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5 領主、謁見の間

 見上げれば山のように巨大な城があり、その門前には、警備の任についている門番らしい若い男性騎士が立っていた。ひょっとすると彼は新入りなのか、立派な鎧を身にまとう姿は初々しい。

 根拠なき印象を信じるならば、おおよそ俺と年齢は同じくらいか、もしかすると何歳か年下なのかもしれない。

 城を守る騎士とはいえ、こちらが緊張することもないだろう。


「イリアス隊長!」


 俺たちの姿を目にするや、若い彼が敬礼とともに駆け寄ってくる。

 イリアスのことを隊長と呼んでいるところから推測すると、おそらく彼女の部下なのだろう。その目には敬意を隠しきれず、その声には信頼がうかがえた。

 それより俺は驚いた。どの程度の階級なのか知らないが、イリアスは彼にとっての隊長だったのか。

 若々しい外見をしているからまだ十代くらいの女性というか少女だと思っていたのだが、なかなか油断ならない。イリアスも出世が早いなぁ。

 それとも、見かけによらず意外と年を食っているのかも――。


「ちなみに私は十八歳です」


「あ、そう? だからってそんな独り言みたいに答えなくてもいいのに」


「イリアス隊長! そんなことより、その男は一体誰なのですか?」


 息を切らせてやって来た門番の騎士がイリアスに詰め寄る。


「彼は……そうね、ちょっとした用件で城まで付いてきてもらっているの。通してもいいわよね?」


 イリアスは彼の気勢に圧倒されかかって、若干身を引きつつ尋ねた。

 お願いであっても半分は命令であり、イリアスが隊長というのだから、同じ騎士団に所属する彼も反対など出来ぬだろう。


「そういうことでしたら別に構いませんけど。……ははーん、なるほど。つまり、あなたはイリアス隊長の雑用係というわけですか」


 渋々とした口調で言いながら、こちらを尻目に見た彼ではあるが、なにやら俺には彼が不敵に笑ったように見えた。何に対してかは知らないが、どうやら勝ち誇られてしまったらしい。


「いいえ、それは違うわよ」


 だが、そんな彼をイリアスが戒める。


「いいかしら? 彼はね、事情があって私が連行中の重要参考人物なの」


「そ、そうでしたか」


「……ちょっと待ってよ、イリアス! 今うっかり連行って言っちゃっただろ! デートだって設定にしてくれたことすっかり忘れているよね!」


 騎士同士の会話だから遠慮して黙っていようと思ったが、俺は思わず叫んでしまった。最初からこれがデートじゃないってわかっていたけど、それでも本人の目の前で連行中とか言わないでほしい。

 どうせ嘘をつくなら最後まで突き通してくれ。せめて夢は見たかった。


「デ、デ、デ、デート?」


 ところが、真っ先に反応したのはイリアスではなく門番である彼のほうで、目を白黒させてたじろいでしまった。


「そうだったわね。あなたとは城までデートなんでしたっけ」


 イリアスは「しまったわ」とでも言いたげに舌をペロッと出した。

 片目は閉じて繰り出されたウインク。輝く瞳と、たなびくショートヘア。

 ふむ、それだけで憎めなくなってしまうのは不思議だ。彼女の魔法だろうか?


「もういいよ、このまま連行ってことにしてくれ。こうして目的地である城に着いたんだ。今さらデートだと言い直されても嘘だとわかっていることだし、俺がむなしくなってくるからさ……」


「む、むなしいですって? 私は嘘とはいえ、これでも一応、人生で初めてのデートだから嬉しくないこともなかったというのに!」


「な、なんだって! つまり俺は君から完全に嫌われているわけじゃないのか!」


 なんということだろう、驚愕の事実である。


「なんだってって、それは当たり前でしょう! ……す、少なくとも! 素手なのにたった一人で! 魔法を使って襲い掛かってくる山賊に立ち向かっていた姿には! 少なからずの感動と! もはや尊敬の念すら抱いていたというのに!」


