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治癒魔法使いアレスタ(改稿・削除予定)  作者: 一天草莽
第三章 そして取り戻すべき日常
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2 ギルドへの依頼

 それは、ターミナル地下の魔曲短縮路線専用プラットホームで見た出来事について現場で簡単に報告を済ませて、ひとまず今日のところは帰ろうと、くたびれた様子のニックと二人でギルドに戻ってきたときのことだった。


「ああー!」


 ほっと一息ついてギルドに一歩足を踏み入れたところで、後ろにいたニックがいきなり大声で叫びやがったのである。

 しかも黙りそうにない。


「あっ、あっ、あっ、あっ、ああー!」


「うるさいってば、ちょっと落ち着けってば!」


「え、うそ? そんな、そんな馬鹿なぁ!」


 すぐ目の前にいる俺の声も聞こえないほど、すっかり気が動転しているらしく、無駄に騒がしいニックは自分の体のあちこちを両手でバンバン叩きまわっている。

 へんてこなダンスにしか見えない奇妙な動きなのだが、もしかして何か探しているのだろうか。


「帰ってくるなり騒がしい人ですね……」


 受付カウンターにちょこんと座っていたイリアスは、両耳をふさいで迷惑そうにして白い目でこちらを見ていた。そのあざけるような視線が身にこたえる。

 もちろん俺だって、ニックが騒がしいというのは同感だ。こうなっては手が付けられないのも同感だ。一もニもなくニックを批判する意見については同感するが、だからといって俺までニックと同一視されてもらっては困る。

 そこでイリアスに不満顔を向けると、


「もうアレスタ、早くニックを黙らせてよ。私はあなたと違ってニックのこと嫌いなのよね。このままじゃ頭がおかしくなっちゃう」


 などと、肩をすくめつつ苦笑されてしまった。

 まるで「ニックの気持ち悪いダンスに洗脳されちゃう!」とでも言いたげな目をしているが、本当にそう言いたいのかもしれない。それくらいニックは意味不明で迷惑なことが多いのだ。

 文句や愚痴の一つくらい言いたくなる気持ちもわかる。

 だからって俺までニックと同一視しないでほしいものだが……。


「なんだかさ、ここ最近イリアスって俺に容赦がなくなってきたような気がするけど」


 具体的には俺とイリアスの間で敬語を使わないように約束したあの日からだ。

 おかげで以前よりも親しみを感じるようにはなったのだが、それにしてもフランクすぎやしないだろうか。もうちょっとお互いを尊重しあう距離感もあるだろうに、やけに冷たいときもある。


「そうかな? もともと騎士団の仕事がないオフの日の私って、昔からこういう感じだったから、こんな私も知ってほしいかな。気取ったって仕方がないしね。それに今までの私って、初めて会ったときからアレスタには”お仕事モード”でしか接してこなかったから、それを反省してもいるのよ?」


 お仕事モードとは……つまり、他人行儀で敬語を使っていたということだろうか。


「そう言われると嬉しくなってくるね……。冷たい態度も嬉しくなる」


「ふふ、アレスタって意外と変態なんだね。冷たいのが嬉しいなんて、びっくりしちゃう。――隠れエッチさんだ」


 笑顔で言うことじゃないだろう、それは。

 なんとなくイリアスと目が合ってしまって、微妙に気まずい沈黙が流れる。口に出してしまってから恥ずかしくなってきたのか、自分の発言に照れたイリアスが唐突に目を泳がせる。

