表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
治癒魔法使いアレスタ(改稿・削除予定)  作者: 一天草莽
第三章 そして取り戻すべき日常
38/77

3 自由と平和を求めて

 ギルドを訪れたカロンとカズハの二人が、俺たちに保護の依頼を申し出た翌日。

 俺とイリアスの二人、それから来訪者であるカロンとカズハの二人にも同行してもらって、合計四人となった俺たちはベアマークの城を訪れた。

 この街の領主へと、今回の件に関する報告をすることとなったのである。

 ニックは真面目な話の邪魔になるので留守番だ。本人も面倒くさがっていたのでギルドに置いてきた。

 ちなみに頼れるサツキさんは現在ベアマークを出て、一人で街の離れにある自宅に帰っているため不在である。いわゆる休暇なのだ。ギルドに戻ってくる時期は未定となっている。

 そして城内にある謁見の間。

 案内役となった騎士に連れられて入ると、すでに領主がその豪勢な椅子に座っていた。

 どうやら待たせてしまったらしい。ちょっと眠そうだ。


「あらイリアスちゃん、遅かったね?」


 この領主、ベアマーク騎士団の中でも特にイリアスのことを気に入っているので、とても親しげに接してくる。本人としてはそれで円滑なコミュニケーションを取れていると考えているらしいが、馴れ馴れしくされるイリアスはひどく迷惑そうというか、露骨に嫌がっている。

 最初のころは彼のイリアスに対する態度が不思議でならなかったのだが、今ではその理由もわかる。

 イリアスの父親とこの領主は、いわゆる親友と呼べる関係だったようで、その娘であるイリアスには、彼なりの愛情を注いでいるつもりなのだ。


「さて、報告の件ですが」


 しかし、親の心子知らず(そもそも親の親友というだけで、本物の親ではない)。クールなイリアスは領主の言葉を半ば無視して、単刀直入に本題を切り出した。

 まずは地下ターミナルの魔術的ゲートに関する問題だ。


「……まぁ、そのことについては先に私のほうから語ろう。君たちには知っていてほしいことばかりだからね。そうだな、差し当たって、とりあえずは――」


 と、なにやら領主は俺とイリアスの背後にふてぶてしく控えている二人にちらりと視線を送ってから、半ば命令口調で俺たちに問いかける。


「こちらの説明が終わるまででいい。もちろん質問くらいならいいが、そちらからの報告や意見はしばらく保留してもらえるかな? 話がややこしくなりそうだ」


「わかりました」


 真っ先に俺が答えて、それからイリアスも黙ってうなずくと、


「ほっほっほ。なら、しばらくは口をつぐませてもらおうかの」


「よし、だったらアタシもそうさせてもらうぜ。どんなことが判明したのか気になるしな。ふふーん、あえてアタシらは喋らないことにするぞっと」


 などと、カロンとカズハの二人は挑戦的に言って笑った。

 昨日一晩一緒に過ごしてわかったことだが、どうやらこの二人はお調子者なので、つつがなく話を進めるつもりなら、しばらくは静かにさせておくのもいいだろう。

 もちろん彼らはゲートを通ってきた当事者なのだから、彼らなりに知っている事情もたくさんあるはずだ。けれど、そのすべてを正直に語ってくれるとは限らないのだし、期待も信頼もまだ早い。

 不真面目な彼らの態度をどう捉えたのかはわからないが、にっこりと笑った領主は俺とイリアスに意識を向けて、その報告に入った。


「専門家を集めて徹夜で行われた調査の結果、昨日発生した例の不可解なゲートについてはひとつのことが判明した」


「何が判明したのですか?」


「うむ。どうやら本来は帝都への魔曲短縮路線として使用されるべき異空間への魔術的ゲートだが、想定外の何かがきっかけとなって、別の異次元空間へとつながるように開いてしまったらしい。まだ不安定で限定的な状態ではあるが、今もあの場所に、ゲートは異次元世界に通じたままで存在する」


 あの魔術的ゲート、どうやら本来の予定とは別の場所につながっているらしい。

 だとすれば、あのゲートから出てきたカロンとカズハの二人は、本来用意されていた魔曲短縮路線を通ってきたわけではなく、それはつまり、彼らが帝都以外の場所からやってきたということだろう。


