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20 これからのこと

 温泉を出たサラは脱衣所でイリアスと別れると、火照った体に涼しさを感じさせてくれるであろう夜風に当たるため外出した。

 人気の少ない寂れた村の道を当てもなく歩く。

 夜道の護衛役というわけではないが、風の精霊エアリンも一緒だ。


「もう、先輩ってば。私をおもちゃみたいにして……」


 子供みたいに頬を膨らませて言うが、なにも本気で怒っているわけではない。ちょっと拗ねているだけである。イリアスからは大切に思われていることも、ゆえに自分のことで彼女を心配させていることも、サラはちゃんとわかっているのだ。

 イリアスの存在はサラにとって尊敬する先輩であると同時に、強くて凛々しい憧れの女性像であり、サラのことを理解してくれるからこそ、唯一甘えることのできる大切な人だった。

 だから、サラはイリアスのことで不満に思うことなど何一つない。

 うっかり怒らせてしまったときは怖いと思うくらいで、本当に慕っていたのだ。


「イリアス先輩にはもう迷惑をかけたくないな……」


 うつむいて呟いて、ひとたびそう決意すれば心機一転したいと願う。

 いつまでも地面ばかり見てはいられないと、そう思ったサラはゆっくりと夜空を見上げた。

 あまたもの星がきらめいている空。きらきらと強く光を放つ星の群れ。

 その輝きに彼女は心を洗われて、澄んだ気持ちで力強く歩き出した。

 ところがしばらく夜道を歩いた後、そろそろ引き返そうと思ったときだ。


「タイヘンダ!」


 静寂を打ち破るがごとく、突如としてエアリンが叫んだのだ。


「ど、どうしたの? 何が大変なの?」


「モエテル! ナニカ、モエテルヨ!」


 慌てふためきバタバタと飛び回るエアリン。ただ事ではない様子だ。


「何かが燃えているって? わかるの、エアリン? だったら私を案内して。お願い!」


「ウン。ホラ、コッチ!」


 そう言うと、エアリンはどこかへ向かって一直線に飛び始めた。

 エアリンは風の精霊だからこそ、遠く風の流れを敏感に感じ取って、何かが燃えているという異変を察知しているのだろう。

 心のうちに漠然とした不安を抱いたまま、とにかくサラは精霊の後姿を追いかけた。







 エアリンに導かれたサラがたどり着いたとき、その薬屋は炎上していた。


「アイーシャさん、アイーシャおばさん!」


 むき出しの炎は建物のあらゆる木片を容赦なく燃やしており、半分ほど崩れた屋根からは、美しい七色の煙が立ち上っていた。

 あれは、どう見ても一般的な火事による普通の煙ではない。たくさんの“特殊な薬”を無効化しながら焼却処分するとき、その特殊な反応によって、このような美しい虹色の煙が出るのだ。

 大小様々な効果を持っている魔法の薬は、ただ処分するだけでも注意が必要なものである。危険な魔法の薬を何種類も扱っているアイーシャの薬屋では、売れ残って不要になった大量の魔法薬を、その効用を安全に打ち消しながら処分する必要があるのだが、その際に七色の煙が出ることがある。

 だからこそ煙の色を見る限り、おそらく今回も正しい処分方法に則って魔法薬の在庫を一斉に焼却処分したのだろうが、それにしても薬屋ごと炎上しているのは不可解である。

 しかし現実に七色の煙が上がっているということは、これは偶然による自然発火ではなく、あるいは不届き者による放火事件でもなく、正しく薬の作法を知っている何者かによって、薬屋全体へと意図的に火を付けたものであるということだ。

 かろうじて形をとどめていた扉を開け放つと、すでに室内の大部分に炎が走っていた。なんとか骨組みが残っているものの、そう長くはもつまい。


「アイーシャさん!」


 必死で目を凝らすと、奥に倒れている人影が見えた。この薬屋の店主にして、エイクの祖母でもあるアイーシャだ。

 かすかに息が残っているは奇跡的だったかもしれないが、ごうごうと燃え盛る炎の勢いから判断すると、あまり時間的猶予はない。

 思わず駆け寄ろうと踏み込んだサラだったが、激しい火の手が行く手を阻んだ。生身で突っ込むには危険すぎて厳しい。

 歯がゆい思いをしたものの、このままでは近づくことができそうにない。


「エアリン、お願い!」


「ヤッテミル!」


 気張って答えたエアリンは行動が早かった。

 前方へ向かって小さな体で精一杯の風を起こすと、精霊の能力によって操られた風の流れが、周囲の炎や熱の動きを上手く制御して、炎上する薬屋の中にサラのために一直線の道を作り出したのだ。


