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治癒魔法使いアレスタ(改稿・削除予定)  作者: 一天草莽
第三章 そして取り戻すべき日常
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16 カズハとフレッシュマン

 ブラッドヴァンに伝わる宝剣ハクウノツルギが何者かによって奪われたことは、その現場に居合わせた責任者のボスボローが自ら言いふらすまでもなく、ただちに広範囲へと知れ渡った。

 当初の計画が失敗した時点で諦めがついたのか、不届きな盗人にしてやられたオドレイヤも宝剣が奪われたという事実を隠そうとはせず、むしろ自身に不利な情報がアヴェルレスに蔓延する状況を楽しんでいるようだった。

 それを聞いた人々は半信半疑のままに思う。

 あっさり宝剣が盗まれたとなれば、つまり完全無欠だと思われていたオドレイヤにも付け入る隙があるという証拠ではないか。あの最強最悪の魔法使いが、たかが盗人一人を捕らえることもできないなんて。

 ……などなど、さすがに表立って真正面からブラッドヴァンに楯突くほどではなかったが、アヴェルレスの街全体に「もしやオドレイヤを倒せるのではないか」との希望的な気運が高まりつつあった。

 マフィアに対する勝利と、それによってもたらされるであろう平穏な日々を夢見る大多数の市民達は、その夢を託す先――つまり頼れる抵抗勢力を、現時点において二つほど見つけていた。

 その二つとは、勇敢な市民らが自主的に集まって結成された草の根的な革命勢力と、元はマフィアの一員であるフレッシュマンが率いるマギルマだ。

 しかし戦いに不慣れな市民革命団はいまいち波に乗れず、各地でマフィア相手に小競り合いをしては痛い目を見て尻尾を巻いて逃げるといった有様で、なかなか形にならなかった。

 小さな反抗作戦でマフィアに少なからずダメージを与えたといっても、それだけではすぐに癒えてしまう程度の些細な傷である。年季の入った悪の組織は伊達ではなく、しぶとさではゴミ虫にも等しいものだ。一気呵成に一網打尽にしなければ、マフィアという存在は死滅しないのかもしれない。

 正面突破の正攻法ではブラッドヴァンに対して勝ち目の薄かったマギルマも、このチャンスを逃しはしない。身を潜めて時間稼ぎをしていた有象無象の構成員達も、今が攻め時と攻勢に打って出る。

 奇策と、罠と、奇襲作戦。人海戦術と裏取引。

 「打倒オドレイヤ」を合言葉にした一部の市民による献身的な協力もあって、全体的な戦況はフレッシュマンを優位に立たせつつあった。

 だがそれも、最強を誇るブラッドヴァンの幹部連中が彼らの本陣がある街の北側に陣取ったまま動かなかったからに過ぎない。とにかく自信過剰な彼らはこの期に及んでなお、本拠地であるオドレイヤ邸を中心に防衛策を取っていたのだ。

 あえて積極的に攻め滅ぼすまでもないということか。

 きっとお手並み拝見のつもりだろう。


「しかし敵が戦況を拝見してくれている間は、たっぷり時間を稼がせてもらえるからな。聞くところによれば、時は金なり――なんて古いことわざがあるそうだが、それを思えばオドレイヤも太っ腹だよ。無垢なる市民たちから権利と財産を一方的に搾取して、無計画に肥え太った結果だね」


 憎しみを込めて皮肉たっぷりに嘲笑したのはフレッシュマンだ。

 この「稼ぐことのできた時間」すなわち「嵐の前の静けさ」は、必ずしも彼にとって心穏やかなものとも限らない。とはいえ、手ごわい敵の主力が足並みそろえて攻め込んでこないだけ、ほっと胸をなでおろすことが出来たのも事実である。

 小さなかりそめの安堵の中で、暇を見つけては彼が思いを巡らすのはカロンとカズハのことだ。

 ある特殊な事情によって、マフィアに所属する人間及び一度でも所属していた者は、ユーゲニアの外の世界に出て行くことが出来ないとされている。したがって、オドレイヤやオビリアなどの無慈悲な魔法使いが、逃げ出したカズハたちを異次元世界の外側まで追いかけていくことは不可能だ。

 だから一度でもユーゲニアの外に出てしまえば、ひとまずの安全は確保されるはずであった。

 それでも、もし逃げた二人を執拗に追いかけていくとすれば、マフィアの構成員ではないアヴェルレス市民議会政府の関係者が駆り出されるだろうが、政治家を気取っている彼らはブラッドヴァンの操り人形であって、ただそれだけの存在だ。たとえ魔法が使えたとしても、それで戦えるほど強くはない。言ってしまえば人の姿をした虫けらだ。

