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治癒魔法使いアレスタ(改稿・削除予定)  作者: 一天草莽
第三章 そして取り戻すべき日常
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5 危険とは無縁の日々(下)

 六歳になるチークの誕生日会は、彼女の自宅一階のリビングで行われることになった。

 そのリビングは豪奢な縦長のテーブルがいくつも横に連なって置かれていてもスペースに余裕があるくらいに広く、調度品などのインテリアも優雅な清潔感のある一室だった。下手をすれば、ここだけでギルド全体よりも広いかもしれない。

 もちろんリビングだけではなく家全体が豪邸といってもいいほど広大で、手入れの行き届いた庭まで含めてしまえば、ざっとギルドの数倍はあるという敷地だ。

 直接チークから招待された俺とニックやカズハの三人はもちろん、彼女と顔なじみであるイリアスとサラもお邪魔することになった。

 サラはここのところずっと落ち込んでいる様子で、あまり元気がないようだったこともあり、なにかとイリアスが気にかけているのだ。だから元気を出してほしくて彼女を誘ったのだろう。こういうイベントが気分転換になればいいけれど。

 ちなみにカロンはギルドに残って留守番だ。年を取ると疲れやすいらしい。

 もう日が暮れ始めようかという午後、律儀に出迎えられた俺たちはそろって門をくぐる。

 どうやら彼女の同年代の友人などは俺たちが来るより前にパーティーを終えて帰ったらしく、今から開催される夜の誕生日会には、俺たちの他には主催者のチークとその母親の姿があるばかりだった。


「気兼ねなく楽しんでいただくため、使用人たちは下がらせました。夫は先ほど夜勤があるといって出かけていきましたから、どうぞお気になさらず騒いでください」


 とは、上品さと物腰の低さに彩られたチークの母親の言葉だ。

 まだ二十代に見える美貌と若々しさを備えていて、こういった若奥様に不慣れな俺は、すっかり緊張してしまって流暢に答えることができない。


「お母さん、この方がアレスタ先生です」


 そう言ってチークが俺を紹介してくれると、


「あらあら、これはこれは。うちの子はすっかりアレスタ先生にご執心のようですからね、いつもお世話になっております。今日だってこの子ったら、あなたをお父さんに会わせたくないからと、わざわざ時間をずらしたのですよ? うふふ、なにしろ私の夫は娘を嫁に取らんとする男を目の敵にしていますから」


「お、お母さん! それは言わないって約束……!」


「ほらほら、慌てていては見苦しいですよ? 折角のドレスが乱れてしまいます。今日から六歳になったのですから、もっと女性としての意識をもちなさいな」


「それは、もちろんわかっていますけれど……」


「ふふ、そうしないとアレスタ先生にはお相手していただけませんよ?」


「あ、もう、お母さんったら!」


 などなど、とても仲のいい母娘のようだった。

 なにやら俺のことまで同時にからかわれてしまったようだが、穏やかな雰囲気に包まれているのでよしとしよう。

 やがてチークを中心にして、彼女を取り囲むように俺たちは並んで座る。

 それは窓から覗くことのできる庭園を絵画的風景にして、きらめく星空を見上げつつの食事会。

 親密な関係の会話には花が咲き、おいしい食事には舌鼓を打ち、まさしく至福のひと時だった。


「チークちゃん、もしかして眠くなってきた? 起きているのがきついのだったら、そろそろお開きにしたほうがいいのかな?」


「あ、いえ、もう少し頑張ります……」


 しかし眠そうだ。無理もない、今日は一日ずっと誕生日会だったであろうから疲れもたまっていることだろう。

 そろそろ休ませてあげたほうがいいに違いない。


「実はチークちゃん、最後に俺たちからプレゼントがあるんだ。受け取ってくれる?」


「わぁ、ありがとうございます!」


 俺からの贈り物は美しい羽根の首飾りで、これは先日作ったアクセサリーを依頼主から直々に買い取ったものだ。

 イリアスは生真面目な彼女らしく勉強道具一式を、サラは女の子が好みそうな可愛らしい小物入れを、サラの相棒である風の精霊エアリンからは頬へのキスを、そしてニックはふわふわのクッションを、それぞれ誕生日を迎えたチークにプレゼントした。

 そして残るはカズハであるが、


「アタシも同じものを用意しちまったぜ……」


 彼女が手にしていたのは、なんと俺があげたものと同じ、例のネックレスだった。

 先日、俺が依頼主からアクセサリーを一つ買い取ったとき、その場にはカズハもいたのだった。

 あのときはてっきり自分のために買ったとばかり思っていたが、どうやらカズハも俺と同じことを考えていたらしい。うかつだった。

 しかしカズハとチークの彼女たち二人にしてみれば、あのアクセサリー作りは仲良くなったきっかけとも呼べるものだ。したがってカズハがそのとき作った羽根の首飾りをチークに贈ろうと考えたのは、当然といえば当然だ。

