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治癒魔法使いアレスタ(改稿・削除予定)  作者: 一天草莽
第三章 そして取り戻すべき日常
52/77

17 しがない場末の酒場にて

 来るものは拒まないアヴェルレスの街だったが、一転して去るものは絶対に許さない。

 ベアマークへとつながる異次元間ゲートまで向かったアレスタたちだったが、そこを管理するブラッドヴァンの構成員達は脱出するために通過することを認めなかった。

 あまつさえ、話にならぬと魔法によって攻撃して排除しようとさえする始末。

 あいにくゲートを警備する敵はブラッドヴァンの魔法使いだ。ここを強引に突破するにはリスクが高い。後ろ髪を引かれつつ、アレスタ達はゲートから退くことを余儀なくされてしまう。

 先ほどからイリアスに体を支えられたカズハは体調が優れず、すぐにはヘブンリィローブの魔法を使えない様子だった。これでは全員の姿を見えなくして秘密裏にゲートを通過することもかなわない。

 なんにせよ彼女の回復を待たなければなるまい。

 そもそも助けられたカズハ本人の意向としては、一つとして問題が解決していない現時点では素直にベアマークへ戻る気など一切ないようだった。どうやら彼女としては、逃げ帰りたくないらしい。

 どんなに最低最悪の街だとしても、こここそが彼女の故郷なのだ。

 ギルドで殺されたカロンの仇を取るまでは、そして、母の形見であるハクウノツルギを取り返すまでは、このアヴェルレスを立ち去りたくはなかった。

 ――それがカズハの本心である。


「近くに酒場があるんだ。いろんな人が集まる裏路地の店で……。そこなら身を隠せるし、ついでに情報も集められると思う」


「わかった。だったら行ってみよう」


 不安を胸のうちに隠したアレスタは笑って答える。くたびれた様子のカズハを少しでも安心させるためだ。

 いかにも治安が悪そうな裏路地の酒場と聞いてイリアスは難色を示したものの、そこは能天気なニックが「まぁまぁ」と彼女をなだめた。常識の通用しないニックが相手となるとイリアスも強く出られないらしく、しぶしぶ納得する。

 そんなこんなで一応は警戒しつつ薄汚れた酒場にアレスタら四人が入ると、すでに数人ほど先客の姿があった。しかもいい具合に酔った連中である。

 マフィアの構成員に共通するような極悪さは感じられなかったものの、赤ら顔の男達に絡まれたくはない彼らである。言葉の通じない酔っ払いの相手ほど面倒なことはない。


「おっと可愛いお客さんだなぁ。いらっしゃい。うちにはジュースもあるからゆっくりしていきな。はっはっは!」


 愉快かつ豪快に笑ったのは、屈強な体つきをした酒場のマスターだ。

 その威圧的だが優しい目はカズハを見ていて、年若い少女にはアルコールなど似合わないと笑い飛ばしたのだった。

 この暗黒街アヴェルレスで酒類といったら、現実逃避に走る情けない大人たちの恋人だと相場が決まっている。せめて子供くらいは現実に希望を持っていてほしいものだというのが、意外にも平和主義の彼が願う日常である。


「やったね。じゃあ、とにかく甘いジュースを四つ!」


「へへっ、あいよ!」


 ところが、ここで年少者のカズハより先に全員を代表してオーダーを出したのはニックだった。女の子を差し置いて、おいしいジュースが飲めると喜色満面な青年である。

 これには強面のマスターも苦笑を隠せなかったが、おかげで初見の客に対する警戒心は消えうせたようである。

 たかがニックを警戒する無駄を彼は直感したのだ。


「ねぇカズハ、ここが君の生まれ育ったアヴェルレスって街なんだよね?」


「そうだぜ、兄貴。こここそがアヴェルレス、いつだって夕焼け色に包まれた異次元世界の暗黒街さ。すっかりマフィアに支配され、自由と平和からは程遠い、つまらない街だ」


「マフィア? もしかしてさっきの人たちのこと?」


「うーん……いや、どう説明したらいいのやら」


 アヴェルレスの情勢――つまりブラッドヴァンとマギルマのことについて、何も知らないアレスタたちに教えるのは大変なものがある。

 殺傷能力のある魔道具で武装しているマギルマも、間違いなくマフィアの一つと呼べる組織だが、基本的には市民に危害を与えることを避けており、暴力によって街を支配するオドレイヤを倒すために戦っているほぼ唯一の対抗勢力だ。しかもフレッシュマンはカズハにとって、同じカロンを師匠にもった義兄に当たる。