「帝都ではない別の異次元空間につながっていると言いましたが、その具体的な場所のことはわかっているのですか?」


「わかっているとも。その異次元世界の名はユーゲニア。より詳しくは、その第一都市アヴェルレス」


「……どちらも初めて聞く名前ですね。ねぇ、イリアスは知っているの?」


 と、ここで俺はイリアスに問いかけた。

 ユーゲニアだのアヴェルレスだの、あいにく帝国に住み着いて数ヶ月といったところの俺は聞いたことのない地名だったので、一般的に有名なのかどうかさえ、自分の頭では判断しかねたのである。


「そうね、私は名前だけなら聞いたことがある。でも異次元世界なんて一度も行ったことないし、実際にどんなところかは知らない」


 そう言ってイリアスは首をフルフルと横に振った。ちょっと可愛い仕草だ。

 それにしても、優秀で博識なイリアスでもよく知らないような場所らしい。いわゆる辺境のような場所なのだろうか。


「……ま、それはそうだろうね。なにしろ異次元世界なんて、我々には認識することすら難しい次元の壁があるのだし、普通に暮らしている人間にとっては無縁なところだよ。魔術的に鍵をかけた向こう側の世界であり、越えることのできない山々に囲まれた限定空間だ。魔術的なゲートでもない限り、普通は行き来することだって不可能な場所だね」


「ほほう……」


 俺は頭の中を整理するのに精一杯で、わかった風な相槌を打つのがやっとだ。

 しかしイリアスは話の要点整理が得意らしい。人差し指を立てて話をまとめた。


「とにかく、あの魔術的なゲートがつながっている場所は異次元世界ユーゲニアに存在する都市アヴェルレスのどこか、ということなんですね?」


 ああそうだ、と彼女の問いかけにうなずいて領主。


「異次元世界なんて、古くは地獄と同様に見なされていた辺境の地だけどもね。今でもたくさんの人が住むそうだよ、向こうの世界には」


 ここでちらりとカロンとカズハの顔を確認したのは、二人がまさに異次元世界の住民であるかもしれないからで、領主なりの驚きと好奇心があったからなのかもしれない。


「異次元世界の一つであるユーゲニアは面積で言えば帝国全土の半分くらいしかないし、その中でも、ちゃんと人が住んでいるのは中心にある都市アヴェルレスだけだと聞いている。もちろん、今でもその情報が正しいとは限らないのだがね」


「情報が正しいとは限らない、とは?」


「異次元空間との政府間による公式な交流は数百年前に停止されており、現在では行われていないのさ。ごく一部で、ささやかな物流のための非公式な民間同士の接触があるだけだろう。だから情報も断片的になる」


「なるほど……」


 ここまでで大方の説明は終わってしまったらしい。

 領主は結論としてこう述べた。


「例のゲートによる直接の影響が及ぶのは、当面のところ地下に用意された魔曲短縮路線のみだが、安全性と治安維持の観点から、しばらくはターミナル駅の開通を見合わせることにしたよ。開通記念式典の警備についての依頼だが、これも延期でお願いできるかな?」


「もちろんですとも」


 ここまで準備されてきた記念式典が延期されてしまうのは残念だが、安全のためならば仕方がない。こうなったら我がギルドとしても最後まで付き合うつもりだと、俺は快くうなずいた。

 本音を言えば、延期された場合の依頼料について確認しておきたかったが、今後のことも考えて、ここで俺たちが依頼料の問題にがめついような印象を与えてしまうのは結果的に損だろう。


「……さて、それでは私から彼らについてお尋ねしようか。君たち二人は、おそらく異次元世界ユーゲニアの住民だね? 今までの説明について、どこか間違っているところはあったかな?」


