12 枯れ木ストリートの闘争
オドレイヤの手により壊滅した南部マフィアに代わって、支配者の消え去ったアヴェルレス南部を誰が統治すべきか。
かねてからブラッドヴァンの「取りこぼし」を奪い合ってきた下部組織だけに、東西に存在する二つのマフィアは広大な利権を巡って対立し、南部地域の調整は難航した。
本来ならマギルマを倒すために一致団結すべき場面であろうが、彼ら下部組織にとって親玉であるオドレイヤの存在は圧倒的であって、フレッシュマンごときに負けるとは到底思えず、闘争宣言が出された時点で彼らの意識はマギルマが駆逐された将来における自分たちの勢力図に思い及んでいた。
今や下部組織も残すところ東と西の二つだけ。
このままオドレイヤに敵対するフレッシュマンが死んでしまえば、その時点で街全体を席巻する闘争の熱は冷めてしまい、アヴェルレスの支配構造は永久のものとして固定されてしまうはずだ。
だからこそ、南部地域の下請け統治という“取り分”は、非常事態である今のうちに奪えるだけ奪っておかなければならない。ブラッドヴァンとその下部組織である東西マフィアには、現状でマギルマという共通の敵がいるからこそ、こうして南部地域の分割を巡る対立が大目に見られているといっても過言ではないのだ。
すなわち大事の前の小事。あくまでも共通の敵と戦うための足場として、彼らは互いに正当な権利を要求しているだけなのだから。
肝心のオドレイヤはこの件について、もはや完全に丸投げ状態であった。
好きなようにせよ、という命令にもならない命令を出しただけだ。
なにしろ彼はブラッドヴァンの王者なのだ。今さら南部地域ごときの小さな支配権を巡って争うような男ではないし、興味すらなかった。根幹の部分で彼は闘争に飢えた獣であって、つまらない事務的な処理に感心をもてないのである。
「おそらくオドレイヤは南部マフィアを滅ぼしたところで、一時的に支配者がいなくなった南部地域の事務的な支配権を誰にゆだねるかなんて考えもしないだろうね。トップがトップの責任を果たさない組織は統率力に致命的な欠陥が生まれる。生まれれば育つ。育てば親を超えていく。……けんかと戦争は違うんだから、リーダーが殴り合いの戦いに強いだけじゃ駄目なのさ」
最強最悪の魔法使いにして、アヴェルレスの絶対的な支配者オドレイヤ。彼が戦闘に強い人間であることを認めるフレッシュマンではあるが、しかし、彼が組織のトップとしては無視できないレベルの脆弱さを有しているとも考えている。
オドレイヤが発した闘争宣言の翌日。
今後の作戦を練るフレッシュマンの脇に控えるのは、マギルマの頼れる参謀ブリーダルであった。
「このチャンスを有効に活用すべきでしょうな」
「いくつかやり方はあるだろうが、成功率と予想される成果の兼ね合いがね……」
「ひとまず今回は私にお任せください。最小のリスクで最低限のリターンを得ようなどと考えてはいけません。ここは失敗するリスクを払ってでも、最大限のリターンを掻っ攫いに打って出るべきでしょう。なにしろマフィアがはびこるアヴェルレスの地において、敵同士が勝手に対立してくれて、絶対的な支配の及ばない空白地帯が発生したのですから。本拠地のない我々にとってはありがたい南部マフィアからの置き土産ですよ」
「もっともだな。もとより全滅は覚悟の上だが、それを改めて思い出させてくれた」
うなずいたフレッシュマンはブリーダルの提案を否定しない。南部マフィアを引き継ぐ形で新しい組織が支配構造の根を張り終える前に、一時的な空白地帯となった南部地域にマギルマが息を吹きかけておく必要があると考えたわけだ。
つまり南部地域にマギルマの網を張り巡らして、来るべき闘争の日に備えようというのである。
「もちろん、土地の支配権を得ることだけが戦果ではありません」
「土地を得るだけでなく、その土地を利用した戦果か? ふふん、面白いことを考えているようだ」
「さて、どうでしょう? 考え付いても考え付いたとおりに実行するのは難しいものですから。机上の空論で終わらなければいいのですが……」
「それが出来る人間に現場を任せるのがリーダーたる私の仕事だ。そしてそれが出来るからこそ私はリーダーなのだ。作戦立案はあなたにお任せする。だから人選は私に任せてくれ」
得意げになったことを照れ隠しするみたいにはにかんで、それだけを言い残したフレッシュマンは逃げるように席を立った。
部屋に一人ぽつんと残されたブリーダルはやれやれといった風に肩をすくめ、老婆心さながらに彼の若い主君を思いやった。