 したがって彼女の心情的には、彼らのことを危険な存在だとは思いたくなかった。理屈はともかくマギルマとマフィアを同一視したくないのだ。

 しかし実際問題、解放勢力として多数の市民から期待を寄せられているマギルマといえど、オドレイヤを倒すためなら非情にもなれる。状況次第では仲間を裏切ることだって、やらないとは言い切れないだろう。絶対的な支配者であるブラッドヴァンを相手にしている限り、キレイな手段だけを選んでいる余裕はないのだ。

 マギルマに敵対しているつもりのなかったカズハだって、先ほどは囚われの身になる寸前だった。

 ……だとすれば、必ずしもフレッシュマンが善人であるとは限らないのだし、無条件で彼女の味方になってくれるわけではないのだろう。

 そういった点をふまえて、大まかにアヴェルレスの情勢を説明したカズハ。

 正真正銘の支配者としてアヴェルレスに君臨するオドレイヤと、彼を裏切ってマギルマを結成したフレッシュマン。そうして現在ではブラッドヴァンとマギルマを中心とした二大勢力の対立構造が出来上がっているという異次元世界のストーリー。


「――ってことは、つまりさっきの人がフレッシュマン? マギルマのボスで、オドレイヤという最強最悪の魔法使いと対立しているっていう……。でも、じゃあどうしてカズハにひどいことをしようとしていたの?」


「それは……アタシにもわからない。まさか拘束されそうになるなんて予想外で驚いた」


「結局のところ、彼は味方なの?」


「アタシとしてはそう考えていたけど、今はどちらとも断言できないみたいだなぁ。状況が状況だけに、マギルマだって戦う手段を選んでもいられないのかも。それほど敵であるオドレイヤが強いってことだけどさ」


「さっきフレッシュマンには見逃してやると言われたけれど、かといって油断はしないほうがいいみたいだね」


 ふぅむとうなったアレスタは腕を組む。

 気難しい顔を浮かべているが、実際に悩ましい問題なのだ。

 なにしろ負けず嫌いで意地っ張りらしいカズハは、ちゃんとハクウノツルギを取り返すまではベアマークに戻らないと主張している。しかも、可能なら自分の手で街を牛耳るオドレイヤを倒したいとまで息巻いているのだ。

 それはきっと師匠であるカロンを殺されたがゆえの復讐心がそうさせるのだろうが、そうでなくとも、このアヴェルレスに住んでいる人々の抱いたマフィアへの嫌悪感は、彼女の比ではないのだろう。

 できることならば、自由と平和を愛するギルドとしても、アヴェルレスの平穏のために多少の貢献をしておきたい。

 そう言い出したのは正義感に駆られたイリアスである。

 もとは騎士の一人であったことからもわかるように、彼女はとかく不正を見逃すことができないたちなのだ。思いつめた表情のカズハに同情したこともあって、いつしか彼女は打倒オドレイヤに燃えていた。


「私たちの力で、ここアヴェルレスにも自由と平和の風を吹かせましょう!」


 などと、声も高々に彼女が宣言した直後である。


「そいつは無理だな」


「……おや、聞き捨てならない横槍ですね」


 隣の席で一人酒に酔っていた見知らぬ男が話を聞いていたのか、投げやり口調でイリアスに対して否定的な言葉を投げかけたのだった。もちろん芯の通ったイリアスは無粋な男の野次程度で屈したりする女性ではない。

 にらむように声のほうへ振り返ってみれば、意外にも若い青年といったところの男は、怒気を含んだイリアスの険しい顔を見て微妙に臆してしまう。

 ひるんだついでに「敵対するつもりはない」といった素振りで肩をすくめると、ちょっとフレンドリー気味に小さく笑った。


「へっへっへ、悪い悪い。聞いちゃいられなかったからな。だってよ、オドレイヤを倒すったって、お前ら四人に何ができる? 悪いことは言わない、無理をするな。虚勢を張るな。ブラッドヴァンを甘く見ていると、あっけなく殺されちまうぜ。きっと四人とも明日には打ち首だ。せめて戦いを挑む前に顔はキレイにしておけよ、その顔がさらされる」


