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治癒魔法使いアレスタ(改稿・削除予定)  作者: 一天草莽
第三章 そして取り戻すべき日常
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8 マギルマ

「……滑稽だな」


 オドレイヤ邸で開催されたパーティを指してそう評したのは、街の支配者オドレイヤの元部下であり、現在では彼に離反して結成したブラッドヴァンへの対抗組織を率いているフレッシュマンである。

 誰もが恐れる巨悪に立ち向かう怖いもの知らずの頼れるボスだが、しかし、意外なことにまだ若さの残る二十代の青年だ。


「さぞ笑えましょう。しかし本人達は大真面目ですよ」


 一部には「若すぎる」という批判さえある彼を支える側近にして、組織内では彼に次ぐ立場の副リーダーを務める男こそ、フレッシュマンとともにブラッドヴァンを裏切った知将ブリーダルである。

 若きリーダーであるフレッシュマンの至らぬ部分を埋め合わせる優れた副官として、本人の願いとは別に、自然の成り行きで新しい組織におけるナンバーツーの座を押さえることとなったブリーダル。彼はブラッドヴァンにおいて実力で上り詰めた元幹部の一人だったこともあり、経験豊かな頭脳と類まれなる時勢を読むセンスを備えている。

 どちらかといえば単純な戦闘面よりも、精神面でこそ頼りになる初老の紳士であった。


「だからこそ余計に滑稽なのさ」


「彼らには彼らの命がかかっているのです。ふざけているわけではないのでしょう。少しくらいは同情なさってもよろしいかと」


 紳士らしく熟練した立ち居振る舞いから、おそらくプロの執事としても通用するであろう老齢のブリーダル。そんな彼から提供された異次元世界ユーゲニア特産のパープルティーを口元に運びながら、その高貴な香りに包まれたフレッシュマンはシニカルに肩を揺らす。


「どれほど演者が命を懸けていようと、筋書きの決まった茶番は茶番でしかないものさ。ブラッドヴァンのドン、ね。すべてのマフィアはオドレイヤにひれ伏す、か。誰もが恐れる悪の親玉とはいえ、聞き分けのない赤子をまわりの大人たちが必死になってあやしているようにしか見えないが……」


「そんな理性の足りない赤子に支配をゆだねているアヴェルレスの現状がおかしい。そうでしょう?」


「まさしくその通りだ。あんな駄々っ子をいつまでも放置してはおけない」


 深い味わいのある風味を十分に堪能することなく、高価なパープルティーをたった一口で飲み干してしまうと、それでひとまず満足したのか、彼は空になったティーカップを輝くほど磨かれたテーブルの上に置いた。

 甘く繊細な残り香がフレッシュマンの鼻腔をくすぐるものの、その顔に上品な微笑みはない。どちらかといえば人懐っこい少年のような笑顔だ。


「今日はいい機会だからな、ブリーダル。あなたに聞いておこう。率直に答えてくれ。我々には勝ち目がないと思うか?」


「答えるまでもないでしょう。勝ち目は私が作ります。そのための参謀ですからな」


「頼りがいのある回答だ。ありすぎて脅威を感じるね」


「おや、脅威などと。そいつは皮肉ですかな?」


「皮肉どころか最大級の賛辞だよ。あなたがボスとしての私を信じる限りはね」


 照れ隠しなのか、フレッシュマンはテーブルの上のカップを指先で爪で弾くように叩いた。すでに何も入っていない空のカップは揺れて高い音を立てる。

 それを彼なりの合図と受け取ったのだろう、気の利いたブリーダルはパープルティーの二杯目をカップに注いだ。


「オドレイヤのパーティ会場に送り込んだ我々の使者の件ですが……」


「ああ、先ほど内通者から連絡があった。どうやら亡くなったらしいな。残念なことだよ。本当に残念だ。なにしろ私は彼に対して、決して無策で敵の居城へは行くなと言っておいたのだがね? ……まったく、血気盛んな若者は無茶をしたがるから」


「残念と言っているわりには、なんだか嬉しそうですが?」


「ふふん。そりゃそうさ。無茶をしない臆病な人間ばかりを集めても、絶対にオドレイヤを殺せないからね。全員が無茶をしてこその戦争だ」


 今度ばかりはシニカルというよりも、どちらかといえば強がって笑ったフレッシュマンは、目の前に差し出されたばかりのパープルティーを再び一口で飲み干した。

 もったいない、と心で嘆いたブリーダルは白いあごひげをさするにとどめる。

 一応は高級品であるパープルティーは、富と権力の象徴としてもマフィアに好まれる。ところが、一般庶民には手の届かない最高級品でありながら、その上品な味わいのせいで、アヴェルレスの支配者として君臨するオドレイヤが大の苦手とする飲料でもあった。

