1 魔導列車ターミナル
ここデウロピア帝国の、それもベアマークにおける局所的な季節の変化がどのようなものであるかなんて、この街に住み始めてようやく数ヶ月といった俺は未経験にして知らない。
けれど、過ぎ行く日々の実感としては、どうやら着実に暑さを増していくようだった。
色とりどりの花が咲き暖かなスプリール、一年で最も熱くなるサマディケル、一般的な収穫期であるオタファムール、一段と寒くなり雪の降るウィンタゲル。
いわゆるムーランティア大陸を巡る「四季」のことだが、それでいえばサマディケルに向かっている今日この頃。
それを思えば、おそらく汗をにじませるほどに気温が高くなっているのは大陸全体の定めといったもので、なにもベアマークだけに限った話でもないのだろう。
うららかな気候だったスプリールの毎日が懐かしいからと言って、世界的な季節の変遷について不満ばかりを述べるわけにもいくまい。道理を知らぬ駄々っ子ではないのだから、おとなしく受け入れるのが大人のやり方だ。
「まったくもって暑い! こんなに暑いんなら、僕は外になんか出たくなかった! なんて日差しの強い一日だろう、本当にいやになる! 早く暮れてしまえ!」
……と、これは悪い意味で期待を裏切らないニックの泣き言である。
もう足が疲れただの、暑さのせいで気分が悪くなっただの、とにかく先ほどから子供みたいに泣き喚いているのだが、そのくせ次々に不平不満を口に出しては騒ぎ続けている。ネガティブ指向の元気だけはあるのだから、隣にいると迷惑極まりない。
つらいなら黙っていればいいのに。
これで元は騎士の一人だというのだから(ちなみに現在は領主からの特命を受けて、我がギルドの一員のような存在になっているが)、文句ばかりの軟弱者をあっさり採用してしまったベアマーク騎士団の入団審査を疑わずにはいられない。
こんな役立たずを入団させてしまうような騎士団は、ちゃんと機能しているのだろうか?
もちろんベアマーク騎士団の中にもイリアスやサラさんなど、強くて可憐な女性で人々の模範となるような優秀さを備えた騎士の例もあるようだから、たぶん、あの騎士団にあってニックはマイナス方面での例外なのだろう。
というよりも、ニックだけが例外の存在だと信じたい。本当に。
「あまり騒がないでよ、ニック。そんな情けない有様じゃ、一緒にいる俺が恥ずかしいんだから。ひとまず今日は真面目に仕事をして、そして早く帰ろう。……ね?」
「いやだね」
励ましてあげたのに何を思ったか、急に真面目な顔を見せるニック。
「なにしろ僕は暑いのが苦手なんだ。どうせ僕は仕事に失敗して君の足を引っ張るに違いない。……早く帰る? だから無理だね。きっと日が暮れるよ。明日になるかも」
そう言ってのけるニックが胸を張っているようにしか見えないのは、かえって可愛そうになってくるからやめてほしい。どうしてそう堂々と自分が無能であることを主張できるのだろう。
もしかして慰めてほしいのだろうか?
