しているのだとルミナリエが教えてくれたが、あくまで正面からのぶつかり合いに際して、国民が真に心の拠り所にしているのは、ルミナリエ(正確には『聖女様』)が近くにいて守っていてくれるからだ、という想いが心の奥底にあるからだ、とルミナリエは言う。


「これを依存と捉えるかどうかはあなた次第です。しかし、今までの『聖女』の中にこんなことを言い出すような人物がいなかったことは事実」


 これではとんだお転婆ですね、とルミナリエは小さく笑った。


「でも、興味はあるんだろ?」


「そうですね、ルシオン。とても興味があります。もし、私達『聖女』が出会うことでその力を大きくしたりするのなら……そもそも、私たちもまた魔力を得ることができるのか? あるいは、他の――今までにない経験ができるのか? はたまた、相殺し合って無くなるのか? 興味は尽きません」


「無くなるだって?」


 それは、国の存亡にかかわる、非常にまずい展開なんじゃねえか?

 魔法って力があるから、他国からの侵略を免れたりしてんだろ? 国の生活基盤も魔法ありきみたいな感じなんだと言っていたじゃねえか。

 まあ、ひとつの、それも個人にたまたま宿ってしまった力に依存する体制ってのは、そっちの方が長期的に見ればまずいってのは感じるけどな。だからこその今の状況とはいえ。


「私もそう思います。これは、いつか誰かが背負う必要があるリスクだったはずです。それがたまたま今だったと、ただそれだけのことです」


 ルミナリエは、自身がそうすることによって起こるかもしれねえ国民への不利益も考えたうえで、自分の意志を伝えてきた。実際に引き起こされちまった場合にも、責任はひとりでとるなんて言い出すことだろう。

 それは止めるが、ルミナリエの意志は最大限尊重してやりてえ。なんて言うと偉そうに聞こえるかもしれないが、多分、それはこの『聖女』について知っている人なら誰もが持つ感情だろう。

 だったら、俺にできることは、ここで引き留めるか、あるいは協力するか、どっちかだ。


「もし、後者が正解だった場合、お前への不満がやばいことになるかもしれねえぞ」


 なにしろ、比喩ではなく、国の存亡にかかわる。 

 魔法が『聖女』に依存している以上、その『聖女』が消えてしまえば、ここはもう魔法王国を名乗ることはできなくなる。 

 それは、今代の王家に対する国民の不満を、より具体的に形を伴って爆発させるだろう。

 例えば、クーデターだとか。

 もちろん、そんなことをしたって仕方ねえことだし、それよりも今後の国のことを一致団結して考えて行動していかなくちゃならない状況だとは思うが、人は誰もがそんなに己の感情を押し殺し、理性だけで納得し、行動できるわけじゃねえからな。


「そうかもしれません。けれど、私はこうも言ったはずですよ。『聖女』はひとりいなくなれば、必ずひとり生まれると。もちろん、相殺された、などという事例は過去に報告されていません。もっともそれは誰も試さなかったということが原因だと踏んでいますが。あるいは、事実を握りつぶしたという可能性もないわけではありませんが……」


 まあ、実現してしまった場合のリスクを考えたら、たとえそれがほとんどあり得ねえだろうと思ってはいても、実行はできねえだろう。

 なにしろ、前例が残っていないんだから、比較検討のしようがねえ。多くの人は、そんなリスクを取るべきじゃないと忠告して、というより、リスクを冒させまいと止めてくるだろう。

 けど、俺は。


「でも、やるんだろ?」

 

 俺には止めるつもりはなかったし、ルミナリエが実行に移すだろうということは予想できていた。それも高い確率でそうなるだろうと。

 別に、俺がこの国の住人じゃないから関係ねえと思って止めなかったわけじゃない。

 この話を始めたときから、ルミナリエの表情はいつもと変わらなく見えていた。

 しかし、数日とはいえ、ふたりっきりで過ごしてみて、それなりにこいつの表情も、変化しているのだと、その程度のことはわかるようになってきていた。 

 それは積み重ねてきた会話だとか、ふたりきりでしかできない遊びを散々やっているからだとか、こいつを見つめる場面が必然的に多くなるからだ。他にすることがないんだから、仕方ないといえば仕方ないことだが。


「ええ、もちろん。これも全部、あなたのせいですよ」


 はたして、ルミナリエはそう言い切った。

 ただし、予想外なこともひとつ。

 自分の名前が出されたことに驚いて、俺が目を瞬かせていると。


「あなたが私の呼びかけに応えてくれてしまったせいです。あれでここへまともな人が来る可能性は、私の試算ではほとんどないようなものでした。そもそも、どこへ開くのかというのも未知でしたからね。同じようにコミュニケーションをとることのできる人のいるところに開き、あなたが来てくれることが、どれほどの確率だったことか。それに比べれば、他の『聖女』の方とお会いするリスクなど、ものの勘定には入りません」


 どこか得意げな調子で語るルミナリエは、以前、聖女の役割を話してくれた時より、随分と明るくなっているように見えた。 

 

「そうと決まれば、さっそく準備に取り掛かりましょう」


 まず、最も大変なところから始めましょう、とルミナリエはさっそくベッドから降りると、クローゼットへと向かい、肩回りが白いフリルで飾られた、紺のドレスを引き出した。

 そしてそのまま――


「ルシオン。あなたはいつまでそこにいるつもりですか。私が呼ぶまでバスルームに籠っていてください」


 どうやら、人前での着替えにはまだ羞恥が残っているらしい。

 つい先日、その、まあ、なんだ、あんな姿を見た後だから今更だ、と言うのは簡単だが、それを言っても誰も得をしねえ。どころか俺が損をするまである。

 いや、正直に言えば、俺にとってはあの体験がプラスマイナスで考えた際の――やっぱり何でもねえ。俺に幼女趣味はねえ。 

 多分、それを口にしたが最後、ルミナリエは羞恥でその場から動けなくなってしまい、今は前向きに検討しているこの話も、きっと引っ込めてしまうことだろうからな。


「ルシオン。そろそろ、あなたの分の日用品も揃えなくてはなりませんね。良い機会ですから、ついでにあなたの買い物にも出かけることにしましょう」



 

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