 味覚と嗅覚の総合芸術を解さない無粋な支配者には、まさしく豚に与えられる真珠である。

 そのオドレイヤを殺さんと意気込むフレッシュマンは、かつてのボスへの対抗心と厄除けの意味もあって、つねに自身の体にその紫色の液体を満たしておきたがったのだ。

 自分と奴とは違う人間だ。生き方や信念だけではなく、そもそものつくりからして……と。

 パープルティーを飲み干したフレッシュマンが満足げにティーカップをテーブルに戻すと、今度はブリーダルが三杯目を注ぐ前に、それを邪魔するタイミングで部屋の扉が開いて一人の来客があった。

 端正な顔立ちの若い女性だ。派手ではないが美人である。

 これはどうやら先ほどのフレッシュマンの言葉が聞こえていたらしい。

 彼の顔を見るや開口一番、彼女は不服そうに眉をひそめた。


「オドレイヤを殺すなんて物騒なこと……。本当に他の道はないの?」


「ないね。あってたまるか」


 駄々をこねる子供っぽい意地を張っているかのような言い草で口を尖らせると、彼女を直視できないフレッシュマンは顔をそむけた。

 間に挟まれる格好となったブリーダルはやれやれと言いたげな表情をして、彼の若き主君を見やる。

 そもそもフレッシュマンがオドレイヤを裏切り、殺したいほどに憎悪する理由もあるにはあるのだが、それを他人に語ろうとはしないのが彼の意固地な性格だ。それも特に、その相手が誰よりも大切に想っている女性であれば、なおさらである。

 馬鹿な男のちんけなプライドかもしれないが。


「私の言動を物騒に思うなら、ナツミ、君は無理をして私のそばにいる必要はないんだがね」


「ぶっ飛ばされたい?」


「おっと、私は遠慮する。君に謝るよ。だからそいつはオドレイヤにお見舞いしてやってくれ」


 ナツミと呼ばれた女性の威勢におされつつある弱腰のフレッシュマンである。

 ジョークのつもりでオドレイヤの名前を軽々しく口にして、自分でも思うところがあったのだろう。

 おどけた調子を消したフレッシュマンは急に真面目な顔をしてナツミに目を向ける。


「魔法使いの中には取り込んだ魔力を体内で活力に変えて、百五十歳まで生き続ける人間もいるという。誰かが殺さなければ、最強最悪の魔法使いであるオドレイヤはずっと支配者のままってこともありえるわけだ。このままこの状況を黙って受け入れている限り、アヴェルレスに平和は訪れないよ」


「……アヴェルレスに平和が訪れることって本当にあるのかしら?」


「誰かが呼べばね」


「……誰かが呼べばって、あなたが呼べるの? そもそも呼んで来てくれるもの? アヴェルレスに生まれた私たちは平和の顔も知らないのに。理想ばかりを描いた片道の恋は成就しないものよ?」


 なんだか詩人みたいな台詞だな、と、のろけて愛する彼女の声に耳を澄ませていたフレッシュマン。

 生真面目な彼女の忠告を一応は気に留めつつも、ここで反論しないわけにはいかなかった。


「なぁナツミ。君はあの偏屈なカロンじいさんから何を学んだんだ? 孤児だった私とお前はともに、カロンじいさんのもとで十何年と育てられただろう? あくどいマフィア連中から何度となく金や食料を盗み取って生きてきたんだ、私たちは」


「義賊の真似事をして、略奪された人や物をマフィアから取り返したこともあったわね。市民からは正義のカロン盗賊団なんて呼ばれて、ずっとマフィアに敵対する裏稼業をやって……」


「そうさ、だから簡単なことだよ。今までと同じことさ。特別なことじゃない。君だって元カロン盗賊団の一員なら、私がやろうとしていることを理解してほしいところだね」


「言われなきゃ理解できないわ。ちゃんと説明して。何を考えているの?」


「平和なんて盗めばいい。簡単さ。オドレイヤを殺して取り戻すのさ」


「……あきれた。それって無策と同じね。あなたを信じている部下のみんながかわいそうよ」


 同情や不安という感情を込めた瞳でブリーダルを見やったナツミ。

 だが、彼女と顔を合わせたブリーダルは「いえいえ」と言いたげに首を横に振る。

 リーダーとしてのフレッシュマンを信じているといえば聞こえはいいが、結局は全員、ただ単純にオドレイヤを憎んで自主的に謀反しているだけなのだ。

 命を懸けた男同士の共犯じみた信頼関係について、その事情を知らない女性から同情的にかわいそうなどと思われるのは、彼にとっても大なり小なり不服であった。


「一度は私がオドレイヤのあとを継いでブラッドヴァンの次期ドンになり、平和的に全マフィアを解体しようと考えたこともある。だが、もうその道は捨てた。ありえないと理解したのさ」


 未練なく言い切ったフレッシュマンは、ここに己の決意を改めて力強く表明する。


「私たち新生マフィア勢力、その名も『マギルマ』は、これから正々堂々オドレイヤを殺しにかかる。無論、この街の”法”に従ってな」

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