「アイーシャさん、今行きます!」


 エアリンによって作られた奥へと続く安全な道をサラは駆け抜けた。

 そして床に倒れていたアイーシャの体を抱きかかえると、ただちに火の手から逃れるべく、急いで薬屋の外へと連れ出す。

 激しく燃え盛る薬屋から無事に抜け出すことの出来たサラは安堵したのか、外に出た瞬間にその場に倒れて咳き込んでしまったものの、なんとかアイーシャを助け出すことができた。

 するとギリギリのタイミングで限界を迎えたのか、外へ飛び出したばかりのサラたちの背後で、薬屋の建物が爆音を響かせながら崩壊する。衝撃で周囲には噴出した煙と火炎が飛び散るが、幸いにもサラたちの身に危険は及ばなかった。


「大丈夫ですか、しっかりしてください!」


「う、うう……」


 サラが懸命に呼びかけ続けていると、意識を失っていたアイーシャがようやく目を覚ました。


「アイーシャさん!」


「あ、ああ、ひょっとしてサラちゃんかい? もしかしてあなたが私を助けてくれたの? まさか……そんな、ごめんね。私を助け出す必要なんてなかったのに……」


「助ける必要がなかったなんて、そんなこと言わないでください!」


 彼女の言葉を打ち消すようにサラは言ったが、アイーシャは首を横に振った。


「本当に助けてもらう必要なんてなかったんだよ。だって、これは自分で火を放ったんだからね……」


「そんな……自分で火を放ったなんて!」


 衝撃的な告白にサラは驚いたが、うすうす勘付いていたのも事実だった。

 なにしろ狭い村のことだ。隠そうとしても噂が広まるのは早い。

 もしも今回のデビルスネーク騒動の首謀者が彼女の孫であるエイクであったと知ってしまったとき、あの心優しいアイーシャはどう考えるのだろうと、ずっとサラは心配していたのだ。

 恋心を通じ合わせるほどエイクと親交のあったサラは、その祖母であるアイーシャとも少なからず親交があり、ただの顔見知り以上の深いつながりがあった。そのため、何よりも孫が大事だった彼女の心の弱さだって知っている。

 何がそうさせたのか、脱力したようにアイーシャは薄く笑った。


「だけど、あのエイクがしでかしてしまったこと、もうサラちゃんも知っているんだろう? あの子が犯してしまった過ちのことを」


「それは……っ!」


「いいよ、いいんだよ。サラちゃんは責任を感じなくったって」


 そう言って、切なそうに眉を曇らせたアイーシャはため息を漏らした。


「あの子は昔から優しい子だったんだよ。人一倍とっても正義感に溢れていて、誰よりも勇敢だったよ。なのに、それがこんなことになって……。守れなかったのは私のせいだものねぇ……。こうして村のみんなにも迷惑をかけてしまったことだし……」


 ――だから、私が死んでお詫びするんだよ。


 そんなことを認めるわけにはいかなかった。許せるはずがなかった。

 自らの意志で死のうと決意した彼女の悲壮な覚悟が悲しくて、何も出来ない自分が悔しくて、なによりも罪悪感に捕らわれているアイーシャのことを助け出してあげたくて、必死に声を絞り出したサラは懸命に訴えかける。


「エイクさんのためにも、どうか死なないでください! 村を守ろうとした彼の意思を受け継ぐ覚悟こそが、亡くなったエイクさんへの供養になるだけでなく、村の皆さんへの罪滅ぼしにもなるはずです! だから、だから……!」