「お気遣いをどうも。けれど私たちは、力と欲望を持った悪人を放っておくほどお人よしではありません。それにこれはカズハという大切な仲間のためでもあります」


「イリアスの姉御……」


 正義と仲間のためなら巨悪にも立ち向かうというイリアスの姿勢を目前にして、カズハは感銘を受けたようだ。

 すっかり尊敬と親愛のまなざしをそそいでいる。


「正義感は結構。だが現実を見ろよ。圧倒的な暴力が頂点に立っているとき、そうやすやすと体制は覆らない。どんなにあがいたって殺される。それは無駄死にで、犬死にで、見せしめに市中引き回しの刑だ。俺だって女子供が残酷な仕打ちを受ける姿は見たくない。だからお前たちを止めるのさ」


 きっぱりと言い切って、青年はさらに一杯のアルコールを喉に流し込んだ。

 まるで酔いの勢いで何もかもを忘れて、現実逃避しようと懸命になっているかのよう。


「哀れな人……でも、きっと根は優しいのね」


 性格的なものからイリアスは他人の悪意に敏感だが、同じく善意にも敏感だ。優しくて現状を憂えているからこそ、この青年が自暴自棄に陥っていると看破したのである。

 照れているのか酔っているのか、青年の顔はますます赤みを帯びていく。


「マフィアに比べれば、誰だって優しい人間さ。そして哀れな人間なんてアヴェルレスには腐るほどいる。つまり俺は凡庸でつまらない人間だってことだ」


「そんなことはないんじゃない?」


 と、ここで彼の自嘲を否定したのはニックだ。

 しかもお世辞でなく大真面目である。


「……なに?」


 自分が褒められたのか、けなされたのか、どう受け取ればよいのか困惑した男は眉を吊り上げる。ふてぶてしく腕を組むと、いかにも優男といった風貌のニックを正面にとらえた。発言の真意を問おうという算段である。

 当然、青年と向かい合ったニックは自説を披露することとなる。


「いやね、自称ダメ男である僕は、目の前にいる相手がダメな人間であるかどうかを判断する才能があるんだよ。同類であるがゆえにね。それによれば……うん。あなたはダメ男としては弱い。つまり、ちゃんとしているってこと」


「何を根拠に言い出すんだ……」


「たとえばその鋭い目。遠くを見る瞳は青く澄んでいるし、胸のうちに信念を抱えていることが丸わかりだよね。それからそのテーブルに立てかけられている剣。その柄と鞘を見るだけでも、使い込まれていることが歴然だ。そして極めつけは服の下に感じられる筋力だよ。ふふ、たぶん普段から鍛えているんでしょ? 違う? 違わないよねっ?」


 なにやら嬉しそうなニック。

 相手がダメ人間かどうかを見抜くという、なんともくだらない才能を誇っているのだが、意外にも的中したのか青年は言葉を失った。自分ができないタイプの人間だからこそ、できる人間の違いを発見してしまうのが、このニックという男の性質である。


「……お前らは何者だ?」


 ようやく出てきた男の問い。

 本来なら最初に飛び出していてもおかしくない疑問である。

 なにしろこの街で声高にオドレイヤを倒すと言いのけてしまう人間は、非常に珍しい存在なのだから。


「少なくとも――」


 みなを代表して答える羽目になったアレスタは少し考えて、こう名乗る。


「虐げられる弱者を見捨ててはおけない、お節介なギルドです」


 これは苦慮した結果の答えだが、苦慮するのも無理はない。

 なにしろギルドには依然として固有の名称がなかったことにアレスタはたった今気がつかされたのだ。

 だが、なんにせよ名は体をあらわす。今のギルドを表す名乗りとしては、この程度の認識で大丈夫だろうというのが、アレスタやイリアスに共有されているギルドのアイデンティティだ。