 無事に向こうの世界で平穏な二人暮らしを送れていればいいが――と、彼は本心からそう思った。このときばかりはマギルマのことなど忘れて、ごく平凡な郷愁とともに。

 ところが無難な時間が過ぎ去った数日後、とある一報がフレッシュマンの元に届けられた。

 オドレイヤがハクウノツルギを取り戻したというのだ。

 まだ確定された情報ではなかったが、どうやらオドレイヤは死体や飼っていた魔物を彼の魔法で操って、向こうの世界に隠れていたカズハたちを襲ったらしい。


「事実なら救いがたい話だ。だとしても救うがね」


 緊急で入った無慈悲な報告を鵜呑みにすることを拒否したフレッシュマンは、その事実を自分の目で確かめるため、アヴェルレスの目立たぬ地点に開いたままの異次元間ゲートへと、こっそりと少数の部下を引き連れて向かった。

 これはカロンとカズハの二人がオドレイヤから盗んだ宝剣を使って切り開いたもので、今もベアマークとつながっている暫定的なゲートだ。いつ消えるとも知れない不安定さが残る不完全なゲートでもある。

 そんな新しく誕生したばかりの異界とつながる出入り口であるゲートの見張りとしてブラッドヴァンの構成員がいれば、彼らとの接触を避けて遠くから様子をうかがうことになるかもしれないが、少しでも多くの情報を集められればそれでいい。

 そう思っていたが、果たしてこれは偶然か、あるいは必然か。

 ゲートの様子をうかがうためフレッシュマンが直々に向かったちょうどそのとき、ギルドを襲撃した怪物に奪い返されたハクウノツルギを追ってきたカズハがアヴェルレスに戻ってきたのである。


「これは敵討ちだ、絶対に取り返してやる……!」


 アヴェルレスの薄汚れた土を踏んだカズハは小さく胸に誓った。

 高ぶる気持ちとは裏腹に発した声が小さくなったのは、そこにブラッドヴァンに所属すると思われるマフィアが立っていたからだ。あくびなどをして気がそれているが、ゲートのそばに数人体制で立っており、おそらく一応は警備のつもりだろう。

 しかしカズハの使用している魔法ヘブンリィ・ローブのために、なけなしの門番である彼らは侵入者の姿を発見することが出来なかった。そもそも彼らは街を出て行こうとする人間を見張っているのであって、わざわざ外部から街に入ってこようとする人間がいるとは思いもしなかったのだ。

 なにしろアヴェルレスは地獄の暗黒街。

 こんなくたびれた異次元世界に外からの侵入者がいるとは、半ば自虐的だがマフィアの誰も予想しなかったのである。


「とにかく……うん。まずは情報収集だ」


 まるで覇気の感じられない見張りのマフィアをやり過ごして無事にゲートを離れてから、そう考えるに至ったカズハはこれから向かうべき行き先をいくつか検討した。

 だが、残念ながらすぐには結論を出すことが出来ない。

 もっとも確からしく手っ取り早い目的地は、悪の総本山であるオドレイヤのもとだ。しかし、いくらなんでも単身かつ無策でオドレイヤ邸に忍び込むのは無謀すぎる。

 どんなトラップが仕掛けてあるかわからない上に、もし見つかった場合には命の保証はないからだ。少女一人など簡単に殺せてしまうマフィアである。最初にハクウノツルギを奪った街外れならともかく、警備が万全な敵地にはさすがに気楽には踏み込めない。

 まずはブラッドヴァンの管轄する手ごろな施設に潜入して、ハクウノツルギに関する情報を集めるべきだろう。

 そう考えたカズハだったが、一時思考を中断して、ふと鼻をひくひくさせる。なつかしいにおいがした。


「フレマン兄ちゃん……?」


 ゲートの様子をうかがうため、先ほどから遠巻きに観察していたフレッシュマン。

 なぜかは彼女自身にもわからないが、このとき、不思議とカズハには彼らの居場所がはっきりと感じられたのだ。ひょっとすると世界を縦横無尽に流れ巡る魔力の風がなせるわざかもしれない。

 現在はマギルマに所属するフレッシュマンとナツミの二人だが、かつてはカズハとともに、老人カロンのもとで生活をともにしたことがある仲である。三人ともカロンに拾われた孤児であって、血はつながっていなかったが、それでも幼少のころを一緒に仲良く過ごせばそれはもう家族も同然だ。

