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 ようやくのことで解放されて城門から外に出ると、そこには疲れた様子のサツキさんが待っていた。

 どうやら相当な時間を気長に立ち続けて待っていたらしく、その目が恨めしそうに俺を睨んでいるように見えて、ちょっとひるんでしまう。

 とりあえず怒っていなければいいけれど。


「よっ!」


 だが、心配とは裏腹にサツキさんは右手を元気よく挙げてくれ、見るからに陽気そうだった。機嫌が悪いというわけでもないらしい。

 ひとまず安心である。


「まさか待っていてくれたんですか?」


「そりゃそうさ。それにしてもお前が連行されたって聞いたときは、そのまま城の地下にあるっていう牢屋にぶち込まれて、二度と出てこないんじゃないかと思ったぜ」


「俺もですよ!」


「いやぁ本当に心配したぞアレスタ!」


 サツキさんは本気で心配していてくれたらしい。頼れる人が他にいない俺にとっては感涙にむせび泣くほどありがたいことだ。

 ついでだし、ここは泣いておこう。


「ねえ、アレスタ君、ちょっと待ってくれないか。そこにいる彼は一体どこの誰なんだい?」


 感動の再会を後ろから怪訝な様子で眺めていたニックは、無愛想な声でサツキさんの素性をたずねた。

 目は細めた半眼で腰は引けており、いかにも文句ありげな様子だ。

 どうやら領主から監視役を拝命したばかりのニックは、俺のことを門前で出待ちしていたサツキさんのことを不審者か何かではないかと警戒しているらしい。


「んん? それはこっちの台詞だろう」


 そこでようやく俺の背後に隠れていたニックの存在に気がついたサツキさんは、首をかしげつつ低い声で言い返した。

 まぁ、やっと城から解放された俺の背後から騎士らしき人物が出てきたら、普通は何事かと警戒してしまうのも無理はないだろう。


「ふふふ。僕の名前はニックだけど、いいかい、君? これを聞いてひれ伏すんだね。なんたって僕は騎士だよ!」


 大げさに胸を張って誇らしげに宣言すると、ニックは右こぶしを自分の胸に向かってドカンと咳き込みながら突き当てる。なにやら得意げにふんぞり返って威張り散らしているらしい。

 その態度は若干わずらわしく思わなくもないし、もしや誰彼構わずにそんな偉そうな振る舞いをしているのだろうかと彼の日常生活が不安にもなるのだが、あんまり深く関わらないほうがいいかもしれない。

 まじめに相手にするのは何かと面倒だ。


「なんだって、お前が騎士だと? ならば俺は、サツキである俺は……ああ! 俺には語るべき肩書きがない!」


 気が付くとサツキさんは頭を抱えて落ち込んでいた。まさか騎士を名乗ったニックに対抗して大威張りで胸を張りたかったのか?

 ……なんかこの二人、どっちもどっちだ。

 もう俺は決めた。サツキさんに対しては必要以上の尊敬や期待を向けないようにしよう。

 俺が肩をすくめている間にサツキさんは立ち直り、真面目な顔を見せる。


「で、結局のところ町の騎士がどうしてアレスタと一緒に城から出てきたんだ? ひょっとしてあれか、わざわざアレスタの見送りか?」


「それがどうも違うみたいなんですよ。ねぇ?」


 同意を求めるように俺は隣のニックを見たが、やれやれと言わんばかりにニックは首を左右に振った。


「ああ、アレスタ君の監視だろう? ほんとにまったく、この僕に監視されるだけの男なのかな、君は?」


 不服そうにつぶやかれてしまう。

 だが不服なのはこちらも同じだ。断れるものなら俺だって断りたい。


「おいおい、アレスタの監視だと? なんだよ、わざわざ騎士のボディーガードをつけてもらったのか?」


 驚いたような声を上げるサツキさん。それが事実なら俺も心強い。

 だが残念なことに現実はそこまで甘くないのだ。都合のいい希望的観測に甘えてはならない。何かと世知辛い世の中である。


「そんなわけがないじゃないか。彼はね、なんでも治癒魔法が使える可能性があるとかで、僕が常に隣で監視の目を光らせる羽目になったのさ」


「アレスタが治癒魔法だって?」


 なんて馬鹿なことを、とでも言いたげに俺に含み笑いを向けるサツキさん。

 その気持ちはわからないでもないが、少しプライドが傷ついてしまう。


「俺に聞かれてもわかりませんよ。ちょっと傷を治しただけなのに……」


 こんなことになるくらいなら、あのときデッシュに受けた腕の傷を治癒魔法なんかで治さず、そのままイリアスに手当てしてもらえばよかったと、今更ながらそんなことを考える。

 考えたって無駄な話だ。後悔先に立たずとはこのことである。


「……だがアレスタ。もし本当に治癒魔法なら、ちょっとしんどいことになるぜ」


「えーっと、やっぱりそうなんですか?」


 本当にそれが世間の常識なのだろうか?