「暑いのが苦手って、そう言いながら寒いのも苦手で、どうせ得意なものなんてないんでしょ? だったらもうひねくれた考え方は改めて、素直に生きようよ。自分を卑下してばかりじゃ成長することだってできないからさ、ね? きっと今のニックってどん底だから、あとは上がるだけ! 上がるだけ! だから上を向いて生きていけばいいじゃない!」
適当なことを言いながら気休めに肩を叩いてやると、
「まったく、アレスタは本当に僕のことが好きみたいだね」
などと、ほざいた。それはもう、とても嬉しそうに決め付けたのだ。
一体全体どこをどう聞いたらそう結論付けられたのかが不思議でならず、俺が何も答えられずに唖然としていると、それをこちらが照れているせいだからとでも勘違いしたのか、立場逆転とばかりに、笑顔のニックが俺の肩をビシバシと叩き返してきた。
「ぼ、く、も、だ、よっ!」
あー、うん。なんだか腹が立ってきたな。
わざわざ何を言い返すでもなく、ひとまず無視することに決めた俺は歩調を速める。すると慌てて追いすがってきたニックの足音が、どたばたと荒々しく響いて聞こえた。
つまづく音も聞こえた。
うんざりして俺はため息を漏らすと、わざとらしく肩をすくめながらも、仕方なく歩くペースを落としてあげることにする。このままニックを置いていくこともできるのだが、待ってやることにした。
表面上は冷たく当たっておきながら、こういうときに放っておけないとは……。
あながちニックのことを嫌いにはなれないのだと自分でも気がついて、むしろ好きといえば好きなのでは――と気がかりになって、俺はそこで深く考えるのをやめておいた。
調子に乗られても困るのは俺だけだ。
今は無視して歩くことに専念しておこう。
「お、おお! ねぇアレスタ、今日の目的地ってあれだよね?」
「だろうね。……へぇ、思ったよりも大きくて立派だ」
やがて、あっちへこっちへと歩き続けてすっかりくたびれつつあった俺たちは、なんとか無事に目的とする場所に到着することができた。
無事に到着したと言っても、大したことではない。ここだって我がギルドと同じく、ベアマークの中にある場所なのだ。無事に到着して当たり前なのだ。
しかしながら中心部からは少し外れた場所であることと、このあたり一帯は最近急速に開発が進められている整理区画であることもあって、街に慣れているはずのニックでさえも道に迷ってしまい、あらかじめ想定していたよりも到着が遅れたのである。
案内役にニックをつれてきたのが間違いだったのかもしれない。
「これが、帝都とベアマークを結ぶために新しく敷設されたという帝国魔導列車の終着点にして出発点、ターミナル駅なのか……。僕も実際に見るのはこれが初めてだからね、驚いて言葉も出ないよ。いやぁ、すごいなぁ」
「出てるよ」
俺はそれだけ言って、あとは隣のニックと同じようにその建物を見上げる。
その駅舎は水平方向にも垂直方向にも大きなもので、見る者を圧倒させる迫力がある。落ち着いた色で統一感を出そうというのか、全体的に黒くくすんでいるようでいて、その実、所々には光沢の見える高級感に溢れた漆黒だ。
その新しくも時代を感じさせるような建物の輪郭はといえば、一分のすきもなく直線的に整っていて、あらゆるパーツが正方形や長方形をモチーフとして、まるで堅牢な要塞か何かのような印象を受ける。
広々としたエントランスを抜けると改札を通った先にプラットホームが並んでいて、そこから帝都に向けた魔導列車が、一日に何十本と運行する予定だというのだから驚きだ。ちなみに魔導列車とは魔法の力によって動く列車のことらしいが、技術などは非公開であるため俺にもよくわからない。
それにしても列車を一日に何十回も往復させるとは、果たしてそんなに急いで運ぶ必要のある人間がいるのかと冷静に考えるだけで不安になってくるが、それを実際に運行して確かめるというのも、ベアマークが率先して計画する高度魔法化都市の目的にあるのだろう。
「帝国内で魔導列車が走るのは、これが初めてだからね。うわぁ、僕は今から魔導列車に乗る日のことを想像してはドキドキ興奮しちゃって、ここ最近はちっとも夜に眠ることが出来ないよ。魔法と科学の先進技術を組み合わせたような素晴らしいものが実際に活用されるだなんて、ああ、僕はベアマークに住むことができて幸せだなぁ」
「へぇ、帝国政府は世界各地に最強と呼ばれる帝国軍を派遣しているから、てっきり魔法も科学も他国より進んでいる印象があったけれど、まだ国内には魔導列車って走っていなかったんだね?」
「そうだよ、そうそう。技術的な問題じゃなくて、政策的な方針でね」
うんうんと何度もうなずいて、知識を教える立場になったのがそんなに嬉しいのか、俺に指先を突きつけてきたニックは上機嫌で説明してくれる。
「たとえば植民地として帝国軍が実効支配している一部の外国なんかでは、兵員や物資の運搬を目的として帝国所有の魔導列車が運用されているけれど、まだ肝心の帝国内部には建設していなかったんだよね。なぜなら帝国政府は帝都以外の地方都市において、強力な高度魔法のノウハウが広まっていくことを危険視しているから。それはつまり――」