 格好いい名前など飾りでしかない。どう行為するかが主体をなすのだから、現実にはどんな依頼を実行するのかによってギルドの評価は決まる。


「ギルドだと? 風の噂に聞いたことはあるが、そんなものアヴェルレスにはなかったはずだが。だとすれば、もしかして、お前たちは……」


「お察しの通りです。異次元間のゲートを越えて、アヴェルレスの外から来ました」


「へぇ、なるほどね。驚いたが納得だ。すごく納得させてもらった。だからこそ怖いもの知らずで簡単にオドレイヤを倒すなんて言えてしまうわけだ。アヴェルレスに平和をもたらすなんて言えてしまうわけだ。……けっ。酔いもさめるぜ」


「それは助かります。オドレイヤを倒すためにも真面目な話をしたいので。あなたに酔われていると、ちゃんとした情報収集にもなりませんからね」


「情報収集の相手は俺でいいのかい?」


「食えない男ほど美味しいものを持っている――これは知り合いの情報屋から教えてもらった鉄則です」


「俺が持っているのは毒かもしれないぜ?」


「ならば、なおさら知るべきでしょう」


「……いい心がけだ」


 毒をもって毒を制すと言わんばかりなアレスタの返答を耳にした青年は、いっそ愉快さを覚えて笑った。これほど前向きに強気で物事を考えられる人間は、このアヴェルレスにおいて希少価値がある。

 そう気付いたこの時点で初めて、青年は自分が名乗る意味を見出した。


「俺の名はナルブレイド。これでもユーゲニア防衛騎士団の騎士だ」


「防衛……、騎士団ですって? あなたがっ?」


 いつしか身を引いて二人の会話を静かに聞いていたイリアスだったが、ナルブレイドと名乗った青年の自己紹介があまりに予想外だったために驚きを隠せず、斬りかからんばかりの勢いで椅子から立ち上がった。

 同じように騎士を名乗るものとして、聞き逃せなかったのかもしれない。


「おいおい落ち着けよ、防衛騎士団といったって名前ばかりの組織だ。なにしろ上層部の人間がごっそりマフィアに買収されていて、最強最悪の魔法使いであるオドレイヤに絶対服従しているのがアヴェルレスの騎士団だからな」


「兄貴と姉御、これは本当のことですぜ。アタシらみたいな街の人間から言わせれば、防衛騎士団はマフィアに癒着しているクズどもの巣だって」


「おっと、お嬢ちゃん、厳しいことを言ってくれるなぁ」


 つっけんどんな態度をとりがちな青年ナルブレイドも、さすがにカズハくらいの年頃の少女には甘くなる。

 そういった子供扱いがカズハを不満にさせることもあるのだが、へらへらした表情を浮かべる彼に対して言いたいことがあったのは、カズハよりもイリアスだったらしい。


「こんなところで酔うまで酒を飲んでいるのだから、厳しいことを言われても仕方がないでしょう。仮にも騎士団の一員として、なんとかしようとは思わないのですか。情けない」


「もちろん何も思わないわけではない。今は水面下で同志を集めているところさ。防衛騎士団の中にもマフィアを憎らしく思っている奴は多いからな。しかし、命をかけてくれるほどの同士なんて簡単には集まらないのが現実だ。集まらないんじゃ動き出せない。中途半端な戦力では、絶対にブラッドヴァンを倒すことはできないだろ?

 ……といっても、俺は一人きりでも切り込む覚悟はあるがね」


「同士、ですか……」


 イリアスもその必要性は認めざるを得ない。そもそも騎士団がなぜ団を構成しているかといえば、そこに組織としての力を見出しているからである。どれほど意志が強かろうと個人が発揮できる力には限界があって、身の丈に余る敵というのは確実に存在する。

 相手が最強最悪の魔法使いと噂されるオドレイヤならばなおさらだ。


「フレマン兄ちゃん――いや、マギルマは同士にならないのか? オドレイヤを倒すっていう目的は一致しているみたいだけど」


「馬鹿を言え、マフィアの人間に善人なんているわけがないだろ。今は解放者として期待されているマギルマだって、ブラッドヴァンを倒せば第二のオドレイヤになるだけさ。あれはマフィア同士の権力争いなんだよ。だからマフィアを壊すものじゃない」


「そっか……」


 ナルブレイドに提案が一蹴されたカズハはうつむいて唇を結んだ。マギルマをオドレイヤと同じマフィアの身内とみなす人間の存在が、昔のフレッシュマンを知る彼女には悲しくもあったのだ。

