4 危険とは無縁の日々(上)
さて、ターミナル地下に出現した魔術的ゲートを通ってこちらの世界に逃亡してきたというカロンとカズハの二人であるが、先日の領主からの意見もあって、正式に我がギルドで保護することとなった。
保護期間は未定だが、ひとまずターミナル地下の魔曲短縮路線用のゲート調整が完了し、無事に開通記念式典を迎えるまではこの状況が続くだろう。
二人の身柄を保護するといっても、なにも大げさな身辺警護を実施する必要はないとの事だ。
ひとまず客人としてギルドに住まわせてもらえれば、それで十分だとカロンはいうのである。
そんなわけで、カロンとカズハの二人にはギルド二階の空き部屋を用意して、そこで生活してもらうことになった。
折角だから二人には一つずつ個室を用意して使ってもらおうとも考えたのだが、これは彼らに「二人一緒の部屋でいい」と断られる。そのほうが落ち着くらしい。
考えてみれば、彼らにとってはこちらの世界こそが異世界なのだ。離れ離れになるのが心細いとしても無理はないだろう。
さて、こうして俺とイリアスが寝泊りしていたギルドに、突如として二人の同居人が加わった。夜だけは自宅に帰るニックもあわせれば、昼間のギルドには五人の人間が暮らすことになる。
賑やかで楽しい雰囲気になった反面、騒がしくて慌しいともいえるだろう。
ここに現在は長期休暇中で街を離れているサツキさんが帰ってきたら、一体どんな顔をするだろうかと考えてみた。喜んでくれるのか、あるいは迷惑そうに眉根を寄せてしまうのか。
どちらにせよ、しかしサツキさんは追い出せとは言わないだろう。
「へっへっへ、ほらアレスタの兄貴! 見てくれよ、アタシはもう出来たぜ! 完成だな!」
「え、もう? 本当の本当に?」
苦戦していた俺は驚いて、背筋を伸ばして胸を張っているカズハの手元を確認した。
なるほど、宣言の通り本当に出来上がっている。きっと彼女は手先が器用なのだろう。
「では兄貴、デキるアタシは次の奴に取り掛からせてもらうことにするぜ」
「うん、お願い。これ全部、今日中に終えておきたいからね」
俺たちは午後の暇な時間を活用して、これも別件で引き受けた依頼の一つである「アクセサリー製作」をしているのだった。
それはきらびやかな鳥の羽を次々と紐に通していって、ネックレスに仕立て上げるだけという単純作業なのだが、これが意外と難しい。
「僕はもう無理だ。手が痛い。まるで自分が羽をむしられた鳥になったような気がして、くらくらと眩暈がしてきたよ。ああ、かわいそうな華麗なる羽の鳥よ……ニック鳥とかいったっけ?」
「……地獄鳥って名前の魔物だった気がする」
「うげ、地獄……!」
どうやらニックは役に立ってくれなさそうだ。こうなったら俺とカズハの二人で頑張るしかないだろう。そういえば昼食のあとからカロンの姿が見えないが、まさか保護対象の老人を酷使するわけにもいくまい。カズハは暇だからと遊びで付き合ってくれているだけだ。
ちなみにイリアスはといえば、これもまた別の依頼で出かけている。
急病が出たどこかの店で、一日だけ店員として働いてくるそうだ。
「あ、あの……」
と、そんなときギルドに来客があった。
とても小さな女の子である。
「お、チークちゃんだ。もしかしてギルドに用があるのかな? まー、とにかく入って入って!」
もじもじするチークちゃんの姿を見つけた俺は仕事の手を休めて、入り口で戸惑った様子のまま立っている小さなお客さんをギルドの中に案内した。彼女のほうは俺たちが仕事中だということもあって、このまま入っていいものかと遠慮したのだろう。
見習いたい謙虚さだ。
「おやおや兄貴、そちらはいったいどこの誰だって? 可愛らしいお嬢ちゃんだなぁ」
「この街に住んでいるチークちゃんだよ。こうしてたまに遊びに来てくれるギルドのお得意さんだから、もてなしは丁重にね」
「もう、アレスタ先生ったら……」
誉めそやすようにチークの頭をなでてあげると、髪をくしゃくしゃにされた彼女はうつむいてふくれっ面になった。それでも口元はどちらかといえば笑っていて、異議ありそうな目は不服を伝えている一方、潤んだ瞳が上目遣いで可愛らしい。
彼女はギルドのある住宅街に住んでいる五歳の少女チークで、ここへは定期的に遊びに来てくれるくらい仲がよくなった明るい女の子だ。
以前に彼女のもとから逃げ出した飼い猫ケイトを探し出す依頼を受けて、それ以来ますますギルドに入り浸りになった。
そういう意味では“お得意様”といっても間違いではないだろう。
「あのぅ、アレスタ先生。あの、そちらの方は?」