「ああ、そういえばサツキさんに聞いたことがあるような気がする。だからニック、もうその先は言わなくてもいいよ」
「えー、折角がんばって暗記したのに」
帝都に君臨する皇帝を頂点とした絶対的な専制政治を強めたい帝国政府は、帝都に対して自由(自治)を求める各地の領主が中央政府に反旗を翻すことを未然に防ぐため、帝都以外の地方都市に対して、高度な魔法技術や危険レベルに指定される魔法の発動を規制しているという。
その規制は実際に効果的らしく、高度魔法による大規模な内乱や暴動を防いではいるが、ここ数年、帝国政府は魔法利用の規制について見直しを図っているのが実情だ。
それはもちろん世界に対する帝国のアドバンテージを確立するため、国内における全体的な魔法レベルを引き上げるということもあるが、近年の魔科学の発展に伴って、それがもたらすであろう多大な利益を無視できなくなっていることも理由にある。
しかし、そうはいっても高度魔法のリスクはやはり不安なのだろう。
帝国政府は段階的措置として、限定的な高度魔法の利用計画を発表した。
つまり、その高度魔法化都市のモデルケースとして、ここベアマークが選ばれたのだ。
もちろん選ばれるまでには紆余曲折あったろうが、ベアマークは比較的に他の地域よりも環境的な魔力濃度が豊かであることに加えて、領主が高度魔法化都市計画に誰よりも前向きだったことが決定打となったらしい。
今回の魔導列車開通も、その高度魔法化都市計画の一端だ。
だからこそ、領主をはじめとするベアマークの高度魔法化都市計画の関係者は、誰も彼もが緊張の面持ちで開通式の日を心待ちにしているという。
「あ、ギルドの方ですね? お待ちしておりました」
ニックとしゃべりながらエントランスをくぐると、ここで働くことになる駅員だろうか、ビシッと決めた制服姿の青年が駆け寄ってきた。
俺たちがギルドの人間だと知っているということは、おそらく今回の依頼の関係者に違いない。
責任あるギルド代表者として、俺は一歩前に出る。
「こちらこそ、お待たせしてしまいました。ベアマークギルドの代表、アレスタです」
「あ、いえいえ。こちらこそ、こちらこそ」
初対面同士、深々と頭を下げる。
お互いが卑屈なくらい丁重な挨拶になってしまい、まるでどちらがより深く腰を曲げられるかを競っているかのようだ。だとすれば俺は負けない。
今後とも大小問わず様々な依頼を受け入れていくであろう地域密着型ギルドの代表者として、こうした人々からの個人的な印象であっても軽視するわけにはいかない。俺個人が与えるであろうギルドへのイメージというものは、それすなわち街全体におけるギルドの評判にも関わってくるため、決して馬鹿にすることはできないのである。
ゆえに、こういう社交辞令は大切にしていかなければならないのだ。
お辞儀の角度が足りないと、礼儀知らずとしてギルドの品位まで疑われてしまいかねないのだから。
「そんなことより二人とも、そろそろ本題に入ろうか」
「はっ、失礼いたしました!」
「くっ……!」
引くに引けず繰り返された挨拶合戦。
それを切り上げるようニックに促されて青年は恐縮し、必要以上に頭を下げすぎていた俺は衝撃を受ける。たった一瞬のこととはいえ、あのニックが場を仕切ることになるとは誰が予想しただろう。
新米の駅員らしい青年は乱れた帽子を手で直しつつ、俺とニックそれぞれに対して交互に友好的な顔を向けてくる。
せわしない動きだ。しかし誠意は伝わってくる。
「それでは、そうですね。ターミナルの内部を案内しながら依頼内容を再確認させていただきます」
「はい、よろしくお願いします」
さて、それでは今日の依頼を簡単におさらいしておこう。といっても話自体は単純な依頼である。
開通式の警備だ。
なにしろ開通式には高度魔法化都市計画の関係者が集まるため、反魔法連盟などによるテロ行為の危険性は否定できない。開通セレモニーの警備ルートを入念に確認する必要がある。
当日は我々ギルドも微弱ながら騎士団や駅関係者による警備活動に協力するので、今日はその下見というわけだ。
そして我がギルドへの依頼料を支払うこととなる依頼主はというと、なんとベアマークの領主である。つまり金持ちだ。
今まで小口の依頼ばかりを細々とこなしてきた我がギルドにとって、これは初めての大口の依頼である。もちろん依頼に貴賎はないが、報酬の額を聞いてしまえば気合が入るのも当然というわけだ。
一通り案内が終わって、当日の警備スケジュールも大方の確認が終わったあと。
最後にもう一箇所だけ案内しておく場所があるといって俺たちの前を歩いていた青年が、その足を止めて振り返った。
「そして、こちらが一番の問題なのですが……」
たどたどしい足取りで案内されたのは、一般プラットホームのさらに奥、ちょっと長さを感じる階段を下りたその先の、ターミナル地下に広がった長方形状の空間だった。
「ここは?」
ここもプラットホームなのだろう。目の前には一本だけの線路と、そして三両連結の列車がある。ここだけ地下にあることを考えると、何か特別な車両なのかもしれない。
……だが、どうしてだろう?