「サラちゃん……」


「ずっと見守っていてください! きっと私が、私が……!」


 それ以上は言葉にできなかった。

 色々な感情が溢れて、サラは涙をこらえるのが精一杯だったのだ。

 そんなサラの悲痛な姿を見たアイーシャは、このまま泣き崩れてしまう前にと、よろめいた彼女を支えるようにして抱きしめる。


「ごめんなさいね、ありがとうね。エイクのことを、こんなにも想ってくれて……」


 このとき、サラとアイーシャの二人は同じことを思ったのだろう。

 あの優しかったエイクとの思い出を守るには、自分たち二人が強く生きていくしかないのだと。







 ひとまず落ち着きを取り戻したリンドルを後にしたアレスタたち。

 無事ベアマークに帰り着いてから、早くも数日が経過した。

 しばらくの間は騎士団の任務があったようで、やたら慌しく動き回っていたサラだったが、最近になってようやく落ち着いてきたらしい。

 細々とした仕事の合間を縫って、ギルドに詰めていたアレスタたちのもとへと報告に訪れた。


「ベアマークに潜伏していたほかの主義者は一人残らず逮捕されました。これでしばらくは安全かと思われます」


「そっか、それはよかった。ひとまず安心ですね」


「ぜひ、安心していただければ。もちろん、念のためしばらく警戒態勢は続けられますが、それも騎士の仕事ですから。我々にお任せください」


 そう言ってサラは、力強く自身の胸に手を当てた。誇らしげな様子だ。

 これにはアレスタも苦笑を隠せなかったが、一応念を押しておくことにする。


「その言葉は頼もしいけれど、騎士だからって無理はしないでくださいね。休めるときにはちゃんと休むことも必要ですから」


「……肝に銘じておきます」


「でもサラさん、どうか安心してください。これから何か問題があった場合は、俺たちもギルドとして全面的に協力していくつもりですから。きっと役に立ってみせますよ」


「はい。皆様のご活躍には私も期待しております」


 今回の騒動を受けて色々と思うところのあったアレスタとイリアスは、事前に今後のギルド経営について話し合っていた。

 その結果として二人は、これからのギルドは単なる町の便利屋というだけではなく、むしろ率先して悪に立ち向かうべきだとの、どちらかといえば積極的な方針を打ち立てたのである。

 もちろん依頼料との兼ね合いはあるのだが、どうしても事務的かつ保守的で後手に回りがちな騎士団とは別種の、小規模であるがゆえに小回りのきく組織として、町の人々の不安解消のために役立つべきであると考えたのだ。

 それを知ってか知らずか、安堵した表情で礼を言ったサラは頭を下げた。


「それでは失礼いたします」


「ええ、またいつでもいらっしゃってください」


 そうしてサラがギルドを去ると、彼女を見送ったアレスタのもとへ、ふらふらとした足取りで浮かない顔のニックが寄ってくる。

 ギルド内の物陰から二人の会話すべてを盗むように聞いていたニックは、どうやら妹であるサラのことを心配しているようだった。


「サラの奴、相当まいっているみたいだったな。ああして気丈そうに振舞ってはいるけれど、僕には血のつながった妹のことだからわかるよ。うん、よくわかる。あいつは強い人間じゃないんだ。泣き虫で、臆病で、けれどとっても優しい責任感のある子だから……」


 そこまで言って、ニックは困ったように深いため息を漏らす。


「なんだか無理をしているみたいで心配だなぁ」


 お気楽で知られるさすがのニックも、妹のことになると不安や心配を隠せないらしかった。我がことのように気をもんでいるのがよくわかる。

 もちろん、今のサラが無理をしているかもしれないとするニックの意見にはおおむね同意だったので、いかにもな困り顔のニックと一緒になって、アレスタも彼女への心配をあらわにした。


「もちろん俺だってサラさんのことが心配だけど、こればかりは治癒魔法で簡単に解決できることじゃないからね。時間はかかるかもしれないけれど、ゆっくりでもいい。彼女が苦しんでいるなら、俺たちが励ましてあげようよ」


「そうだね。……ねぇアレスタ、僕は自分で自分が頼りにならないことを自覚しているんだ。だから君のこと、本気で頼りにしているよ」


「うん、善処する。だけどニックも頑張ってよ」


 アレスタはそう言ったが、苦笑するニックはやっぱり頼りにならなそうだった。







 そうしてデビルスネークに関係する一連の騒動すべてが一段落したころ、いつもの日常に戻ったアレスタとイリアスの二人は、折を見て都合をあわせると二人きりで外出した。

 そこはイリアスの父、カイナが眠る病室である。


「テレシィ、頼めるかな?」


「ウン!」


 アレスタの頼みを受けた肩代わり妖精は、もちろんとばかり元気いっぱいに答えた。

 そして病室のベッドの上に眠ったまま目を覚まさないカイナの胸元へと、ぺたんと座り込むようにして羽を休める。

 どうやらそれで準備が出来たらしい。


「それじゃあ、いくよ」


「お願いします」


 緊張したイリアスが答えるのを聞いて、ゆっくりと呼吸を整えたアレスタは治癒魔法の態勢に入った。

 もちろん、これから発動する治癒魔法の対象はカイナである。

 原因不明の病状により十年もの年月にわたって眠り続けているカイナのため、ようやく自分以外の相手にも使えるようになったアレスタの治癒魔法を、この際だから試してみようと考えたのだ。

 なぜテレシィを介すると治癒魔法が他人にも効力を発揮するのか原理がよくわかっていないのもあって、ちゃんと成功するかどうかは不明だったが、やる前から諦めるのも意味がない。