「ならば最善を尽くしましょう。あなたには思いつけない卑怯で残酷な一手を打つべく」
枯れ木ストリートとは、アヴェルレス南部において最大の活況を感じさせるメインストリートの名前である。もともとは風流な正式名称があったとも言われているが、もう誰もその名前を覚えてなどいない。
いつだって空が夕闇の茜色に染まっているユーゲニアらしい斜陽を感じさせる枯れ木ストリートとは、大通りの左右に植えられた数百本もの街路樹が、誰にやられたのか傷だらけで立ち枯れているからこその名称である。
人畜無害な植物にさえ安住の許されない街の治安の悪さの象徴として、ある意味ではマフィアすら憂鬱になって気が沈むといわれる悲しい繁華街だ。
そんな大通りの一角。外壁には薄汚れた石材が用いられている、とある朽ちかけたビルディング。ある角度からは目立ち、また別の角度からは風景に溶け込んで消えてしまうかのような不思議なデザインをしている建物がある。
どこか排他的な印象のある見た目がそうさせるのか、日ごろから部外者の誰も寄り付かず、街そのものから敬遠され忌避されている古びた趣のマフィア事務所だ。
ここは南部マフィアが残した枯れ木ストリート支所とも呼ぶべきビルで、敷地は狭いが五階建ての、しかも地下倉庫まで備わっている建物であり、もしものときの篭城までを想定されたアジトの一つだ。南部マフィアが壊滅した現在は所有者がいないため、その後の処遇について持て余されている空き物件である。
南部地域から南部マフィアが消えて数日。
一時的にマフィア不在の安息日を満喫していた枯れ木ストリートに、この日、ふてぶてしい顔で歩くマフィアの集団が現れた。
大通りを賑わせていた市民達は、一瞬、滅ぼされたはずの南部マフィアが蘇ったのではないかとざわめいたが、もちろんそれは見当違いの当て推量である。
彼らの素性は東部マフィアと西部マフィアがちょうど半々ずつ。それぞれ数人の幹部を筆頭に、ざっと二十名近くの部下を引き連れて、その総勢は五十人にも達していた。
南部地域の利権を争って対立している両者だけに、お互いの出方を必要以上に警戒して、護衛の数は膨れ上がっていたのだ。
たとえばパンケーキを切り分けるとき、もっとも発言力が強くなるのはナイフを持った人間だ。アヴェルレスではナイフは武力。力なきものにパンケーキは一切れだって恵まれないし、無力な人間のことを誰も哀れんでくれない。
「ここか。……おい、ちょっと先に中に入って様子を見て来い。罠が仕掛けられていないとも限らないからな」
無人となった事務所の入り口。
東部マフィアか西部マフィアか、どちらかの幹部が側近に命じると、それを受けて両方の陣営から数人ずつの下っ端が先遣隊としてビルの中に送り込まれた。篭城を想定された事務所でもあるから、念には念を入れての警戒である。
しばらくして仕事を終えたらしく、一人の下っ端が喜色満面な表情で戻ってくる。
「ありました! びっちり情報どおり、たんまりとありました!」
「よろしい。さて、それでは我々も入って確認しておこうか。君が無事に戻ってきたからには、危険な罠もないようだからな」
ここで下っ端が発見したものとは、ずばり、魔道具だ。
そもそも彼らがここを訪れたのも、壊滅した南部マフィアについて、「枯れ木ストリートの事務所地下には、フレッシュマンから融通された魔道具が備蓄されている」という情報があったためである。
当然ながら地下への入り口は巧妙に隠されていたのだが、その鍵とともに匿名の情報が東西マフィアへ提供されたのだ。
枯れ木ストリートとは南部地域を南北に流れる大通りで、南部地域の支配権を巡って対立する東西マフィアからすれば、重要な境界線となる可能性のあるストリートだ。今後の利権を争う駆け引きのためにも、この地の南部マフィア事務所、そして残された大量の魔道具の所有権はお互いに譲れないものがあった。
譲れないからこそ、互いに二十名もの人員を今日の“会談”のために連れ出してきたのだ。それは抑止力でもあるし、もちろん実行力でもある。
アヴェルレスにはマフィア以外の法律はない。マフィアが力で手に入れたものは誰にも否定することが出来ないのだ。
ビルの外に半数くらいは警戒要員を残して、それぞれの幹部は権利を主張しあい、地下倉庫に残された魔道具の山分けに取り掛かった。
種類もバラバラ、威力も効果もバラバラなのだから、残された大量の魔道具を東西マフィアで平等に分配するのには思いのほか時間がかかった。しかも結果として納得のいく平等な山分けではなかったからか、自分たちが手に入れた魔道具よりも、相手への不平不満をこそ大量に募らせた彼らである。
