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治癒魔法使いアレスタ(改稿・削除予定)  作者: 一天草莽
第三章 そして取り戻すべき日常
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15 ハクウノツルギ

 さて、集まったデモ隊を実力で排除してしまったというボスボローの報告を耳にしたオドレイヤの反応はこうだ。


「マギルマに関係のないことはいちいち報告しなくていい。まして市民の生死など。任せた現場は自由にやらせる、それが私のポリシーでね」


 意外にも、全く興味がないといった様子である。理屈を理解しない赤子に説教でもしているかのような錯覚を抱いてしまうほどに無頓着だ。

 これには当事者であるボスボローのほうが不安に駆られた。


「しかしオドレイヤ様。万が一にも怒れる数万の市民が団結して、我々ブラッドヴァンに立ち向かってくるようなことになれば……」


「敵が増えると? なっはっは、それは願ってもない幸運だな。なにしろ我が愛すべきブラッドヴァンはあまりにも強すぎて、相手になってくれる敵が少なくて私は退屈していたところでね。まったく張り合いもないドン生活だ。あのフレッシュマンでさえ、私の敵としては役者不足の部分がある。地獄のほうが生きがいはあると思うのだよ、刺激の足りない静かな天国よりもね」


「ああ、天国とは! マフィアが迎え入れられたなら、逆に死んでしまいかねない窮屈な楽園でしょう。おっしゃるとおり地獄のほうがずっといい。オドレイヤ様に同感です」


 うむ、と偉ぶった相槌を打ってオドレイヤ。


「ノミに噛まれた程度では死なないが、しかし噛まれて体がかゆくなるのはストレスだ。退屈しのぎに少しくらいの対策は採っておくべきかもしれないな。……よし、決めたぞ。先手を打って、無差別に市民を殺せるくらいの準備はしておくか。そのほうがフレッシュマンとの戦いに集中できるだろう」


「同感でございますな」


 ちなみにこの男ボスボローはというと、ブラッドヴァンのドンであるオドレイヤには同感しかしないと専らの噂だ。その生き様が他人から「腰巾着のようだ」と馬鹿にされようが、それも一つの立派な処世術だろうと本人は誇っており悪びれない。

 また彼は同時に、もし己の意地を通して異議を唱えれば、それによって気分を害したオドレイヤに殺されてしまうに違いないだろうという恐怖心に屈してもいた。どんなときでも飄々としているが半分は演技であって、それこそボスボローという人間である。

 そこそこに狡猾で、そこそこに臆病で、誰よりも出世欲だけはある。

 であるからして、オドレイヤの意見に異論なく同感した彼は即座に準備にとりかかった。

 邪魔になりかねない大量の市民を排除するための方策である。

 短絡的だが行動力のあるボスボローにしてみれば、その準備や計画の立案は三日とかからずに完成した。実行場所の策定と整備、必要な人員の調整と管理、その後の運用を含めた長期計画。それらを取りまとめる責任者に命じられた彼は、何度となくオドレイヤの意見に同感しながら、その計画を実行に移す日に朝を見た。

 その日は一段と赤い光に包まれた朝だったと、後に誰もが語った。


「大切な宝剣とドンの身だ。警備に抜かりはないな?」


 異空間クローゼットに収納してあるいくつもの服から、ユーゲニアでの警備に適した赤焦げた茶色のジャケットを選んで羽織ったボスボロー。気分を高めた彼は部下一人ひとりに確認を取っていく。

 意外なところで心配性であるが、これは気まぐれの神経質だ。

 アヴェルレスの街外れ。異次元世界ユーゲニアの果て近く。

 民間人の立ち寄らない廃墟。

 多数のマフィアが警備と護衛に当たる中、堂々とした足取りのオドレイヤが姿を現した。腰には一本の剣が提げられている。

 ただし、それは刃先のない不思議な剣だ。

 オドレイヤが手にしているのは時空を切り裂く効果を備えた宝剣、その名もハクウノツルギである。

 これは代々ブラッドヴァンのドンに受け継がれてきた貴重にして至高の魔剣であり、もとをたどれば、かつて異次元世界ユーゲニアを発見した冒険者が手に入れた戦利品の一つであった。