 さりげなくカウンターの上に肘をつくと、持ち上げた左手で口元を隠して、今のうかつな発言をなかったことにしようとしているみたいだった。

 俺が反応に困っていると、困った俺を見て、やっとニックが正気を取り戻したらしい。


「そんなことよりも二人とも、ちょっと僕の話を聞いてよ!」


「――え、何?」


 相変わらず騒がしいが、気まずい空気を追い払うにはちょうどいいタイミングだ。

 渡りに船と思って、俺はそそくさとニックに顔を向ける。

 どうやらイリアスのほうも一応は彼の話が気になるようで、遅れて顔を向けたらしい。

 それを確認して、注目を一身に集めたニックは両手を広げる。


「僕の財布がないんだよ! なくなってる!」


 しょうもないことだった。

 途端に興味をなくして俺とイリアスはため息を漏らした。


「なんだ、どうでもいいことじゃん。ニックのことだからどうせお金なんて入ってなかったんでしょ? 拾った人にあげちゃえよ。財布が喜ぶから」


「財布がぁ! 僕の財布ぅ! ううう!」


「あーもう、ごめんごめん。やっぱり俺も一緒に探してあげるから泣かないでよ……」


「また甘やかしてる……」


 泣き出したニックの肩を叩いて慰める俺の姿を見てか、イリアスが呆れを含んだ表情でつぶやいた。なるほど確かに俺はニックを甘やかしているのかもしれない。

 所持金が少ないなりに、いや、少ないからこそ財布をなくしたショックはあるのだろう。

 意気消沈したニックが泣き止むまでにはしばらく時間がかかった。

 ひとまず落ち着いてホッとしたのもつかの間。


「失礼するぜ!」


 と、ギルドに突然の来客が来た。

 しかも女の子の声で、それもずっと若い。

 俺とニックとイリアスは溌剌とした女の子の声につられて、今しがた来客のあった入り口のドアへと、これまた非の打ち所のない営業用の笑顔を浮かべて体を向ける。


「――ああっ!」


 その小さな女性客の顔を見て、俺とニックはほとんど同時に驚きの声を上げていた。

 それもそのはず、訪れた彼女は例の少女――すなわち、ターミナル地下の魔曲短縮路線専用プラットホームに現れた、あの女の子だったのである。


「おやおや、どうされたのかな? 寝起きのドラゴンがドラゴンキラーで斬りかかられたような顔をしているが?」


 的確なのか的外れなのか、なんとも反応に困る比喩を言いながらギルドへ入ってきたのは、これもあのときの老人だ。

 あのときの二人がそろって我がギルドに姿を現した……。

 自然、俺は警戒をあらわにして身構えてしまう。わざわざここを訪れたからには何かあるのではないかと唇を固く結んでしまう。

 どんな厄介ごとが待ち受けているとも知れないのだ。用心するに越したことはない。


「そう固くならないでくれよなっ、なー? 折角だから打ち解けちまおうぜ! ほらよっと!」


 まるで跳ねるように駆け寄ってきた少女が俺の腰に両手を回して抱きつくと、そのままじゃれ付くようにしてぐるぐると、ギュッと体を密着させたまま俺の周囲を回る。

 そして勢いそのままに彼女は俺の背中へ、まるで飛び乗るようにして負ぶさってきた。

 両腕はすばやく首に回され、両足は容赦なく腰に回される。


「制圧完了! へへ、アタシの勝ちだなっ!」


 しまいには頭の上にあごを乗っけられて、俺は彼女に敗北を喫していたらしい。

 なされるがまま抵抗することも出来ず、名前も知らない少女に完全なる屈服だ。

 まだまだ幼い少女だったおかげで体が軽くて柔らかいので、いきなり背中に飛び乗られても肉体的苦痛はほとんどないのが幸いである。


「ほほう、その子が初対面の相手にそこまでなつくとは……。なるほどなるほど、おそらく君は彼女が好む二種類のうち、どちらかの人間だな」


 その老いた穏やかな声に、俺は少女を背負ったままで振り向いた。


「二種類の人間とは?」


 にやりと笑った老人の答えはこうだ。