「だ、だったらそう言ってくれればよかったのに! 俺はてっきりイリアスに見下されているのだとばかり……、ずっとそう思っていた!」


「だって、それは! 緊張していた上に! 恥ずかしいからでしょう!」


「ちょっと二人ともいい加減にしてください!」


 思いのたけを叫びあっていた俺たちに、いつの間にかすっかり存在を忘れられていた彼はというと、それ以上の声量で止めに入った。


「お願いですから、こんな場所でのろけないでください……」


 なぜか俺たちよりも彼のほうが気恥ずかしそうに顔を赤らめていたのは不思議だった。俺とイリアスは二人でのろけていたわけじゃないのに。

 そりゃまあ、俺も男だ。冗談でもちょっと嬉しかったけど。







 そして足並みそろえて城に入った俺たち。

 盛大におごってくれるという事前の言葉通り、俺は城の中にあった食堂で昼食をご馳走になった。


「ここで昼食を食べたあとには、あなたにも領主様に話をしていただきますので、どうかそのつもりで」


「ま、とりあえずその話は無事に食事を済ませてからにしよう」


「そうですね、そうしましょう」


 というわけで昼食の後、お腹がいっぱいになった俺はイリアスとともに領主に謁見することになった。なんだかとんとん拍子で物事が進んでいるような気がして、とても不安になってくる。

 崖を転がり落ちている感覚に近い。経験者だけによくわかる。

 それに領主といえば、城の中では王様のように偉い立場の人間だ。きっと無駄に偉そうに威張っていて、俺みたいな小心者には近寄りがたい人物に違いない。

 不安に思った俺は実際に会う前からすっかり萎縮してしまう。

 なんだか気が重いのだが、食ったばかりで胃も重い。

 足取り重く、ため息を漏らす。憂鬱だ。


「さぁ準備が整ったぞ、入れ」


 謁見の間の入り口に突っ立って警備をする兵士からそう言われると、俺は気が乗らないまま開かれた扉へと向かった。

 本当、帰ってもいいのなら今にも帰りたい。


「念のために言っておきますが、領主様の前では決して失礼のないように」


「わかってるよ」


 浮かない気分でいる俺の隣を静かに歩くイリアスは、礼儀を知らない田舎者である俺の言動について今から不安でたまらないのか、まるで小言のように注意を促してくる。

 けれど、いくらなんでも心配しすぎだろう。

 俺にだって一般常識はちゃんとある。……はずだ。

 それから一呼吸ほど置いて、俺たちは謁見の間に入った。

 一歩だけ踏み込んで、とりあえず入り口から広い室内を見渡してみる。冷たい床から一段高い場所にある高級そうに輝く豪華絢爛な椅子の上に、おおよそ四十代くらいの男性がふてぶてしく座ってこちらを見つめているのに気がついた。

 どうやらあの人物がこの町の領主らしい。念のために身構えておこう。


「ほほう、君が……。ふふふ」


 開口一番、その男は愉快そうに笑った。

 なんだか見下されている気がする。


「失礼します」


 けれど俺はそんな領主の言葉には反応せず、とりあえず彼の目の前まで歩み進んで立ち止まる。

 わずかに遅れて、連れ添ってきたイリアスは俺の横に黙って控える。

 領主と真正面から向き合った途端、緊張が俺たちの間を走ったように思った。


「あんらぁ、うふふ! イリアスちゃんってば、待っていたのよーん」


 なのに、走った緊張は悪寒に変わる。息もつまりかねない重苦しい空気の中、いきなり気色の悪い声が聞こえてきたのだから無理もない。

 背筋が冷え、身震いした俺は自分の耳を疑った。信じられないというか、それを信じたくないという気持ちで目を見張った。

 どう考えても目の前に座っている領主の口が動いていたのだから、なおさらである。


「領主様、客人の前です」


 イリアスは思い切ったくらいの白い目で、自分より遥かに目上の存在であるはずの領主を見下すかのように目を細めて睨みつけていた。声が怒りに震えてしまうのを抑えるようにしたのか、普段よりも声が数段階は低い。


「いいじゃな~い。最近会ってくれないんだからぁ、さびしかったのよ~?」


 四十代くらいに見える初老の男性とは思えない口調と裏高い声に、俺は言い知れぬ気持ち悪さを感じた。再び大げさに身震いしてしまう。

 こんな薄気味悪いのが町の領主でいいのか?