 魔法に適正のない人間が手にしたところで秘められた魔力は何にも反応せず、ハクウノツルギも平凡な鉄の剣と大差はない。魔法使いの中でも優秀な魔法使いにしか真の威力を発揮させられず、ゆえに使用者を選ぶ気難しい宝剣だが、最強最悪の魔法使いオドレイヤにとって問題は何もなかった。実力ある彼は難なくハクウノツルギを扱えるのだ。

 そしてオドレイヤはハクウノツルギを振るう。

 目の前の空間に次元の壁を切り開いて、異界につながる小さなゲートを作り出す。この場合、特に魔界とつながる一時的なゲートを開き、そこから魔物を呼び出すことになっていた。

 簡易的な召喚獣といったところだ。

 しかもそれは、他でもなくアヴェルレスの市民を殺すために必要とされていた。

 残酷で容赦のないブラッドヴァン、そのボスである最強最悪の魔法使いオドレイヤ。

 彼らマフィアが人殺しという行為にためらう覚えはない。


「襲撃! 襲撃者、多数!」


 だが、無駄に形式ばったオドレイヤの儀式は無粋な襲撃者によって遮られた。

 ハクウノツルギは強力な宝剣であるがゆえに、その使用にはオドレイヤをもってしても細心の注意と段取りが必要だ。そうでなければ効果を発揮しないか、最悪の場合には暴発してしまう。


「邪魔が入ったか。しかし暇つぶしにはちょうどいい。面と向かって私に戦いを挑んでくる者は年々少なくなっているのだから、思う存分に戦えるときはなるべく戦っておきたい。そうでなければ体も魔法もなまってしまいかねないからな」


「まさかオドレイヤ様が襲撃者のお相手を? さ、さすがにそれは同感しかねます。部下どもに任せておけば……」


「ボスボローよ。貴様は私においしいデザートを食べるなと言いたいのか?」


「め、滅相も――」


「ございませんか、ならば黙って見送れ! 私は闘争が大好きだ! 血の香りは甘くてたまらん! いいか、ボスボロー。ここの守りは任せたぞ。そしてこの剣も私が帰ってくるまで預かっておれ!」


 強く言い残したオドレイヤは颯爽と立ち去った。

 恐縮しきっているボスボローを一人残して、自身は襲撃者の相手をするためである。

 対処してみれば襲撃者はすべてマギルマの人間だった。

 ただし残念ながらオドレイヤにとって肩透かしだったことには、幹部クラスの構成員は一人もいなかった。一人残らず魔道具で武装していたものの、所詮は雑魚。有能な指揮官が現場にいなければ、所詮は烏合の衆でしかない。

 軽やかに踊るように次々と魔法を繰り出すオドレイヤの敵ではなかった。彼にとってはウォーミングアップ程度の運動量ですべての戦闘は終了した。

 無策のまま襲撃に打って出たマギルマの雑魚どもは一人残らず死の淵へ引きずり込まれ、無傷のオドレイヤが一人勝ちを収めた。圧倒的過ぎるがゆえの、あっけない幕切れである。あえて物語る価値もないほどに。

 反撃もそこそこに歯ごたえのない襲撃者は敵として物足りなさもあったが、それはそれで自身の強さを再確認できたのでオドレイヤには少なくない快感もあった。

 面白いように敵が散る。それは狩りとしての楽しみだ。


「ああ、オドレイヤ様。ご無事でしたか。こちらには誰の姿も現れませんでした」


「そうか。ならば敵もバカなものだ。なっはっは、真の無駄死にばかりか」


 同感です同感ですよと、調子をよくしたボスボローは何度となくうなずいた。

 おだてることこそが彼の処世術である。


「さて、そろそろ計画を再開しようじゃないか。ハクウノツルギを渡したまえ」


「はい、もちろんですとも。それはここに――え? あ、ああっ! ありませぬ!」


 なんたる失態。なんたる油断。

 なんとボスボローは預かっていたハクウノツルギが何者かによって盗まれたことにさえ気がついていなかった。言われて初めて、今まで腰に下げていたはずの宝剣が抜き取られていたことを知ったのである。

 あまりの出来事にあごを外して脂汗をにじませたボスボローは失神寸前で、あたふたと慌てふためいて全身を恐怖と緊張によって激しく震わせた。謝罪の言葉さえ上手く口にすることができない。

 大切な宝剣を奪われたからには、死刑は免れないに違いないのだ。


「なっはっは! よいよい、そう恐縮するな、従順なる部下ボスボローよ。これくらいのアクシデントがあったほうが戦争は面白くなる。いやぁ、なっはっはっはっは! 敵もよく私を手玉に取ってくれたことよ!」