「根っからの善人か、あるいは人からの頼みごとを断れないような“お人よし”のマヌケ」


 ――どうせなら善人でいよう。

 そう思った。


「そんなことより、あなたたちは? 見たところ、どうやらギルドに用事があるようですが。依頼ならお聞きしますよ」


 ひとまず話を進めてしまおうと横合いから投げかけられたイリアスの申し出に対して、老人は本来の目的を思い出したように両手を打った。


「おお、そうじゃな。――と、その前に」


 不敵に微笑んだ老人は、自身の懐から何かを取り出した。


「依頼料代わりだ。これを受け取ってくれたまえ」


 なんだろうと思って、それを確認しようと身を乗り出したそのとき、俺を差し置いて唐突に名乗り出たのは誰であろうニックだ。


「それ僕の! うわぁ、僕の財布だよ!」


 と言って、老人の手元を指差して小躍りする。


「ニックの財布?」


「へへ、アタシが拾ってやったんだぜ!」


 俺の背中に乗ったまま、少女が飛び跳ねるようにして喜んだ。危うく落っことしそうになったのだが、心配する俺に対して彼女のほうはお構いなしだ。

 それにしても、彼女がニックの財布を拾っていたということは、あの地下ターミナルで彼女たちの出現に驚いたニックが、うっかり自分の財布を落としてしまったということだろう。

 それを拾ってくれたのなら感謝するべきだ。

 しかし、ならばあの場で渡してくれてもよかったのでは?


「すまんのう、本当は拾ったのではなく、挨拶代わりにうっかり財布を盗んでしまったのじゃ。いわゆるスリじゃよ。わしがお主の肩をすれ違いざまに叩いたのは、この子がいつもの癖で財布を盗んでしまったことを、それとなく教えてやろうと思ったからなんじゃがね? まぁ、こうしてちゃんと持ち主に返すことができたからいいじゃろう。過ぎたことは許してくれよな、ふぁっふぁっふぁ!」


「……えっ、嘘でしょ? 全然気がつかなかったけど、僕から盗み取ったって本当なの? すごいね、全然わからなかった!」


「あっはっは、もちろん盗んだってのは本当だぜ! なにしろアタシは泣く子も黙るカロン盗賊団の一番弟子なんだからな!」


 きっと俺の背中に乗っている彼女は屈託のない笑顔を浮かべていることだろう。得意げで嬉しそうに語る少女の声は、耳元で聞いていて可愛らしい。

 見た感じ十二歳くらいの女の子が言うことだ。

 どちらかといえば俺は盗賊団だと名乗った彼女の物騒な自己紹介を微笑ましく聞いていたのだが、


「盗賊団ですと! もしかして盗賊団と言いましたか、今!」


 これに驚いて立ち上がったのは正義感溢れるイリアスだ。無意識の動きなのか、恐ろしいことにカウンターの脇に立てかけておいた剣に手をかけている。

 まさか斬るつもりか。

 返答によっては剣を手にしたイリアスに斬られかねない少女はすっかりビビッてしまったのか、ぎゅっと俺にしがみついてきた。先ほどからずっと彼女を負ぶさっているので、もしものときは位置的に俺まで斬られそうでちょっと怖い。


「……いやいや、冗談じゃよ。ほれ、今の時点では財布を盗んだという証拠なんて何もないじゃろ? わしらなりのユーモアじゃから大目に見てほしいのう」


「そ、そうだよ、イリアス。こうして財布を返してくれたんだから、少なくとも本当に盗むつもりがあったとは思えないのだし……」


 両手を合わせる老人につられて、なぜか俺が庇うような形になってしまった。

 こうして背負っている彼女によって俺の体が制圧されてしまっているからだろうか、こんなに明るくて人懐っこい少女のことが、とてもじゃないが極悪な盗人には思えなかったのだ。

 もちろん現実として、悪意なく盗みを働くことのできる人間も世の中には存在するのだが、彼女たちがそうであると決め付けるのは早計だろう。もし本当に彼女たちが盗賊団だとしても、ひょっとすると話し合いの余地があるのかもしれないのだし。