 そのときである。

 大きな音とともに酒場の扉が開け放たれ、新しい客が入り込んだ。


「私が第二のオドレイヤになるとは、不愉快なことを言う人間もいたものだね」


「フフフ、フ、フレッシュマン! なぜこんな酒場にマギルマのボスが!」


 突然の来訪者に度肝を抜かれたナルブレイドは、見るも無残なほど慌てふためいてしまい、あやうく椅子から転げ落ちそうになった。持ち前のバランス感覚によって背中からひっくり返ることは免れたが、その反動でうっかり飛び上がって気を付けの姿勢をとってしまう。

 まるで上官を敬礼で迎える新兵の有様だった。

 おそらく飄々とした当人は意識していないだろうが、フレッシュマンは悪逆非道な存在であるオドレイヤの対抗馬として、人気はともかく街の有名人だ。良くも悪くも彼の影響力は計り知れない。

 街の将来を憂慮する立場上、今までナルブレイドはこの若きボスのことを幾度となく仲間との話題に出しておきながら、実を言えば顔を合わせたことがなかった。そのため唐突に目の前に現れたマギルマのボスに対して、どう対処するべきか頭が混乱してしまったのだろう。

 もちろんすっかり酒に酔っていたことも原因にある。


「まぁ座りたまえ、その代わり私も座らせてもらおう。……なぜここに? などと君は私が酒場に来たことを驚くが、失礼だね。人が生きるのに、なぜも何もない。こうしてこのタイミングで私たちが出会えたのなら、それも一つの縁だろう。ふふん、折角だからみなで建設的な話をしようじゃないか」


「フレマン兄ちゃん……」


「すまないな、できればカズハも座ってくれ。そこにいる“お仲間の三名様”もだ。……ふふん、安心してくれたまえ。今の私は手ぶら状態で、そして気分は良好だ。こんなときは平和的に話し合いをしたいわけだがね?」


 フレッシュマンはパチンと指を鳴らすと、メニューも見ずにパープルティーをオーダーした。口をへの字に曲げた店主からの返答は「そんなものはない、お前らマフィアが買い占めているからな」だったが、それを聞いたフレッシュマンは「なら今後は少量でも街の酒場に融通しよう、あれは値段の割に不味いからマギルマでも余りがちでね」と笑って流した。

 皮肉で言ったつもりだった店主は「いらない」と即答するしかなかった。場末の酒場が高貴な香りで満たされていれば、きっと常連客は嫌な顔をするに違いないからだ。

 店主からパープルティーの代わりに水を受け取ったフレッシュマンは一息に飲み干して言う。


「一つ交渉をしよう。君たち、我がマギルマに協力しないか?」


「……馬鹿を言え!」


 誰よりも先に振り下ろした両手で机を叩いて、飛びかからんばかりに腰を上げたのはナルブレイドだ。

 一度は椅子について落ち着きを取り戻したというのに、また起立である。反論するときは立ち上がるのが規律だとでもいうのだろうか。

 とはいえ激情しやすいナイーブな部分があるところ、いかにも血気盛んな若者らしい反応である。

 精力旺盛なのは必ずしも致命的な欠点ではない。あらゆるものの原動力だ。


「おやおや、人の真剣な提案を指して“馬鹿”とは実にユニークな発想だ」


「これは失礼。マフィアのような非常識な連中にはユニークに聞こえただろう。だが正義を信じる新時代の騎士にとってはスタンダードな反応だ」


「ふふん、なるほど。そういえば君はユーゲニア防衛騎士団に所属しているんだってね? しかもオドレイヤを敵視する反体制派だとか。それが事実なら、我々に協力する価値はあるだろう? とにかく多くの人手がほしい私としても、君と同じような志をもつ騎士団員を紹介してくれると助かるのだが……」


「確かに我々をはじめとする一部の革命思想者たちがマギルマと協力すれば、お互いに助かる部分があるのは否定できないな。けれど今ここでマフィアと癒着してしまえば、これまでの悪習を繰り返すだけの結果となる。アヴェルレスを本当の意味で変えたいだろう? だから答えはノーだ。非常識な暴力的組織と協力することはできない」