 ところがオドレイヤといえば、むしろ上機嫌に高笑いをするのだった。

 いつもなら部下の些細な失敗でさえ許さない最強最悪の魔法使いだが、このときのボスボローは全マフィアが驚くほど幸運であって、オドレイヤの気分屋に救われた一人である。







「うまくやってくれたようだな」


 芳醇な香りを漂わせる高価なパープルティーを片手に安堵のため息をついたのはフレッシュマン。いわゆる童顔であって、威厳とは程遠い幼さの残る風格には乏しい青年だが、これでもマギルマの若きボスである。

 そんな彼の茶飲み相手を務めるのは、地味ながら美しいと評判のナツミだ。


「実のところ私は不安で胸が押しつぶされそうだったわ。カズハとカロンじいさんの二人には荷が重過ぎると思っていたけれど、意外とやるわね」


「ふふん。ナツミはカズハを子ども扱いしすぎだよ。あの子も今では立派な少女に成長しているんだからね。なんたってマフィアを相手に盗み屋稼業をやっているくらいなのだから」


「それはわかってる。だけど今回は相手が相手よ。なにしろあのオドレイヤよ? 危険どころか無謀だったわ。カズハの魔法はオドレイヤにも通用するみたいだけど、なにしろあの子はドジだから」


 かつての妹分を思って真剣な顔をするナツミは心配して言ったのだが、聞いたフレッシュマンは「過ぎたことさ」と愉快に笑った。


「……ま、二人が盗みに失敗して捕まった場合に備えて俺たちは隠れていたんだ。念のためブリーダルには失敗した場合の救出策や、代案の計画を立ててもらってもいた。いやもちろん今回は見切り発車だったことを認めるよ。カズハに無茶を強いたこともね。でも考えてごらん、オドレイヤに勝つためには先手と裏を取り続けるしかないと思うがね」


 怒らせないようにと優しく語り聞かせたが、ナツミは不服らしくプイッと顔をそらした。つれない彼女の態度にフレッシュマンは肩をすくめるしかない。

 しかし今回の作戦は成功したのだ。

 そもそも今回の作戦――ハクウノツルギを盗み出す作戦は、フレッシュマンがボスボローの立てた計画の情報を入手したことがきっかけで立てられた。

 アヴェルレスの街外れでオドレイヤがハクウノツルギを使用する隙をつけば、ブラッドヴァンにとって必要不可欠な宝剣を盗み出せるかもしれない。要塞じみたオドレイヤ邸に忍び込むことは不可能に近いが、向こうからアジトを出てきてくれる絶好のチャンスなのだ。

 ハクウノツルギを奪い取る実行者には、ややあってカズハが選ばれた。

 無論反対する意見もあったが、大多数が同意に動いた。

 カロン譲りの盗みの才能と、気配を消すことの出来るヘブンリィ・ローブの魔法ゆえである。

 ただし、結局のところ、少女カズハに直接それが伝えられることはなかった。マギルマからの作戦指示と呼べるものは、日時と場所と状況に関する情報を、第三者を介してカロンに渡したことだけである。

 考えた末にフレッシュマンは彼女と顔を合わせなかった。フレッシュマンとナツミの本心としては、カズハたちをマフィア同士の抗争に巻き込みたくなかったのだ。だから彼らは直接会うことさえ今までずっと避け続けてきた。

 今回の作戦のために情報を流したのは、可能なら彼女たちがハクウノツルギを手に入れて、そのまま二人にはユーゲニアの外に逃げ延びてほしかったからでもあった。

 ハクウノツルギを盗み出せば、次元の壁を切り裂いて、カズハたちだけでも外の世界に逃げ出せるかもしれない。幸いなことに、どうやら次元の壁に脆弱な部分が発生しているという情報もあった。この状況なら、カロン程度の魔法使いでも、宝剣の力で弱った次元の壁に穴を開けられるかもしれない。

 そして、この日。

 実際にハクウノツルギを盗み取ったカズハは、追っ手を逃れ、カロンと二人で宝剣を振るうと、切り裂いた次元の壁の穴から外の世界へと逃げ出すことに成功したのである。

 たどり着いた外世界――ベアマークでアレスタたちに出会い、ひとまずのよりどころとしてギルドに保護を求めたのも、この日から数日の間に起こった出来事だった。

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