 政治のことなんて全然知らないけど、得体の知れない不安に心が押しつぶされそうになった。市民が気の毒だ。


「……用もないのに私から会うわけがないじゃないですか」


「え? 今なんと言ったのかなぁ?」


 口をすぼめて小さな声で不満を言ったイリアスに対して、その声が聞こえなかった領主は笑顔で問い詰める。こんなのに敬意を払わなければならないなんて、騎士という職業はあまりにも不憫だ。

 気苦労で過労死しないことを祈ろう。すべての騎士に。


「私のことはよろしいですから用件を!」


「おおっと、そうだったな!」


 ようやく自分のやるべきことを思い出したらしい領主はポンと手を叩く。

 先ほどまでの緊張感はすっかりなくなってしまったので、俺はその用件とやらを早く聞きたくて、耳を傾けつつ言葉を待った。

 一刻も早く帰りたい。あの店主もそうだったけれど、この町は変わり者ばかりなんだろうか。

 領主の目が俺の顔を射抜く。それを感じて俺も顔をそらさず言葉を受ける。


「まず、君の名は?」


「俺の名前ですか? それならアレスタです」


「そうか、アレスタか。いい名だな」


「ありがとうございます」


「それでイリアスちゃん、このアレスタがどうしたって?」


 不意に領主から話を振られ、イリアスは姿勢を正して答える。


「ここにいるアレスタさんですが、治癒魔法を使える可能性があります」


 きっと、その報告には色々な思いが込められていたのだろう。

 イリアスの声色は複雑で、その感情すべてを読み取ることは出来なかった。


「なるほど、それは厄介だな……」


 イリアスの口から「彼は治癒魔法を使えるかもしれない」という報告を聞いた領主は深いため息をつくと、大げさな仕草を見せつつ、胸の前で腕を組む。

 そして何か深刻な様子で考え込むように固く目を閉じた。

 おそらく考えているのは俺のことだ。気になって口を挟む。


「それほど厄介ですか?」


「ふむ……。まぁ、そのことはここで考えても仕方あるまい。それより君、治癒魔法が使えるというのは本当のことで、間違いはないのだね?」


「きっと治癒魔法だとは思うのですが、実は使っている自分でも魔法のことはよくわかりません。なので、絶対に間違いないと断言することはできません」


 ここで嘘をついても仕方がない。俺は正直に答えた。

 知らないものは知らないのだ。他に答えようもない。

 当然ながら俺の答えでは要領を得ないらしく、困った顔の領主はイリアスに助けを求めた。懸命な判断だろう。


「ところでイリアスちゃん、君は彼が治癒魔法を使うところを間近で見ていたんでしょう? どんな感じだったのよ~ん?」


「……山賊によって左腕を剣で切られたものの、彼は右手をかざしただけで、その傷を治してしまいました。あの光、あの輝き、一目見た私には魔法の力だと思えてなりません」


 イリアスは何かを必死に訴えるかのように身を乗り出した。胸元に添えられたこぶしがギュッと握られている。

 表情はどこまでも真剣に、声はどことなく震えていた。

 そんな彼女をなだめるように、落ち着いた様子で領主は言った。


「治癒魔法以外の可能性はあるのかね?」


「申し訳ありません。今のところ思い当たりません」


「ふうむ……」


 と、領主は腕を組んで考え込む。

 一応は彼もベアマークを治める領主、メリハリだけはしっかりしているようだ。常に張り詰めているべきじゃないかと思わなくもないが、それを言うのは部外者の俺じゃなく、この町に住んでいる人々に任せたい。


「あの、すみません。治癒魔法だったら何か問題あるんですか?」


 さっきからその事が気になっていた俺は、ついに尋ねることにした。

 どうやら俺が無理やりに城まで連れてこられ、こうして領主に向き合わされたのは治癒魔法を使えるからであろうという事実に、なんとなく今までの会話から予想することができたからである。

