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治癒魔法使いアレスタ(改稿・削除予定)  作者: 一天草莽
第三章 そして取り戻すべき日常
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9 闘争前夜

 この街の”生ける法”を自称するオドレイヤには、その配下に三人の美女がいた。

 それぞれフーリー、オビリア、メイナといって、マフィア好みの美貌を誇る彼女らは俗に「オドレ三女神」と呼ばれる三人の魔法使いだ。

 その筆頭、ブラッドヴァンにおける序列第二位にしてオドレイヤの主席秘書官を務めるフーリーは、経歴不明で年齢不詳の怪しい美貌に包まれた大人の女性である。

 魔女としての優れた魔法能力、そしてオドレイヤからの厚い信頼。

 羨望と嫉妬の対象となるには困らない恵まれた条件を備えているからか、彼女は人目を避けて生活するのが常であった。

 彼女の個室として用意されているのはオドレイヤ邸にある水晶の間。年代ものの空調システムが年中無休で動作しており、いつも欠かすことなく豊かな魔力循環を室内に及ぼしている豪華なつくりだ。

 その部屋の中央に位置した”輝けるさざ波のベッド”の上に、ほとんど裸身で身を浮かべていた彼女のもとへと、つまらない茶番とも呼べるパーティーを終えたオドレイヤが疲れた表情をして訪れた。


「私が気を許せるのは、もはやお前だけだ……」


 くたびれた様子で嘆息して、空から盗んだ白雲のソファに身をゆだねたアヴェルレスの支配者は、このときばかりは年相応に老いさらばえて見えた。

 いかに最強最悪の魔法使いであっても、心の問題までを魔法で解決してしまうことはできないのだ。


「らしくなく弱音を吐いているわね。情けないわ。あなたは今日まで勝ち残ってここにいるのだから、これからも同じように勝ち続ければいいだけのことなのに。……違って?」


「違わぬ。違わぬが、どこまでいっても私は一人だ。敵対者を殺しても、街全体を支配しても、結局、誰一人として私のそばにい続けてはくれない」


「へたくそなプロポーズね」


「上手な女には負ける。男のつらいところだな」


 力なく、乾いた声で笑うオドレイヤ。

 覇気ある街の支配者にはふさわしくなく、それはまさしく長年に渡る片想いの結果がなせるニヒルな響きだった。

 外見の見た目には二十代とも、あるいは十代とも通用する若き美貌に彩られたフーリー。

 しかし彼女の落ち着いた口ぶりと遠慮のない態度は、すでに五十代のオドレイヤよりも上に立つもので、二人の関係性はブラッドヴァン内部でも様々に噂される不可解さがあった。


「しかしながら、だからこそ可愛いのかもしれない。男は心で女に弱くなくてはな。愛しがいがない。なぁオドレイヤ、お前は私にとって今までで一番の男だよ。最高の男だ。その期待を裏切らないでくれ」


「もちろんだとも。富と権力は私の血肉であって、今さら少しも手放すつもりはない」


 ようやく暴力的な支配者としての強靭な顔つきを取り戻したオドレイヤ。その勇ましく危険な表情を間近で確認しようと考えたのか、波打つベッドを艶かしい身のこなしで降り立ったフーリーは、ソファに座り込むオドレイヤの正面に立つと、そのまま抱きつく格好で彼の膝の上に座り込んだ。

 抱き合った二人は至近距離から向き合うことになる。


「そう、それでこそブラッドヴァンの王者だよ。私は支配された地獄が見たい。不幸と理不尽を正しく蔓延させておくれ、オドレイヤ」


 目を怪しくきらめかせたフーリーはオドレイヤへ顔を近づけると、自身の柔らかな唇を運んで冷たさの残るキスをした。

 抱きしめる両腕は互いに相手の背中へときつく回されて、情熱的に赤いユーゲニアの夜はますます深まっていくのだった。







 一方、対オドレイヤの新しい武装組織マギルマを率いるフレッシュマンは、赤く染まった夜の静けさを利用して名もない廃屋へと向かった。

 とある秘密の取り引きを決定付けるためである。


「遅かったな、フレッシュマン。待ちくたびれたぞ。誰にも尾行されてはいないよな?」


「当然だとも。周囲に人影はおろか、獣の姿もなかったことを約束しよう。そもそも君たちも厳重に見張りを散らばせていたじゃないか。私は尋問で何度も足止めを食らってしまったよ。時間に遅れたのはそのせいだ」