 ――小さなころはこの魔法を使って、たくさんイタズラしたっけ。

 そんなことを思い返したのは、子供のころからヘブンリィ・ローブを得意としたカズハである。

 だから、今も当時の懐かしくも気安い間柄の家族に対する感覚でもって、頬を緩めた彼女はフレッシュマンへの接近を図った。

 今ではマギルマのボスである彼のすぐ隣へと、魔法を使ってこっそりと歩み寄る。

 その、まさしく手を触れるか触れないかという瞬間であった。

 ちょっと脅かすつもりで、己の姿を隠すヘブンリィ・ローブの魔法をかけたままの状態で、きっと気づいていないに違いないと得意顔のカズハがフレッシュマンに手を伸ばしたそのときである。


「おやおや、こんな場所で子供のイタズラとは感心しないね」


 しつけの悪いペットを軽くあしらうような雰囲気で、誰へともなく肩を揺らしてニヒルに笑ったフレッシュマン。

 すかさず彼は、そばに控えていた部下らに命じた。


「そこのお嬢さんを捕まえろ。――見えない? ふふん、今に見えるさ」


 と、それはもう愉快に言って、ある種の嬉しさに今にも踊りだしそうなフレッシュマンは指をパチリと鳴らした。その合図に従って小規模な風が巻き起こると、何かを取り巻いていた薄い霧のような“もや”が消え去る。

 すると、どうだろう。

 次の瞬間にはカズハの姿があらわになった。

 今まさにフレッシュマンがしてみせた単純な行為によって、彼女の身を隠していたヘブンリィ・ローブの効果が打ち消されたのだ。


「え、アタシの魔法の効果が消えた? どうしてだ?」


 いとも簡単に術を破られたカズハは動揺に包まれて混乱した。

 今まではただの一度だって、この魔法の発動中にはフレッシュマンに勘付かれたことがなかったのだ。

 だからこそ簡単に気づかれてしまっては彼女の魔法に対する絶対的な自信が揺らぐと同時に、半ば脅威にも似たある種の距離感をフレッシュマンに対して抱かざるを得なかった。もはや彼女が知っている彼ではなくなってしまっているかのように感じられたのである。

 根っからのマフィアになってしまったのか? ……と。


「どうしてって、それは私の体質でもあるアンチマジックスキルのおかげでね。私に子供だましの手品は通用しないのさん。本物の魔法でなければ私をだますことなどできないよ」


 フレッシュマンのアンチマジックスキル。それは彼の魔法体質である。

 魔法の効き目をやわらげる防護壁のようなものを、彼は生まれながらにして身に備えていたのだ。


「で、でも、でもでもっ! フレマン兄ちゃんのアンチマジックスキルは昔っから全然……!」


「そうだね、そうだったよ、お嬢さん。ほとんど無力といっても差し支えないレベルだった。出来のいい虫除け程度の効果でね。とてもじゃないが君のイタズラを上回るなんて夢のまた夢、いつもやられてばかりだった。……だけど、今はもう昔じゃない。時が流れた」


 すぐ目の前に立ったフレッシュマンは、動揺を隠せないでいる少女の頭にポンと右手を乗せる。

 優しくもぶっきらぼうな、家族同然の懐かしさで。


「背が伸びるように、魔法の腕も上達するし、知識だって増える。努力と覚悟に応じてね」


「ア、アタシだって成長したぜ! 身長だって魔法だって!」


「ふふん、昔に増して可愛くなったようだね。隠れるなんて魔法も、いじらしくてキュートだ。だけど私をここまで育ててくれた責任と立場には及ばなかったようだよ。まだまだ君は幼すぎる」


「だからもう幼くなんかっ!」


 意地を張って反論を言い掛けたカズハの小さな唇に人差し指を当てて黙らせて、目の色を変えたフレッシュマンは微笑む。


「さぁカズハ、悪いことは言わない。今すぐ外の世界へ戻るか、あるいは――」


「……あるいは?」


「おとなしく我々に捕まって、オドレイヤとの闘争が終わるまでじっとしているべきだ。どこか安全な牢の中でね。この街で君に自由な行動はさせない。君の命のためにも」


 アヴェルレスは自由と平和の存在しない不幸な街だ。だから少女には危険な街である。

 しかし、だからといって牢の中に閉じ込められて喜ぶ人間がどこにいる?