 しかしながら、ここまで彼らが治癒魔法を危険視する理由が思い当たらない。

 というわけで直接聞くべしとの判断だ。


「そうだな、本当に治癒魔法が使える可能性のある君にはちゃんと教えておくべきだろう。そもそも治癒魔法だが……」


 どうやら説明してくれるようだ。

 自分にまつわることでもあるので、きちんと理解しておきたいと思った俺は領主の言葉に意識を集中させるように、静かに耳を傾ける。


「世界に魔法が広まってからというもの、身体の傷を回復させるような治癒魔法と呼ぶべき種類の魔法は、長い人類の歴史においても、今までたった一人しか使えなかった。どれほど魔法学が研究されようと、人生を賭けて厳しい修行を積もうと、その人物以外には完璧な治癒魔法が使えたという記録は一切存在しないのだよ」


「歴史上でたった一人の治癒魔法使い? その人物とは一体誰なんです?」


「……かつての英雄だ」


 そう告げる領主の声は深く沈んでいた。とても英雄について語る口調ではない。

 目を閉じながらうなずいて一呼吸置くと、しばらくの沈黙を挟み、領主はゆっくりと目を開いた。

 そして重々しく話を続ける。


「世界中を巡って困窮した人々を次から次へと助けて回り、結果として多くの人々から感謝され、世界の誰からも敬われた英雄。自らが民衆の先頭に立ち、もう二度と誰も苦しまない永遠の楽園を作ろうと願い、いつか人々は互いに分かり合えるのだと熱心に説いて回った英雄だ」


「なるほど、世界で唯一治癒魔法が使えたというのなら、確かに多くの人々から必要とされたのでしょう。そして、それだけに感謝もされたはず」


「ああ、確かにその通りだ。だが悲しいかな、その治癒魔法使いの英雄は、最後には世界の平和を脅かす魔王に変わり果ててしまった。己の魔法によって不死とした兵士で当時最強の軍隊を作り上げ、自らが指導者となった魔道国家の領土を度重なる侵略戦争によって拡大し、世界征服を着々と進めていった」


「なんですって?」


 急に話の方向が暗いものへと変わり、思わず聞き返してしまう。

 英雄が、一転して魔王になった?


「世界は英雄の変貌に震え上がった。しかしその魔王は完全なる世界征服を成し遂げる直前、我が帝国が主導した強大な世界魔法によって封印されたのだ。今この時も魔王は世界の果て、その名も魔大陸エーデルに、不死の軍団を有する魔道国家ごと封印されたままなのだよ」


 現在もなお、かつての魔王は封印されたまま?

 一度にすべてを聞くには理解が追いつかず、相槌すら忘れ、俺は黙り込むしかなかった。


「その出来事があって以来、人々の間では次のような伝説が広まった。治癒魔法を使える人間は、その神秘的過ぎる力によって、人知を超えた英雄になりえる人間だと。どれほどの年月が流れようと、たった一人を除いて誰も使うことのできなかった治癒魔法を使えるのなら、その人間には世界を救うだけの力があるはずだと」


「でもそれは、それだけで終わらない」


 領主の言葉に合わせるように、イリアスは切なそうに目を伏せていた。


「そう、とどまらない。それは英雄であると同時に、世界を変えてしまうほどの力を持つ魔王でもあると」


「……英雄であり、魔王」


「これは幸運なことなのか、治癒魔法という言葉の響きから、それは人々を救うことのできる英雄の力であり、平和を脅かすような魔王になるとは限らないと普通は信じられているが、一方で一部の者には危険な存在だと信じられてもいるのだ」


「人を救うはずの治癒魔法が、かえって平和にとっての危機を引き起こす可能性がある。つまりそういうことですか?」


 本来なら人を助けることができるはずの治癒魔法。

 それが、世界にとって悪影響を与えるものだというのだろうか?