不思議なことに、線路が壁に向かって一直線に延びているのである。あれでは衝突するしかない。
まさか途中で資金が足りなくなって、トンネルを掘ることを諦めたのだろうか。
「ここは魔曲短縮を利用した路線の発着駅となる場所です」
「ワープ?」
「なにそれ?」
俺とニックはそろって首をかしげる。
どちらも魔法に関しては無知の素人だ。
「高度な魔法によって次空間を曲げて、そのゆがめられた異次元空間へと列車を突入させるのです。すなわち地上を走る正規ルートよりも大幅に短縮された帝都までの直通路線ですね」
「異次元空間……! なんだかよくわからないけど、それって壁の中にあったのか!」
そんなことをつぶやいたら青年に鼻で笑われた。
「いえ、あの、今は何もありませんが、実際に魔法を発動させると壁一面に赤く輝く紋章が出現して、その壁に線路とつながる異次元へのゲートが開くのですよ。魔曲短縮路線への魔術的なゲートですが、つまり厳密に言えば、壁そのものではなくて、壁面に浮き出る魔術的な紋章こそが異次元空間への入り口となるのです。……ですから、あの壁の中が異次元空間になるわけではないのですよ。異次元空間は異次元にありますから。壁の向こう側は地中です。土です」
「へ、へぇ……」
懇切丁寧に説明されたがよくわからない。
ここは曖昧な返事で理解した振りをしておこう。もう余計な発言をして恥はかきたくない。
するとどうだろう。俺の適当な相槌でスイッチが入ってしまったのか、彼はさらにあれこれと知識をひけらかし、当日の警備計画に関係あることないことを嬉々として語りだした。
しばらくして、あっけに取られる俺とニックを横目に喋りたいことを喋りつくして満足したのか、ようやく本来の仕事を思い出してくれたらしい。
爽やかスマイルの青年はポンと手を叩く。
「もしもここがテロの標的として狙われた場合、最先端の魔科学で安定的に制御されているとはいえ、実際に次空間が湾曲しているのですから、想定外の被害や影響もありうるでしょう。それに、もし一度でも完全に破壊されてしまえば、再び一から複雑な魔術を施す必要があるため復旧も難しくなります」
もちろん些細な攻撃ではびくともしない強力な防御結界も施されているため、テロ行為によって崩壊する危険性は低いでしょうが――と、その万全なるテロ対策を勝ち誇ったように言って、最後に彼はこう結論付けた。
「万が一ということも考えられますし、ここの警備は一段と厳しくしなければならないでしょう。……ま、その必要があれば、ですけれどね」
そう言った次の瞬間である。
異次元へのゲートが開くという、まさにその壁から、なんとも不思議な光がきらめいた。
線路につながっている壁一面が、青白く鮮やかな色調に染められたのだ。勢いよく水しぶきがあがるような轟音を立てて、まるで何かが壁の向こう側から這い出してくるような気配がある。
「……え? え、ええっ?」
うろたえる青年の目前。青白く染まっていた壁が、ひときわまばゆい光を放った。
壁面に浮かび上がった青い光は全体的に丸く形どられており、それはまさしく、何かしらのゲートのようで。
どこか瘴気にも似た煙がもうもうと立ち込めると、それは開いた。
「壁の向こう側から、誰か、こちらへ来る……?」
もうもうと広がった煙の中に正体不明の靴音が響き渡り、やがてその姿があらわになる。
そこには、見知らぬ二人が立っている。