 と、ようやく領主から伺いたてられた老人は、にやりと余裕たっぷりに微笑んだ。


「大まかに言って、あんたの説明は正しい。わしらは異次元世界ユーゲニアにある都市アヴェルレスから、あの魔術的ゲートを通ってこの街に来た」


「それはよかった。もし違うと言われてしまったら、ここまで自信満々に説明してきた私が赤っ恥をかくところだったよ」


「だがな、あえて言っていないこともあるじゃろ? 我が故郷アヴェルレスの成り立ちを、どうしてそう隠そうとするんじゃ?」


「……アヴェルレスの成り立ち?」


 気がつくと、俺はつい口を挟んでいた。何か意味深な物言いである。

 渋い顔をした領主は、もちあげた自身の右手で下あごをさすった。


「アヴェルレスの成り立ちねぇ……。それを言ってもいいのかな? ひょっとすると、君たちの身元にも関わりかねないことなのだがね?」


「なぁに、構わんよ。今のわしたちとは、直接的には関係のないことじゃからの」


「……わかった。ならば私から説明しておこう」


「よろしく頼むよ、領主殿。ふぉっふぉっふぉ、なにしろわしらは論理的な説明が何よりも苦手じゃからな」


 愉快に笑うカロンからは、彼自身が言うとおり、何かを気にした様子はない。

 こんな快活で能天気そうな老人のためにわざわざ気を遣ったのが馬鹿らしいと、大げさに肩をすくめたのは困り顔の領主だ。

 まぁいい、了解だ。そう言った後、気を改めて口を開く。


「先ほど説明した異次元世界ユーゲニアだが、その存在が帝国政府によって初めて発見されたのは正確な日付がわからないほど、数百年以上も昔の話になる。当時のデウロピア帝国はといえば、まだ政治的頂点となる皇帝が登場していない連邦国家の時代だったのだが、それは今は関係のない話だ。それよりも本題を進めよう」


 なるほど、帝国にも帝国の歴史があるということか。

 詳しく知っておくに越したことはないし、依頼のない日に暇を見つけて、物知りで面倒見のいいイリアスにでも教えてもらって勉強しておこう。

 俺がそう考える一方で、領主の説明はよどみなく続いた。


「当時の冒険者によって発見されたという異次元世界ユーゲニアは、かろうじて人が住むことのできる土地であると判明したものの、資源は乏しく、農作業にも不向きで、交通の便も悪く、わざわざ移住するほどの価値はなかった。だが、折角の広大な土地を利用せずに放置しているのももったいない。

 そこで異次元世界をなんとか有効活用しようと紆余曲折あったようだが、結果として、異次元世界ユーゲニアは帝国の流刑地として定められたのさ」


「あの、すみません。話の腰を折るようで申し訳ないのですが、流刑地とは……?」


「犯罪者を送り込む、牢獄代わりの土地だと考えればいい。無論、実際には犯罪者だけに限らず、政府に異議を唱えたもの、征服地の異民族や奴隷、特別に危険と認められた魔法使いなどを、次々と異次元世界の中に閉じ込めたようだがね」


 俺の質問に答えた領主は、それからこう言った。


「現在ではすでに流刑地としての役目は終えている。そもそも流刑地が機能していたのは一時的なもので、これももう数百年以上も前のことだ。それ以来、向こうのユーゲニア政府とは直接の交流がない。人の出入りも基本的にはないと考えていい。だから今もアヴェルレスに住んでいる人々は、流刑によって異次元世界に送られた人間そのものではなく、その子孫というわけだね」


「そうじゃな。わしらも自身がなんらかの罪を犯したからユーゲニアに流されたというわけではない。何百年も前に罪を犯してユーゲニアに流されたであろう祖先のために、わしら子孫の代まで、向こうの人々はアヴェルレスに閉じ込められたままなのじゃ」


「うん、そうなんだぜ……」


 カロンの言葉に相槌を打ったカズハだが、これまでの明るさとは打って変わって、すっかり元気をなくしたようだった。

 ひょっとするとアヴェルレスでの生活を思い出しているのかもしれない。

 そんな少女のことを気にしつつ、領主は重い口調で言った。


「今でこそ魔法を制限する技術は多種多様に発展したが、昔は他人の魔法能力を制御することが難しかった。そこで、危険な魔法を使いかねない人間を異次元世界に閉じ込めることにしたのだろう。犯罪者を送りつける流刑地などというのは方便で、本音のところは強力な魔法使いによる謀反を事前に防ぐ目的があったのかもしれない」


 異次元世界に関する当時の文献はあまり残されていないから、正確なところはわからないけどね――領主はそう言って、するべき説明も終わったのか俺たちの顔を見回した。

 俺はもちろん、どうやらイリアスもユーゲニアについては語るべき言葉を選ぶ必要があったらしく、すぐには明瞭な反応を示すことが出来なかった。

 なにしろ異次元世界ユーゲニア出身のカロンとカズハがいるため、いいとも悪いとも迂闊な発言はできない。誰だって地元を悪く言われたらいやだろうし、かといって詳しく知らない異世界を擁護するのもおかしな話だ。