「無論、本当に君が治癒魔法使いならば世紀の大発見であり、あるいは憂慮すべき深刻な事態だろう。かつて出現した治癒魔法使いの英雄がその後の世界にどれほどの影響を与えたのかを鑑みれば、このまま君を放っておくわけにもいかない」


「ならば、あの……やはり幽閉を?」


 イリアスは感情を隠した口ぶりで、つとめて事務的にそう言った。


「え? いや無理だよ! いくらなんでもそれは困る!」


 それを聞いて焦った俺は彼女に向かって猛抗議する。

 当たり前の話だ。自由を奪われる幽閉を望む人間などそうそういない。

 俺の気持ちを汲んでくれたのか、冷静な領主が先走るイリアスを諭す。


「それは確かに私も困るよ。もし彼が本物の治癒魔法使いならば幽閉もやむをえないが、どうやら彼は自分の魔法に対する知識がなく、その治癒魔法というものの真偽に対する確証もまた薄い。たとえば彼を幽閉した後にそれが間違いだったと判明した場合、世界にあらぬ動揺を与えたとして、我々は白い目で見られることになるだろう。長い人類の歴史を振り返れば、そもそもそう簡単に治癒魔法使いが現れるとも思えん。

 昔からよくあることだが、自分が正真正銘の治癒魔法使いだと偽って目立とうとする輩は少なからず存在するもので、そういう話題が人々に必ずしもいい影響を与えるとは限らないのだからね」


「ですが、その、だからといってこのまま野放しにするのは……」


 何故だろうか。イリアスは悔しそうに唇を噛み締めていた。

 そんな彼女を励ますように、穏やかな口調で領主が言う。


「もちろん、私とて彼が使うという治癒魔法については半信半疑だが、かといってこのまま見逃すつもりもないよ」


「いや、どうか勘弁してくださいよ」


 無意味かもしれないが俺は手を合わせて懇願した。

 だが、見事に無視されてしまう。


「イリアスちゃん、とりあえず君は通常の任務に戻りたまえ。彼には新しく監視役をつけることにしよう」


「監視役を? 私では駄目なのですか?」


「最近は彼のこと以外についても、重大な事件や案件が多発しているからね。君みたいに有能な人間を監視役につけてしまうのはもったいない。なにせ四六時中彼のそばに張り付き、君の自由時間はまるでなくなるのだからね」


「ならば、一体誰が彼の監視役をするのです?」


「ふふふ。ちょうど他の任務には適さない人間が余っているよね~」


「まさか、あの万年掃除係の?」


「そうだよ、イリアスちゃん。任された仕事では失敗に失敗を重ねて、その懲罰として城内を余すところなく掃除して回ることこそがもはや主任務となってしまったという、あの若き騎士だよ」


「自他共に認める出来損ないの騎士である彼……ニックが監視役に?」


 イリアスはとても不安そうな顔を見せるが、彼女らの話に出てきたニックという騎士は、そんなに頼りない人物なのだろうか。

 騎士といえばイリアスをはじめとして、みんなしっかりしていそうな印象があるのだが……。


「確か今日は朝から武器庫の掃除を言いつけておいたはずだ。早速ニックを呼びつけよう」


「今からですか?」


「衛兵! 衛兵!」


 領主はイリアスの言葉を無視して、入り口に向かって大声で叫んだ。それだけで外の衛兵に聞こえるものなのだろうかと俺は静かに疑問に思った。


「お呼びですか?」


 その声に驚いて入り口のほうへ振り返ると、そこには扉を開けて入ってきたばかりの衛兵がいた。領主の声は謁見の間の外にもよく響くらしい。

 防音対策を考えたほうがいいのでは? と、いらぬ心配をしてしまう。


「ニックを呼んで来てほしい」


「はっ!」


 短い返事を残した衛兵は勢いよくきびすを返すと、さっと扉を閉めてニックを呼びに向かった。城内勤めの人間はみな仕事が速い。

 数分後、謁見の間の扉が大きな音を立てて開いた。


「お呼びでしょうか、この僕を! なんという喜びっ!」


 そして扉から颯爽と現れたのは、ブロンドの長髪をたなびかせた好青年だ。

 入室の際に軽く一礼した顔をゆっくりと上げたとき、俺は彼の顔を一目見て格好いい奴だと思ってしまった。それくらい彼の風貌は整っている。同じ男なのにこんなにも顔のつくりが違うとは不平等でしかなく、現実とは残酷なものである。


