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Tポーズの女神様   作者: 水色蛍
日給五万の裏バイトと、第0層RTA
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8/36

8:お呼び出し

 昼過ぎ。埼玉・越谷の安アパート。

 小春の足で、最寄りから歩いて徒歩二十分。


 小春は、万年床の布団の上で丸まりながら、ひび割れたスマホの画面を死んだ魚のような目で見つめていた。

 とても男どころか、友達すら今まで招き入れたことが無いであろう部屋は、彼女にとっては過ごしやすくてこの上ない。


「……残高、六百八十円」


 昨日の激闘の末、経理の財前玲華によって容赦なく天引きされ、振り込まれた手取りは『三万五千円』だった 。


 しかし、今日は無情にも月末。家賃、光熱費、そしてスマホの通信代が容赦なく自動引き落としされ、口座残高はものの見事にスッカラカンになっていた。


「チーターより先に、まずは家賃と光熱費っていう現実のボスを倒さないと……」


 小春は特売のカップ麺をすすりながら、深くため息をついた。


 あの後、どさくさに紛れて財前に送りつけた『合計請求額:二百万円』のふざけた請求書 が即日振り込まれるはずもなく、現状の小春は文字通りの貧困層に逆戻りしている。


「あーあ、どっかに電気代引かれないバグないかな……」


 カップ麺の安いスープを飲み干し、小春は特務機関から渡された『第2センター(春日部)』のシフト表をぼんやりと眺めた 。

 全国のテスター(ダイバー)は約二百〜三百人で、完全シフト制で回しているらしい 。春日部センターの所属は数十人といったところだ。


 そもそも一ゲームにこんな全国的に、しかも大人数でテスターさせている理由が良く分からない。しかし今の小春にとってはそんなことは三の次。


 だが、目を引いたのは、やたらと「一身上の都合により退職」や「規約違反でBAN」という理由で、名前が黒塗りにされて消えている人数の多さだった。


「うわぁ、めっちゃ離職率高いじゃん。入れ替わり激しすぎでしょ。規則違反ってなんだろ?? 私はセーフだよねまだ?? 法律的にアウトな事かな? 知らんけど」


 そういえば昨日、エリート隊員の夏目勇太 が「連続出動など脳が焼き切れるぞ!」と血相を変えてキレていたのを思い出す。


「あー、あの夏目って堅物も『シフト守れ!』ってキレてたし。多分運営が無理やり連続シフト入れまくって、みんな嫌気が差してバックれたのね。労基に駆け込めばいいのに」


 小春個人としては完全に納得した。

 電気代をテスターに請求してくるようなクソ運営だ。

 労働環境が最悪の超絶ブラック企業に違いない。


「ていうか、そもそもこの会社って表向きはどうなってんの……」


 小春はノートパソコンを開き、自分のバイト先であるゲームの運営元についてエゴサーチを始めた。


 作中ゲーム名『NOBLE RIDER(ノーブル・ライダー)』 。

 検索結果のトップに出てきたのは、誰もが知る超巨大IT企業と、国立の最先端研究所の名前だった。

 どうやら、極めてクリーンで巨大な組織として偽装されているらしい。


 公式サイトを開くと、そこには「究極の没入感! 王道騎士道VRの最高峰!」という謳い文句と共に、ドラゴンや機械に乗り込んで戦う美麗なプロモーション映像が流れていた 。

 そこには、バグや処理落ちなど一切存在しない。


「……ぷっ。何が『王道騎士道』よ」


 重度のクソゲー愛好家である小春 は、開発者気取りの目線で画面にダメ出しを始める。


「こんな見た目のエフェクトばっかり無駄に盛るから、内部処理がパンクして、あんなバグだらけの『だるまさんがころんだ(処理落ち)』になるのよ 。見切り発車でリリースしようとしてる開発陣の技術力のなさが透けて見えるわね。てか、こんな大手企業とか研究所が絡んでるのになんであんな出来なの!?  それが信じられないわね。大丈夫? 日本の技術力……」


 なぜ一般公募でテスターを集めているのか。その理由も、小春のクソゲーマー的思考フィルターを通せば簡単に説明がついた。


「あー、なるほどね。株価を下げないために、あんなTポーズで滑るような致命的なバグ の存在を隠蔽して、テスターだけに極秘でデバッグさせてるわけね。大企業も色々と大変だわ」


 自分がどれほど危険で、《《現実の危機と直結した場所に立たされているか》》など夢にも思わず、小春は欠伸をした。


「《《まあ、金さえ払ってくれれば何でもいいや》》」


 休日の二度寝の体勢に入った、まさにその時。


 ピコンッ。


 枕元のスマホが、無機質な通知音を鳴らした。


「ん?  振り込みの通知……?」


 跳ね起きて画面を見た小春の顔が、一瞬で引きつった。

 送信元:『特務次元保安局・経理部 財前玲華』 。


『黒瀬小春テスター。貴方が提出した「二百万円のふざけた請求書」の件 、および昨日の「不正ユーザーとの接触」について 、至急、特務機関上層部を交えたコンプライアンス面談を行います。三十分以内に第二センターへ出頭しなさい』


「…………は?」


 小春の脳内で、危険信号がけたたましく鳴り響いた。


「や、やばっ!  どさくさに紛れて二百万なんてふざけた請求書送ったせいで、上の偉い人まで出てきちゃったじゃん!  絶対怒られるやつ!!」


 しかし、相手は給与の生殺与奪を握る経理の鬼、財前だ。

 無視すれば、なけなしのバイト代すら没収されかねない。


「ああもう、なんで休日に呼び出されなきゃいけないのよ!  ブラックすぎるでしょ!! それに三十分以内なんて間に合うわけないっっ!! 私の住所ちゃんと見てるのかしらこのクソ会社!!」


 小春は慌ててベッドから飛び起き、特務機関支給のジャージ に着替えながら、玄関へと猛ダッシュする。


「ていうか、春日部までの交通費!  往復四百円は経費で出るんでしょうね!?」


 残高六百八十円のフリーターにとって、四百円の出費は文字通りの死活問題である。

 世界の危機など知る由もなく、ただただ理不尽な運営(経理)への怒りと交通費への執着を燃やしながら、最悪の俗物ハンターは春日部の地下施設へと向かうのだった。

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