「……なんにせよ」


 沈黙を破って口を開いたのはカロンだ。しわがれた声で嘆く。


「あの街は今も犯罪の蔓延する、救いようのない地獄みたいな場所じゃ。普通に暮らすことさえも難しい、どこまでも貧しさと不自由が支配する希望のない世界じゃった。わしら無力な一般人にとって、ただの日常すら貴重な宝に映るほどに」


 それは本当の地獄だったのかもしれない。

 だとすれば、平和な日常に憧れるのも無理のないことだ。


「しかし、さすが流刑地として利用されていた異次元世界。見えない次元の壁に閉ざされたユーゲニアはまさしく天然の牢獄で、唯一存在するゲートも政府によって管理されており、内部から安全に逃げ出すことなど不可能に近かった」


「私もそう思うよ。実際、今までに異次元世界から逃げ出してきた人物の話なんて聞いたこともないからね」


「ああ、そうじゃろう。……ところが、最近になって異次元世界へとつながる壁の一部に、不安定で弱くなっている部分があることが判明したのじゃ。どこにつながっているかは不明じゃったが、どうやら次元の壁に原因不明の穴があきつつある。これならわしらの弱い魔法能力でも異世界へのゲートを開くことのできる可能性があり、これは千載一遇のチャンスだった。そんなチャンスを前にすれば、平和に満たされた外の世界へと、自由を求めて脱出したいと願うのは無理もないことじゃろう?」


 外の世界へ脱出するチャンス。それは偶然訪れたものだという。

 これは専門家による調査が進めば判明することだが、おそらく魔曲短縮路線のために用意された地下ターミナルの魔術的ゲートが、本来とは想定外のところで、異次元世界ユーゲニアの壁にも影響を与えていたということだろう。


「自由と平和! ……残念ながら、わしらの故郷アヴェルレスには無縁の言葉だ。しかしどうじゃ、こちらの世界には水や空気と同じくらいあふれている!」


「そうだぜ、まさに自由と平和!」


 あわせて叫んだのはカズハ。平穏な日常への羨望か、声を張り上げた彼女の顔は期待と憧れに輝いて見えた。先ほどまで落ち込んでいたように見えたが、どうやら元気を取り戻したらしい。

 そんな二人の様子を見て、領主は腹を決めたのだろう。

 ここまであえて言わずにいたらしい事実を切り出した。


「実を言えば、たった一晩でここまで判明したのには理由があってね。あの魔術的ゲートから昨夜遅く、向こうの政府関係者を名乗る使者がやってきたのだよ。ユーゲニア市民議会政府と言っていたかな。もしそれが本当なら、数十年、いや数百年ぶりの公的な接触となるのだが」


「ふふ、あの“市民議会”政府がね……」


 間髪を入れず、カロンが皮肉たっぷりに笑った。その様子を見て察するに、何か市民議会政府について思うところがあるらしい。

 しかしカロンはそれっきり何を言おうともしない。

 代わりに言葉を引き継いだのはイリアスだった。


「その使者ですが、なんと言ってきたのですか?」


「老人と少女の二人組みがこちらに来ているなら、その身柄を我々に引き渡せと言ってきたよ。あわてているようには見えなかったが、とても苛立っている様子だったね」


「苛立っていたとは?」


「そのままの意味さ。彼らユーゲニア市民議会政府の使者は、なんと魔法を武器に私たちを脅してきたのだからね。その場には数人の騎士が護衛についていたため最悪の事態には発展しなかったものの、さすがの私も肝を冷やしたよ」


「魔法で脅された? え、大丈夫だったのですか? ……まぁ、こうして今も無事に存在しているのですから大丈夫だったとは思いますが」


「一触即発の危機的状況だったけど、結果的には大丈夫だったね。いやぁ、わざわざ私のことを心配してくれるなんて嬉しいよ、イリアスちゃん!」


 領主はおどけたように言うが、うっかり心配してしまったイリアスは少し照れたようだ。気まずさに目を合わせることができないようで、ぎこちなく顔をそらしてしまう。


「……あなたは一応ここの領主ですから、心配するものは心配します。嫌いというほど嫌っているわけではありません。ただ苦手なだけで。それより、それから向こうの使者はどうされたのです?」