「ニック、君に頼みたい任務がある。……今度は失敗もないだろうしね」


 領主は不安そうに言ったが、その任務というのは俺の監視だそうだから、自分で言うのもなんだけど難しい任務ではないと思う。

 俺はそんなに活動的でもないし、監視されるような悪いこともしない。

 それに騎士が一人でも隣にいてくれれば、帝国の暗殺部隊に襲われた時もとりなしてくれるかもしれない。


「失敗することが任務だとしたら、その成功は失敗することではないのでしょうか?」


「君ねぇ、勝手に自分の任務を失敗することだと決め付けるんじゃないよ。そりゃ今までは君が失敗することを前提に命じてきたけどさ」


 なんかわかりづらいやり取りだ。


「なんと! ならば、この僕にも出来る簡単な任務があるというのですか?」


「…………」


 イリアスは呆れて言葉を失っていた。残念ながら気持ちはわかる。

 どうやらニックというこの男、自分でも失敗ばかりしているという自覚を持っているらしい。というより、どこか自分で開き直っているほどだ。


「いいかね? 実は君にはそこにいる重要人物を、しばらくそばで監視していて欲しいのだ」


「そこにいる重要人物って……おお! まさかイリアスを僕が?」


「いやよ! ふざけないで!」


 イリアスは今にも殴りかかりそうな勢いで叫ぶ。相当お怒りのご様子だ。

 この二人はあまり仲がよくないのかもしれない。


「そうだぞ、ふざけちゃいけない。君に頼みたいのは、そこにいる少年の方の監視だよ。そもそも監視対象がイリアスちゃんだったら、君なんかに頼まず私が自ら監視しちゃうもんね!」


「領主様も大概にしてください。……さすがに我慢の限度が」


 イリアスはプルプルとこぶしを震わせている。おそらく怒りを抑えるのでやっとなのだろう。見るからに不満が爆発しそうだ。

 とばっちりを食らっても大変なので、あまり声をかけないでおこう。


「……コホン。とにかくニック。二十四時間体制で彼の監視だ。できるな?」


「ええと、つまりそれは彼の身柄を城内のどこかに幽閉して、そこから逃げ出さないように見張っていろということですか?」


「違うって、違うよ!」


 ニックの言葉に反応して、思わず俺は声を荒げてしまった。

 まだ俺は何も悪事を働いていないのだ。不法入国は謝るが、治癒魔法の件もまだわからないことばかりだし、このまま冤罪で幽閉されたらたまらない。


「いや、幽閉はしない。その者は容疑不十分で仮釈放という形を取る。君は特別なことはする必要もないが、ただ彼の側にいて、何か気づいたことがあった場合にだけ連絡すればいい」


「容疑不十分? 容疑って、何かあったんです?」


 ニックが問うて、領主は答える。


「その少年、アレスタは治癒魔法を使える可能性があるのだ」


「……はぁ」


 俺に向けられたニックの視線には、怪しい眉唾ものを見るような怪訝な色合いが滲んでいた。どうやら領主が長々と説明してくれたことは事実だったらしく、世界には治癒魔法を使うことのできる人間などもはや存在しないらしい。

 つまりそれを名乗る俺は嘘つきの詐欺師か狂言者というわけで、まるで信じてなどいなさそうだった。

 そんなニックに気を払わず、領主は俺に告げる。


「ではアレスタ。君は今から数日間の監視期間を耐え忍んでもらおうか」


「……数日間ですか?」


「うむ。その数日間、何事もなければ君を見逃そう。だが、もし本物の治癒魔法を使うことのできる予兆があれば、そのときは少しばかり面倒なことになる」


「まぁ、もう面倒ごとなんてドンとこいですよ」


 そして俺もいつの間にか、すっかり開き直っていたのだった。

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