「用心には用心を重ねただけのこと。身をもって体感したなら褒めてほしいくらいだね」


「馬鹿を言ってくれる」


 友好の証としての舌打ちを一つ鳴らすと、フレッシュマンは用意された椅子に腰を下ろした。先客は椅子に座っている三人と、四方の壁際に立っている四人の合計七人。

 どれもブラッドヴァンの下部組織の一つである、通称“南部マフィア”に属する若き幹部たちだ。

 彼らの中で最も肩書きが偉いであろう正面の若者に話し相手を定めると、まずは場の緊張をやわらげるべく、穏やかなムードでフレッシュマンは雑談を切り出した。


「私が到着するまでは何の話を? まさか七人も狭い廃屋の中にいて、その口が沈黙とキスをしていたわけでもあるまい」


「話というほどのものもない、ここ最近の後継者争いについて予想を立てていたところさ。俺たちの結論としては、今のところオドレイヤ延命説と謎の美女フーリーが最有力候補だな」


「まずは延命説から聞こうか」


 ふふんと鼻を鳴らしたフレッシュマンが腕を組んで促すと、正面の若者はしかつめらしい顔つきで自説を披露した。


「延命説というか、どちらかといえば不死身説といったほうがいいかもしれない。ほら、オドレイヤの操作系魔法は、死体すら生きた人間のように操ることができるというじゃないか。最悪、あいつは自分の死体を自分の魔法で操ってしまいかねないぞ」


「つまり?」


「奴は死んでも死なない可能性があるかもしれないってことさ。オドレイヤは操作系の魔法を駆使して擬似的な不老不死の体となって、このアヴェルレスに君臨し続けるつもりなのかもな」


「面白い仮定だが、その可能性を私でさえ考えたことがあるように、完全には否定できないところが憎らしいな。仕方がないから殺すときはちゃんと殺すことにしよう。うむ、土葬よりは火葬がいいな」


 笑うに笑えない冗談を言って、わざとらしく肩をすくめたフレッシュマンは次の説を促した。

 謎の美女フーリーが次期ドンになるのではないか、と目されている件だ。


「これはそのまま、オドレイヤが次期ドンの座にフーリーを推薦するんじゃないかって説だよ。他に有力候補がいないからこそ出てきた噂だな」


「しかしフーリーは女だったはずだがね? 私も直接見たことはないが、マフィアのバカな連中が女性をドンの座に据えることを認めるとは思えないな」


「確かにな。ただし奴は女だが、ただの女じゃないぜ。魔法の能力に長けているから、有象無象のマフィアも立ち向かえまい。それだけじゃなく、いつからブラッドヴァンにいるのかもわからないオドレイヤ秘蔵の美女だ。けっ、あいつが独占してきたものの中で一番価値あるものだろうさ」


「ふふん、君が嫉妬するくらいには美しいみたいだな。ま、私は女の顔になど興味がない。美人だろうが悪は悪さ、容赦はしない。それより次期ドンになるかもしれないと言ったな、一体どんな女だ?」


「今までずっとオドレイヤ邸の一室に閉じ込められていて、彼女の存在が明るみに出たのは最近のことだからな……。妻だとも、愛人だとも、隠し子だとも言われているが、実態はほとんど謎だ。誰もその正体を知らない不思議な女だぜ」