先ほどまで誰もいなかったはずの場所には、老人であろうヒゲ面の男性と、その傍らに寄り添う幼い少女の二人がいたのだ。
二人で一本の剣を支えあうようにして持って、その場に立っていた。
「や、やったぜ……」
とは、少女。
「どうやら無事にたどり着くことができたようじゃな」
と、老人。
ホッとした様子の二人は安堵の表情を浮かべていた。警戒心などがないことを見ると、どうやら気の早い襲撃者というわけではないらしい。
しかしながら、敵対する様子がないからといって、突然の不審者は予想外の展開だ。
いったい何が目の前で発生したのかもわからず、あっけに取られた俺たちの方は安堵しているわけにもいかない。文字通り警備計画の穴につながりかねないのだ。
「あ、あ、あ、あなたたちは……? ど、ど、ど、どこから……?」
哀れ生真面目な駅員さん。あまりの出来事に気が動転したのか、すっかり腰を抜かしていた。口をパクパクさせていて言葉は言葉にならず、指先も震えてしまっている。
尻餅をついて動揺した青年の脇を通りすがる折、驚かせてしまったことに一応の罪悪感くらいはあるのか、黒髪の少女が笑いながら彼の顔を見て、人差し指を自分の柔らかな頬に押し当てながら答えた。
「やーやー、アタシらは別に怪しい者ってわけじゃあないんだぜ。んーと、そうだなぁ、ひとまず迷い込んでしまっただけだってことで、ここは見逃してくれないかなぁ? ……ね、頼むよ!」
ばっちりウインクを決めて、いかにも愛嬌のある少女だ。
ぱっと見たところ俺よりも身長が低くて小顔で小柄、甘えたような声もずっと幼く、おそらく十代前半の女の子といったところだろう。
その無垢なる仕草に魅了されたのか、こくりとうなずくばかりで青年は何も答えることが出来なかった。いわゆる不審者としての怪しさは無邪気さの影に隠されつつあって、その素性はうかがい知ることも出来ない。
あどけなさが影響してか、どうも少女に対する警戒心が揺らいでしまうのだろう。かわいいものへと、理由なき敵意を向けることは難しい。
「ということで、達者でな」
軽やかなステップで歩き去っていった少女の後を追いかける老人が、ぼんやり立ち尽くすニックの肩を叩いて通り過ぎた。
あまりに堂々としていて、それは怪しさを感じさせない自然な振る舞いで、やはりあっけにとられるしかない。
「達者でな――って、今のは誰? もしかしてニックの知り合い?」
「知らない、知らない。僕だって初めて会ったよ、たった今」
もしや白昼夢でも見たのかと、俺とニックは顔を見合わせる。
と、ようやく気を取り直したらしい青年がむくりと立ち上がった。
「ひ、ひとまず彼らに事情を聞くためにも、事務所までご同行を願ったほうがいいですよね? あ、あの、呼び止めたほうがいいですよねっ?」
「え? ……ええ、それはそうでしょうね」
あくまでも部外者の俺には何がどうなったのかわからないのだけれど、何が起きたのかをはっきりさせておくためにも、何か事情を知っているであろう二人に話を聞いておく必要があるのだろう。
このままでは警備の不備につながる可能性もある。
「あ、あれ?」
ところが俺たちが振り返ったときにはもう、老人と少女の姿はどこにも見当たらなかった。
慌てて追いかけたところでターミナル駅のどこを探しても二人の姿はなく、まるで忽然と姿を消してしまったかのようだった。
そう、まるで魔法のように。