ひとまず入手したばかりの魔道具を部下に配って、一人につき数個ずつ装備させると、東部と西部の両マフィア幹部は開放された一階ロビーに集まって、簡易的な話し合いの場を設けた。
この場で何を話すかといえば、今後の支配圏についてである。
つまり南部地域の取り合いだ。
「やはり、常識的には枯れ木ストリートが一つの目安になるだろう。ここより東側を我々東部マフィア、ここより西側を西部マフィアの支配地に組み込んでしまえばいい」
「ふざけるな! 枯れ木ストリートは大通りだが、中央通りではない! そんな分割方法では我々が損をするだけだ! 正しく地図を見ることもできないのか、お前らは!」
「しかし他に都合のいい線がないのだから仕方ない。現実を見ることもできないのかね?」
組織の上に立つ幹部同士とは思えない子供じみた言い合いをして、敵対者にありがちの険悪なムードが立ち込める。どちらともなく今にも殴りかかりかねない勢いで、一触即発といった有様だ。
ところがこのとき。
彼らとは別の事情で、すでに見えない導火線には火がついていた。
「な、何事か!」
動転して叫んだのは気難しい顔をした一人だったが、ロビーに居合わせた人間は例外なく身をすくめた。
外で激しい爆発があったのだ。もちろん事故でなく作為的な爆発である。
「襲撃だと。……このタイミングで、この場所を?」
「のんびり考えている場合か? 襲撃だぞ!」
言っている間に、二つ目の爆発が発生した。これはなかなか大きい。
外で警戒に当たっている構成員のうち、不幸な運命に抱きしめられた何人かは直撃を受けて命を散らせてしまっただろう。
「報告します! 襲撃者、多数! フードを被った正体不明の敵がストリートに出現し、クロスボウなどの武器で攻撃しつつビルを取り囲みつつあります!」
「手持ちの武器や魔法で応戦しつつ状況確認! 被害を調べろ!」
指示を出した幹部たちは、身の安全を守るために上階へ行くべきか地下へこもるべきかを考えて、すぐには結論を出すことが出来ず、ひとまず広々としたロビーにテーブルや椅子などで即席のバリケードを作ると、その壁に囲まれた空間を対策本部に仕立て上げた。
襲撃者が計画的だった場合のことを考えて、不用意に階層を上下するのは危険だと判断したためである。現状、安全が確認されている一階ロビーにいるのが一番だ。
東西マフィアの幹部たちが物陰に身を潜めながら対策を練っていると、そこに一人の構成員が急ぎの報告をするべく舞い戻ってきた。
目に見えて興奮しているらしく、息が荒い。
「死亡者は現時点で十二名。……その、死んだ全員が西部マフィア所属です」
「……なんだって?」
意味深な報告を聞いた西部マフィアの幹部は、そろって顔をしかめる。
この激しさを増す混戦で、片方だけにしか死亡者が出ていないとは、にわかには信じがたい話だ。
一方、予想外の“嬉しい”報告に東部マフィアの幹部は挑発的でシニカルな苦笑を見せる。
「敵も残酷なことをしてくれますな。お気の毒に。ま、今は弔いよりも対策だがね」
すると誰ともなく、つぶやかれる。
「もしや敵は西部マフィアだけを狙っている、とか……」
「はっ、ありえる。なにしろ西部マフィアはやり方が乱暴だったからな。知らず知らずのうちに敵の恨みを買ったんじゃないかね?」
これら発言はさすがに西部マフィアの逆鱗に触れたらしい。
我慢できなくなった一人の幹部が椅子を蹴飛ばして立ち上がる。
「敵? はっ、敵ね! フードを被って正体を隠した敵が、同席している東部マフィアを避けて、我ら西部マフィアだけを狙っているとでも? なんてそちら側に都合のいい敵なんだろうね! いっそ作り方を教えてほしいよ!」
今度は東部マフィアの幹部が机を叩いて立ち上がった。
「馬鹿なことを言え、襲撃者はマギルマに決まっているだろう!」
「馬鹿なことを言えとは、これまた馬鹿なことを言ってくれる! これがマギルマなら、我らに対して身元を隠す必要がない! 隠す必要があるのはマギルマに責任転嫁する腹積もりをもったお前らだけだ! 襲撃者たちに、この場に居合わせた西部マフィアを一人残らず殺させて、生き残った東部マフィアがこの枯れ木ストリートを制圧する! そして治安維持をお題目にして、南部地域を丸まる奪い取ろうというわけだ!」
「……暴論にもほどがある! そんなのは暴力的な決め付けだ!」
「なんと、暴力的とは! 実際に暴力を振るっている東部マフィアがそれを言うかね! 襲撃者を帰らせてから言いたまえ! 帰らせてから!」