 いぶかしがって俺が首をかしげていると、いつになく不安そうに見えるサツキさんが説明してくれる。


「たとえばこのデウロピア帝国を治めている皇帝なんか、治癒魔法は社会秩序を破壊するものだとして、それを使えると騙る者、利用するものを徹底的に隔離すると宣言していたはずだぜ」


「へぇ、帝国の皇帝がですか……。その話、もっと詳しく聞いてもいいですか? 俺は帝国のこともよく知らなくて」


「ちょっと君たち、こんなところで勉強会かい? こんなところで今から帝国のことを全部説明するのは大変じゃないか。何でも知りたがる観光客なのかもしれないけれど、とりあえず追々、ちょっとずつ説明していけばいいんじゃないかな?」


「それもそうだな。それより今は治癒魔法だ。アレスタもそれでいいよな?」


「あ、はい」


 ここでの俺は教えてもらう身だ。遠慮した俺はうなずくことしかできない。

 帝国については今度誰かに教えてもらおう。ニックは間違ってそうだから、説明してくれることになっても真面目には聞かない。


「それで治癒魔法についてだが、とある宗教なんか、治癒魔法は人間の尊厳を徹底的に損なうものであるとして、大々的に異端者宣言を出していたぞ」


「異端者宣言ですか? 治癒魔法って人を救えそうなのに?」


 むしろ奇跡を尊ぶ宗教では神聖視されそうなものだが。


「だからこそだぜ、アレスタ。たかが治癒魔法によって、尊厳ある人間の生死を、しかも神ならざる人間の思惑一つで自由にできるってことが、結果的に人間の命の価値を軽いものにしてしまうと言いたいんだろうよ」


「傷ついている人を助けるだけでもですか?」


「……だけで済むならな。たとえば治癒魔法の究極でもある蘇生魔法のことを考えてみろ」


「え、蘇生魔法?」


「知らないか? 死んだ人間を生き返らせる魔法だよ。かつての英雄が使ったとされる夢の魔法だな。だがそれも、敬虔なる宗教家にとって見れば悪夢に等しいものだったというわけだ」


「蘇生魔法によって人間の死が否定されて軽んじられると、それに呼応して生も軽んじられる、ということでしょうか?」


 魔法によって死んだ人間を簡単に生き返らせることができたら、人は死を恐れず、ないがしろにするだろう。その結果、誰もが生きることに真正面から向き合う必要がなくなってしまうのかもしれない。


「まぁ、所詮は物事の善悪なんて可変的で俺には判断できない。そもそも今となっては興味もないことだが……。ただし忘れるなよアレスタ、治癒魔法が必要以上に世界に衝撃を与えるっていうのは、どうも事実だろう」


「なんとなく納得いきませんけど……」


「簡単に言っちまえば、誰も死にたくないってことだよな。世界で唯一である不老不死の方法が見つかれば、それを独占したくなるってもんさ。たとえ誰かを蹴落としてでも」


 周囲に聞かれることを警戒したのか、身をかがめたサツキさんは声のトーンをわずかに落とす。

 きっと大げさな冗談ではないのだろう。

 そんな彼の説明を聞いて、今まで隣で黙っていたニックが俺に向かって言う。


「おいおい、アレスタ、間違っても君は命を狙われないようにしてくれよ? 僕の任務が単なる監視から君の護衛に変わってしまうのは絶対に勘弁だ。そうなるともう、僕には任務が失敗する悲しい未来しか見えないからね」


「そんな残念なこと、自信もって言わないでよ」


 そこは嘘でも自信をもって俺のことを守ってやると言って欲しかった。

 呆れていると、サツキさんが提案する。


「そんなことより、そろそろ本気でどっか移動しないか?」


「そうですね。サツキさん、どこに行きますか?」


 相談しながらサツキさんと俺が一緒に歩き出すと、その場に置き去りにされそうになったニックが一人で騒ぎ出す。


「……こらこら、そうやって僕から逃げようとして!」


「逃げねぇよ、勝手に付いて来いよ」


 そもそも監視役なのはあっちであって、俺たちがニックのお守りを任されたわけではない。

 いや、ひょっとするとあの変わり者の領主のことだから、何をやらせても失敗する出来損ないの騎士だというニックのことを丸投げされたのかもしれない。俺たちの監視役であるとか何とかこじつけて、厄介払いにしたとか。