「あいにく事情が何もわからなかったからね。高度魔法化都市計画のこともあるし、私はこのベアマーク領主として、理由の明かされない身柄取引に応じるわけにはいかないと思ったのさ。知らぬ存ぜぬで通したら、あきらめて帰っていったよ」


「そうでしたか」


 領主はここで、その視線をカロンとカズハの二人へと投げかけた。


「……で、君たち二人がその要求されている身柄ってわけだね? よろしければ事情を明かしてもらえるかな?」


「よかろう。今さら隠すものでもない」


 即答したカロンは言葉通りに自身の身元を明かす。


「わしとカズハの二人は確かにアヴェルレス生まれの人間で、あのゲートを通ってこちらの世界に逃げてきたのじゃ。あちらではカロン盗賊団を名乗り、わしらは基本的に盗みによって生活していた。そのことは素直に認めるし、まぁ、反省もしている」


 そこまで言って、カロンは心苦しげに目を伏せた。


「富を独占する悪しき支配者どもだけを対象に盗みを働き、それは自由にしてささやかな抵抗だと……つまり、無法地帯アヴェルレスでの正しい生き方だと思っていたが、やっぱり改心したいのじゃ。そして新しい日常を作りたい。……この子のためにもな」


「し、師匠……!」


 ちょっと演技がかっていてわざとらしいものの、嬉しそうにするカズハはカロンに尊敬のまなざしを浴びせかけていた。

 師匠と呼ぶからには師弟関係なのだろうが、二人は親子のように仲がいいのだろう。なんとも微笑ましいことだ。


「つまり、盗賊団を名乗っていた犯罪者だから追われていると?」


 遠慮なくそう尋ねたのは、他でもない領主だった。


「いやいや、いちいち逃げ出した犯罪者を取り締まってくれるほど、向こうの政府は正常に機能しちゃいないよ。それに“奴ら”はわしら二人の身柄など、本当はどうでもいいはずじゃ。実質的には盗人二人が街を去っただけなのだから、それをわざわざ追いかけてくる理由もない」


「では、なぜ……?」


 疑念を抱いた領主は深く問いかけようと身を乗り出すが、冴えない顔を見せるカロンは言葉を濁すことで、核心に迫る返答を回避した。


「あいにくそれは明言できないが、わしらには向こうの世界に戻れない事情がある」


 そう言って唇をかみ締めた老人の腰には、今初めて気がついたが、つばから先のない不思議な剣が下がっていた。いかにも大切そうに、がっちりと紐でくくってある。肌身離さず普段から持ち歩いているのかもしれない。

 剣先がないのでは戦闘の役に立たなそうではあるが、意味のない飾りというわけではないだろう。注意して確認すると、なにやら魔力の流れる気配も感じられた。


「わしらの暮らしていたアヴェルレスには、暴力で街を支配する強権が敷かれていて、誰もが不満を抱きながら、現実には誰も逆らうことなどできなかった。しかし、きっと奴らも息のかからない“こちら側”にまでは手出しが出来ないだろう。奴らの支配も異次元世界の内部にしか及ばないじゃろうからな」


 言い終えて、領主から目をそらしたカロンは俺に顔を向けた。

 まっすぐに目と目が合う。

 そこには誠実さを照らした真剣な瞳が輝いていた。


「どうか、頼む。アヴェルレスとわしらの平穏のために、事態が落ち着くまでの間でいい。おぬしらのギルドで保護してもらえないだろうか」


「それは……」


 どう答えたものかと俺が考えあぐねていると、俺よりも先に結論を出したらしい領主がこちらに向かって口を開いた。


「さすがに元盗賊を城内に匿うわけにはいかないが、このままユーゲニアに送り返すというのも寝覚めが悪いからね。だから当面の間でいい、君らのギルドで彼らを保護してあげてくれないか? ひとまずターミナル地下の魔曲短縮路線の魔術ゲートが再調整されるまで、彼らの身の安全を警戒しておく必要はあるだろう」


「……わかりました」


 現時点で最大の依頼主である領主が言うことだ。俺はひとまず首肯した。


「やったぜ!」


 なんて、嬉しそうなカズハから背中に抱きつかれてしまったのはもう慣れた。

 真意を隠している感じのある食えない老人のようなカロンは微妙に胡散臭い部分があるものの、昨日から一緒にいて癒されることさえあるカズハには裏表など感じられない。

 彼女の身の安全を守るためだと考えれば、彼らを保護するというのも大いに意義のある行為に思われた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