「……たとえば今ここで、私が君に向かって深々と頭を下げてもかな?」


「頭を下げられたって答えは変わらないさ。なんと言われようがマフィアの力は借りない。たとえ負けるとしてもだ。どれほどの美辞麗句で自己を正当化していようが、マフィアから分離独立した勢力は、少なからずマフィアの血を受け継いでいる。本物の自由と平和を求める以上、マギルマの手を借りるわけにはいかない」


 内心では言い切ってしまったことに後悔半分で迷い悩みつつも、表面上は頑なな態度を崩さないナルブレイド。

 それが彼なりの矜持だ。

 これ以上の交渉は望めないと見て、小銭を落とした程度の損失を払拭するような心境だったフレッシュマンは鼻で笑った。

 実績なき名ばかりの防衛騎士団など、マギルマを指揮する彼にしてみれば最初からこだわるほどの戦力ではない。


「立派だな。まるで英雄気取りだよ。さすがマフィアに飼いならされたユーゲニア防衛騎士団といったところか。自分のプライド以外には守るものがないから、意地を張ることしかできない。現実的な選択肢を、つまらない理想論で見えなくしてしまう」


「……くそったれ。なんとでも言え。だがそれが長い遺言と思うことだな。オドレイヤの次はお前を殺すことになる。それでマフィアは壊滅さ」


「ふっふん、それが事実なら頼もしい限りだね。どうせ事実でなくたって、それが自分を鼓舞するために過ぎない虚勢であったとしても嫌いじゃない。むしろ私としては好ましいくらいさ。臆病風で進む人生のマストはない。己を奮い立たせるための虚言は必要だよ。

 こうなったら私もマギルマの代表として、君たちのような影の抵抗勢力を見捨てず、こちらからも陰ながら応援させていただこう」


「応援されたって何が変わるものか。そんなものはいらない。……だがひとまずはブラッドヴァンが壊滅するその瞬間まで、お前たちマギルマとは一時休戦だ」


 そう言って自分が呑んだ分の酒代をテーブルの上に置いたナルブレイドは、酔った足取りであったものの、胸を張って酒場を後にした。これから騎士団本部に帰って彼なりの作戦計画を立て直すつもりなのかもしれない。

 あとは彼の物語だ。彼だけが語る資格を持つ。


「さて、そうなってくると今度は君たちとの交渉がより重要になる」


 店主から二杯目の水を受け取って上機嫌になったフレッシュマンは、すでに立ち去ったナルブレイドなど気にも留めず、友好的だが胡散臭いような笑顔をカズハたちに向けた。

 真意はともかく少なくとも敵対するつもりはないらしい。

 だが何かの罠でないとも言い切れない。腕のいい詐欺師ほど人当たりがいいものだ。


「すみませんが、ここはカズハの代わりに俺がギルドを代表して聞きます」


「兄貴……」


 かばってくれたアレスタの姿に、すっかり弱気になっていたカズハは涙ぐむほど喜んだ。

 そんな彼女の姿を見たフレッシュマンは一瞬ほど眉をしかめたが、すぐに気を取り直す。


「こちらとしては誰でもいいさ。ちゃんと話がわかる相手ならね」


「あなたこそ、自分の発言には責任を持つべきです。嘘をついていると判断すれば、私が容赦なく斬り捨てます。……いいですね?」


「いいもなにも、それでこそ交渉しがいがある。他人に考えを任せてばかりで甘える人間は大嫌いなのでね」


 議論の前に先手を打って威嚇したイリアスだったが、気の強い女性には慣れていたフレッシュマンは彼女の迫力に萎縮するどころか、かえって親近感を覚えたらしい。

 凛々しい雰囲気の美人が好きというだけかもしれないが、ひょっとすると愛するナツミの面影をイリアスに重ねているのかもしれない。わずかに優しい目の色をしたフレッシュマンの顔を見てしまったイリアスのほうが、逆に気勢をそがれてしまう。

 それから酒場の会議は夜が暮れるまで続けられ、結果、ひとまずのところ彼らは協力関係を結ぶこととなった。

 とはいっても、マギルマに正式加入するわけではない。

 あくまでもアレスタのギルドはマギルマの独立部隊として行動するのだ。

 悪逆非道なオドレイヤを倒して、アヴェルレスからマフィアを駆逐するという、その大いなる目標のためだけに。

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