 だとしたら迷惑な話だ。


「ああもう、あんまりうろちょろ動き回らず、じっとしていておくれよ! もしも君たちを見失ったら、また任務が失敗になっちゃうじゃないかぁ!」


 両手を左右いっぱいに広げて涙目になりつつ訴えてくるニック。

 あまりに痛々しい姿にもう、うるさいとか面倒くさいとかという否定的な感情は消え去って、逆に気がかりになって無視できなくなってしまうのだから恐ろしい。


「わかったよ。お前のペースに合わせてやるから隣に並べよ、ニック」


 サツキさんは立ち止まり、頬をかきながら振り返ってニックを呼ぶ。

 横から見ていると、まるでサツキさんが照れ隠しをしているようで新鮮に写る。


「そっか。じゃあ、お言葉に甘えて」


「む、俺の隣?」


 小走りで追いついたニックが並んだのは、サツキさんではなく俺の隣だ。結果として俺を中心にして右側にはサツキさん、反対の左側にはニックがきて、三人が横に一列で並ぶ格好となる。

 これでは両手に花ならぬ、両手に爆弾状態じゃないか。

 正直どっちかに場所を変わってもらいたいところだ。


「隣って、そんなの当たり前じゃないか。いいかい、僕は君の監視役なのだよ? なのに君の隣にいなくてどうするんだい」


「まぁ、そうなんだけどさ」


「アレスタ、あきらめろ。ニックがお前と手を繋いでこない分だけ安心するんだ」


「はぐれないために手を繋ぐ? そうか、その手があったじゃないか! いや、ここに繋ぐ手があったじゃないか!」


「なんかニックがまた一人で盛り上がっているよ……」


 しかも俺にある種の危機が迫っている気がしてならない。ニックに手を引かれて歩くなんて絶対に嫌だ。どうせろくでもない目に合うに決まっている。


「とにかくサツキさん、早く大通りにでも行きましょう」


 話を変えるため俺はサツキさんに向き直る。

 ニックのことは軽く無視してしまうくらいがちょうどいい。


「今から大通りだって? なんでまた、そんな人が多くて迷子になりそうな場所を選んでしまうかなぁ、君たちは!」


 だが無視したくても無視できないのが騒がしいニックだ。あたふたと憤慨して、わめきたてる。飛び散る汗と、うっすらと浮かぶ涙が悲しい。

 最後に漏れ出たのは俺とサツキさんからの深いため息だった。


「だから、お前が俺たちから離れなきゃいいだけだろ。そんなヒステリックに反応するな」


 サツキさんは困ったようにニックを睨みつける。睨まれたニックは少し及び腰になる。


「簡単に言わないでほしいな。僕は見晴らしのいい草原でも君たちを見失う自信があるのだよ?」


「あのさ、ニック、それはもはや一種の才能じゃないかな?」


「才能でも嬉しくないよ! また領主様に呆れられてしまうじゃないか!」


 これに俺は嘆息したが、ニックは本気なのか頭を抱える。

 こいつ本当に大丈夫か?


「それならどうするんだよ。まさか俺たちにずっとここにいろって言うつもりなのか?」


「それは困るなぁ……」


 俺とサツキさんは二人そろってニックの顔を見る。


「うーんと、あれ? そういえば大通りって今日は……」


 しばしの間、一人で対応策を考えていたらしいニックだったが、妙案が思いついたのか手をポンと打って口を開いた。


「よし、それじゃあ、こうしよう。この僕が大通りまで君たちを先導する!」


「ニックが? あんなに嫌がっていたのに自分から大通りに俺たちを連れていってくれるってのか?」


「その通りさ。うん、じゃあ遅れずに離れずに、ちゃんと僕についてくることだね!」


 満足げに微笑むニック。もはや俺たちは反論する気もうせてしまった。

 もしかして俺の監視役であることを忘れているんだろうか?