 カズハは身の安全を大義名分にして身勝手な無茶を押し付けるフレッシュマンに対して、ちょっとした怒りと理不尽さを感じていた。

 どうしてわかってくれないんだ、とも。


「さあ、誰か。相手を無力化して捕らえる魔道具があったろう? それを私に渡してくれ」


「やめてくれ、フレマン兄ちゃん。アタシの自由を奪う? そんな横暴あってたまるか!」


「……と、その前に眠らせておくかな。しばらく一人じゃ動けなくなるほど、強力な奴を与えておこう。絶対に勝手な振る舞いができなくなるようにね。この子は強情だから」


「や、やめ――うぐっ!」


 暴れて喚くカズハの首筋へと、あたかも意志あるヘビのように一本の太い縄がまとわりついて、彼女の呼吸を止めてしまうほど強く締め付ける。魔力を帯びた縄は長く丈夫なものであり、自由に身体を這いずり回って、腕も、足も、腰さえも締め付けていく。

 蛇縄とも呼ばれるこの縄は相手を殺してしまう寸前まで締め付けて、そのまま対象の身体の自由を根こそぎ奪うという、これはマギルマ御用達の拘束魔道具である。

 そして次に取り出されたものは薬。蓋を開けると、怪しい香りが漂ってくる。

 魔法の縄によって少女の肉体的な拘束が終われば、今度はこの薬物によって、精神的な拘束をするのだといわんばかり。果たして正気を保っていられるものなのか。フレッシュマンが何を考えているのか、もはや今の彼女にはわからない。

 カズハにとって絶対絶命の大ピンチ。まさにそのときであった。


「その子から離れなさい!」


 二人を取り囲む人垣を掻き分け掻き分け、拘束されつつあったカズハのもとへ突っ込んできたのは一人の女性。金色に輝く髪をたなびかせ、軽装のよろいに身を包み、二本の剣をすらりと構えている美しい女性だ。

 勇敢であり優雅で、恐れを知らず正義を信じて直情的。

 それは救いなき暗黒街アヴェルレスには不釣合いな英雄の姿。

 人目を引くほど凛々しく可憐で勇ましい、端整な顔立ちの女性騎士。


「――でなければ、この私があなたたちを切り伏せます!」


 カズハのピンチに息せき切って駆け参じたのは、威風堂々たるギルド騎士のイリアスである。

 彼女の後方からは若い男が二人、わずかに遅れて駆けつける。

 誰であろうアレスタとニックの二人だ。


「ふふん。キレイなお嬢さんと、あとは二人の……さえない少年か。どうやらアヴェルレスの人間ではないようだね。わざわざ聞かなくたって雰囲気でわかるよ。しかも、驚くべきことにどうやらカズハとは顔見知りらしい」


 言葉通りに驚いた様子を見せるフレッシュマンはちらりと後方を振り返って、魔道具の拘束から逃れようともがくカズハの顔色を確認した。

 その顔には彼と同じように”驚き”があったようだ。半分には希望と申し訳なさをごちゃ混ぜにしたような“はにかみ”を見せて。

 これは本物の知り合いらしいと、フレッシュマンは乱入者であるイリアスを認めた。しかも、お互いに多少なりとも信頼しあっている深い関係性の知り合い……いや、これはもう友人と呼べるか。

 あるいは“仲間”だというのか。

 危険な異世界にまで追って来て、命を懸けるほどの仲間?

 ほんの少しの短い期間を過ごしただけの“向こうの世界”で、ここまで追いかけてきてくれるほどの仲間を作ってきたとは。

 だったら――ひょっとすると、頼れる仲間がいる彼女の身は安全かもしれない。無理に匿ってしまうよりもずっと、悪逆非道なオドレイヤから守り抜いてくれるかもしれない。

 そう考えたフレッシュマンは変わり身も早い。

 方針を改めて、新しい結論を下すのも早かった。

 ぶしつけにやって来た三人に対して身構えるマギルマの部下達に向かって、軽く挙げた右手で行動を制止するように合図する。


「ここは我々が引くことにしよう。無闇に敵対勢力を増やすべきではないからね」


 拘泥しない口調で言い終えるや否や、それまでカズハの体を拘束していた魔道具が解除され、あっさりと彼女は解放された。

 逃げ出さぬよう四方を取り囲んでいたフレッシュマンの部下達も、渋々ではあったが道をあける。


「さあ、とっとと彼女を連れて元の世界に帰ることをお勧めするよ。観光気分で寄り道なんてせず、きちんと家まで帰るんだ」


「そうさせてもらうわ」


 毅然とした口調のイリアスが全員を代表して言って、よたよたとふらついたカズハの手をとった。そしてもう離さないとばかりに強く手を引いて、確かな足取りで歩き始める。

 やがて彼女らの姿が遠ざかって、そろそろ見えなくなるという間際、ほっと一息ついたフレッシュマンが近場にいた部下に向かってささやいた。

 ひどく疲れた口調で、だ。


「あの子に気が付かれると決定的に嫌われてしまうだろうけれど、これも可愛い妹のためだ。どこへ向かったか、念のために追跡しておいてくれるかな」


 従順なる部下の一人はうなずいて、その命令どおりに行動した。

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