チークが警戒心を持ちつつ好奇の目を向ける先は、彼女にとって初対面のカズハだ。
当のカズハは自分のことに興味を抱いてもらったことが嬉しいのか、礼儀正しく謙虚な性格の少女を相手にして、食いかかるかのように身を乗り出した。
「よくぞ聞いてくれたな、チークちゃん。はじめましてアタシはカズハだぜ。ギルドに住まわせてもらうようになったんだが、これはなんと、アレスタ兄貴の弟子だからだ!」
「まぁ先生、お弟子さんを取ったんですか!」
「まさか、弟子なんかじゃなくってカズハはただの居候だよ! 得体の知れないカロンっていうおじいさんと一緒に、わけあってしばらくギルドで預かることになっただけ! まったくカズハも純真無垢なチークちゃんをからかわないでよ、いつから俺の弟子になんかなったのさ! そもそも俺は君の兄貴じゃないでしょ、その呼び方はヘンだよ!」
「兄貴は心の兄貴だぜ。弟子っていうのも、アタシが自分で勝手に決めたんだ!」
「よろしい、だったら今後は俺の言うことを素直に聞くこと! さてカズハ、まずは君に淑女としてのわきまえをだね――」
「いいからアレスタ、そろそろ手を動かしたらどうだい? さっきから働いているのは僕一人じゃないか」
「……ごめん」
ニックに怒られることになった俺は本気で落ち込んだ。すっかり意気消沈である。
その隙をついたのか、にっこり笑ったカズハはチークの手を引いて、恥ずかしがる彼女をなんのその、無理矢理に自分と隣り合う形でソファに座らせた。
すっかりお姉さん気分というわけか。
「アタシが教えてあげるから、チークちゃんも一緒にアクセサリーを作ろう」
しかも仕事を手伝わせるつもりらしい。
……俺が言えた義理ではないが。
ところが取り掛かってみればチークは意外にも熱心で、お姉さんぶるカズハの指導もあってか、その手さばきは丁寧ながら、なんと俺の作業スピードを凌駕した。本人いわく「すっごく楽しい!」そうだから、もしかすると天職かもしれない。将来は街に個人経営のアクセサリーショップを開くことだろう。そのときは資金面で協力してあげたい。
おもにカズハとチークの少女二人の活躍によるものだが、アクセサリーの作成は依頼された必要量のすべてを終えるまで、そう時間はかからなかった。
「ところで、チークちゃんは何か用事があったわけじゃないのかな?」
「はっ、そうでした!」
当初の目的を思い出したらしいチークは口に手を当てて驚いていたが、すぐにいつもの冷静な態度に戻ると、今度はもじもじと両手を組み合わせてはにかんだ。
何か言いにくいことなのかと思って、俺は彼女の気持ちをほぐしてあげようと、一度席を立って冷たいジュースを用意してあげた。
提供するのは彼女の好きな甘い柑橘ジュースだ。
ちびりと一口だけ飲んで、水滴の浮かんだガラス製のコップを両手で持ったまま、チークは恐る恐るといった表情で小さな口を開けた。
「実は、誕生日会をやるんです……」
顔を真っ赤にして言った彼女は、それきり口を閉ざしてしまう。
「誕生日会というと、もしかしてチークちゃんのかな?」
そう問いかけると、彼女はコクリとうなずいた。
「みなさんをご招待したくて……」
耳まで朱色に染まっているのは、それが勇気を振り絞ってのお誘いだったからだろう。やはり謙虚さ溢れる五歳の少女である。
なんとけなげで奥ゆかしいことか。そんな彼女の願いはなんでも叶えてあげたくなる。
「そういうことだったら、よろこんで伺わせてもらうよ。たとえギルドに緊急の依頼が舞い込んだとしても大丈夫、そんなの断ってでも誕生日会には最優先で参加するからね」
「ありがとうございます!」
本当に喜んでくれているのか、ぱっと顔を上げたチークの表情が輝いた。
これは本当に最優先で参加せねばなるまい。
「僕もいいかな?」
「え? あ、ええ、もちろんですよ」
少し歯切れは悪かったけれど、ニックも招待客の一人に加えられたらしい。よかったな、そこまでは彼女に嫌われてなくて。
「あ、あの、できればギルドのみさなんにはぜひ参加していただきたくて。……えっと、折角ですからカズハさんも、どうでしょう?」
「アタシ? アタシも行っていいの?」
「もうお友達になれましたから……」
ねだるような、期待しつつ顔色を窺うような少女の視線がカズハを射抜いた。
甘えるときには上手に甘えることのできる、純粋無垢な女の子の得意とする、有無を言わせぬ表情だ。
さすがのカズハもこれにはすっかり骨抜きにされてしまい、
「チークちゃんのためならアタシはどこまでも参上させてもらうぜ」
と仰々しく答えるのだった。