 そこまで気が回らなかった俺の失態である。なんだか悪いことをしてしまった。

 プレゼントがかぶってしまい、微妙に気まずい空気がリビングを覆う。

 俺とカズハがそろって浮かない顔をしていたからだろうか、ひときわ明るい声でチークが提案した。


「だったらこうしましょう!」


 チークはカズハからネックレスを受け取ると、その交換として、今度は俺が彼女にプレゼントしたばかりの首飾りをカズハに手渡した。

 そして少女二人は、それぞれに交換した首飾りを自分の首に通す。


「これでカズハさんとはおそろいです、友達の証ですね! アレスタ先生、カズハさん、どうも本当にありがとうございました!」


 ぺこりと頭を下げたチークは全員に向かって最高の笑顔を輝かせた。

 恥ずかしながら、年下の少女に気を遣わせてしまったらしい。


「ごめんね、チークちゃん。今度、俺からは別のプレゼントを用意するよ」


「いえいえ、お気遣いなく。アレスタ先生のおかげで、こうしてカズハさんとおそろいのネックレスをつけることが出来ましたから」


 この子はなんていい子だろう。これでまだ六歳になったばかりとは。

 こう言われては、やはり彼女のために新しいプレゼントをあげないわけにはいかなくなった。しかし何がいいだろう。

 名案のない俺は、あごに手を当てて少し考え込んでしまう。


「あら、ひょっとして代わりのプレゼントでお悩みですか? この子、アレスタさんから頂く指輪なら、きっと安物でも大喜びすると思いますよ。うふふ、もしよろしかったらお考えください」


「お母さん、そんなこと……!」


 またまたチークちゃんは顔を真っ赤に茹で上げてしまう。母親に図星をつかれてしまったことが恥ずかしいのだろうか。

 しかし指輪か、それはきっと素敵だろう。

 そんなに指輪がほしいのなら、明日にでも街のアクセサリーショップを覗いて探しておこうかな……と考えていると、怖い顔をしたイリアスに肩をつかまれた。


「ね、アレスタ。あなたが住んでいたエフランチェ共和国での風習は知らないけど、この帝国では男性が女性に指輪を贈る行為って、ほとんどプロポーズを意味するんだからね?」


「……教えてくれてありがとう。気をつけるよ、気をつけるってば」


「ならいいけど。小さな女の子の純情をもてあそんだら許さないからね」


 彼女なりの忠告なのか、鼻の頭を指でつつかれて俺はバランスを崩した。


「あらあら、もてあそばれてこそ激しく燃え上がる恋もあるのよ、お嬢さん。こうやって私が幸せを手に入れたようにね」


 そう言って不敵な微笑を浮かべたのはチークの母だ。

 いったいどんな恋愛を経て結婚したのかは知らないが、一筋縄ではいかない女性だということは、その一言だけで察せられた。

 いずれ娘のチークも母同様にたくましく育つかもしれない。

 女性というものは侮れないな、と俺は思った。







 その帰り道。

 果てしないほどの遠方で静かに燃える星がいくつも浮かぶ夜空に照らされた、とある住宅街の路上をギルドに向かって歩いていた俺たち。

 ふと視線をやって見ると、まるで無邪気な子供がするみたいなスキップにも似た軽やかな足取りで、なにやら嬉しそうな雰囲気のカズハがいた。

 その隣へと寄って、浮かない気分の俺は彼女に歩調を合わせた。


「ごめんね、そのネックレスのこと。先にカズハと確認しておくべきだった。まさか同じものをチークにあげようと考えていたなんて……」


「謝る必要はないんだぜ、むしろアタシは感謝しているくらいだ。この羽根の首飾りは、兄貴とチークちゃん、二人からのプレゼントってことだからね。これには二人分の重さがあるみたいで、嬉しいぜ」


 カズハはネックレスに連なった羽根の一つを手に取り、それを顔の前まで持ち上げて、薄く星明りに照らし出させた。地獄鳥のそれだという手のひら大の羽根の一片は、ものものしい名前とは裏腹に美しく輝いて見える。

 なんとなしに歩調はゆったりとそろい、意識せずとも同じペースで運ばれる。いつしか俺とカズハは呼吸数まで同調した。


「この羽根って、地獄でも美しくあれるってことの証明なのかなぁ? あの地獄みたいなアヴェルレスに生きていても、アタシらは間違わず清く正しくいられたんじゃないかって、今さらながらに思い知らされちまったぜ、兄貴」


「……向こうで盗みをやっていたって話のこと? でもそれは――」


「仕方がない。そう思えたのなら、アタシは根っからの悪人なんだろうね」


「…………」


 俺は何も答えられなかった。

 彼女の心に眠っているであろう闇も、アヴェルレスにあるという闇も、そのどちらも知っちゃいないのだ。

 そんな無知といってもいい状態では、ここで彼女に意味のある言葉を伝えるのは難しい。


「いやぁ、今日は馬鹿みたいに幸せだったなぁ。チークちゃんは可愛い妹分みたいだったし、アタシは心が洗われるみたいだった。この街に来るまで、こういう豊かさに満たされた時間があるってこと、アタシ知らなかった」


「これからはそういう時間を作っていけるよ。カズハがそうありたいって願えば、みんなこたえてくれる。もちろん俺だって――」


 気負った感じで隣へと顔を向けたが、そこにカズハはいなかった。


「ほらよっと! つれてってくれよな、兄貴!」


 いつの間にか背後に回りこんでいたらしいカズハは、妹が兄貴にじゃれ付くみたいにして、勢いよく俺の背に飛び乗ってくるのだ。

 少女一人分の体重がかかった俺は一瞬バランスを崩して、けれど倒れまいと踏ん張った。


「まったく、わかったよ。しっかりつかまっていてよね」


 夜さえも照らすいくつかの街明かりを越えて、帰るべきギルドまではあと少しの道のりだ。

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