 どうか目を覚ましてほしいと、心から父の回復を願ったイリアスは手を組んで見守る。

 だが、彼女の神妙なる願いも天には通じない。

 いくら待ってみてもカイナの反応はなく、目覚しい治癒魔法の効果は得られなかった。


「ダメミタイ……」


「……やっぱり駄目だったか」


 テレシィは首を左右に振り、手ごたえのなかったアレスタは落胆する。

 肩代わり妖精であるテレシィの手助けがあっても、まだ発展途上であるアレスタの治癒魔法は完璧な治癒能力をもたず、カイナのような深刻な病気を治療するほどの強い効力はないらしい。


「ごめん、イリアス。まだ俺の治癒魔法じゃ不十分みたいで……」


「いえ、謝らないでください」


 眠ったままでいる父親の顔を見つめ続けていたイリアスは、そこで初めてアレスタに向き直る。

 自然と二人は至近距離で見詰め合う格好になった。


「私、アレスタさんには感謝していますから」


 そう言ったイリアスはすでに過去への妄執を振り切ったようで、とても穏やかな表情をしていた。

 もう二人の間に以前のような気まずい沈黙はない。

 心から出たに違いない彼女の言葉がうれしかったのか、安心したアレスタは微笑み返した。


「ああ、俺もだよ」







 それからイリアスと二人そろって病院を後にして、ようやくギルドの入り口まで帰り着いたときだった。

 俺の少し前を歩いていたイリアスだったが、ふとギルドの扉の前で立ち止まり、なにやら意を決したように振り返ったのだ。


「お願いします、アレスタさん。これからは私の都合のためだけではなく、ギルドの一員として、それから……ぜひ、あなたのためにこそ、どうか私をここにいさせてください。私はギルドの、あなたの力になりたいのです」


 目の前で腰を折るようにして、深々と頭を下げるイリアス。まるで他人行儀のように礼儀正しい姿だ。

 するとイリアスは俺に向かって頭を下げたまま、いかにも律儀な彼女らしい丁寧な口調でもって、さらに続けてこう言った。


「どうか私を、あなたにとって本当の仲間にしてください」


 おそらくこれは、イリアスにとって大事なことなのだろう。

 今まで騎士団に所属していた名残もあって、不誠実さを許せない真面目な彼女のことだ。

 このままギルドの中へと入ってしまう前に、一度は微妙なものとなっていた俺とイリアスとの関係について、ひとまずは彼女なりの決着を付けたいというのだろう。


「そうだね、イリアス。そう言ってくれて俺も嬉しいよ。だけど、一つだけ条件がある」


「……条件、ですか?」


 イリアスは顔を曇らせる。


「そんなに心配しないで。大丈夫、とっても簡単なことだよ」


 あまり深刻に受け取られることのないようにと、俺は笑って言った。


「お願いだからイリアス、もう俺に向かって敬語を使うのはやめてほしい。これからは対等な関係でいこう。それだけが条件さ」


「……うん、わかった」


 そう言って、どこか照れ臭そうにうなずいた彼女は少しだけ、どこまでも自然な仕草で穏やかに微笑んでくれた。

 こちらの表情をうかがうようにして、まだまだ遠慮がちではあったものの、それでもイリアスは真っ直ぐ俺に向かって右手を伸ばす。


「これからも一緒にがんばろうね、アレスタ」


 やっぱり照れつつも、俺とイリアスは二人で握手を交わす。

 強制力を持った契約ではない。これは一つの約束だ。

 けれど強い絆となるだろう。

 つかんだ彼女の手は柔らかくて、暖かくて、いかにも年頃の女の子といった繊細な感触だったけれど、このとき握り締めたイリアスの右手は、俺にとって他の何よりも頼もしく感じられた。

 これからも俺は君のために、そして苦しむ人々のためにこそ、ギルドの運営を続けていきたい。

 彼女の手を握っていると、俺には自然とそう思えた。


「イリアス、これからも大変なことはたくさんあるだろうけど、あきらめず二人で一緒にがんばろう。君とならやっていける気がするよ」


 この世界の誰もがみな自分以外の誰かのために、みんなのために精一杯生きているのだと思いたい。

 きっと誰もが、自分以外の誰かと助け合って生きているのだ。

 そう思えたなら、俺もまたそうするだけだから。

 これからも誰かの力となっていきたい。

 これで第二章は終わりです。途中で長い期間更新が止まってしまいましたが、それにも関わらず、ここまで読んでいただいた方は、本当にありがとうございます。感謝と申し訳なさで頭が上がりません。

 第三章へと続く予定ですが、またしばらく時間がかかると思います。

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