「よし、それじゃあ行こう!」


 たった一人、自分の中で勝手に監視役からリーダーに昇格したらしいニックは、最高潮の盛り上がりでそうやって叫ぶのだった。


「へいよ」


 力なくうなずくと、俺とサツキさんは意気揚々と前を歩くニックの後をついていくことになった。

 というかニックの奴、本当にこちらを振り返って確認することもしない。

 もしも俺たちが黙って逃げ出したら、いったいどうするつもりなのだろう。実行するつもりはないが、やはり心配だ。

 そんなことを考えていると何故か無性に彼のすべてが哀れに思えてならず、俺たちはニックからはぐれないようにしっかりと彼の姿を追いかけるのだった。







 で、無事に到着したベアマークの大通り。


「なんですか、この人の多さは?」


 視界へと飛び込んできたのは、大通りを行きかう人々の多さだ。今にも溢れ出しそうな人混みを前にして、群集に不慣れな俺は嘆息せずにはいられなかった。

 昼前に一度遠くから眺めたときとは比べ物にならない賑わいっぷりだ。


「ふっふっふ、なにしろ今日は記念祭の期間中だったからね」


「記念祭? ということは、そのまま考えるなら町の祭りか何かなの?」


「あぁそうか、そういえばそんなものがあるって俺も聞いていたな。あまり最近はベアマークに来てなかったから、すっかり忘れていたぜ」


「あっはっは、僕は祭りの警備をするっていう大事な任務があったはずなのに忘れていたよ、あはは」


 それは駄目だろう。馬鹿かこいつは。

 能天気に笑っているニックは頼りにならんと無視して、俺はサツキさんに質問を投げかけることにした。

 知らないことは聞くべきだ。知らぬままより、ずっといい。


「記念祭ってなんです?」


 名前から察するに何かを記念して開催される祭りのことだろうが、この町に来たばかりの俺には見当もつかない。

 ひょっとして建国記念日みたいなものかと考えていると、サツキさんから答えを得られた。


「ベアマークの高度魔法化都市計画を祝っての記念祭だ」


「高度魔法化都市計画ですか、なるほど。……わかりませんね」


 言わんとすることならわかる。だが詳しくは想像することもできないな。

 さらなる説明を求めると、サツキさんの横からニックが答える。


「魔法を積極的に利用するためのモデル都市にね、このベアマークが帝国政府から選定されたんだよ。なんたって、ここの領主様は帝国でも有数の魔法推進派だからね」


「魔法を積極的に利用するって、具体的には何に利用するのさ?」


「たとえば交通網とか、城をはじめとする各種の行政機関とか、大通りなどに並ぶ商業施設とか、暮らしを支えるライフラインとか、とにかくそういったものに高度な魔法を組み合わせていくらしいよ。詳しくは僕にも理解できない。学者か政治家にでも聞いてほしい」


 この町を守る騎士なんだから最後までちゃんと説明してほしい。大事な計画のことを正しく理解していないと仕事にも支障が出そうだが。

 呆れて返答に困った俺に代わって、サツキさんがニックに尋ねる。


「ベアマークの高度魔法化都市計画が本格的に始まるのって、いつだったか覚えているのか?」


「具体的な計画の施行は来年度から、つまり一年後にスタートするはずだよ。でもベアマークのみんなは気が早いっていうか、一年早く記念祭をやっちまおうってね、そういった要望やら大量の意見書が住民から町に提出されちゃってさ」


「それで、それが今日なの?」


「うん、そういうこと。確か記念祭の最初には中央広場で魔法技能の披露会があったと思うよ」


 記念祭だから開催する時期は関係ないのかもしれないが、ちょっと気が早いな。どうせなら来年、計画の施行と同時に祭りでもすりゃいいものを。

 ……改めてもう一度やりそうだが。毎年の風物詩にするんだろうか。

 と、魔法技能の披露会という言葉を聞いてニヤリと笑ったのはサツキさんだ。なにやら興味がわいてきたらしく、ニックへの相槌とともにこんな提案をした。


「へぇ、そうなのか。それならこの大通りの先にある広場を目指そうぜ」


「一応言っておくけど、僕が先頭だからね? 君たち絶対についてきたまえよ?」


 そして俺たちは不安げなニックを先頭にして大通りを歩くことにした。なんだかんだ言ってニックは三人の中では一番の長身だ。そんな彼を先頭にするのは、よい判断だったかもしれない。

 立っているだけでも勝手に目立ってくれるので、はぐれそうもなかった。

 左右を見渡しながら歩いてみると、実に様々な店が大通りに軒を連ねているようだ。どの店もそこそこに繁盛しているのは、さすが商業の町といったところか。

 途中で何度も飽きるほど呼び込みの声をかけられたが、寄っている時間も金もないので申し訳ない。俺たちは愛想笑いだけを返して歩いた。

 目指すは中央広場、祭りのメインイベントの会場である。

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