――無茶なことを言ってくれる。
東部マフィアの幹部達は、苛立ちと馬鹿馬鹿しさに複雑な不信感を募らせた。これは巧妙に仕組まれた西部マフィアの自作自演で、東部マフィアを糾弾するために襲撃者を雇って自分の部下達を殺させたのではなかろうかと、そんな疑念が鎌首をもたげる。
西部マフィアからすれば、その疑念は不愉快極まりない汚名そのものだが、そもそも先に陰謀論を言い出したのは彼らであり、東部マフィアを非難する資格などなかった。
いや、たとえ資格がなくても我を通すのがマフィアのやり方。わがままで独善的な悪党集団の本質だ。事実や真実など彼らには関係なかった。
いつだって誰だって、ひたすらに相手をやりこめる手段だけを考えて欲しているのだから。
そんな折。
先ほどとは別の下っ端が駆け込んでくると、新たな報告が入った。
「報告します! 前線にて魔道具の一つが発動し、被害甚大!」
「詳しく……、詳しく状況を伝えろ!」
「東部マフィアの所有した魔道具が、前方にいた西部マフィアの一群を狙って発動! 本人は事故と言っておりますが、真偽は不明!」
「……やはりかぁっ!」
錯乱した様子で立ち上がった西部マフィア幹部の一人が、しかし意外にも機敏な動きで回りこむと、もっとも手近な場所にいた東部マフィアの幹部の一人に狙いをつけて、その首を背後から締め上げた。
右手にはナイフを持ち、威圧的にきらめかせる。
にやりと口元が歪むのは、明らかな殺意。
「これではっきりとした。お前ら東部の連中は、俺たちをだまし討ちしやがった! 今すぐ罪を認めて襲撃者を引き上げろ! 謝れ! さもなくば殺す!」
「……乱心っ! 西部マフィアの乱心だ!」
がなり立てるのは、だまし討ちなどという汚名を着せられた東部マフィアの幹部だ。侮辱に対する怒りもあるが、それだけの行動ではない。
人質をとって首筋にナイフを突きつける男の注意を引くために、わざと大げさなアクションを起こしたのである。
彼の目論見どおり西部マフィアの男が苛立った様子で顔をそむけると、反対方向に位置取っていた別の幹部構成員が、捕らわれた不幸な仲間を救出するべく攻撃に打って出た。
使用したのは、高速で物を弾き飛ばす魔法である。
といっても、空気との摩擦で飛ばした物体が燃焼するほどの速さではないから、命中しても相手が必ず死ぬとは限らない。
もちろん、魔法を使用する目的は相手を殺すことだけではない。たとえばこの場合、なにも殺さずとも無力化するだけでいいのだ。
魔法で弾き飛ばした物体はナイフを持った男のこめかみに見事命中し、反動でナイフを落とした彼は意識を失って床に倒れた。
これで脅威は去った。そう安堵した東部マフィアの幹部達。
しかし現実はそう簡単に事態を収束させてなどくれない。
東部マフィアに属する彼らにとって不運なことには、この場には東部マフィアだけでなく西部マフィアの幹部達も彼らと同じ数だけいて、たった今、東西マフィアの幹部間で繰り広げられた小規模な争いを目撃していたのだ。
「や、やりやがった! 東部の連中め、ついに尻尾を出したな!」
日ごろから訓練の行き届いた軍人などとは違って、マフィアに所属する人間は血気盛んで向こう見ずな連中ばかりだったから、小さな衝突を契機にして、流血を伴う大きな対立を生み出すことは日常茶飯事だった。
アヴェルレスに生まれた連中の大概は、子供のころからそうした環境におかれていることもあって、暴力に対する抑制が効かないのだ。それが集団になって徒党を組んでいるのだから、相乗効果か悪循環か、互いの暴力行為は際限なくエスカレートする一方で、まともな思考回路を持った人間は出世できないまま下っ端としてばかり死んでいく。
馬鹿げた話だが、しかしこれがアヴェルレスの現実だ。
互いが互いに相手のことを裏切り者だと決め付けてしまえば、この場においてそれは無視できないレベルの大義名分となって、激高する彼らに本来の敵である襲撃者の存在を忘れさせた。東部マフィアと西部マフィア、二つの下部組織がそれぞれの未来をかけて、ここで直接的な戦闘行為に及んだのである。
幹部は幹部同士、下っ端は下っ端同士、襲撃者そっちのけで殺し合いが開始された。
ただし、彼らは襲撃者の正体を相手マフィアが雇った殺し屋集団とみなしていたので、完全にその存在を視野の外に追いやっていたわけではない。襲撃者と相手のマフィアとを、特別に区別する必要がなくなっただけである。
どちらも敵だ。だから殺せ、と。
とにかく自分たち以外の人間は皆殺しにすべし――というのが、愚直なくらい単純明快な彼らの行動原理だった。