「わかっていることは?」


「オドレイヤに負けず劣らず滅茶苦茶に強いってことだけさ」


「……折角の美女が台無しだな。聞いただけで嫌いになりそうだ」


 皮肉のつもりで言いながら、フレッシュマンは自身が愛する女性のことを思い浮かべていて、他人のことを言えないなと失笑するのだった。

 思えばナツミも負けず劣らず勝気で強い女性なのだ。

 それで美女が台無しになるかと言われれば事実は全くの逆で、なおさら惚れてしまうのが、ああいう種類の女性に共通の魅力なのだろう。


「とまぁ、知らない女の悪口はこのくらいにして。いよいよ本題に移ろう」


「それを楽しみにしていた。早速聞かせてくれ、フレッシュマン」


 意識してのことではないかもしれないが、盗み聞きされることを警戒したフレッシュマンは幾分か声をひそめた。

 これから聞かせるのはオドレイヤ陣営に知られてはならない極秘の取り引きに関することである。


「明日の深夜、南部第三区画の倉庫。こちらが手配した移動式コンテナで数百組の魔道具を搬入する。君らはそれを受け取って、極秘裏に全構成員を武装してもらう。攻撃用、後方サポート用、今回こちらから提供する魔道具の種類は様々にあるが、おそらくどれもオドレイヤとの戦闘の役に立つ」


「全部“外の世界”から仕入れた魔道具だろ?」


「ああ、だから対処法を知らないオドレイヤたちにも有効だと信じたいところだ」


 外の世界から仕入れた質のいい魔道具こそ、最強最悪の魔法使いオドレイヤに対抗するマギルマの切り札だった。

 一対一の個人戦なら勝ち目はないが、魔道具によって底上げされた状態での組織戦でなら、フレッシュマンたちにも勝ち目を作り出せる可能性がある。

 最強の魔法使いであっても相手は結局のところ同じ人間である。延命説があるとはいえ、実際のところ死なないことはないのだ。

 ちなみにブラッドヴァンの幹部だったころ、若くして有能だったフレッシュマンはオドレイヤに重用されており、組織の武器や備品類のすべてを管理・配備・補給する業務の責任者となっていた。

 そして同時にマギルマ第二位のブリーダルといえば、ブラッドヴァンの老将として、アヴェルレスの都市計画とそのインフラを整備点検・開発する業務に携わっていた。

 日常的な業務の一環を通じて知り合った二人は、オドレイヤの下でブラッドヴァンと外部世界との限られた物流を管理していたこともあり、当時から今日の「裏切り計画」のためにと、用意周到に魔道具の仕入れや流用計画を立てていたものだ。

 だからこそ、この二人をして、最大の武器となる魔道具の密輸ルートを確立することは可能だったのである。

 ブラッドヴァンを取り仕切るオドレイヤは戦闘の天才だったが、他人の偽計に前もって対応するような政略の天才ではなく、天性の頭脳派だったというわけではない。当時から今もなお、とにかく面倒な日常業務のほとんどは部下任せで、だからこそフレッシュマンの裏切りを簡単に許してしまったわけである。

 提供されることになる魔道具のリストを受け取って、南部マフィア代表の男は満足げに頬を緩めた。これなら勝てるかもしれないという予感が彼に自信を与えたのだ。


「ありがたく頂戴しておくぜ。強力な魔道具を正確に扱う訓練にはしばらくかかるだろうが、できる限り迅速に前線で活躍できるように急がせよう」


「そいつは助かる。それで、君たちから見て他のマフィアの旗色はどんな感じだ?」


「東部マフィアも西部マフィアも、現状は様子見ってところだな。表面上はオドレイヤに服従を誓いつつも、倒せるものなら倒してほしいから、積極的に俺たちの邪魔はしないっていう漁夫の利スタンスだ。野心はあっても度胸が足りないらしいぜ」


「今のところ頼れるのは君たち南部マフィアだけというわけか」


「南部マフィアなんてしけた名はよしてくれ。明日からは俺たちもマギルマの一員さ」


「ふふん。野心と度胸に溢れる君たちの上官になれて私は幸せだよ。寝首をかかれないよう、今夜から枕は低くしておこう」


「いつものように高くして眠れ。少なくともオドレイヤを殺すまでは安心していいぜ。俺も街のトップの座には憧れるが、しばらく裏切りの算段はおあずけだ」


 大量の魔道具の取り引きと、今後の協定を約束した彼らは、代表者同士で握手を交わして別れた。

 すべては明日の夜。

 その日そのとき、この街のバランスは変革を迎えるのだ。

 しかし、その未来を占う密約の現場の影。毒々しいピンク色のスライムが廃屋の隙間でうごめいていたことなど、彼らの誰も知りようがなかった。

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