「……うん、わかった。今は大目に見ることにする。そもそも本当に盗賊なら、わざわざ自分から正体を明かすわけがないものね」


「わ、わかってくれてよかったぜ……」


 まさか自分の発言がここまでイリアスを本気にさせてしまうとは思わなかったのだろう。俺の背中に負ぶわれている少女は脱力して、ほっと胸をなでおろしたようだ。

 ちょうど頃合と見たのか、ここで老人が曲がっていた背筋を伸ばす。


「さて、ちゃんとした自己紹介といこう。はじめまして……と言いたいところじゃが、そこの二人とは二度目の顔合わせかな? まぁ、とにかくおぼえておいてくれたまえ。わしの名はカロン。さっきは彼女がカロン盗賊団などと言っていたが、もちろんそれは冗談。怪しいところなんて何一つない、素敵な老年の紳士じゃよ」


 身の潔白を証明するつもりだろうか、親しげな物言いで快活に笑って見せるのだが、その身振り手振りがすでに胡散臭い。素敵な紳士というのも、自分で言っては台無しだ。

 それより二度目の顔合わせというからには、やはりあのときの――と思わず俺は口を挟みたくなったが、ここは我慢しておくことにした。

 相手の話を聞くべきときは、最後まで遮らずに聞いておくべきだ。


「それから彼の背中を制圧してしまっている彼女は――」


 と言って、カロンが俺の方、正確には俺が背負っている彼女を指差す。


「おおっと、ちょいと待ってくれ」


 するとカロンによって自己紹介を促された少女は器用にも、俺の背に負ぶさっている状態からひょいっとさらに上へ移動して、つまりは俺の肩にまたがって、いわゆる肩車の状態になった。

 あまりの身軽さと元気のよさに、彼女の土台となった俺は若干バランスを崩しつつも脱帽する。

 曲芸師みたいだ。


「お待ちかね、アタシはカズハだ! 世界中の男が振り向いちまうセクシー美少女だが、照れるんで惚れてくれるなよなっ?」


 しかも自信家である。

 褒めるにしたってキュートならわかるが、さすがにセクシーとは……。


「ねぇ、カズハ。セクシー美少女にしては、いささか遠慮がなさ過ぎないかな?」


 からかうつもりもあり、俺は今まさに肩車している少女の顔を見上げながら言ってやった。

 落っこちても困るので両手はもちろん彼女の足をつかんで支えている。


「こんなのは嬉しいスキンシップじゃんか。へへっ、喜べよなー?」


 上と下で目が合ったが、こちらが何かを言い返す前にカズハは俺の髪をぐしゃぐしゃにかき乱した。すごく笑顔で、すごく嬉しそうだ。

 ――元気で可愛い女の子は、ただそれだけで大切にされるべき価値がある。

 そんな言葉を聞いたことがあるので(もちろん発言者は情報屋のオーガンだ)、もはや納得せざるを得ない俺はそうしようと思った。

 実際こうしてカズハの天真爛漫さを前(というか上)にすれば、すっかり毒気が抜かれて気持ちが優しくなるのだ。


「そうだね、ここは素直に喜ぶことにするよ」


 だから俺はカズハにそう答えた。

 すごく笑顔で、すごく嬉しそうに。


「……やっぱりアレスタって、本当にエッチさんなの?」


 疑うような声に振り向けば、そこにあったのはイリアスの白い目だ。

 子供とのスキンシップを楽しんでいただけのつもりだが、ひょっとするとあらぬ誤解を受けたのかもしれない。だとすれば心外だ。

 コホンと咳払いをした後、俺は真面目くさった声で場をとりなした。


「それで、依頼というのは?」


 ああ――とうなずいた老人カロンは顔を上げて、なにやら俺に肩車したままのカズハへちらりと視線を送ると、それからその下になっている俺へと、その目線を合わせた。


「……実は、わしら二人をここで保護してもらいたいのだ」

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